《【書籍化】雑草聖の逃亡~出自を馬鹿にされ殺されかけたので隣國に亡命します~【コミカライズ】》幕間・偽りの聖 02

ティアラ・トリンガムの天幕に呼び出された従軍魔師のジェイルは、目の前に現れた聖の制服を著た老婆の姿に目を見張った。

「ジェイル卿、ティアラ嬢には何かの魔がかけられたのではないかと思うんだ。調査を頼みたい」

発言したのは老婆の傍に控えていたアベル王子だ。

出発の前に騒ぎが起こり、慌てて駆けつけたのだろう。

天幕の中は人払いがされていて、老婆とアベル、そしてアニスというティアラ付きの侍だけがいた。

「この方がティアラ様だと……?」

ジェイルはまじまじと老婆を観察した。

白い髪、深く皺が刻まれた顔、は枯れ木のように痩せ細り、その姿からは人形のように整った貌のの面影はない。目のもティアラは金がかった青だったが、目の前の老婆の落ち窪んだ眼窩(がんか)にあるのはただの青い瞳だ。

「つい先程この中から悲鳴が聞こえて……駆け付けたらティアラ様の右手にある変な模様から金が出ていたんです。呪いをかけられたに違いありません! お願いしますジェイル様、どうかティアラ様を助けて差し上げてください」

がジェイルに縋り付いてきた。

「……右手を拝見してもよろしいですか?」

老婆は暗い表で黙り込んだまま、管がくっきりと浮かび上がった皺まみれの手の甲をこちらに向かって差し出してくる。

その手には、魔式が刺黒い染料で刻み込まれていた。

式の意味を読み取ったジェイルは、顎に手を當て眉をひそめる。

(これは、他者が発させた魔の発権限及び魔力を『移す』ための式だな……)

しかしこれは、ジェイルの知識では忌に位置付けられる魔である。

生きはすべからく魔力を持って産まれてくるが、個々の魔力には波長とでも言うべき個があり、他人の魔力をに流されると耐え難い苦痛をじるというのが常識だ。

(苦痛は麻痺の式で緩和しているのか。……としても、流し込まれる魔の魔力量が大きければの中の魔力がズタズタになる)

師ではない普通の人間に魔力を移したり、魔の発権限を譲る事は普通はできない。魔力の許容量を越える他人の魔力は兇になるからだ。

(いや、聖の魔力なら例外的にいけるか……?)

の持つ治癒の魔力は、普通の魔力保持者の魔力とは質が違う。他者に流した時に良い方向に働く唯一無二の魔力である。

……と考えたところで一つの仮説が閃いた。

ティアラ・トリンガムの魔力は異質だった。

欠損の再生は普通の聖にはできない。それは歴史上でも伝説の大聖、エマリア・ルーシェンだけがし遂げた奇跡の力だ。

そもそもティアラは彗星のように現れた。マイア・モーランドのように、十代を過ぎてから魔力が急発達する例は有り得ない話ではないが極めて稀だ。

魔力を流された時の覚もおかしかった。聖の魔力は普通は心地良いはずなのに。ジェイルはティアラの魔力を流し込まれた時のおぞましい違和と、神が侵されかけた覚を思い出す。

それらを総合して導き出されるのは――。

「そんなに深刻な魔なのか?」

アベルに尋ねられ、ジェイルははっと思索の海から現実に引き戻された。

「いえ……」

ジェイルは慌てて取り繕うと、老婆の右手から手を離した。

ティアラの異常な治癒の魔力は、外的要因――恐らくはに相當する魔により後天的に付與されたものの可能が高い。

それがジェイルの脳裏に閃いた仮説だった。

強力な魔には相応の代償が必要となる。

目の前の老婆がティアラだというのが事実なら、何らかの要因で強力な治癒の魔力をもたらす忌の魔とティアラとの繋がりが絶たれ、代償を支払う羽目になったのではないだろうか。

「殿下、試してみたい魔があるのですが、使ってみてもよろしいでしょうか」

「私を治す方法があるのですか……?」

アベルよりも先に反応したのは老婆だった。

縋り付くようにジェイルを上目遣いで見上げてくる。

夢見るような眼差しと発言に、ああ、この老婆はやはりティアラなのだと確信する。

怪しげな魔に手を出した危うさとか罪の意識とか、後ろめたさの類が一切じられない無垢な眼差しは、まるでい子供のようだ。

ティアラを聖に仕立て上げた魔は、十中八九彼の父であるトリンガム侯爵が施したものだろう。

に手を出した事が見すれば、國境の番人と呼ばれる名門といえどもただでは済まない。これまでの言を見てきた限り、ティアラという人は考えが甘くて淺はかだ。

期待に満ち溢れた表に、わずかな罪悪じながらもジェイルは羽筆(クイル)を取り出すと、空中に魔式を書いた。

まずは《解呪》。これは様々な魔を打ち消す魔だ。そこに使ってもいい魔力量を計算しながら展開範囲を書き加える。

今日は満月、魔力が最も満ちる時期ではあるが、言い換えれば魔蟲が活化する時期でもある。

最近の寒さでかなりきが鈍っているとはいえ、結界はいつもよりも強固に維持しておかなければいけない。

だから結界の維持管理用の魔力は溫存し、それ以外の魔力を全てこの《解呪》の魔に注ぎ込む。

式が完した。仕上げに魔力を注ぐ。正気に戻れ。そう願いながら。

天幕の中が黃金ので満たされた。そして、が収束した時――。

「私は……今まで何を……」

額を押さえ、アベルは呆然とつぶやいた。

「今の魔は何? 何も変わっていないわ」

ティアラの苦は無視し、ジェイルはアベルの様子を窺った。

視界の端にちらりと見える侍も、アベルと似たような表で呆然と立ち盡くしている。

「ご気分はいかがですか、殿下」

「……正直混して何が何だか」

「ゆっくり思考を整理してください。落ち著かれましたらご報告したい事がございます」

「殿下、大丈夫ですか? この魔師に変な魔を使われたのでは……」

気遣わしげに聲をかけたティアラをアベルは冷たく一瞥する。

「私に妙な魔をかけたのはティアラ嬢、あなたの方では?」

「えっ……」

アベルの発言に、ジェイルは《解呪》の魔がうまく効いた事を悟ってほっと安堵した。

そして、偽りの聖が暴かれる。

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