《【書籍化】薬でくなったおかげで冷酷公爵様に拾われました―捨てられ聖は錬金師に戻ります―》この者が錬金師だ

「え?」

前が見えない。

「アガサ、見えないようにしておけ」

「承知いたしました」

アガサさんの返事がしてすぐに、馬車の扉が開かれる音がした。

「ご令嬢……う?」

私が出て來るはずが、中から出て來たのがディアーシュ様だったので驚いたんだろう。とまどう聲がする。

その聲は、聞いたことがあるものだった。一度だけ會った、神殿の人かもしれない。

「私が乗っている馬車を止めたのだ。覚悟はあるのだろうな?」

ディアーシュ様の言葉の後、金屬がこすれる音がした。

悲鳴が上がったので、見えないけど確信した。

(剣を抜いたんですか!?)

ディアーシュ様もこの狀況にイラついていたのかな。

「我が公爵家の紋がある馬車を止めただけでなく、拳を振り上げたのだ。その代償を払う覚悟はあると思ったのだが、どうだ?」

貴族の馬車に石を投げたり攻撃をくわえたら、犯罪となる。石を投げた人間が平民なら、牢にれられてしまうはずだ。

たとえ故意ではなくとも。

貴族と平民の間には、絶対的な格差がある。それが最も顕著なのが、こういうところだ。

貴族が不愉快だと言えば、それだけで平民は処罰されてしまうこともある。

「お待ちください! ご令嬢にお話を聞いていただきたくて……!」

「話ならば王陛下の方へ申し伝るようにと、そなたらの大神には連絡しているはずだが?」

「そ、それは知らない……」

「では大神の失態だな。罷免に値する。神殿にもそれなりの罰を背負ってもらおう」

ディアーシュ様は冷たく切り捨てた。

本來なら、貴族はこれぐらいに強気でも問題のない存在だ。

「大神様は関係ありません! 人々が救い主を求めて、自主的に來ただけで」

「勝手な妄想で、子供にすがりついて全責任を負わせようとして、楽しいか?」

言い訳をする神に、ディアーシュ様は厳しいことを言う。

「すがりつくなんてそんな……」

「では、聖は崇め、救世を願う対象ではないのだな? 神に願えばいい。その願いが屆けばだがな」

ディアーシュ様が鼻で笑ったのがわかる。

「か、神を冒涜するのですか!」

「もとより、私は神の園へ招かれるような人間ではない。そもそも、実際に人を救った錬金師は他に居る。そちらに渉したらどうだ?」

ディアーシュ様が、そのまま誰かに聲をかけた。

「そうだろう?」

「全くですねぇ。書をもたらした神のような方ではございますが、我々の涙と汗と努力を無視されてしまうのは悲しいですな」

聲の主はゴラールさんだ。

私と一緒に同行することになっていて、他の馬車に乗っていたはずだけど。騒ぎに気づいて來てくれたみたいだ。

「この者が、書を解読して錬金で數々のアイテムを作った錬金師だ」

「ぜひ我々のことも、神殿にたたえて頂きたいのですがね?」

ディアーシュ様の紹介をけたゴラールさんの口調から、ニヤニヤしながら言う姿が目に浮かぶようだ。

「その、後日、神殿から謝の言葉をお屆けします……が、だとしても、いとはいえでもない男達と旅をするなど! 公爵邸では王陛下の使者が側で見守っているとおっしゃってましたが、今は使者もいないようではありませんか!」

はまだがんばるらしい。

(というか、王陛下が使者を送ってるってことになってたのね)

私は全く知らなかった。

たぶん、神殿側から難癖をつけられた時に、適當に話を作って置いたのだろうと思う。そんな使者と會ったこともないので。

一方のディアーシュ様は、何も後ろ暗いところもないように、あっさりと返事をした。

「それは問題ない」

「問題ないわけがありません! そうだ、急遽ではありますが、私の方でをお側に……」

「いらないな。婚約者同士であれば、共に旅をしても不自然ではないだろう?」

「は……?」

が間抜けな聲を出す。

私も同じように言ってしまいそうになって、あわてて口を閉じた。

(え? 婚約!? いつどこで!)

ディアーシュ様は、當然のことのように続けた。

王陛下の勧めで婚約している。私事であることと保護者となるためなので、公表はしていなかったが、ずいぶんと心配してくれているようなので教えておく。では先を急ぐので、どいてもらいたいのだが?」

婚約したと聞かされて、神の方はこれ以上は難癖をつけられないと諦めたようだ。その後は、特に抗議の聲が上がることもなく、馬車の扉が閉じられた。

ゆっくりと馬車がき出してから、私はマントから顔を出して言った。

「婚約とか聞いてません!ディアーシュ様!」

いつどうなってそう決まったのか。

そもそも本人に承諾の一つもないのは、良くないと思うのだ。

しかし私のそんな反応も予想していたのか、ディアーシュ様はそっけなく答える。

「必要な措置だ。後でいくらでも破棄できる。気にするな」

「えええええ」

婚約って、そんな切ったりったりできるものじゃないはずでは?

「ディアーシュ様の名前に傷がつきますよ……」

私の側は破棄したとしても、年齢を言い訳にできるし。でもディアーシュ様は適齢期だから。

「私の名前は別に気にしなくていい。の方が面倒だろう」

(……そこを気にしてくれるんだ)

側の方が、婚約破棄のダメージは強い。なぜか側にも問題があったのではと言われやすいのだ。

特に相手がディアーシュ様のような名譽もお金もある貴族だと、悪し様に言われるのだろう。たぶん、嫉妬のせいで。

ディアーシュ様はそれを心配しているのだと思う。

「でも、ディアーシュ様のご結婚に障りがあるのでは」

まだ未婚なのに、年下のの子と婚約したというだけでもアレなのに、すぐに婚約破棄をしては、評判が悪くなりそうだ。そろそろ結婚する年齢なのに、相手に嫌がられたら大変だ、と私は思ったのだけど。

「気にしなくていい」

ディアーシュ様は取り付く島もない返事を返すばかりだ。

ため息をこっそりついた私は、端を握っているマントのことを思い出す。

もう返すべきですよね? 返せと言われなかったけれど、私はマントをぎ、ディアーシュ様に差し出した。

「お返しいたします」

このマントを被せられた意味はわかっている。私の姿が見えると、ディアーシュ様に無下にされた神たちが、私に向かって話そうとし、ディアーシュ様の言葉を無視しようとするかだろう。

を長引かせないよう、私の存在を視界から隠そうとしてくれたのだ。

「馬車が停まるまで、そのまま持っていろ。中では著づらい」

言われて、なるほどとうなずく。

ディアーシュ様は大柄だから、馬車の中で腕をばしたりはしにくい。綺麗にに著けられないのに、無理に來てしわだらけになったらみっともないだろう。

「ではお預かりします」

私は綺麗にたたんで、膝の上に置いた。

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