《無職転生 - 蛇足編 -》27 「アスラ王立學校卒業式典」
クリスティーナ・グレイラットは、俺の一番末の娘だ。
六人いる兄弟姉妹の末っ子で、家族からはクリス、クリスと呼ばれて可がられてきた。
一番の末っ子。
となれば、それなりに我慢しなければならない立場だ。
優先順位は最下位、お菓子を選ぶ時は最後の一つで、もらえる類は全てお下がり。
末っ子の宿命というやつだ。
だが、クリスは違った。
甘えるのが上手なのか、それとも長であるルーシーが他の子供たちをうまいこと抑えてくれたのか、クリスが宿命に曬されることはなかった。
さして我慢というものをせず、のびのびと育ったのだ。
俺が甘やかしたから、というのもあるだろう。
いや、甘やかしたつもりは無いのだ。
俺は子供たち全員、平等にしているつもりだ。
だが、子供たちの中で、クリスだけだったのだ。
遠慮なく俺に甘えてきてくれたのは。
ルーシーを始め、我が子たちは俺のことを恐れていた。
最初はわけがわからなかった。
どうにも、避けられているようにじたしな。
なんか悩みがあるなら相談とかしてしいなーって時も、大抵はシルフィかロキシーに行く。
いや、相談ならシルフィかロキシーの方が適役ではあるんだけどさ。
男同士というか、男親にしかできない相談とか、あるじゃん?
それもしてくれない。
もしかすると嫌われているのかも? と悩んだ日もあった。
もっとも、最近になってジークに聞いた所、別に避けていたわけではなかったらしい。
尊敬しているがゆえ、俺の前で肩肘を張っていた結果だというのだ。
全ては俺を失させないため、そして俺に失されたくないがための行だったというわけだ。
相談なんてもっての他だと思っていたわけだ。
もちろん、それはそれで嬉しい話だ。
なにせ『尊敬』だ。
嬉しくないはずがない。
威厳のある父親であろうとして、まさにその通りになれたわけだからな。
だが同時に、寂しい話でもある。
俺だって休日に息子とキャッチボールとかしてみたかったし、息子の悩みを酒を飲みつつ聞いてみたりしたかった……いや、後者はこないだジークとやった。あれこれと悩んでいたジークには悪いが、最高に幸せな時間だった。
ジークのおかげで、ルーシーの誤解も解けたしな。
ジークには、謝してもしきれない。
と、そんな子供たちの中、クリスだけは俺を恐れなかった。
恐れないというなら、ララも多分恐れちゃいないが、とにかくクリスは他の子とは違った。
パパ、パパと無に甘えてきてくれたのだ。
ルーシーあたりは魔法大學に學したあたりから、段々と親離れしたが、クリスは魔法大學にっても、「パパ大好き」という姿勢を崩さなかった。
流石に思春期が來たぐらいから、し的な距離は開いたかなと思ったものの、それでも相変わらずのパパっ子だった。毎日のように、學校で何があったかを、嬉しそうに話してくれたり、困った事があったら、相談を持ちかけてきてくれた。
そりゃ、俺だって甘やかしてしまうさ。
ちょっとおねだりされたら、かわいい服とか買ってあげてしまうさ。
別にクリスを特別扱いしているつもりはない。
子供たちが甘えてきたら、適度には甘やかすつもりでいたんだ。
あまりにも甘えてきてくれないから、クリスの甘やかしがちょっと過度になってしまっただけなんだ。
実際、最近はララだって甘やかしている。
こないだも、おねだりに応えて金屬塊を用意してやった。
俺が魔で作り出した、特の金屬塊だ。土魔で作ったものだから、正確には金屬塊ではなく巖塊なのだが、魔導鎧に使われているのと同等のものだから、ほぼ金屬だ。
そんなものを何に使うかはわからないが、とにかくしいというから用意してやった。
するとララは「ありがとーぱぱー」と棒読みしながら抱きついてきてくれた。
ララはなんていうか、甘えているというか、俺をチョロいと思っているフシがあるんだよな……。
まあ、でもいい。
チョロくて結構だ。
甘えてもらえないよりマシだ。
まぁ、ララの事は置いておこう。
今は、クリスの話だ。
クリスは、正直なところ、あまり優秀な子ではなかった。
剣もそこそこ、魔もそこそこ。
別にサボっていたわけではないが、特に熱心というわけでもなく、落ちこぼれかというと(兄弟姉妹の中では一番下ではあるものの)そういうわけでもなく。
平々凡々なじで魔法大學を卒業し、人し、アスラ王立學校に通うこととなった。
ウチの家では、魔法大學を卒業した後は、アスラ王立學校に通わせる事になっている。
それは、自立させるためだ。
自分一人で、人の群れの中に放り出されて、どうにかするを學ぶためだ。
人生には苦難がつきものだ。どんな生き方をしていても、苦難はやってくる。
だが大抵の苦難は、乗り越えることが出來る。方法は様々だ。己の能力を底上げしたり、ちょっとした工夫をしてみたり、友人や仲間を作り、手伝ってもらったり。
もちろん、その中には親の力を借りる、というものもある。
世の中には親の力を借りたくない若者もいるだろうが、方法の一つとして確実に存在している。
まぁ、よその家はともかく、俺は子供たちに力を貸してしいと頼まれたら、もちろん盡力するつもりだ。容にもよるがね。
とはいえ、俺もずっと側にいてやれるわけではない。子供はずっと子供で、親はずっと親だが、常に力を貸してやれない時はある。例をあげる、俺の方が先に壽命で死んだりする。
だから、學校という、失敗できる場所で、今のうちに、予行練習するのだ。
全て自分の頭で考え、で行して行い、全ての自分の行いに自分で責任を持つってことを。
でも正直な所、心配だった。
なにせクリスはとても平凡で、素直で、泣き蟲で、我が子たちの中で一番の子供だ。
そんな子が、俺の庇護を離れて、本當にやっていけるのだろうか、と。
不安要素はそれだけじゃない。
クリスは、昔からキラキラしたお姫様に憧れていた。
アスラ王立學校も、ずっと前から通うのを楽しみにしていた。
おとぎ話に出てくる、お姫様の通うキラキラした所だと、ずっと信じてきていた。
まぁ、お姫様も通っているし、キラキラもしているから、あながち間違いじゃない。
でも、あそこは、アスラ王立學校は、それだけの場所ではない。
學校と名はついているものの、アスラ王國貴族の図みたいな場所なのだ。
謀渦巻く……とまではいかないが、生徒同士の権力爭いが、日常的に起きている場所なのだ。
一応、そう教えはしたのだが、クリスはあまり聞く耳を持ってはくれなかった。
一瞬だけきょとんとした後、「パパったら心配なんだから!」と笑うじだ。
過酷な場所に、あんな臆病で甘えん坊な子が、間違った認識を持ったまま學する。
不安で不安で仕方がなかった。
何か問題が起きるに違いないと思っていた。
ジークのように現実に打ちのめされ、ニートみたいになってしまうかもしれないと思ってしまっていた。
正直、無理に行く必要は無いのだ。
例えば、リリはアスラ王立學校には行かなかった。
もちろん、彼の場合はやりたいことが明確で、手に職を持つのに、學校より職人に弟子りをしたい、という強い意志があったから、俺も許可したわけだが……。
とにかく、行かせたくなかった。
だが、最終的には俺は反対することも、引き止めることも無かった。
彼は間違った認識を持っている。
キラキラしたアスラ王國への幻想。
それは壊されるだろうし、もしかすると、そのせいで、大きなショックをけてしまうかもしれない。
だが、それもまた人生なのだ。
獅子は己の子を千尋の谷に突き落とすもの。虎は十年掛けて強靭な悪役レスラーを育てていくものなのだ。
ダメなら、ダメでもいい。
ジークのようになってしまっても、しばらく面倒を見てやるつもりだ。
ジークだって、しばらく家でうじうじしていたが、最後にはちゃんと、自分の行きたい方向に進み始めたわけだしな。
だから心を鬼にして、俺はクリスを送り出した。
きっと彼は大人になって戻ってくると、そう信じて……。
や、信じていたかというと、実はあんまり信じてなかった。
正直、一年目ぐらいで、もう帰りたいと泣きついてくるかと思った。
ただ、俺の予想に反して、クリスは泣き言をいわなかった。
定期的に送られてくる手紙の中には愚癡が書かれたものもあったが、悪い噂は聞かなかった。
ああ、うまくやれているんだな。
そう思っていた。
でもまさか、あんな事になっているとは……。
---
アスラ王立學校卒業式。
それは毎年、アスラ王國の王城で行われる式典だ。
卒業式というと、卒業生全員が整列し、厳かな雰囲気の中で、卒業生の名を一人ひとり読み上げていったり、卒業証書を手渡したりといったものを想像するだろう。
俺が前世で経験したものや、魔法大學の卒業式も、そんなじだった。
だが、アスラ王國のものは、しが違う。
王城の巨大な講堂に卒業生が全員集められ、豪華なパーティが開かれるのだ。
このパーティは、アスラ王國で常日頃から行われているものと、ほぼ同じ形式で行われる。
正裝の義務、場の順番、己より目上の貴族への挨拶など、アスラ王國の社界で當然のように行われているものを、そのまま執り行うのだ。
この立食パーティが、アスラ社界と違う部分は2點。
まず、立食形式であるということ。
アリエルが王になった後によく見かけるようになったこの形式は、下級~中級貴族からは『より多くの者に上への接のチャンスがある』と好評で、上級貴族からは『目を掛けている低い分の者を、他の貴族に角が立たないように持ち上げやすい』と評判がいい。
一部の分至上主義者や、立っているのも辛いほどでっぷりと太ったアスラ貴族のおっさん方からの不評の聲もあるが……。
ま、そういう方々は従來のパーティを開いてもらえばいいだけの話である。
住み分けって奴だ。
次に、卒業生が全員、同じ分というで行われる。
アスラ王立學校の生徒には、分差がある。平民から貴族、貴族も下級から上級と、幅広い。
卒業後の職業に関しても様々、騎士になる者、文になる者、侍になる者、他國に嫁ぐ者や、領主である親の後を継ぐべく、小さな領地を任される者もいる。
だが、卒業式の卒業生は、全員が平等だ。
『卒業生』という分を與えられ、王族への立ったままの謁見を許されている。
出がスラムで、には盜人をしていたようなガキで、卒業後も大した地位がめない者でも、この學校にり、落第することなく全過程を終えたのであれば、今日は『卒業生』だ。
平等であることを示すため、平民なら手が屆かないような高価な禮服なども贈呈される。
アスラ王立學校の卒業生として、どこに出しても恥ずかしくないようなパッケージングをしてもらえるのだ。
今晩だけの特別な分。
主賓であり、主役なのだ。
もちろん、學生にもヒエラルキーがあるから、必ずしも同じというわけではない。
績、人、學校の行事への貢獻度……だけならいいのだが、ぶっちゃけ家の格もヒエラルキーには関係してくる。
平等といいつつも、形だけの事というわけだ。
まぁ、翌日になれば、卒業生という分は消失し、それぞれが元の分に戻るのだから、仕方のないことだろう。
分差というものは、殘酷だね。
そして、そんなヒエラルキーのトップ。
それは卒業生の中で最も優秀で、最も人を集め、最も學校の行事に貢獻し……そして上級貴族レベルの家柄の持ち主だ。
その人が一人、卒業パーティで挨拶をする。
卒業生を代表しての挨拶。
いわゆる、主席卒業者の挨拶だ。
パーティには、アスラ王國の名だたる貴族たちが參列する。
その中には、當然ながらこの國の王、アリエル・アネモイ・アスラの姿もある。
彼の前で、自分がいかに優秀で、どれだけ國に貢獻できるのかを演説するのだ。
とても栄譽なことである。
名譽なだけではない。王や上級貴族に名前を憶えてもらえるチャンスだし、自分の家は優秀な家系だというアピールにもなる。
なのでアスラ王宮で権力爭いにをだしている親たちは、子どもたちに、多大な期待を掛ける。
主席を取れと口を酸っぱくして言い続ける。
子供は子供で、その期待に応えようとする。
家柄に恥じぬ績を殘し、堂々と卒業するためにも、懸命に學業に、行事に、そして派閥作りに邁進する。
もちろん、親が期待するというだけで、主席を目指すわけではない。
學校で作った派閥は、卒業後に自分の家臣になる確率が高いし、派閥を作ることはアスラ王國での立ち回りの練習にもなる。
この學校でトップに食い込むということは、アスラ王國の中樞部でもやっていけるということだ。
野心のある若者なら、親に関係なく、誰でもこの學校で一番を取ろうとするだろう。
そうした競爭に勝ち抜き、今年の主席となったのは、一人の令嬢だった。
アスラ王國イエロースネーク家の長。
ヴィオラ・イエロースネークだ。
イエロースネーク家は、四大地方領主たるグレイラット家ほどではないが、アスラ王國の金庫番と言われるほど、國の財政を擔い、助けてきた存在だ。
家柄は申し分無く、誰も彼の主席卒業に文句は無かった。
イエロースネーク家の當主も、自分の娘が、王家やグレイラット家といった格上を抑えて主席になったことを、鼻高々で自慢していた。
ヴィオラはしい娘だった。
癖のある、茶に近い金髪を結い上げて、につけるのは真っ赤なドレス。
細くつり上がった目は普段ならイジワルそうな印象をけるだろうが、スピーチの場においては凜々しく映る。
喋り方も堂々としており、普段から人の前に立つのに慣れているのがわかる。
立派なものだ。
「――今後は學校で培ってきた力、知識、経験で國に貢獻できるよう努めていく所存です。アスラ王國に栄あれ!」
スピーチは何事もなく終了し、會場は割れんばかりの拍手で包まれた。
これにてスピーチは終わり。
あとは、アリエル陛下が祝辭を述べ、ヴィオラと一緒に乾杯の音頭を取れば、食事と歓談とダンスの時間だ。
俺もクリスの所に駆け寄っていき、祝いの言葉を送ることができる。
なんて考えてると、どうにも頬が緩んでしまう。
クリスにも立場とかあるだろうからな、キリッとした顔でいかないとな。
なんて考えていると、不思議なことが起こった。
「……しかしながら、この場には、栄えあるアスラ王國王立學校の卒業生に相応しくない者がいます」
ヴィオラは、話を続けたのだ。
スピーチは終わりだが、まだ言いたいことがあると言わんばかりに。
このすぐ後に、アリエルの祝辭が控えているというのに。
実に不敬なことであったが、アリエルが意外そうな顔をしつつも何も言わず、彼を咎めなかったため、彼の話は続いた。
「その者は、學からこの方、アスラ王立學校の名譽を汚し続けました」
ヴィオラは、その言葉を皮切りに、その人がやってきた悪事を暴し始めた。
舞踏會の日の靴に針を仕込んだだの、自分より績上位の生徒の教科書をビリビリに破いただのといった、ささいな嫌がらせに始まり。
教師に恩やを売って績を底上げしたり、分の低い生徒に職員室に忍び込ませてテストの答案を盜み出したりといった、ズル。
在學中に実家が沒落してしまった令嬢をイジメていただの、自分を慕ってくれる男子生徒を顎でコキつかっていただの、その男子生徒の數にものを言わせてイバリ散らしていただのといった、なもの。
構に迷い込んできた野良犬に勝手に餌をやって裏に犬小屋を作っただの、教室に出たゴキブリを素手で潰しただのといった、よくわからないことまで。
「他者を蹴落とし、不當に高い順位と評価を得る……果たして、それが名譽あるアスラ王立學校の卒業生にふさわしいでしょうか?」
ヴィオラは芝居がかった仕草で、周囲を見渡した。
周囲にいるのは、アスラ王國の名だたる上級貴族たちである。
彼らは、ヴィオラの言葉に顔をしかめ、「けしからん」だの「もしそれが本當であれば、卒業に相応しくない!」と口々に言い始めた。
まぁ、彼が上げたような悪行と似たような事は、どれもアスラ王宮で日常的に行われているものだが、ともあれ彼らは口々にそう言った。
なぜなら、アスラ王宮でもバレたら糾弾されるからだ。
バレないように悪事を働くのが、彼らの正義なのだ。
ヴィオラの視線は、アスラ王國貴族たちの最奧で止まった。
そこには、この國の王……アリエルの姿があった。
彼はヴィオラの一連の暴を、何も言わず、靜かに聞いていた。
ヴィオラが彼を見ると、自然と周囲の視線もアリエルへと集まった。
それにつれて、次第に周囲の喧騒も靜まっていく。
周囲が靜まり返った所で、アリエルは口を開いた。
「その者の名は?」
靜かな言葉だったが、なぜかパーティ會場全に響き渡った。
ヴィオラは思わず口の端を持ち上げ、會場の一點を指差した。
「あの者……」
そこには、まだ乾杯もされていないのに、チキンナゲットをつまみ食いしている、一人の淑の姿があった。
すぐ傍には茶髪のおとなしそうな子がいて、ハラハラしながら淑の口元を拭っている。
テーブルを挾んで向かいにいるイケメンの青年は「もう、しょうがねえなぁ」とでも言わんばかりの仕草だ。茶髪のおとなしそうな子の橫にも、苦笑しているイケメンがいる。あと……。
あれ、なんか彼の周囲、やけにイケメンが多いな。
もしかして……モテるのか?
「クリスティーナ・グレイラットですわ!」
「ん?」
大勢の視線に曬された時、彼はきょとんとした顔をしていた。
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