その霊が、私達の気配に気づいたのか、目を開く。

しい紫の瞳。

白目の部分がないので、どこか犬や鳥を思わせる。

その瞳に魅られていると、急速に周囲の溫度が冷えるのをじる。

「來るぞ。早くアイテムを使え」

剣を抜いたディアーシュ様に言われ、私は急いで肩にかけた鞄を探る。

戦闘の張に手が震えそうだ。取り落としたりしないよう、私は自分の指を噛んでから、鞄から『霊の眠り』を取り出す。

炎の気配が霊に察知されたのか、吹雪が吹きつけ始めた。

ちらりと見れば、霊は両手を広げ、その周囲に無數の氷の刃が見える。

しかし私の前に立ったディアーシュ様の背に隠れて見えなくなる。

吹雪の冷たさも遮られた。

（守ってくれている）

そのことに謝しながら、私は『霊の眠り』を抱くようにして、魔力を込める。

「この中に、冬の霊の力を閉じ込めて、相殺する。お願い！」

しずつ、腕の中の結晶が、熱を帯びていく。

「え、なんかあっつ」

っていられないんですが！？

どうしようと思ったその時、激しい衝突音が間近で発生した。

霊が攻撃をしてきたのだ。

あの氷の刃は、ディアーシュ様達が剣で打ち払おうとする。

けれど剣が接した瞬間に発するのだ。

――悲鳴が聞こえた。

（誰かが怪我をした）

吹き飛ばされたのか、発の衝撃で負傷したのか。

ディアーシュ様は耐えている。

発を魔法で防いだようだ。

「あっ」

私は発に驚いて、結晶を離してしまっていた。

けど、『霊の眠り』はそのまま宙に浮いて、しずつ高度を上げていく。

そして私の長よりも高く上がったところで、金屬的な音が鳴り響いた。

――キン

同時に赤い炎が噴き出して円を描き、その中心に黒い空間が出現する。

霊がうろたえたように後退る。

が、その霊からひび割れた箇所が次々と黒い空間に引き寄せられた。

マントのように広がった結晶、髪の端が、白いとなって吸い込まれて消えて行く。

――キィィィィィ！

霊がんだ。

斷末魔のようで、聞いていると心が痛い。

それでも『霊の眠り』は黒い空間を閉じることはなかった。

霊のが、ふわっと煙のように郭が崩れると、その白い煙までも黒い空間へ引きずり込まれていく。

やがて――殘ったのは、ほんの小さな、両手でけ止められそうなほどの青白い鉱石みたいな結晶だ。

「あ、ストップ、ストップ！」

私はその鉱石まで引きずり込もうとしている『霊の眠り』を止めにかかった。

細々と私から流れる魔力を斷ち切る。

するとふわっと炎も黒い空間も消え去り、すとんと『霊の眠り』が落ちて來た。

「え、あんな簡単に終わるの？」

「なんだったんだアレ……」

カイや他の騎士の聲が聞こえる。

解説すると、あの黒い空間は地底の黒界石の力で、あれは様々なものを吸収し捕えてしまう魔力を持っているのだ。そこに炎の力が加わり、吸い込んだ霊の力を弱めて抵抗できなくするのだけど。

まぁ、そういうことを話すのは後だ。

「どうする気だ？」

まだ剣を手に持ったままのディアーシュ様が、私を振り返っていた。

「あの霊の結晶を回収します」

私はディアーシュ様の橫を駆け抜けた。

「危ないぞ！」

騎士さんの聲を無視して、雪の上にぽとりと落ちた青白い石を拾った。

それを鞄から出した、広口の瓶の中にれる。

霊が力を失った後、霊の結晶が殘るとレド様から聞いていたのだ。

回収した方がいいと聞いて、青いインクで魔力図を描いた瓶を用意していた。

レド様が寒さの規模から結晶の大きさを類推してくれていたので、サイズはちゃんと合っていたようだ。大きな瓶の中に、結晶が納まった。

きゅっと蓋を閉めれば完了だ。

「霊は倒せました！」

立ち上がって宣言すると、今回ついてきてくれていた騎士達がほっと表をゆるめる。

「それは何だ？」

まだ表が渋いのは、ディアーシュ様だけだ。

たぶん私がこの霊の結晶を拾いに行ったことで、完全に倒せた気がしないのだと思う。

「これは霊の核みたいなものです。ここにもっと魔力が集まると、思考が生まれて霊の形になりますが……。このままなら何もできません。空間魔力量を上げてくれるだけです」

霊の結晶でも同じ効果は見込めるのだ。

「だからこれを王都に置けば、王都周辺はし魔法が使いやすくなるのではないでしょうか？　なにせここに霊がいただけで、王都までが寒くなったのですから」

「王都周辺の魔力を上げるのに役立てろということか？」

「はい」

私はどうぞとディアーシュ様に霊の結晶を渡した。

「正直、炎トカゲの心臓とか地底の黒界石とか、かなり希な素材なので、霊を倒すだけでは割に合わないのでは……と思っていて」

レド様に、霊の結晶が空間魔力量を上げると聞いて、これを代わりにしてもらおうと思いついたのだ。

ディアーシュ様はため息をついた。

だけどその表は、呆れながらも微笑んでいるようなじだ。

「依頼したのはこちらだし、王陛下も希な素材が失われるとわかっていても、國民が寒さで困窮するよりも良いと思って渡したのだ。気にすることはないと思うが……。ひとまず獻上してみよう」

ディアーシュ様はようやくけ取り、結晶を他の者に渡した。荷として運ぶためだ。

瓶、けっこう大きかったからなぁ。ディアーシュ様が持ち歩くのは難しいもんね。

鞄の中、ほとんどあの瓶と『霊の眠り』が占領していたんだもの。

「とにかく、よくやった」

ディアーシュ様が私の頭に手を置く。

「帰るとしよう。その後で……々と聞かせてもらいたいこともあるしな」

後半の言葉に、私はうっと息が詰まる。

さて、どうやって説明しよう。

不安にはなる。けれどもう、最初に會った時のように、この冷酷公爵閣下に殺されるとは思っていない。

「はい」

うなずいて、私はディアーシュ様達と帰途についたのだった。

ここで第一部完です！　しばらくして準備ができたら、次更新しますのでお待ちください。