《オーバーロード:前編》外伝:皆もおいでよ『デミウルゴス牧場』
ローブル王國。
リ・エスティーゼ王國の南西方角にある國であり、領土的には半分ほどの王國である。位置的な面ではスレイン法國に近いともいえるが、法國との貿易関係はほぼ途絶えている。というのもスレイン法國とローブル王國の間にある、ローブル王國全土を上回る広大な丘陵地帯――アベリオン丘陵と大森林――エイヴァーシャー大森林のためである。
特にその妨げとなっている広大なアベリオン丘陵には多くの――ゴブリンやオークに代表される亜人種が無數の部族を作り、小競り合いを起こす、そんな場所のためだ。
ローブル王國全土を取り囲むように存在する要塞線は、その亜人種の侵攻を阻止するために作り出されたものだ。しかしながら現在はゴブリンやオークを纏め上げるような存在がいないために、その要塞線が使われることも無いのだが。
そんな広大なアベリオン丘陵には無數の亜人種の部族がある。そんな亜人たち――特にオークたちの住居となるのは天幕だ。これはオークたちが一箇所に落ち著いて生活する種族ではないことを証明するものである。
曲がり牙<クルックド・タスク>部族に屬する天幕の1つ。
どの部族を見渡してもこれほど大きなものは無いだろう。おおよそ高さ10メートルにもなるそれは、支柱に持ち運びが困難なほど大きな木を使っている。
そして同じクルックド・タスク部族の他の天幕にこれほど立派なものは無い。逆にみすぼらしいほどだ。
その天幕は誰かが持ち込んだもの。即座にそう判斷できる作りのよさである。
そんな天幕の中央。そこにはイスがあった。
白い骨を無數に付けて、イスの形を無理矢理取ったようなものだ。しかしながらその使用目的は一目瞭然である。どれほどの骨を集めて作り出したか分からないほどの巨大さ――およそ背もたれの部分で6メートルは超えていよう。そして無數に並べられる頭蓋骨の、空虛な眼窟のおぞましさ。
それは――玉座である。
しかしながらそれほどおぞましい一品でありながら、どのような蕓家が作り上げたのか。見る者の心にしさをじさせるものがあった。遠くから見れば、裝飾の施された純白の玉座が瞳には映っただろう。
そんな玉座だが、そこに座るものは誰もいない。まるで本來ならそこに座るものがいるのに、席を離れているために開けられている――そんなじだ。
ただし、その玉座の橫に立つものはいる。
ハンサム――その言葉こそが、そこに立つ彼の顔立ちを指し示すのに最も適した言葉だ。
かすかにつり上がった眼が多減點かもしれないが、すらっとびた鼻梁、が薄くなったような薄い。そしてそこに浮かんだらかな親しみを込めた微笑が、見る者に安心を與える。
非常に人に似通った容姿だが、決定的に人間と違うことがある。
それは長は2メートルほどもあり、は沢のある赤。こめかみの辺りから鋭い、ヤギを思わせる角が頭頂部に向けてびており、背中から生えた漆黒の巨大な翼が彼が人ではないことを表していた。
そしてそんな彼の前に複數の影が跪いていた。それはオークのものではない。
悪魔。
それがそこに立つものたちを端的に述べた言葉だろう。
「さて、定例會を始めようか」
非常に優しげな言葉。心の奧底までり込むようならかく、聞き心地の良い深みのある聲が響く。
そして彼はまるで誰かが座っているかのように玉座に一禮。それにあわせ跪く影達も深く、非常に丁寧に頭を下げる。まるで頭の下げ方が足りなければ何事かが起こると思っているような、非常に丁寧なものだ。
「まずはトーチャー」
「はい、デミウルゴス様」
彼――デミウルゴスの聲に反応したのは影の1つである。それはにぴったりとした黒い皮の前掛けをした悪魔だ。全は白というよりも白。そしてそんなの皮を――仮に紫のが流れているとするなら――管が全を張りめぐっているのが浮かび上がっている。
頭部は黒い皮の、顔に一部の隙もなくぴったりとしたマスクをしており、眼は見えるのか、そしてどこから呼吸をしているのか、また聲はどこから出しているのか不明だ。そして非常に腕が長い。立てば長は2メートルはあるだろうが、腕はばせば膝は超えるだろう。
腰にはベルトをしておりそこには今だに濡れた、無數の作業道が並んでいる。
そんな悪魔こそ、トーチャーである。
「羊皮紙は順調に集まっております」
「素晴らしい」
優しくデミウルゴスは手を広げる。
「トーチャーの集めている羊皮紙は非常に素晴らしい。アインズ様もお喜びだよ」
「ありがとうございます」
「羊たちは元気かね?」
「はい。剝ぎ取ると同時にすぐに治癒の魔法をかけますので、次の日には再び剝ぎ取れるようになっております」
トーチャーは役目柄、簡単な治癒魔法をかけることができる悪魔である。そう、簡単に死なせないために。
「そうかね。羊たちの泣き聲は心地良いからしばらく聞いていたいものなのだがね」
「ならばしばらく治癒の魔法をかけないで放置しておきますか?」
「いやいや、やめておこう。いほうがより良い羊皮紙が取れるのだ。いと即座に治癒魔法をかけないと死んでしまうかもしれないからね」
「畏まりました」
「そうだとも、博というものはとても大切なものだ。羊たちも大切にしてあげないとね」
「はっ」
頭を下げたトーチャーからデミウルゴスは視線をかす。次に話を聞きたい悪魔は――と視線をかしたとき、1人の悪魔が頭を上げ、デミウルゴスに何かを問いたげな表を浮かべているのに気づく。
それに対し、許可するようにデミウルゴスは頷いた。
「……羊皮紙の件ですが、アインズ様には知らせないのでよろしいのですか?」
その悪魔はアインズに『アベリオンタール』と羊の種類を教えた悪魔だ。
無論、羊の名前はそう伝えるようにデミウルゴスの命令をけてやったことだが、あとで勝手にやったと切り捨てられるのは恐ろしいというが口を開かせる。
「気にすることは無いんだよ? アインズ様は代用品となる羊皮紙を得ることを重視してらっしゃった。事実、消費アイテムの代用品の発見は本當に重要な問題だ」
天幕の片隅に置かれたなめされたばかりの幾枚もの羊皮紙に、楽しげな視線をデミウルゴスは送る。あれは羊の親に協力させて剝がせたものだ。あのときの表を思い出すだけで笑顔がこぼれそうになる。
「アインズ様は意外につまらない生きにも慈悲を向けるだけの寛大さを持つ方だが、本當に何が重要なのかも理解される方だ。必ず黙認されるだろう。しかし気分はよろしくないだろうという判斷で、偽りを述べたに過ぎない。君が心配する必要は無いとも」
それからデミウルゴスは自らの前で頭をたれる全ての悪魔を見下ろし、言葉を告げた。
「ナザリック大地下墳墓――ひいてはアインズ・ウール・ゴウン様は至高の聖域たる存在。そのお方がスクロールの在庫が無い。そんなつまらない不安を持たなくてはいけないなんて、部下からすれば非常に悲しいことではないかね?」
「――そう。もし仮に他の生きからそれに匹敵するだけの羊皮紙が取れるようなら、今の牧場はやめればいいのだよ? まぁ、その場合は廃棄処分が妥當だと思うがね。そうそう。主人が本當に何をしていらっしゃるか。それを考え、行するのが最も賢いシモベだ。わかったかね?」
「畏まりました」
悪魔が代表し、皆の意見を述べる。それに満足したようにデミウルゴスは優しく頷いた。
「さて、次はサキュバス。君だ。どんな良い話を聞かせてくれるのか楽しみだよ」
「――はい」
聲を上げたのは人間にも似ただ。
背中からびた巨大な黒い翼に包まれた、的なはほぼ全であり、ちっぽけな金屬板が重要な箇所を隠している。妖艶なというものがその顔立ちや軀から匂い出し、空気をピンクに染めているようだった。
しかしながら非常にしいだろう表は、張のあまりに凍りついたようにかない。
「順調に異種配実験は進んでいます。ですが、殘念ながら直ぐには結果は出ない実験ですので、いましお時間をいただければと」
「無論だとも。いくらでも時間は上げようとも。新たなる生命の誕生は喜ばしいことだ。それを追及する行為もまた神聖だ」
まさに神が自らの信じる神の教えを述べるような、慈悲と博のようなものに満ち満ちた表を浮かべるデミウルゴス。
安堵したようなサキュバスに聲が掛かる。
「しかし――上手くいってないという噂を聞いたのだがね?」
「――!」
サキュバスの肩がこわばり、全が瘧が起こったように震えだす。サキュバスの橫に控えた他の種類の悪魔が、微妙なきを持ってしづつ離れようとする。これから起こるかもしれない何かを恐れて。
「どうかね、サキュバス。順調に進んでいるのかな?」
「は! じゅ、順調とは言い切れないものが……」
「うん、いけない子だ。そうだ、私の像にを捧げてみるかね?」
デミウルゴスは微笑む。本當に優しい笑顔だ。そして一歩だけ足を、サキュバスに向かって進める。今だ、サキュバスとの距離はかなり離れている。しかしながらあと一歩で目の前に到達するような雰囲気が醸し出していた。
前任者の行き著いた先を知っているサキュバスは必死に言葉をつむぐ。
「オ、オークたちの協力が上手く行きませんので! ですが、魅了の魔法をかけることによって無理矢理に進めています! デミウルゴス様の要に答えられるような結果は必ず出るかと!」
「的センスというのは種族によって違うからね」
オークやゴブリン等の的センスは人間のものと大きく違う。オークからすれば人間の人は、醜悪極まりない存在だ。そのために異種配というのはゲテモノの類になる。
だからこそ、デミウルゴスは楽しいのだが。
デミウルゴスの喜びは苦痛で上がる悲鳴だ。神的な苦痛よりは、単純なの苦痛で上がる方が好きだ。だからといって神的なもので上がるものも嫌いではない。
「ならば、人間の方にかければ良いのではないかい?」
「は、はい、現在、一応、父親になる側にかけております」
「それだけ聞くと順調のように聞こえるのだがね?」
「……人間側が神的に脆く。自傷行為に出たり等、々と問題になりまして……」
自傷行為どころか自殺するものもいないわけではない。そして殘念ながら蘇生の魔法を使える存在は悪魔ではいない。そのために數が減ってしまう結果になってしまう。
それを避けるにはナザリックの協力を得なければならないだろうが、難しいだろう。
「そのため、常時魔法によって知力を下げてしまう方が良いかと」
「……私は魅了から覚めた人間が上げる悲鳴はとても好きだよ?」
「畏まりました」
ならば夜の監視も強める必要がある。サキュバスはそう判斷する。しかしどのように考えても、與えられた部下でなんとかやりくりしようとすると、どこかで破綻が生じてしまう。
サキュバスは覚悟を決めてデミウルゴスに口を開く。
「今の狀態ですと、々厳しいものがあります。ですので部下を増やしていただければと思います」
迫した空気が天幕に満ち、デミウルゴスの笑顔が強まる。サキュバスはぞっとした顔でデミウルゴスの顔を凝視した。
デミウルゴスは常時笑顔だ。そしてえげつないことを口にするときほど、その笑顔は強まる。
「……なるほど。まぁ、面白くなれば構わないとも。了解したよ、サキュバス。君の部下を増やそう」
微笑むデミウルゴス。
だからこそ怖いのだ。
命が助かったサキュバスは額に浮かんだ脂汗を手でぬぐう。
「そうそう。この前捕まえたミノタウルスとか面白そうだと思うがね」
「はい! 素晴らしい考えかと。時機を見て計畫に取り込んでみようと思っております」
満足したようにデミウルゴスは微笑んだ。
「アインズ様には謝をしなくては。ナザリックではこんな楽しいことはできないからね。ローブル王國にピクニックに行くときが楽しみだよ。死んでしまった羊の替えも必要だしね」デミウルゴスは微笑んだ「自分の作った牧場が大きくなっていくというのは本當に嬉しいことだね」
そして玉座に誰かが座るように、綺麗で深い禮をする。それは王に仕える貴族のような、品の良いものだった。
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