《【書籍化】雑草聖の逃亡~出自を馬鹿にされ殺されかけたので隣國に亡命します~【コミカライズ】》旅の終わり 01

城を出したルカがマイアを連れて向かったのは、領都エスタの市街地ではなく逆方向に位置する茂みの中だった。

「確かこの辺りなんだけど……」

ルカはある地點で足を止めると、きょろきょろと辺りを見回した。

「ここよ、ルカ」

そんな聲が聞こえたと思ったら周囲の景が滲んで唐突に荷馬車が現れた。その前には豪奢に巻いたストロベリーブロンドに金がかった群青の瞳のが立っている。

魔力保持者特有の瞳に、マイアはがルカの仲間であることを察した。

「その子が例の亡命希の聖ね」

はマイアの顔をしげしげと観察してきた。

年齢不詳の派手なだった。首元の皺やの印象からするとそこそこの年齢なのではないかと思うのだが、化粧や服裝は若々しい。

「初めまして。私はシェリル。肩書きは長ったらしいから省略するけれど、ざっくり簡単に説明するとこの國の東部における諜報員の取りまとめを任されているわ」

偉い人……なのだろうか。

「マイア・モーランドです」

張しながら名乗ると、シェリルは目を細めてこちらに微笑みかけてきた。

「よろしくね、モーランドさん。……マイアとお呼びしてもいいかしら?」

「はい」

頷くと、シェリルは嬉しそうに「私もシェリルと呼んで」と返してきた。

「シェリルの表向きの顔は宿の主人なんだ。宿なら傭兵や行商人に扮した諜報員が出りしても怪しまれない」

説明してくれたのはルカだった。

「……アストラの偵(スカウト)は々なところにいるのね」

「どこの國も似たようなものじゃないしら。報は力だもの」

シェリルはそう発言すると、軽く肩をすくめた。そしてルカの全をまじまじと見つめる。

「それにしても酷い恰好ね。そんなにトリンガム侯爵は手強かった?」

「別に……ボロボロになったのは服だけだし」

「それは聖が一緒だったからじゃないの? 外傷は治して貰えるでしょ」

「ちょっとやそっとの魔は俺には効かない。それはシェリルも知ってるだろ」

ルカはむっとした表で言い返した。その様子にマイアは既視を覚える。

ゲイルと一緒にいる時みたいだ。

いつもは年相応の落ち著きを持っているルカが見せる子供っぽい姿はちょっと可らしい。

「著替えなさい。その格好じゃ街に行けない。目薬の効果も切れてるじゃない」

シェリルは馬車の荷臺から服と小さな瓶を取り出すとルカに手渡した。そしてマイアに向き直る。

「あなたはこっちね」

そう言いながら差し出してきたのは魔と思われる指である。

ゲイルに貰って、人攫いの一味に奪われた髪と瞳のを変える指によく似ていたが、細部のデザインがわずかに異なっていた。

「実は私のとお揃いのデザインなのよ」

シェリルはそう言って悪戯っぽく笑うと、自もスカートのポケットから取り出した指をはめた。すると瞬時に目立つシェリルの髪と瞳は凡庸な茶に染まる。

「シェリル、今マイアにその魔を付けさせるのは良くない。さっき魔力切れを起こしかけてた」

をはめようとしたマイアを慌ててルカが制止した。

「そうなの? なら目薬もまずいわね」

「目薬も良くないんですか?」

「魔は魔力を消耗するし目薬はの魔力循環を妨げるのよ。なくとも私は常時発型の魔との併用はしたくないわね。【シーカー】も付けてなかったでしょ?」

「【シーカー】?」

シェリルの口から飛び出た単語の意味がわからず首を傾げると、ルカが補足した。

「ゲイルの事だよ。【シーカー】はあのおっさんの諜報員としてのコードネーム」

「今はゲイルって名乗ってるんだっけ? こういう仕事をしていると皆基本的には偽名を名乗るからね。コードネームで呼び合うのよ。ちなみに私のコードネームは【ミストレス】よ」

「ルカにもあるの?」

「あるわ。ね、【ソードマスター】」

シェリルの視線をけたルカは困ったような表をした。

「大それてるだろ? だからあんまりコードネームで呼ばれるのは好きじゃないんだ」

「そんな事.....」

優秀な剣士であるルカにはぴったりのコードネームだと思う。でも本人にとってはそうではないらしい。

「著替えてくる」

苦笑いを浮かべると、ルカはそう告げて荷馬車の向こう側へと姿を消した。

シェリルはそれを見送ると荷馬車へと向かった。

何をするのかと見ていると、積み荷の中からフード付きのマントを取り出してこちらに戻ってくる。

マイアの肩に、ふわりとマントが掛けられた。

そこで初めて寒さを覚える。で外気溫の低さをじるどころではなかったらしい。

マントはふわふわのファーがあしらわれていて、しっかりとした作りになっているだけではなく可らしかった。

「ちゃんとフードを被ってね。あなたの髪は目立つから隠しておいた方がいいわ」

シェリルの元の髪にも共通する事だが、赤の要素がった髪は珍しい。

マイアは素直に忠告をけ止めると、マントのフードを目深に被った。

「街にる時はなるべくうつむいて、目のを人に見られないようにしてね」

「はい」

シェリルの言葉にマイアは頷いた。

ほどなくして、著替えを終えたルカが荷馬車のからこちらに戻ってきた。

質素な旅裝にを包んだ傭兵という印象の風になっている。

「【シーカー】は一緒じゃないのね?」

シェリルがルカに尋ねた。

「後始末のために殘ってる」

「そう。後でもう一回迎えに來なきゃね」

ふっと息をついたシェリルに、今度はルカが質問する。

「シェリル、マイアの首を見てしいんだ。外せないかな?」

「首?」

目を見開いたシェリルは、マイアの首元をじっと見つめた。

「やだ。これ、魔?」

「ああ。トリンガム侯爵に付けられたらしい」

「何それ。の子にこんなもの付けるなんて変態? 見せてもらってもいい?」

「はい」

マイアが許可を出すと、シェリルが至近距離に顔を近付けてくる。すると甘い香水の匂いが鼻についた。

「これは……かなり式が複雑ね。下手に私がったら式がこんがらがりそう。【シーカー】に取ってもらった方が良いと思うわ。この手の細かい魔力作の専門家だから」

シェリルは眉間に皺を寄せると、服の元から羽筆(クイル)を取り出した。

「位置を探知するような式が組み込まれてるみたいだから《抗魔》の魔をかけておきましょう」

言いながらシェリルは魔式を書き、マイアの首に魔をかけてくれた。

マイアとルカはシェリルに促されて馬車の荷臺に乗り込んだ。

荷馬車は最低限の機能だけが付いた簡素なもので、屋は付いておらず吹きさらしになっている。

「マイアはこっち。顔を見られないように気分が悪いふりをして俺に寄りかかって」

ルカは荷臺に積み込まれている木箱の間に腰かけるとマイアを手招きした。

きっと他意はないと思うのだが、彼に異として惹かれつつあるマイアには嬉しいような恥ずかしいような微妙な狀況だ。

マイアは気持ちを落ち著けるために深呼吸をしてからルカの側に腰を下ろすと、遠慮がちにルカのに頭を預けた。

者を務めるのはシェリルだ。マイアが座るのを確認すると、シェリルは馬の腹を蹴った。

馬車がき出し、荷臺が不規則に揺れ始める。車と馬の蹄の音だけが聞こえる中、ルカと著するのはかなり張した。

「……あなたの本當の名前は何? ルカでいいの?」

気まずさを誤魔化すために、マイアは思い切って質問した。

ルクス・ティレル、ルカ・カートレット、セシル・クライン。マイアが知るだけでも彼は三つの名前を使い分けている。

「うん。ルカ・カートレットが俺の本名」

「今、私、本名を呼んじゃってるけどいいのかな?」

「いいよ。後は國境を超えるだけだから。実は遠距離転移魔の使用許可が降りたんだ。かなりの魔力が必要になるから移はゲイルや俺の魔力が回復してからになるけど、もうしでこの旅は終わる」

マイアはルカの言葉に目を見張った。

亡命の旅が終わる。そうなったら、ルカとは……。

「私がアストラに移したら、ルカはまた諜報員としてこちらの國に戻るの……?」

「いや、帰國命令が出ているから、一旦はアストラに帰る事になる」

「そうなんだ。じゃあ一緒に転移魔で移するの?」

「そうだね。マイアのついでに移させてもらうから役得だ」

ルカの言葉にマイアはほっとした。

ルカはそんなマイアに目を細めると、腰ベルトに固定したれの中を漁り始めた。そして中から小さな布袋を取り出すとマイアに差し出してくる。

「ごめん、ずっと渡すのを忘れてた」

「開けてもいい?」

尋ねると、ルカはこくりと頷く。

布袋を開けると、見覚えのある緑の髪飾りがっていた。

キリクでライウス商會の人たちから贈られた若葉の髪飾りだった。神の仮裝をする時にに著けたものだ。

人攫いの一味に奪われたはずなのに。

至近距離にあるルカの顔を見上げると、どこか困ったような表を向けられた。

「ごめん、連中のアジトからはこれしか回収出來なかったんだ」

「……ありがとう」

いながらお禮を言うと、穏やかな微笑みが返ってきた。

「あのね、そこに私の羽筆(クイル)はなかった……?」

「やっぱり奪われてたんだ。ごめん、見當たらなかった」

「そっか。じゃあ作り直しになっちゃうね」

筆(クイル)を作り直すには二、三年かかる。その間魔が使えなくなるのは心もとないが狀況が狀況だ。これが戻ってきただけでも儲けものと思うべきだろう。マイアは自分に言い聞かせながら手の中の髪飾りを見つめた。

そして人攫いにはルカとゲイルが相応の報復をしたと言っていたのをふと思い出す。

「あの悪い人たちには仕返ししてくれたんだよね? どんな風にやり返したのか聞いてもいい?」

「全的に半殺しに……ゲイルが止めてくれたから殺してはない」

そう告げるルカの表にはどこか苦いものが浮かんでいる。

さすがにマイアも気付いていた。ルカの中には暴力が潛んでいる。彼のこの表はそれを表すもののような気がした。

「聞いてもいい……? 地下室でのルカはどういう狀態だったの?」

「……暴走してた。月が満ちてくるとそういう狀態に陥りやすくなる。狂暴な衝が自分の中に沸き上がって、何もかも滅茶苦茶にしたくなるんだ」

「どうして……」

マイアは眉をひそめた。

魔力保持者にとって月は恵みだ。神と魔力を安定させるので、月のの強い夜には心もも満たされて落ち著くというのがマイアの知る常識である。

「新月に影響をけない副作用なんだと思う。特異質なんだ」

そう告げるとルカは困ったような表を見せた。

「治癒の魔力を流せばそれは治まるの?」

「そうだね。聖の魔力には心を鎮める効果があるみたいだ」

「私で良ければ力になるよ」

「気持ちだけけ取っておく。聖の魔力は本來病人や怪我人の治療に使うべきものだ。でもありがとう」

ルカは穏やかな微笑みをマイアに向けてきた。どこかのある笑みに何故かがしくりと痛んだ。

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