《【書籍化決定】読家、日々是好日〜慎ましく、天無に後宮を駆け抜けます〜》29室、雪の上の足跡
三章は全34話 もうしお付き合いください。
とりあえず室の謎は解けそうだけれど、白蓮に確認しなければいけないことがしある。まだ帰らないかな、と外を見れば雪景の向こうに湯けむりが見えた。
(昨日落とした包丁がそのままだった)
白蓮も春蕾もまだ戻ってくる気配はないのて、今のうちに拾っておこうと源泉へと向かうことにした。
玉風を探したからだろう、白い雪は隨分と踏み荒らされていた。
このあたりだったはず、と源泉の底を覗いた明渓は、思わず息を飲んだ。
(どういうこと)
頭の中で本の貢をパラパラと捲れる。でもどこにもそんなことは書いていない。
(本には載っていない。でも、理屈から考えてあり得ないことではない……よね?)
明渓は特に何かの専門家ではない。學んだわけではない。ただ、読んだ本を全て暗記しているだけだ。だから確証は持てないけれど、現が目の前にあるからそうとしか考えられなかった。
周りを見渡し、誰もいないことを確認すると、著の裾を思いっきりたくし上げる。足湯は深く、中にれば湯は太までありそうだ。
足の付けギリギリまで上げるという破廉恥な姿で、湯の中にっていく。袖も濡れないようにたくし上げて、腰から折るように曲げ、昨日落とした包丁らしきものを拾い上げる。
裾とか袖とか多濡れたけれど、気にするそぶりはない。
「噓でしょう……」
思わず言葉がれる。あんぐりと開けた口から白い息を吐きながら、暫く目をパチパチさせて、それを見つめていた。もしかして、と顔を上げ、目の前の宿を見る。竹垣があるから見えるのは二階以上だ、その竹垣の上にも薄ら雪が積もっている。
白い指が顎をゆっくりと叩く。一つ一つの事実が絡まり合い、形を作り替えながら、明渓の頭の中で真相へと繋がっていく。
「……明渓、棒切れ持って何してるんだ!?」
「ひゃっ!!」
突然名前を呼ばれて思わず元包丁を落としそうになった。振り返えれば白蓮と春蕾がいる。聲をかけてきた春蕾は明渓の姿を見て目を見張っているが、そんな様子に気づくことなく、湯飛沫を立てて足湯から出ると足のまま二人に駆け寄っていく。
「春蕾兄聞いて!! 紗麻の事件は事故じゃない。彼は室で殺されたのよ。それから燈実を殺したのは笙林ではないわ」
「ちょ、ちょっと待て。俺達が泉に行っている間にいったい何があったんだ。ってその話はあとから聞くからとりあえずだな……」
明渓は元包丁を握りしめ今度は白蓮に詰め寄る。
「白蓮様、幾つがお伺いしたいことがあるのですが……」
「あっ、ああ。分かった……だが、その。それより先に」
白蓮は目線を上にし、指先を下に向ける。なんだ? と思いながら指す方を見れば、太ももまでわになった自分の足がある。
「き、きゃぁ!! 何、見てるんですか!?」
「い、いや。待て。見ていない。俺は何も見ていない」
ぶんと首を降り天を仰ぐ白蓮の橫で、明渓は慌てて裾と袖を直す。顔どころか首筋まで真っ赤になっている。それを見て春蕾が腕組みしながら殘念そうに呟く。
「中がそれじゃなければ、貰ってやっても良いものを。本當、殘念だな、お前」
謎の上から目線に、明渓は履こうとしていた靴を思いっきり投げつけた。
笙林のは紗麻のいる部屋へと運ばれ、孫庸が側についているらしい。繹文はまだ武は來ないのかと苛立ち気に道を見に行っている。
笙林の死亡時刻は冷たい泉に浸かっていたため昨晩丑の刻(午前二時)から卯の刻(午前六時)と幅がある。しかし泉に足跡がなかったから寅の刻より前と白蓮達は考えているようだった。
白蓮と春蕾は明渓に「最後の謎を解くのを手伝って」と言われ、廚にやってきた。
「あとは玉風さんの謎だけね」
「待て待て、一人で話を進めるな。とりあえず分かっているのだけでも説明しろ」
「そうしたいのは山々なんだけれど、全て調べてからのほうが説明が楽なの。だからもうし待って。それより、春蕾兄、最後に廚に來たのはいつ?」
それが何か関係あるのかと、不満そうに口を曲げながら春蕾は記憶を辿る。
「確か、昨晩湯にる前に、粥は三人分まとめて用意してくれと頼みにきた。白蓮様からのご指示だ」
「良かった。それなら何か手掛かりが見つかるかも。その時と、今、どこか変わった場所はない?」
春蕾は見たは忘れない。どんな些細なことも。
明渓が一度読んだ本を全て覚えているように。
春蕾は細い目をさらに細め廚の中をぐるりと見る。
「竈門に置いている薬缶が違う。皿も出ていなかった。……それから、棚に置いているが違うな」
「棚?」
「あぁ。正確にいうと順番が違う。一番上、季節の花が書いた茶があるだろう」
明渓は端に置かれた踏み臺を持ってきてその上に乗る。一番下なら背が足るけれど、上は踏み臺がないと無理だ。
「順番が違うってどれとどれ?」
「その花とそれが逆になっている。花の名前は知らないぞ」
春蕾が指さす茶を手に取ると、梔子と竜膽の絵が描かれていた。
「こんな小さな絵まで覚えているなんて、凄いを通り越して気持ち悪いわね」
「……お前にだけは言われたくない」
失禮な、と思いながらも今は気にしてはいられない。踏み臺に乗ったまま棚の上の方を端から端まで目を凝らしてみ見ていく。
(……見つけた!)
明渓の目がすっと細まった。
勢いよく踏み臺を降りると懐から紗麻の書いた料理本を取り出す。
「殘る破片(パーツ)はあと二つです。白蓮様、日頃のお勉強の果を見せてください」
出された本を見て白蓮が眉を顰める。
「俺が學んでいるのは醫學だぞ」
「はい、存じております。教えて頂きたいのは食べに関する過剰反応(アレルギー)です。この中にそれを引き起こす食べはありますか?」
明渓は焼き菓子が數種類書かれている貢を指差す。しかし白蓮は渋い顔でうーんと唸ったまま何も言わない。
「もしかして、勉強していませんか?」
「しとるわ!! あのな、明渓、過剰反応は様々な食べで起こるんだよ。例えばこれらの焼き菓子には小麥や卵、牛が使われているがそれらは全て過剰反応の原因となるんだ。だからお前の質問に対する答えは全部、ということになるな」
予想外の言葉に明渓は、うぬぬと口を波打たせる。
「に赤い斑點ができるほどの過剰反応なのですが……」
その言葉に白蓮が反応する。明渓の持っている本を、眉間に皺をつくりながら改めて読み直す。
「赤い斑點……過剰反応の出方は人それぞれだが、比較的強い反応が出るとされているのは、……これだな」
白蓮は料理本に描かれた絵を指さした。その隣には拙い文字で……
「……落花生」
指差したのは、落花生をくつぶして練りこんだ生地を焼いた菓子だった。
「蕎麥や落花生は過剰反応の中でも要注意なんだ。し口にしただけで蕁麻疹が出て呼吸困難に陥ることがある」
「……死ぬこともありますか?」
「ある……って明渓、お前はいったい何の謎を解いているんだ? ……おい! もしかして赤い斑點とは」
「それこそが掛け違えた釦だったのです。この事件の始まりは紗麻ではありません。全ては『顔を焼かれ赤い花が咲いたの』からです」
まさかこんな場所で伽藍で聞いた怪談話に繋がるとは思わなかった。白蓮は再び怪談話を思い出したようで、顔を悪くしている。
聞く順番を間違えたかな、と思いながら最後の質問をする。
「最後にもう一つ。夾竹桃を燃やした煙を吸った癥狀は、福壽草を口にした時と同じではないですか?」
「あぁ、どちらも呼吸が苦しくなったり、脈がれ心の臓が止まる」
そこまで言って白蓮は頭を掻きむしった。明渓が言いたいことに思い至ったようだ。
「それじゃあ、もしかして俺が最初に間違ったのか? ……すまない。その二つを見分けるには腹を切り胃の中を見るしかないのだが……必要なら今からでもやろう」
明渓はとんでもないと首をふる。白蓮は皇族だ。本人にその意識は乏しく、頼めばきっと腹を裂くだろう。でもそれをさせるのは躊躇われた。
「大丈夫です。証拠は全て揃えました。いざとなれば……」
春蕾が勇ましく一歩踏み出す。
「俺が力ずく……」
「私が力ずくでもはかせますからご安心を!!」
武の春蕾を遮って、何故か明渓がを張って宣言した。
次回から解決編になります。名前がややこしくなった方、是非、三章頭に登場人紹介がありますのでそちらを參考にしてください、
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