《オーバーロード:前編》真祖-4
冷たい空気が広間を吹き抜けていく。
その間、その場所に集まった誰もが沈黙したまま、広間のり口――窟り口の方角をじっと睨み続ける。
傭兵団『死を撒く剣団』――殘存全兵力42名。
それがこの広間で武を持っている人間の數だ。
広間は通常時、食事をするための場所として使われている。というのもここが最もこの窟で広いためだ。しかしながら現在は即席の要塞へと姿を変えていた。
野盜達の塒であるこの窟は、最奧の長細いこの広間を中心に放狀に副がいくつか広がる。個室や武置き場、食料庫等々だ。そのためここを抑えられれば後は確固撃破の対象となるために、襲撃の際はここを最終防衛ラインと想定して陣地が作される。
陣地といっても立派な材料で作っているというわけではない。
まず末なテーブルをひっくり返し、それにあわせ木箱を積み上げて簡易のバリケードを作る。次に広間り口とバリケードの間に何本ものロープを人の腹の高さに張り巡らせる。これによって侵者の突撃を防ぎ、バリケードまで薄されることを避ける。
こうして作った防衛陣地の後ろに、ほぼ全員がクロスボウを持ち待機する。中央、右翼、左翼という分け方での配置だ。
撃戦になったとしてもり口の広さと広間の大きさを考えれば、攻撃回數が多い広間側の方が圧倒的有利である。さらに散開していることによってどこかを攻撃しようとしたなら、他の箇所から攻撃をけることとなる。範囲攻撃にしても散開している以上効果的な一撃からは多遠い。
そんな簡素だが、同數以上とも互角に戦えるような陣地がそこにあった。
冷気が吹き込んでくる。
そんな気がし、野盜の何人かが寒そうにをっている。
確かに窟の溫度はそれほど高くない。夏場でも非常に過ごしやすい。だが、今彼らを襲っている寒さとはしばかり違う。
先ほどり口の方角から聞こえた哄笑。窟を響いてきたために、別すら不肖な甲高い笑い聲。
それが彼らの全を芯から冷やしたのだ。その前まであった、『死を撒く剣団』最強ともいって良い男――ブレイン・アングラウス。彼が迎撃に出たのだからバリケードを作った意味が無かったという聲は、その哄笑が吹き飛ばした。
聞こえてきた聲はブレインのものではない。そしてブレインと対峙してもそれは笑っている。
そこから考えられる答えは1つだ。
誰もが考え付き、そして口には出せない答え。お互いの顔を黙って見合わせるのが一杯だった。
ブレインを打ち負かすような相手。そんなものは存在しない。
そう彼らは皆思っていたのだ。
事実ブレインの強さは桁はずれていた。帝國の騎士すらも相手になら無い強さの持ち主だ。そしてモンスターですらそうだ。オーガを一撃で屠り、ゴブリンの群れに単で飛び込み薙ぎ払うように命を奪う。恐らく正面から対峙すれば傭兵団『死を撒く剣団』の全員の首を取ることすらできうるそんな男を、最強と思わずしてなんと思えば良いのか。
ではそんな男が負ける。それはどういう意味を持っているのか。
張がしづつ高まる。そんな中――
コツコツという音が野盜の耳に飛び込んできた。ゆっくりだが、しっかりと。
誰かの唾を飲み込んだ、ごくりという音が大きく響く。そんな靜寂が広間全を支配した。
ガチリというクロスボウを引き上げる音が連続して起こる。
野盜達、皆が注目する中、広間のり口にゆらりと男が姿を見せた。
「ブレイン!」
野盜の頭――傭兵団団長である男が大きな聲を上げる。遅れて広間中に発的に歓聲が上がった。
隣にいる者の肩を叩き、ブレインを稱える聲を響く。
ブレインの名が何度も何度も繰り返される。
それは侵者を倒した。そういった類の喜びの咆哮だ。
そんな稱賛を全の浴びながら、ブレインは広間り口に立ったまま、黙って野盜達の顔を見渡す。それは人數を數えている様でもあり、観察しているような不気味さがあった。
そのいつもとはまるで違うブレインの態度に押されるように、歓聲はゆっくりと止んでいった。
「――俺はよぉ。使えるべき真の主人を見つけたんだ」
靜かになった広間に響き渡る、賛するような聲。ブレインの顔に浮かぶ、まるで夢の中にいるような陶酔しきった表。それは誰も見たことの無い表だった。
野盜達が知るブレインという人は剣のみを追いかけた、ある意味非常にストイックな男だ。処理用のを宛がわれても、興味なさそうに追い払う。味い酒を奪ったとしても、一口も口にはしない。
唯一、自らを高めるということに対してのみ貪な男だ。破格の金を貰い、それを貯め自らを強化するアイテムを買う。日々黙々と剣を振るい、自らの裝備品の點検を怠らない男。
先ほどの発言はそんな男のものとは思えなかった。
「……大丈夫か、なんかすげぇ顔悪いぞ」
頭でも打ったのか、そんな思いを抱きながら団長はブレインに聲をかける。
確かにブレインの顔は真っ白であった。の気が引いているとかそんなレベルではない。死人の様な――そんなだ。
「あれ? ……ブレインさんって目の赤かったっけ?」
誰かの呟きに合わせ、皆の視線がブレインの目に集中する。確かに赤い。まるでのに染まったかのようなだ。充でもしたのだろうか。誰もがそう思う。
「いらっしゃったぞ! ご主人様だ。皆、見ろよ。俺の最高のご主人様だ!」
子が自らの母親に向けるような親を、表に強く出しながらブレインは後ろを振り返り、そしてその進路上から退くかのように一歩ずれる。
ブレインがどいた後ろ、そこから何かが姿を見せた。
異様なほどの貓背。両手をだらりと力なく垂らし、顔を完全に俯かせている。長く艶やかな銀の髪が大地にれているのを気にもせずに引きずり、ゆっくりと広間にってくる。黒い仕立ての良いドレスがまるで闇が纏わり付いているように見えた。
誰も言葉を発しなかった。
あまりの異様なその姿、そして心臓が止まるのではと思えるほどの冷気。
ゆるり――と頭がいた。顔を完全に覆った、銀糸を思わせる細い髪の奧に真紅のが2つ燈っていた。それがゆっくりと細くなる。
……笑ってる。
誰が言ったのか、何処からかそんな呟きが聞こえる。
――ああ、そうだ。
――あれは笑っているんだ。
誰もがそれを理解した。いや――理解してしまった。
決して理解したくないことを――。
「おいおい、何を呆けた顔してるんだよ。俺のご主人様――シャルティア様だぞ。あぁ……なんて綺麗なんだ……」
もはやブレインの呟きは誰の耳にもっていなかった。ただ、ゆっくりと広間にってくるその異様な存在――シャルティアに全てを奪われていた。
あまりにおぞましいが故に目を離すことができない。
顔を上げるな。
こっちを見るな。
どこかに行け。
必死にそう願うのが一杯だ。
だが、その願いを嘲笑うかのように、貓背だったがしっかりとび上がり、銀糸のごときしい髪が後ろに流れることで隠れていた顔が姿を現す。
そこには――裂けるような笑みが、悪夢の王を思わせる顔に浮かんでいた。
「あははははあははっははぁぁはははっはあ!!」
哄笑――。
広間の空気がビリビリと悲鳴を上げる。窟という場所を考慮にれても異様な響き方だ。まるで大気すらも耐えかね、唱和してるのではと思うほどだった。
「うわぁぁぁぁああ!」
悲鳴が上がり、恐怖に駆られた1人の野盜がクロスボウを引く。空を切って矢はシャルティアのに深々と突き刺さる。それをけ、シャルティアが微かによろめく。
「――撃て!!」
団長の聲に我を取り戻した野盜たちは一斉に、恐怖を拒絶するようにクロスボウを引く。
クロスボウから放たれた矢はまるで雨音のような音を引きながら、シャルティアのに突き刺さっていく。
飛來した矢は総數40本。命中した數は31本。どれもが深々とに食い込んでいる。単なる金屬鎧すらこの距離なら充分打ち抜ける以上、それは當然の結果だ。
そして頭部には4本も食い込んでいる。今だ立っているが、それは人間であれば致命傷だ。
そう、人間であれば――。
「やった……」
誰かが呟く。
それは誰もが思う言葉の代弁だ。全を矢でハリネズミ狀態になっているのだ。常識で考えれば、それは確実に死んでいるはずだ。ただ、頭ではそう考えてはいるのだが、しかしながら心の片隅ではそれを信じてはいない。
野盜たちは野生のともいうべき何かに駆り立てられるように次弾の裝填にりだす。
「ご主人様。俺も……」
そこまで口にしたブレインは何かに反応するようにを震わせ、口を閉ざす。それは恐怖のようでもあり、甘なるものを味わったためにも見えた。
シャルティアがく――。
指揮者がタクトを振り上げるようにように大きく、それでいながらゆっくりと両手を――開く。突き刺さったはずの矢がから吐き出されるようにゆっくりとき、全て大地に落ちる。落ちた矢には1つもはついていない。鏃は潰れてもいない。まるで未使用品と同じだった。
それを目にしても、ああ、やっぱりかという思いしかその場にいる皆は浮かばなかった。
シャルティアは哂う。
にたりという擬音が最も相応しい、そんな笑顔で。
「うわぁぁあああああ!」
絶があちらこちらで起こり、再び無數の矢が空気を切り裂き、シャルティアに殺到する。
目玉を貫き、元を抜き、腹部に刺さり、肩を抉る。そんな中にあってまるで単なる雨が吹き付けるような、そんなわずらわしさしかシャルティアの態度には無い。
「きかないのにぃぃぃいい。がんばりまちゅねぇぇっぇええええ」
一歩踏み出す。そして――跳躍。
天井までの高さはおよそ5メートル。その天井にろうと思えば容易いだけ跳躍を得て、バリケードの後ろに優雅に舞い降りる。カツンとハイヒールが音を立てた。そしてから全ての矢が落ちる。
ぐりっと頭をかし、自らの後ろでクロスボウの裝填に手をかけていた野盜を見る。
踏み込み――毆りつける。腰のってもいない、単に手を突き出したようにしか見えないパンチだ。しかしながらその速度は桁外れであり、破壊力は領域が違う。
毆りつけられた野盜の1人のをたやすく貫通し、そのままバリケードに拳が叩きつけられる。そして発音じみた大きな音をたてながら、バリケードを構築していた木々が砕し、破片が周囲に散した。
沈黙。
ぱらぱらと木屑が地面に落ちる音のみが広間に響く。
呆気に取られた野盜たちはクロスボウを裝填する手を止め、シャルティアを凝視していた。
シャルティアは頭上に浮かぶの塊に人差し指を差しれ、引き抜く。引き抜かれた際にが糸を引き、シャルティアの前で文字となる。梵字やルーン文字にも似た魔法文字といわれるものである。
それは鮮の貯蔵庫<ブラッド・プール>。シャルティアのクラスの1つであるブラッドドリンカーで得られる特殊能力であり、殺した存在のを貯蔵し、様々な用途に使用することの出來る魔の塊だ。そしてその能力の1つ――魔法強化。
《ペネトレートマジック・インプロージョン/魔法抵抗難度強化・部散》
第10位階魔法――最高位の魔法の発にあわせ12人の野盜のが部から大きく膨れ上がる。
次の瞬間――風船が破裂するような軽快な音を立てて散した。悲鳴を上げる暇すらない。ただ、膨れ上がりだした自らのを見下ろし、何か得の知れないことが起こっているという恐怖の表を浮かべるだけの時間しか許されなかった。
「あははっはああああっははははああぁぁはは! はなびぃいいい! きれえええぇぇええええーーー!」
煙を上げる場所を指差し、にたにたと哂いながらシャルティアはパチパチと手を鳴らす。それに追従するように広間り口にいるブレインも陶酔しきった顔で手を叩く。
「うおおおおお!」
怒聲と共に突き出されたエストックが、シャルティアの――心臓のある箇所を背中から貫く。そして上下に傷口を広げるようにかされる。
「くたばりやがれ!」
続けて振り下ろされた別のブロードソードが頭部を半分斷ち切り、左目の箇所から剣先を突き出した狀態で止まる。
「続け、てめぇら!」
悲鳴と咆哮がじり合った雄たけびを上げて、総數3人の野盜達が持っていた武をシャルティアのに振り下ろす。何度も何度も剣を振り下ろす。だが、ブロードソードを顔に突き刺した狀態で、平然としている化けがそこにいるだけだ。
野盜たちは幾度もの攻撃による疲労で剣が手から離れれば、泣き顔で拳で毆り、足で蹴りつける。しかしながら巨大な巖石を叩くかのようにシャルティアはびくともしない。
シャルティアはそんな野盜たちを小首をかしげるように見ながら、考え込む。それから良い方法に気づいたのか、手をぽんと鳴らした。
「はぁぁあああああっぁああああ」
溜まった熱を放するように息を吐く。周囲をむせかえるような濃厚なの臭いが渦巻く。
無造作にシャルティアは自らの頭部に突き刺さったブロードソードを抜いた。無論、抜いた後に傷なんてものは無い。
それを振るおうとしてシャルティアは手を止める。ブロードソードは錆付き、ゆっくりと崩れだしていたのだ。自らのクラスの1つ――カースドキャスターのマイナス面をに飢えた頭に呼び起こし、がっかりしたように投げ捨る。それから繊手を無造作に振るう。
3つの頭がごろっと大地に転がった。
「逃げろ! 逃げろ!」
「勝てるわけねぇだろ、あんな化け!」
「やべぇよ、あれ!」
口々にびながら逃げ出そうとする野盜たち。もはや戦意も完全に砕け散り、逃げ出そうとした1人の頭部を後ろから両手で摑み、一気に力を込める。バキバキという甲殻類の甲羅を無理に剝がすような音と共に脳漿を撒き散らしながら頭は砕け散った。
そんな景を楽しみながら眺めるブレインの前に1人の男が転がり現れる。
「助けてくれよ、ブレインさん! お願いします! もう悪いことはしません!」
泣き顔で足に摑み、必死に命乞いをするかつての仲間に困ったような表を向けるブレイン。
「助けてやってもいいけどよ……」
「まずはご主人様に聞いてからな。――ご主人様、こいつどうしますか?」
「――ぽぉおおおぉぉんってほうってぇぇええええ」
「分かりました。うんじゃ、いくぞ?」
「やめて! やめてくださいいいいい!!」
必死にブレインの足を摑む男の背中の辺りを摑んだブレインは、片手で軽く放る。男がブレインの足を摑んでいられなくなるほどの腕力を使って。
5メートル以上は離れているシャルティアの元へ、男は山なりを描きながら悲鳴と共に中空を舞う。無論これは今までのブレインではさすがにできなかったことだ。もしかしたら両手で全の力を込めてやればできたかもしれないが。ヴァンパイアに変わることで驚異的な能力を得たのだ。
「ばぁぁぁあああああんんん」
それを地面にれさせること無く拾ったシャルティアは、下からぐるっと回転させるように天井めがけ投げつける。破裂するようなあっけない音と共にや容が降り注ぐ。その全てが下につくまでにシャルティアの頭部に浮かぶの塊に吸い込まれていく。
それからシャルティアは逃げう野盜たちに笑いかけた。
「まぁぁああだまぁぁああだいぃぃぃっぱい、いるなぁぁぁぁああああ」
無數の悲鳴、怨恨のび、絶の慟哭が広間に一杯にこだました――。
もはやくもののいない靜まり返った広間の中、シャルティアはニタニタと笑みを浮かべながら立っていた。頭の上に浮かぶの塊もなかなか大きくなっていた。大きさにして頭部よりも小さいぐらいだろうか。
「たのおおおおおぉぉぉぉおしいぃいいぃいい」
「楽しまれた様で何よりです、偉大なご主人様」
「もういぃいいないぃぃぃぃぃのかなぁぁぁああああああ?」
「それでしたら――」
「――シャルティア様!」
話しかけたブレインの言葉に重ねるように、の聲が広間に響く。
ヴァンパイアが外に殘していたヴァンパイア共に連れ立って広間にってくる。
「何者たちかがこちらに向かってきてます」
「んんん? やとうのいきのこりかなぁあぁぁっぁあああ?」
「――あ」
「じゃぁあああっぁぁああ。でむかえようかっぁっぁああああ。あははっはああははぁぁぁああああ」
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