ここはどうやら、大きな町の路地裏だったようだ。

しばらく歩くと、マントで顔を隠した男達とすれ違うようになる。

それなりに人通りもあるようで、誰もいないところに著地できて良かったとをで下ろした。

けれどサルジュは落ち著き払っていた。

「そうなったら、またすぐに移すればいいだけだ。心配はいらない」

そう言って、町の様子を興味深そうに見つめている。

張していたアメリアもサルジュが一緒だから大丈夫だと、しずつ落ち著いてきた。

(何だか、とても閑散としているような……)

し余裕が出てくると、町を見渡す余裕も出てきた。

辿り著いたのは、思っていたよりも大きな町のようだ。

道は広く、町にある建も大きくて立派だが、人通りがあまりにもない。

店と思われる建はすべて扉を固く閉ざし、窓を板などで塞いでいるところもある。

路地のには力なく座り込む人々の姿があり、マントを羽織っていてもひどく痩せているのがわかる。

そして町を歩く人達は男ばかりで、ほとんどが武裝していた。

帯剣していてそれなりに強そうなカイドはともかく、その背後を歩くアメリアとサルジュを、値踏みするような視線で見ている者もいた。

「アメリア」

サルジュもそれに気が付いたのか、そっと聲を掛けてきた。

「私とカイドから離れないように」

「……はい」

まさかベルツ帝國の治安がこれほど悪いとは思わず、アメリアはサルジュにを寄せる。一応宿もあるようだが、ベルツ帝國の通貨を持っていないので、宿泊することはできない。

「むしろ泊まらない方がいいかもしれません。宿屋の食堂には柄の悪い男達が集まっていて、危険です」

様子を見てきたカイドがそう言った。

「そうか。ならばすぐにこの町から移しよう。町の名前はわかったか？」

「はい。エグニタだそうです」

「……エグニタ。たしか、帝都のすぐ近くだな。思っていたよりも長い距離を移したようだ。これなら、あと一、二回ほど移すれば……」

雨がないせいか、空気が乾燥しているようだ。埃っぽい空気に咳き込みそうになって、アメリアはしだけ、話し合うふたりから離れる。

だが、急に背後から荷を引っ張られて悲鳴を上げた。

「きゃあっ」

「アメリア？」

サルジュが駆け寄って腕を摑んでくれなかったら、バランスを崩したまま地面に叩きつけられていたかもしれない。背後からアメリアに襲い掛かった男は、無理やり荷を奪って立ち去って行った。

「荷が……」

アメリアの持ちには、水と食べがしっていただけだ。この國の通貨はまったく持っていない。けれど背後から急に襲われ、荷を奪われた恐怖で、が震える。

「申し訳ございません」

カイドはサルジュとアメリアを庇うように立ち、自分がいたのにアメリアが襲われたことを謝罪した。

「いいえ。わたしが離れてしまったせいです。ごめんなさい」

まさか帝都に近い町の治安が、こんなに悪いとは思わなかった。

震えるアメリアの手を、サルジュが包み込むように握ってくれる。その溫もりが、しずつ心を落ち著かせてくれた。

「人目のない場所に行き、すぐに移しよう。ベルツ帝國の南端からここまでの距離を考えると、國境までは……」

距離を測るように、サルジュは目を細める。

「移先は、國境ですか？」

カイドの質問に、サルジュは頷く。

「ベルツ帝國とジャナキ王國の間には、険しい山脈がある。慎重に距離を測るが、萬が一山中に移してしまったら危険だ」

知っている場所なら正確に移できるようだが、サルジュが知っているのはジャナキ王國の王都からビーダイド王國までの道のりだけ。

だがここからジャナキ王國の王都まで飛ぶには、距離が遠すぎる。一旦國境に移して、そこから山脈を越えたほうが安全だと判斷したようだ。

たしかに、崖などに移してしまったら大変である。

「わかりました。し危険ですが、路地裏に移しましょう」

カイドが注意深く周囲を見渡しながら、人気のない方向に移していく。

中には獲がわざわざり込んできたと、にやにやと笑いながら背後からついてくる者もいたが、そんな彼らの隙をついて、人目につかずに移魔法を使うことができた。

次の移先は、砂漠の真ん中だった。

その先には大きな町が。さらにその奧には空を覆い盡くすほどの険しい山脈が見える。

計畫通り、ベルツ帝國とジャナキ王國の國境近くまで移したようだ。

「……上手く移できたようだ」

けれどふいにサルジュのがぐらりと揺れ、アメリアとカイドが慌てて支える。

「サルジュ様！」

「……大丈夫。移的を特定するのに、し多めに魔力を使っただけだから」

ふたりに支えられたサルジュが、目を閉じたままそう言う。

「町にって休みましょう」

カイドがそう提案するが、サルジュはそれを制した。

「町には近寄らない方がいい。かなりの數の帝國軍がいる」

「え？」

サルジュが心配で彼ばかり見ていたアメリアは、不穏な言葉にはっとして町の方を見る。

ここから町の中まで見えるわけではない。

けれど魔導師であるアメリアには、町の中に大勢の人間がいること。彼らが武裝して殺気立っていることがわかった。

カイドにもすぐにわかったのだろう。鋭い視線を町に向けていた。

「國境に、あんなに軍を集めるなんて……」

もしかしたら、ベルツ帝國はとうとう山越えをして向こうの大陸に攻め込もうとしているのだろうか。

これほど険しい山だ。越えるためには、かなりの時間が掛かるだろう。

「一刻も早く、このことをジャナキ王國に伝えるべきだ。し休めば、魔力はすぐに回復する。し待っていてほしい」

そう告げたサルジュを休ませようと思うが、町には近寄れず、周辺には何もない。何とかを隠せそうな大きな巖を見つけて、このに隠れることにした。

マントを羽織ったまま、サルジュはアメリアに寄りかかって目を閉じている。

移魔法に魔力を使ったのはもちろんだが、長促進魔法に復元魔法。そして退行魔法に移魔法と、立て続けに使ったのだ。

いくらサルジュの魔力が大きくても、さすがに負擔になったのだろう。

心配だったが、眠れば回復するらしく、カイドも心配はいらないと言ってくれた。

「アレクシス様も學生時代、よく魔力を使いすぎて倒れてしまうことがありました。興味を持つと何も考えずに突き進んでしまうところは、そっくりですね」

い頃は魔力が強すぎて、暴走していたというアレクシスが倒れるほどだ。そのときは、どれくらいの魔力を使ったのだろう。

振り回されているカイドの姿が見えるようで、思わず笑みが零れた。

「……そうか。兄上にもカイドがそう言っていたと伝えておこう」

ふいに、眠っていたはずのサルジュがそう言って、カイドはびくりとを震わせた。

「い、いえ。その……」

慌てるカイドを見て微笑み、サルジュはアメリアに言った。

「もし帝國兵に見つかったら、私を置いて逃げてほしい」

「そんなこと、できません」

すぐにそう言ったアメリアを宥めるように、サルジュはそっとアメリアの黒髪をでる。

「私は、魔力さえ回復すればどこにでも逃げられる。だから、アメリアは安全な場所に……」

そう言いながら、サルジュは再び眠ってしまったようだ。

「サルジュ様」

崩れかかったを慌てて支える。

魔力を使い過ぎると、失った魔力を回復させようとしてが強制的に睡眠狀態になる。今のサルジュはそんな狀態なのだろう。

アメリアも昔、水遣りをやり過ぎて倒れてしまったことがあった。そんなときは、充分に回復するまで目が覚めない。

いくら逃げろと言われても、そんな無防備な狀態のサルジュをひとりで置いて行くことなどできなかった。

アメリアはサルジュをぎゅっと抱きしめて、周囲を見渡した。

巖から見える町は、先ほどよりも騒がしくなっていた。怒聲や、號令などがここまで聞こえてくる。

(どうか見つかりませんように……)

そう必死に祈っていたのに、すぐ近くで馬の走る音が聞こえてきて、息を呑む。

カイドは、いつでもけるように臨戦態勢になっている。彼ならば、たとえ複數の相手でも負けることはないだろう。

ただ、小柄なアメリアではサルジュを抱えて逃げることはできない。

どうしたらいいのか考えているうちに、馬の足音はこちらに向かって走っている。

「アメリア様。先にお逃げください」

カイドはサルジュが言っていたようにアメリアを先に逃がそうとしたが、アメリアは首を振る。

「無理だわ。私の足では、簡単に追いつかれてしまう」

相手は馬に乗っている。もしアメリアがひとりで逃げ出しても、すぐに捕まってしまうだろう。

それよりなら、サルジュと一緒にいる方がいい。