傷口はふさがった。

だけど薄皮一枚というじで、しっかりとくっつくまでどれくらいかかるのか……。

（霊の傷って、予想よりも治りが悪いのね）

薬を塗ってみて、魔力の浸が悪いとはっきりわかるほどに。

だから薬の効果も弱まってしまう。

相手が霊だったから、傷にも霊の魔力が影響していて、他の魔力を弾いてしまうのかもしれない。

「こんな時は……」

一度部屋に駆け戻り、薬の瓶をポケットにれた。

そうして作業場に戻ろうとしたところで、ナディアさんが追いかけてくる。

「リズ！　待って、夕飯を持っていくわ！」

「え」

ナディアさんはバスケットを抱えていた。ふんわりとバターの焦げた香ばしい匂いがする。

「みんな忙しいから、料理長がパイを作ったの。お茶とパイならすぐ食べられるでしょう？　持っていくから、食べてから作業をするのよ？」

心配そうなナディアさんに、私は笑顔でうなずく。

「ありがとうございます！」

調合を始めると、つい食事のことは忘れがちになるのだ。有難い心遣いに謝して、言う通りにさせてもらった。

ナディアさんは看病の人手が足りないからと、作業場からすぐに帰った。

私は一人きりになるけど、大丈夫。

作業場の近くにも、何人か顔見知りの兵士さんが立っているから。

騒然としているのが外にもわかるようだと、やっぱり騒ぎに紛れて盜みにる人もいる。そういう人への対応のため、警備が強化されたらしい。

邸全を公爵家の私兵が巡回しているのだそうな。

ミートパイと溫かいミルクティーを食べ終わった私は、「よし」と気合をれてから、作業場の機に瓶を置いた。

魔王の薬の瓶だ。

外はもう暗くなりつつある。半分以上藍に染まっていた空を見上げて、私は瓶にささやいた。

「魔王レド様。來られますか？」

呼びかけた數秒後、もわっと瓶から白い煙が出て來る。

その白い煙はまたたく間に貓の形を作り始め、気づけばもちっとしたの貓になり、機の上に著地した。

「こんばんはリズ。今日も我の講義を聞きたくなったのかい？」

「はい。できれば霊の傷を癒せるような、錬金の薬をご存知ですか？　そして急でお願いしたいんです」

「急？」

魔王レド様は片方の眉をピクリと上げた。

「霊に攻撃された者がいて、怪我をしていると？」

「そうなんです」

私は経緯を説明した。

先日呼んだ時に話した、急な寒さ。その原因が霊だったらしいこと。見つけた霊が壊れかけていて、近づく人間を攻撃してくること。

「その霊に攻撃された人間の、怪我が治りにくい、と」

「はい」

うなずいた私の前で、レド様は顎に手をやる。

「霊の攻撃は魔力の塊みたいなものだよ。それが攻撃された後も殘って、人間のの魔力に干渉して阻害しているんだろう。錬金の薬は使ったかい？」

「一応、普通の薬よりは効果がありました。効きは悪いですけど……」

「効果があるなら、後は魔力を多めにして作るしかない。重ねて、本人の魔力で押し返すためにも、そう導する薬にするかな」

レド様は一度「ふむ」と何かを納得したようにうなずくと、私に紙とペンを用意させた。

「霊は冬の系統だったかい？」

「はい。冬の霊ではないかと」

レド様はペンを抱えて、さらさらと魔力図を描いていく。

それはまるで雪の結晶のような、しい図だった。

「使用する水への図を変えるといい。我はそうする。水の方が冬の霊の魔力に親和が高い。そこに、霊の魔力を排除する図を刻む」

「なるほど」

「そして薬には火の要素を。塗った傷口が熱を持つようなら、冷やすことで対応する。なるべく冷たい水で。それで一日もあれば、傷口の魔力は抜けるだろう。後は普通の薬で対応したらいい」

「ありがとうございます！　これで早めに治せそうです。また霊と戦いに行く必要があるでしょうし、怪我人が増え続けたら手が足りなくなりますから」

霊を倒すまで、何度でも戦いを挑むことになるだろう。

その間はたくさんの怪我人が出るかもしれない。

薬がたくさん必要になるなと、私は調合する量を頭の中で計算し始めたのだけど。

レド様が首をかしげた。

「うーむ。……普通には、その霊を消滅させるのは難しいだろうね。我でも正攻法ではやらないかな」

正攻法ではだめ？

「魔みたいに倒すわけにはいかないんですか？　おとぎ話だって……」

姫君を助ける騎士も、魔師も、みんな普通に戦って倒していた。

「おとぎ話で剣で倒された霊は、もう力が盡きかけた霊だったんだろう」

そしてレド様が私に尋ねた。

「考えてみるといい。存在だけで、空間魔力量を変えてしまうような相手だ。そのの中にどれだけの魔力をめていると思うんだい？」

レド様に言われてハッとする。

たしかに。霊の魔力は魔や人とは比べものにならない。

いや、でも人だって魔力をたくさん持っている人はいる。が……存在で空間魔力量まで変えることはないか。

そんな私の思考に気づいてか、レド様が小さく笑った。

「人はが主だ。使える魔力の半分は、周囲からどれだけ魔力を集められるかにかかっている。だから空間魔力量が減ると、とたんに魔法が使えなくなるのだ」

「では霊は、魔力そのものみたいな存在なのですか？」

「そういうことだ。魔力でふくらんだ袋のようなものを想像するといい。それが一気に壊されたら――周辺の町ぐらいは簡単に消滅するだろう」