《【書籍化決定】読家、日々是好日〜慎ましく、天無に後宮を駆け抜けます〜》20溫泉宿2 白蓮視點
道が塞がったとなっては応援の武は呼べない。俺がここにいることは青周様もご存知なので數日以に開通してくれると思うが、今のところ俺達で紗麻の死因を解明しなくてはいけない。
と、いうことで、俺と明渓は再び紗麻のがある部屋に來た。すると、春蕾だけでなく、孫庸も壊れた扉の前にいる。紗麻が、行方不明の笙鈴について何か手掛かりを殘しているかも知れないから一緒に部屋にりたい、というのが理由だ。気持ちは分かるので勝手なことはしないと約束し許可を出した。
中の部屋に家はない。寢臺とその橫に卓、それから暖爐と部屋の隅に行李が二つ。とりあえず寢臺の橫の卓を見ると、そこにはふきのとうが乗った皿があった。明渓と春蕾が繭を顰めてそれを見る。
「どうしたんだ? ふきのとうが何か?」
「……ふきのとうではなく福壽草が混ざっています。似ているけれど毒があるから摂るなと母に教わりました」
皿にはふきのとうを揚げたがのっている。調理しているので分かりづらいが確かに福壽草が混ざっていた。
「福壽草は呼吸困難を引き起こし、時には心臓麻痺で死ぬこともある。紗麻の癥狀と合っているな」
「えっ!?」
俺の言葉に明渓が目をパチパチとさせる。なんだ? どうした?
「し舐めただけで目が見えなくなる猛毒を持っている。本が読めなくなるから決して、欠片も口にするな、と言われていたのですが」
「…………」
チラリと春蕾を見ると、あらぬ方を向いている。その視線がし泳いでいるところを見ると、此奴はその辺りの事を知っていそうだ。そして、俺でも気づくことに明渓が気づかぬ訳がない。
「……もしかして、私騙されていた?」
じとりと春蕾を睨む。
明渓は醫學書を読むことをじられている。だから今まで素直にその言葉を信じていたようだ。ぐいっと隣にいる春蕾の元を摑むと、鼻先三寸の所まで顔を寄せる。
「春蕾兄、知ってたよね」
「い、いや。だって、呼吸困難って言ったらお前のことだからしぐらいなら大丈夫って食うだろ? でも本が読めなくなるって聞いたら絶対に口にしないじゃないか。言っとくが俺が考えたんじゃないぞ」
「お母様ね」
春蕾がブンブンと頷くのを見て明渓は手を離した。軽く舌打ちが聞こえた。
「まったく、人をなんだと思っているの」
腕を組み眥を上げる明渓の肩を、俺は宥めるように叩く。
「まぁ、そう怒るな。藤右衛門殿が言うのも分からないではない」
「白蓮様は母の味方ですか!?」
あっ、しまった。火に油だ。いや、だって毒きのこを食おうとしただろう、という言葉は飲み込んでおく。
「とにかく、死因は福壽草の毒のようだ。誤って食べてしまったんだろう」
はぐらかすように斷言すると明渓は膨れっ面のまま皿を持ち上げた。皿には福壽草が三個とふきのとうが二個。卓の上と床にも落ちているのは苦しんだ時に転げ落ちたのだろう。
「でも不思議ですね。どうしてこんな場所でふきのとうを食べていたのでしょう」
明渓が部屋の中をぐるりと見渡す。長屋は三部屋と聞いているが、昨晩った紗麻の部屋とは隨分作りが違う。窓には縦橫に數本格子がっているし、薪暖爐もある。
「孫庸を待っている間に腹が減ったんじゃないか」
晝食の用意のついでに作ったとか。おやつ代わりとか。そんなあたりだろう。
「白蓮殿、ではこれは事故死で宜しいでしょか」
「えぇ、そうでしょう」
春蕾の問いにそう答える。狀況的にそれしか考えられない。さて、俺の仕事は終わりか、と思いながら、一応紗麻の口の中や手足に傷がついていないかを調べる。特に不審な點はなかった。明渓は、俺がを見ている間、部屋を出たり薪暖爐を見たりと何やら忙しくしている。
「うわっ!」
俺の足元でいきなり孫庸が聲をあげ餅をついた。どうしたと見れば震える指で寢臺の下を指差している。その指先には手形がふたつ。まるで寢臺の下に潛り込むようについている。恐る恐るれ、指先を見ると何もついていない。なるほど。
「これは大工の手形だ。心配ない」
「えっ、大工のですか? でも一度この部屋を調べた時にはありませんでしたよ?」
「たまたま、今浮かび上がってきたのだ。木材の……し、処理が甘いと、時間が経ってから浮き出てくることがある」
「はぁ、流石、王都の醫様は違いますね。よくご存知でいらっしる。博識でございますね」
孫庸が俺に尊敬の眼差しを向けてくる。うん、大説明は合っていただろう。
明渓がこの場にいなくて良かった。いたら付け焼き刃の俺をじとっと見てくるだろう。
俺の言葉に安心したのか、孫庸は寢臺の奧に潛っていく。上には死人が寢ているが気にする様子はない。許嫁のために必死なのだろう。
「春蕾殿、何か気になるころはありますか?」
寢臺橫の卓の引き出しを調べている春蕾に呼びかける。
「書き殘したは無さそうです。とりあえず床に散らばった福壽草を拾い集めておきます」
「分かった。それなら手伝おう」
紗麻は隨分苦しんだようで、福壽草は寢臺から離れた床まで転がっていた。それらを拾っているといつの間にか明渓が戻ってきて一緒に拾い集め始めた。何か見つかったか、と聞けば、格子に細く黒い筋のような傷があったという。
「明渓、こんなものかな。白蓮殿、お手間をおかけしました。ここは冷えますからもう宿に戻って頂いてかまいません。孫庸はどうする?」
「……はい、私も一度宿に戻ろうと思います」
孫庸は寒そうに袂に手を突っ込み背を丸める。俺もが冷え切っている。そういえばここは溫泉宿だ。事故死ということでこの件は片付きそうだし、せっかくだから湯にでも浸かろうか。
「明渓、この件は大片付いた。宿に戻るぞ」
「分かりました」
やけに素直だ。何食わぬ顔で部屋を出ようとする明渓を、俺と春蕾が呼び止める。
「「部屋から出る前に袂にれた福壽草を出そうか」」
ぷくっと膨れて振り返ったその顔は、殺人級に可かった。
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