「クラージュ公爵閣下も、よくぞ彼を保護してくださいました」

ある程度の事を知っているのか、マディラ前伯爵はそう伝えた。村人達や騎士達が作業をしに行って私達から離れたものの、警戒して小聲で話してくれる。

「幸運だった。保護した時には、こんなことになるとは思わなかったがな」

「この國が神に見捨てられていない、ということでしょう。まさに天の恵みですな。半面、不心得者に狙われやすいということでもありますが」

「我々は等しく彼の恩恵をけた者だ。全員で保護していけばいい」

「左様でございますな。我が國を救った寶ですからな」

あの……と、私は二人の會話を止めたくなる。

本人の目の前で、ベタ褒めしないでもらえないでしょうか。恥ずかしくて、雪を掘って中に隠れてしまいたい。

私はついつい、二人からし離れてしまう。

「しかしこのような技があったとは。錬金の名は耳にしたことがありましたが、魔法よりもささやかな効果しかないと思っていたのですよ」

マディラ前伯爵は、周囲を見回すようにして続けた。

「まさか、こうして冬の間に作を育てられるようになるほどのものとは……」

つられて見ると、騎士や兵士達があっと言う間に他の畑にも設置を始めたり、畑の持ち主が種まきをしている。

その上に、はらはらと降り始める雪。

本來なら種まきなどできない狀況なのに、と思うのも無理はない。

「それでも、確実に功するかはわかりません。一年かけて試してみたわけではなく、王都の軒先での小さな実験しかしていませんから」

「王都も先月までは一番厳しい季節だったはずですよ。その時に試しているのなら、大丈夫でしょう。そもそも、種まきをしても収穫が半減するだろうと頭を悩ませていたくらいですから。今上手くいかなくても、春になってから、がんばって育てればよろしい」

優しいことを言ってくれる。

嬉しくて、私は「はい」とうなずいた。

「ところでクラージュ公爵閣下、火山地帯へ行かれると聞きましたが」

話題が代わり、マディラ前伯爵はディアーシュ様に水を向けた。

「その予定だ」

ディアーシュ様は、もうし北にある火山地帯へ向かうことになっている。

「では、公爵閣下が火山へ踏みっている間、リズ殿は我々がお預かりすればよろしいのですかな？」

たぶん、マディラ前伯爵は私が滯在する期間に予想をつけたかったのだと思う。ディアーシュ様を待つのなら、私は二週間は滯在することになる。

しかしディアーシュ様は首を橫に振った。

「いや、連れて行く」

「は？」

マディラ前伯爵は、目を丸くした。

「あの、火山地帯……ですが？」

「私が連れて行くから大丈夫だ。どういう場所へ行くにせよ、リズと離れるつもりはない」

その言葉に、私はなんだかむずむずする。

神殿を避けるために、手元で保護するという意味なのだとわかっているけど。

（どうして『離れるつもりはない』なんて言い方するの）

変な意味にけ取ってしまいそうで、なんだかドキドキしてしまう。心臓に悪い。

そもそもは、火山地帯へ行くという話を聞いて、行きたいと言い出したのは私だ。

熱鉱石よりも、力の強いを作っておきたいので、素材を探したかったので。

また冬の霊の事件のようなことがあっても、特別な材料というのはそうそうない。代替でき、ある程度の數が作れるように、火山地帯で見つけられる材料がしかった。

あと、他のアイテムを作るのにも、々とあれば便利なのだ。

ディアーシュ様にもそういう理由で、同行の許可を得ていた。

（あんまり賛してはいなかったみたいだけど）

許可してくれる時も、気乗りがしない表をしていた。今も隣で、ディアーシュ様はやや渋い表をしている。んで連れて行くわけではないと、表明するみたいに。

（それでも同行を許した理由は何だろう）

何度も説得したわけじゃない。なのに、ディアーシュ様はイヤイヤながらうなずいたのだ。

反対するかと思った私は拍子抜けだったし、後から話を聞いたアガサさんの方が心配していたくらいだ。

「閣下、さすがに連れて行くのは……」

と難を示していたのだけど、ディアーシュ様は首を橫に振ったのだ。

「今後のことを考えれば、今のうちに素材を手にれておくのは悪くない。そして、リズは知って置いた方がいい」

何を『知って置いた方がいい』のかは語らなかった。

そしてディアーシュ様は、私とアガサさんに特別な魔力石を渡して來た。

通常、水晶で出來るはずの魔力石だったけど、珍しく黒いのものだった。

「これを使う急時が來たら、アガサに使い方を聞くように」

という言葉だけ伝えられて。

私は「どうして……」と聞きたかったけれど、ディアーシュ様は「聞くな」とばかりに私の前から立ち去ってしまったのだ。

たぶん、その話をしたのが王都から出発した後で、誰かに極力聞かれたくないことだったんだとは思う。

その後はじっくり聞く隙が見つけられなかったので、謎のままだ。

（なので、マディラ前伯爵へのお返事はディアーシュ様に任せよう）

良い言い訳も思いつかないので、それで問題ないはず。

ディアーシュ様はうろたえることもなく答えた。

「霊との戦いにも參加した。それにある意味魔より人の方がやっかいだ。仲間のふりをして近づき、油斷した隙に全てを奪われる」

ディアーシュ様の言葉に、なにかを飲み込むようにマディラ前伯爵は一度目を閉じた。

「……人は、噓をつく生きですからな」

マディラ前伯爵が苦しそうにつぶやいた。

そうして納得したみたいだけど。

（ディアーシュ様は、基本的に人間不信なのかな？）

話を要約すると、ディアーシュ様はマディラ前伯爵にさえ任せるのは不安だと言っているのだ。人は噓をつくから、自分の監視下じゃなければいつ私がさらわれてしまうかわからない、と。

でもマディラ前伯爵は、それを仕方ないことと思っているみたい。

（ディアーシュ様がこんな考え方をする理由を、マディラ前伯爵は知っているのかな）

だからディアーシュ様の話に怒ることもなく、けれたのだと思う。本來なら、親族と言うことになったのに任せられないなんて！　と機嫌をそこねてもおかしくないのに……。

そのディアーシュ様は、アガサさんに私を建の中へ連れて行くように指示し、自分は畑の進捗を見に行ってしまう。

無意識にじっとディアーシュ様を見つめてしまっていた私は、再びアガサさんにうながされて足を進めた。

建の中にると、外との気溫の差を思い出す。

痛いほどではないけれど、溫石をに著けていても、冷たい空気はじるのだ。

マディラ前伯爵と溫かいを飲んだ後、一度部屋に戻る。

部屋の窓からは、畑の様子が見渡せた。

種まきにいそしむ人の姿や、それを見てはしゃぐ子供たちの姿に微笑ましく重いながらも、そこからし離れて立つディアーシュ様のことが気になる。

すると、私の上著を片付けてくれていたアガサさんが話し出した。

「びっくりしたかしら？　公爵閣下は、あまり人を信用なさらないことが多いのよ」

振り返ると、アガサさんが優しくも寂しそうな表をしていた。

「マディラ前伯爵の申し出を、信用できないからと斷るとは思いませんでした。それより、マディラ前伯爵がそれを當然だと許したことの方が、不思議です」

けっこう失禮なことを言っていたのだ。

なのに、マディラ前伯爵が納得してしまうのだから……。

「ディアーシュ様はなにかそういうご経験があったんですか？」

「ええ」

アガサさんがうなずく。

「公爵閣下は、い頃に親族達のせいで、公爵家からさらわれたことがあるの」

「え」

ディアーシュ様は嫡男だったはず。なのに、どうして親族が？

「ご両親が不慮の事故で亡くなって……。あの頃まだ公爵閣下はい年だったわ。だから行方不明になってしまえば、公爵家を手にれられると思ったのでしょうね。公爵家が背負うは、楽しいばかりではないのに」

一つ息をつく。

「ご両親がいないことで混している隙に、公爵閣下は親族によってさらわれ、魔がうごめく森へ捨てられたの。おそらく、あれほどお強い公爵閣下でなければ、王陛下が知らせを聞いて助けに行くまでの間、生きのびてはいなかったでしょう」

だから、自分自の手でなければ、信じ切れないのかもしれない、と私は気づく。

「私は子供だった公爵閣下よりも戦う力があったというのに、守り切れなかった。あんな風に全部背負おうとするのは、私達のせいでもあるわ」

悲しそうなアガサさんに、私は思わず「そんなことないです」と言ってしまう。

「アガサさん達が心から想っていることを、ディアーシュ様もわかっていると思います。とても頼りにしているってじますから」

頼りになる人が沢山いるから、不審者である私を監視下に置こうと思ったはずだ。ディアーシュ様一人では、仕事もあるので私を監視していられない。他の人の協力がなければできないことだ。

「ありがとう、リズ」

アガサさんはそう言って、私を抱きしめてくれたのだった。