《オーバーロード:前編》外伝:ナザリックの『守護者アウラちゃん』
ナザリック第6階層、アウラが支配する階層はナザリック最大の広さを誇る。
縦4キロ、橫4キロにもなる正方形をしており、中心部に巨大な湖を持つ。ほぼ全域を森というよりはジャングルともいうべきエリアが広がり、平原は全エリアの1/20程度しかない。
その中にぽつんという言葉が相応しいように闘技場が建てられ、そしてそれに隣接する第7階層へのり口たる階段のある建がある。
それ以外の人工的な建築の姿は、アウラが建てた捕虜収容所的な意味合いを持つログハウスぐらいだ。
では支配者であるアウラは一どこで寢泊りをしているのか。
森の中で?
闘技場で?
第7階層のり口がある建で?
どれも外れである。
実はそのジャングルの中に、アウラの居住區とも言える場所があるのだ。
広大なエリアを占める原生林。その中に、一際目立つ巨木があった。まるで天を突くかのようにびているその木の高さは40メートルを超える。幹周は高さから考えると不釣合いなほど太い。
そんな異様な巨木。そここそがアウラの住居なのだ。
樹の部をくり貫いて作られている住居は、地下2階の上8階――計10階建てになっている。1歩踏み込めば、ログハウスを思わせるような素樸だが、質素ではない暖かい景がそこには広がっていた。
かつて、アウラを創造したぶくぶく茶釜がいた頃は、この樹に幾人かの來客があった。やまいこ、餡ころもっちもちなどの『アインズ・ウール・ゴウン』のメンバーたちだ。そしてそれらが創造した部下達と共に。
そんな彼たちがここでのんびり會話している姿は、アウラからすると非常に見慣れた景でもあった。アウラもよくぶくぶく茶釜の膝の上に乗せられたものだ。
しかし、現在。
アウラは基本的にここで1人で生活をしている。アウラの直轄のシモベの多くがモンスター系であり、人型だったり、世話をできそうな存在がいないということが主な理由だ。
そんな生活を無論、寂しいとアウラは思ったことが無い。外見的には確かにアウラはまだまだ子供といえる。しかしながら守護者であるアウラからすれば、寂しいというを抱く理由が無い。
なぜならアウラには創造した神ごとき存在はいても、両親に當たるものはいないのだ。1人で生活して寂しいというが芽生えるはずが無い。
ただ、生活をするには広すぎるために面倒だと思う程度だ。勿論、この場所は至高の存在よりアウラに與えられた場所であるために、決して文句を口には出したりはしない。しかし、それでも外での行を最も好むアウラからすると、室の掃除とかは神的に面倒な仕事なのだ。
室、ちょっと影になった部分が汚れていたりするのはそんな理由からであった。
アウラの一日の生活ははっきり言って不規則である。睡眠時間も惰眠を貪るときもあれば、殆ど眠らずに活発に行することも多い。デミウルゴスやシャルティアのように睡眠不要の存在ではないが、睡眠をとらなくても疲労回復系の魔法を使うことで睡眠を取らずに行できるからである。それにいざとなれば睡眠や飲食を不要とするアイテムもあるのだから。
そういう意味では、惰眠を貪り、室の掃除等で手を抜く、非常にルーズな格こそアウラの本であるとも言えるのではないだろうか。
しかし、アインズより貰ったアイテムが、そのルーズな一面を解消させる働きを持っていたのもまた事実である。
アウラの寢室は思ったよりも家が置かれていない。がらんとした部屋と言っても過言では無い。床に敷かれたカーペットも薄茶の地味なもの。この部屋を見ての私室と認識できるものはいるだろうかという疑問が生じるような部屋だ。
しかし、恐らくは大抵のものがだと予見するだろう。
それは室の所々に置かれたものにある。
それは等大はあると思われるヌイグルミたちだ。窓からり込む日差しを浴びながら、ちょこんと二頭か三頭のクマ、ウサギ、シカ……デフォルメされたそういったが置かれているのだ。これらのものを確認しながら、の部屋で無いと判斷するものの方が逆にないだろう。
……このヌイグルミ以外、の部屋と判斷する材料が乏しいのもまた事実ではあるが。
そんな室のやけに高い位置に大きなハンモックがかけられ、そこではアウラがあどけない顔で気持ちよさそうに眠りについていた。どんな夢を見ているのか、時折楽しげに表が変化する。本當に無邪気なの寢顔がそこにはあった。
ピンクとホワイトの縞模様のコットンで出來たパジャマの上下を著用し、これまたピンクのタオルケットでをすっぽりと包むようにしている。
そんな優しい時間がいつまでも続くようであったが、そういった空気は破られるためにあるのもまた事実。
『――はちじです』
アウラではない、の聲が室に響いた。
黒く長い耳がピクピクとき、くわっとアウラの目が大きく見開かれる。そして自らの腕に嵌めたバンドを作する。そしてハンモックの上から、アウラはボンヤリとした視線を天井に投げかける。
「うぅー」
ぼんやりと呟き、暫し天井を見つめてから、再びアウラは目を閉ざす。
睡眠が、目を覚まさなければならないという意志に打ち勝った瞬間である。そしてアウラは再び先ほどと同じような天使の笑顔を浮かべて――しかしやはりそういった空気は破られるためにあった。
コンコンと室に響いたのはノックの音。
くわっと再びアウラの目が見開かれる。
「アウラ様、お時間になりました」
部屋の外から掛かるの聲。アウラは不満げに顔を歪めた。
「ううー」
「お部屋にってもよろしいですか?」
「うー、駄目」
アウラはぶすっとした聲で返事をすると、自らのに掛かっていたタオルケットを外す。
「よっと」
ハンモックから転がるように落ちる。無論、空中で用に勢を整え、床に著地するときは當然足からだ。アウラはぼさぼさになった髪を數度かくと、スリッパを履く。ペタペタというじで歩き、扉の橫に置かれていたクマの人形をポンとでる。
短い足を投げ出すように座っていたクマのヌイグルミは、その手に押されるように僅かに揺れる。
デフォルメされた大きな頭についた円らな黒い瞳に、微笑んでいるような口のいつけ。それには似合わないような短いけど、金屬の沢を思わせる艶やかな爪を持ったクマのヌイグルミのそのきは、まるでアウラに頭を下げているようだった。
やまいこズ・フォレスト・フレンズ。そんな名前を持つヌイグルミの隣の扉を、アウラは開ける。
そこに立っていたのは、メイド服を著たエルフのだ。
奴隷の証として切り落とされた耳も今では元通りだ。
アウラも使える単なる治癒の魔法では癒せなかったので、ペストーニャに足労願って、強力な癒しの魔法を使うこととなったが。
そのときのエルフたちの歓喜の姿は、アウラですらしびっくりするほどだった。たかが耳の損傷を癒すことがどうして嬉しいのか。
ちなみにこのメイド服はメイド長であるペストーニャから貰ったもので、ナザリックの一般メイドが著るものと同等である。超一級品の布地を使って作られたものではなるが、セバス直轄の戦闘メイドの著るメイド服型鎧とは違って防能力は、魔法強化されているとはいえ、せいぜいミスリル製フルプレートメイル程度しか無い。
「おはようございます、アウラ様」
「うん、おはよう」
深々とお辭儀をしたエルフにアウラは欠混じりの返事をしながら、その橫をすり抜けるように歩き出す。その後を追ってエルフが続く。
「うんと、服を著るだけだから付いてこなくてもいいよ」
「いえ、お手伝いします」
「……あたしそんな子供じゃないんだけど?」
アウラは不満げに顔を歪める。流石に何度も繰り返された問答だ。アウラの機嫌が悪くなるのも仕方がないことだろう。
なんだか知らないが、異様なほどエルフたちがアウラの面倒を見ようとするのだ。それは々行き過ぎていると、アウラが判斷するほど。
歯を磨くのだって、食事を食べるのだって、全て手伝おうとするのだから。さらにはちょっと風呂にらないだけでブツブツと言う。風呂にったらったで耳の後ろまで洗ったかどうか尋ねてくるし、時には一緒にって洗おうともする。
ちょっと、うざい。
それがアウラのエルフに対する評価である。ただ、忠誠心の現れとして――盡くそうとしてやっていることだろうと理解も出來るので、殺したりするのはなぁとアウラは慈悲を與えてはいるのだが。
ただ、この異様な忠誠心が一どこから來たものなのか。それはアウラも良くは理解できてはいない。
このエルフは先日侵した奴らの生き殘りである。殺しても殺さなくてもどっちでも構わなかったアインズは、近親種――ダークエルフであるアウラに処分を一任したのだ。
アウラも別に殺しても殺さなくても構わなかったし、エルフという存在がナザリックにはいないということ。そしてもう1つの理由によって、命を助けるという運びになった。そのときの恩で忠誠を盡くしているのだろうと考えていたのだが、どうもそれとは違うようなのだ。
アウラは頭をかしげながらも、別に問い詰める気もなかった。めんどくさいなーと思う程度である。
「ですがお洋服のコーディネイトを……」
「いつもの著るからいいって」
「ですけど……」
「ん? 何? ぶくぶく茶釜様がお決めになられた服に……ケチをつけるの?」
頭を一切かさずに、下から視線だけでアウラはエルフを見上げる。エルフの表に怯えのが強くなった。これ以上何も言われまいと、アウラは口には出さないが勝ったと思う。しかしエルフからの痛烈なカウンターが次の瞬間決められた。
「ですが、あの部屋に他の服を置かれたのもぶくぶく茶釜様ではないのでしょうか」
「ぐぅ!」
「他の服も著なくてもよろしいのですか?」
アウラの表が目に見えてくなる。
エルフの言っているのはドレッサーに無數に並んでいる服のことだ。アウラは基本的には即座に戦闘の取れるような服や、武裝を好む。それからするとシャルティア辺りが著そうなドレスは好きではない。
しかし、そのドレッサーに並んでいる服は煌びやかなドレス等、らしい服裝ばかりだ。これはアウラが集めたものではなく、ぶくぶく茶釜が集めたものであり、アウラを著せ替え人形に使っていたときの名殘だ。中にはきぐるみまでもあるのだから。
そういう意味ではそれらの服を著ることも、確かにアウラがすべきことのようにも思われる。
アウラは逡巡し、重い口を開く。
「今日は々とあるから駄目。……そのうち……著るから」
「はい。畏まりました。それと今朝のお食事の方ですが――」
「――いーよ、食事なんて。果実食べればおなか一杯になるしさぁ」
「それはいけません、アウラ様。しっかりと食事をしないとちゃんと長できません」
「長ねぇ……」
アウラの視線がエルフのにく。
「あんまりしないような……」
「エルフは基本的にあまり的にはなりませんから……。ただ、ワイルドエルフのような種族は別ですし、ダークエルフもそうですよ?」
「……未來があるの?」
「恐らくは」
アウラは々と考え、最後にシャルティアを思い出す。
アウラの顔にニンマリとしたジャアクナ笑みが浮かぶ。
「……まぁ、そういうことなら仕方ないか。食事の準備をしておいて。著替えたら直ぐに行くから」
◆
食事が終わり、ちょっと膨れ上がったおなかを抱えるようにアウラは外に出る。小食のアウラにとっては、絶句するような食事の量があったためだ。というよりアウラを持ってして、この食材はどこから仕れたのかと不思議がる量だった。答えのペストーニャから貰ったと聞いて納得もしたのだが。
今日の天候は晴れ、南東からの微風だ。
そんなのどかな天気にわれるように、眠気が戻ってくるが、それは押さえ込む。
「ぷぅ」
ちょっといたために苦しい息を吐き出したアウラ。今たっている場所は巨木前のし広場になっている部分だ。広場の外は押し茂ったジャングルが姿を見せる。
そこでアウラは周囲を見渡す。その行為が合図であったかのように、黒く巨大な獣が森の中からゆっくりと姿を見せた。
黒いオオカミのようでもあるが、尾は蛇のものとなっている。全の長さは20メートルにも及ぶ。首が日差しを浴び、きらりとった。
フェンリル。アウラのシモベの中でも最高レベルの魔獣でもある。北歐神話のフェンリルをモチーフにしているため、いくつかの直接系の特殊能力を保有するものでもあり、単純な戦闘能力であればかなりの強さを誇るであろう。
そんな獰猛なフェンリルが、アウラの前ではまるで子犬のような顔付きに踴るような足取りで近寄ってくる。
そしてその巨大な顔をアウラの近寄せ、こすり付けてきた。その巨であればかなりの力となるだろうが、アウラはびくともしない。これはフェンリルがちょうど良い力をれているのではなく、アウラの能力が非常に高いからだ。
「もう、くすぐったいって」
ぺしぺしとでるというより叩くというじで、アウラがフェンリルの大きな顔をで回す。心地良さそうにフェンリルが鳴く。大きな子供を相手にするようにしていたアウラが、思い出したようにでまわす手を止める。
「ちょっと待っててね、あの子に餌をやらないといけないからね」
フェンリルの顔に憮然としたものが浮かぶ。かすかな鳴き聲。それは甘える子犬のようであり、ふくれっつらをした子供のようでもあった。しかしアウラがそれ以上取り合わないというのを悟ると、不機嫌そうに離れ、興味をなくした子犬のように地べたに転がる。
アウラは苦笑を浮かべながら、餌を與えなくてはいけないの名を呼ぶ。
「ロロロー! おいでー!」
その聲に招かれるように、森の木から一本の蛇がひょこり顔を見せた。そしてアウラを目にすると喜んで全を見せようとくが、途中で凍りついたようにきを止める。そしてゆっくりと後ろに戻っていく。
「?」
アウラは不思議そうにロロロを見る。何かあったのかと思ってだ。
「どうしたの?」
もう一度聲をかける。ロロロは木の後ろに隠れつつ、じっとアウラを見ている。いや、その視線はアウラから多外れている。それに気づき、ばっと、アウラは自らの後ろにいるだろうフェンリルに振り返った。
フェンリルは詰まらなそうにそっぽを向いている。完全に興味をなくしたという雰囲気だ。しかしながらアウラのような尋常じゃない視力が持つ者が見逃すわけが無い。
「フェンリル! そんな目でロロロを睨んじゃ駄目!」
アウラの叱咤をけ、びくんとフェンリルのが跳ねる。そしてクゥーンと子犬のように鳴く。そう、その鋭い視線でロロロに敵意を送っていたことが、飼い主にばれた子犬のように。
「おいで、ロロロ」
再び、恐る恐るというじでロロロは全を現す。
アウラは突如、空間からずりっというじで巨大な魚を取り出す。ただ、その魚はなんというか大雑把過ぎた。一言で表現するなら生きというより、漫畫の大雑把な魚を膨らませたというものだ。
そしてそれを近寄ってきたロロロに差し出す。
ロロロはそれ――骨も背骨以外は無いような奇怪な魚――を4つの頭で味しそうに食べ始めた。アウラはニコニコと、フェンリルは不満そうにそんな景を眺める。
フェンリルのようなアウラ直轄のシモベは皆、飲食不要のアイテムを裝備しているために、食事を與える必要が無い。しかしロロロにはそれを裝備させて無いので、食料を與える必要がある。アウラの本がルーズだとしても、自分が無理を言って連れてこさせた生きの面倒を忘れるほど、ルーズではない。
この奇怪な魚は本當に水中を泳いでいたものではない。金貨1枚を代価に、大釜から生み出したものだ。
ユグドラシルの本拠地には、食料の自給自足合というのがある。これをオーバーしてモンスターやNPCを配置できないようになっているのだ。しかし、それを誤魔化す方法がある。それがアウラが魚を買った大釜――正式名稱ダグザの大釜だ。
それを置いておけば、維持管理費として金貨を失っていくが、自給自足率をオーバーしてモンスターを配置できるようになるのだ。
ちなみにナザリックは最低ではあるが、基本モンスターが飲食不要のアンデッドであるのが大きく、なんとか基本の狀態でも維持できる程度である。それに配置しているモンスターが飲食不要のものが多いというのもまた1つの理由ではあるが。
そのため現在、新たな參した存在――リザードマンやエルフ、そしてこれから參してくるだろう存在のため、自給率を上げる手段が問われているのだが。
ばくばくと食べていくロロロの頭の1つをでるアウラ。そして必死に低い唸り聲を押し殺すフェンリル。異様な景の中、アウラは機嫌良さそうにロロロに話しかける。
「ロロロ。今日はあなたの飼い主もここに來るからね」
その言葉の意味を理解したのか。ロロロの頭の1つが食べることをやめ、アウラに絡みつくようにびる。これできつく締め上げられたら胃の容量的な問題で大変なことになったが、れる程度のものであるため問題にはならない。アウラも機嫌よく笑う。
「もう、遊んじゃ駄目だって……冷たいねー。ロロロは。このすべすべしたじが……なんとも……。ツヴェーク系もいいけど……」
バシンバシンとフェンリルの尾が自己アピールを繰り返す中、アウラはロロロの長い首をで回す。
「さぁ食事をしないとね。終わったら遊ぼ」
「オォーン!」
そんなロロロとアウラの2人を前に、突如としてフェンリルが走り出し、森の中に消えていく。
「あー、怒っちゃったかな? でもロロロに意地悪したんだから、仕方ないよね」
アウラは小悪魔系の笑みを、フェンリルの後姿に投げかけた。
◆
アウラの住居たる巨木前の広場。そこには幾つもの人影が大地に座り、後ろの方ではモンスターがたっていた。ただ、その數は広場の広さからすると非常にない
リザードマンが10人。ヴァンパイア剣士たるブレイン、メイド服を著たエルフが3人、ピニスンや幾人かのドライアド。そして木に手足が生えたようなトリエントが3だ。
その前、機の後ろに教師のように立ったアウラが、を張りつつ口を開く。
「ではあなた方に、あたし達ナザリックの偉大さがわかるお話をしようと思います」
一斉に拍手が起こる。
れの無い、まるで申し合わせていたようなタイミングでのだ。その拍手に機嫌を良くしたアウラは一度大きく頷くと、手を挙げ、その拍手を止める。
「まずはこのナザリックのり立ちから話します」
靜まり返った中、アウラの聲が響く。
「えっと昔、昔のことよ。ここに41人の神に相応しい方々――この方々が至高の41人。覚えておいてね。その方々が現れたの」
「本來であればナザリックはさほど深いダンジョンではなかったの。でもその方々は強大な力を持って改造をしたのね。當たり前だよね。相応しい場所になるように整えるのは當然だもん。そして生まれたのが全10階層になる現在のナザリック大地下墳墓」
「次に至高の方々はそこに存在するものたちを創造されることとなったの。広い場所を作ったけど、そこにいるのは下位のアンデッドだったから、自分達に代わって一部の管理を行う代表者を作ろうと思ったんだ。勿論、至高の方々であれば管理は簡単だよ? でもそんな小さなことまでするわけが無いじゃない。もっと大きなことをしなくてはならないんだから」
「そして生み出されたのが――」アウラはここで言葉をとぎる。そして誇らしげにを張った。「あたし達、守護者よ」
そして聴衆の様子を伺う。
全員靜まり返り、一言ももらそうとはしない。アウラは眉を寄せる。確かに真面目に聞くのは當たり前のことだ。この最も大切な話をしている中、くだらない態度を取っていたのなら、例えアウラといえども容赦ない対応を取るだろうから。
しかし、ここまでの靜寂はアウラの求めていたものとはし違う。
「あたし達、守護者はそうやって生まれたの」
そして再び、フンスっとを張る。
僅かにリザードマンやエルフ、ブレインは互いの顔を伺った。アウラが何を求めているのかを理解しようと。
「おお……」
「素晴らしい……」
そして幾人かが恐る恐る驚愕のき聲にようなものをらし、幾人かは嘆の聲を上げた。
「ふふん」アウラの機嫌が目に見えてよくなる。「そう。そして生み出された守護者はあたし、デミウルゴス、コキュートス、そして……シャルティアね。まぁあともう1人?いるけど、至高の方々によって生み出された守護者じゃないから今回は除外しておくね」
「さて、守護者を作り出した至高の方々は、次に自分達の面倒を見る存在を作ることを決定したんだ。至高の方々を単なるシモベごときやモンスターがお世話できるはずが無いんじゃない。至高の方々にはお世話するものもそれなりの者が選ばれるということだね」
「そしてセバスやペストーニャを代表される存在が生み出され、最後に司書長や拷問、楽師、鍛冶師、管理といった存在が創造され、ナザリックが完したの」
アウラはここで1つ大きく區切る。ここから先しなくてはらないことは最も重要なことだ。
乾いたを潤すべく、機に置かれたコップから水を一口含み、飲み込む。
「さて、そうして作り上げたナザリックから至高の方々は幾度と無く旅に出たんだ。その度ごと膨大な財寶が寶庫を膨らませていったの。なんでそんなことをするのか、そんな風に思ったかもしれないけど、至高の方々の求めるものは桁が違ったからみたい。ワールド・アイテム。そういう名前のアイテム……至高の方々ですら容易く手にれることの出來ない究極のアイテムを求めていたみたい」
「でも、そんな至高の方々を嫉妬する愚かな者達がやがて生まれてくるの」
アウラの聲が僅かに低くなる。
「ナザリックに侵しようとするものは幾度と無くいた。何度も財寶を持っていかれたりしたけど、そこまで深く潛られることは無かった……でもその日は違った」
アウラの子供っぽい顔に憤怒とも憎悪とも取れる表が浮かんだ。それは誰もが驚くような表の変化だ。
アウラはどちらかと言えころころと表は変わっても、あまり憎悪に満ちた憤怒とかの表は浮かべたりはしない。最もそれを知っているのはエルフだ。そんなアウラが憎憎しげに表を歪めるというのはどんな異例の事態なのか。そんな恐れとも知れないが浮かぶ。
「至高の方々に嫉妬した存在――同じように強大な力を持つもの達が1500からなる軍団を作って、ナザリックを攻めてきたの」
「激戦だった……シャルティアが打ち滅ぼされ、コキュートスが切り伏せられ、そしてあたしも……」
沈黙が落ちる。
だが、ざわりと音が無く、空気が揺れたようだった。それはリザードマン、そしてブレインという守護者の強大さを知る者たちから起こったのうねりだ。
アウラ、シャルティア、コキュートス、デミウルゴス。
アインズに劣るだろうとはいえ、この4者の守護者の強さはもはや常識の範疇に留まるところではない。アウラが外見は非常に可いのものであっても、その手の一振りでブレインを容易く殺せ、數分とかけずにリザードマンの村を容易く殲滅できるような存在であるのは、薄々、理解できることである。
ではそんな守護者を倒せる存在。それが1500人もいるというのはどういうことなのだろうか。
もはやあまりのパワーバランスの崩壊に、ついていけなくなりそうだった。
そんな幾人もの困を無視し、いや考えもせずにアウラは再び話し出す。
「デミウルゴスも當然破れた……でも」アウラは微笑む。ただ、それはアウラには似合わないとも思われた殘忍なものだ。「第8階層。あたしたち守護者すら知らない未知の階層。そこで至高の方々は全41名を持って戦いを挑んだの」
「そこまでたどり著いた存在は1000とも1200ともされているけど、至高の方々は全てを打ち滅ぼされたんだよ」
再びアウラはを張る。
「そしてよく戦ったと、守護者であるあたしたちは蘇らされ、ナザリックは再び至高の地へと戻ったの。これがあなたたちが仕えるナザリックの歴史」
アウラの話が終わり、沈黙が落ちる。話がここで終わりなのか、まだ続くのか。その微妙な空気があったためだ。そんな中を切り裂くように、突如、拍手が起こった。そこにいた全ての視線がその人に向けられ、絶句とも驚愕とも知れない息がれた。
「すばらしい……」
そう呟きながら拍手を行う人。いつの間にこの場にいたのか、それは守護者の一員であり、立場的にはその最高指揮であるデミウルゴスだ。
デミウルゴスの瞳からは留まることを知らない涙が溢れ、頬を伝っている。
そしてその橫には白銀の輝きを持つコキュートス。そして漆黒のドレスにを包んだシャルティア。
コキュートスはに打ち震えるように、數度頭を左右に振る。シャルティアも片手に持った純白のハンカチを目に當てていた。
「素晴らしい……本當に素晴らしい……」
一斉に拍手が起こる。それは追い詰められたのようなそんな焦りを含んだものだ。
リザードマンやブレインは恐怖に顔を引きつらせつつ、エルフも慌てて、トリエントやドライアドはよくは分からないが、そんな風に全員が拍手を起こす。
「すまない、アウラ。この先、良いかね?」
「ん? いいよ。あたしの話は終わりだしね」
デミウルゴスは今だ流れる涙を拭おうともせずに、アウラに橫に並ぶ。そして軽く手を上げる。一斉に拍手が止んだ。
「皆よ、アインズ・ウール・ゴウンの素晴らしさを理解できたと思う」
嗚咽混じりの聲は非常に聞き取りづらいが、一言一句聞き取ろうとその場にいた守護者を除く全員が必死に耳を傾ける。一言でも聞き逃せばやばいことになりかねない。そんな不安が生まれたためだ。
「良いかね。こんな素晴らしいところに所屬できた君たちは非常に幸運なのだ。そしてその全てを捧げることが、そんな幸運に対するささやかな謝の禮だと知りたまえ」デミウルゴスは全員の顔を見渡し、言葉を続ける。「何か質問は?」
生徒達は互い互いの顔を見渡し、やがてリザードマンを代表するように、ザリュースが手を上げる。
「はい、ザリュース」
アウラが教師のように指差す。
「はい」ザリュースは立ち上がる。そして口を開いた。「至高の方々は全員で41人とのことですが、アインズ様以外の方には會ってないのですが、あわせてはもらえないのですか?」
一瞬だけ間が開いた、守護者の各員が互いの顔を伺う。その微妙な空気を察知し、ザリュースは不味かったかと不安をじた。しかし、その不安を払拭するようにアウラが話し始める。
「現在、このナザリックにいらっしゃるのは至高の方々を纏めになられたアインズ様のみ。他の方々が何故、どこに行かれたかまでは知られて無いんだ。あたし達守護者ですら理解できないような理由によるものだろうと思ってはいるんだけどね」
「でもアインズ様がこの地にいらっしゃるということは、いつかはこの地に他の方々も戻ってこられるに違いない筈なの。そしてアインズ様がこの地にその名前を広めるというのは、他の方々が戻ってくるときの目印にするに違いないって思ってるんだけどね」
「じゃぁ、次の質問は?」
手を上げるものがいないことを確認し、アウラは一度大きく頷く。
「よし。では、終わり!」
◆
アウラがナザリックの語を語り終え、殘った守護者達は久しぶりに互いの狀況を話すためにテーブルを囲んでいた。
丸テーブルの上には4人分の飲みが置かれていた。湯気がくねり上がり、紅茶の匂いが僅かにたつ。アンデッドであるシャルティアの前にも無論置かれている。生き以外は飲んでも何の意味も無いし、好みではないが、付き合いという言葉は自らの辭書に記載しているからだ。
紅茶のったコップを持ち上げ、その匂いを楽しんでいたデミウルゴスは目を細める。
「良い香りだ。これにあうのは……」
そこまで言ったデミウルゴスは口を閉ざす。デミウルゴスの端正な顔に僅かに失態を悔いる表があった。コキュートスは何をデミウルゴスが言おうと思ったのかを理解し、それを許す言葉を送った。
「カマワナイ、デミウルゴス」
「すまないね、コキュートス」
デミウルゴスが続けようとした言葉は、コキュートスには不快な言葉だ。別に趣味を隠す理由は無いが、他の守護者を不快にする気も無い。そのためにデミウルゴスは謝罪したのだ。
「意外にエルフもやるでしょ?」
「フム……確カニ」
コキュートスが用にコップから紅茶を流し込むように飲む。
アウラも口をつけ、その味に満足しなかったのだろう。壷から角砂糖を2つほど落とした。
「ところでアウラ?」
一生懸命コップをかき回しているアウラに目を送りつつ、シャルティアが不思議そうに尋ねる。
「何?」
「あれは一何だぇ?」
シャルティアの指差す方に視線を向けたアウラが、ああと頷く。そこにあったのは壁の隅に鎮座している人形だ。それはデフォルメされたライオンに乗って、剣を抜いている耳の長い人間――恐らくはエルフだろう――のヌイグルミだった。無論、これも人間なみに大きい。
「――あけみちゃん」
すっぱりと言い切ったアウラに対し、目をぱちくりさせて疑問を顔に浮かべるシャルティア。當たり前だ。それで理解できる方が只者ではない。
「えっと、やまいこ様の妹君に當たる方をイメージしたもの。一応は、やまいこズ・フォレスト・フレンズの中では一番強いんじゃないかな?」
「妹君がいらしゃったの?!」
「うん。いたみたい。でもエルフだからアインズさまたちの仲間になれなかったんだって」
それがあのエルフを助けた理由のもう1つだ。あけみちゃんという存在がいたから、そして何度も見ていたからの慈悲である。
「悲シイ話ガアルミタイダナ」
「そうだね。姿が違っただけでナザリック――いやアインズ・ウール・ゴウンの方々の一員になれなかったんだ。悲劇的な話だ」
「そうね」
しみじみと思いを飛ばす他の守護者達に対し、アウラはやまいこがここにいた頃を思い出し、そんな雰囲気はまるでなかったなと判斷する。
「あっと……そういいんすれば8階層には何がいるのかしら」
悲しい話から逃げるように、わざとらしく話を変えるシャルティア。それは答えがあることを求めてのものではなかっただろう。しかし――
「知ッテハイル」
「え? ――ちょ、教えてよ、コキュートス」
驚き、話に食いつくシャルティアを押し留めるように、コキュートスは腕の一本をシャルティアに突きつける。
「シカシアインズ様ガオッシャラナイトイウナラ、ソレハ我々ガ知ラナクテモ良イコトダロウ」
「むぅ……でも……ぐぅ」
アインズの名前まで出されてしまってはシャルティアに言葉は無い。
「恐らくはアインズ様の切り札に當たるんだろうね」
「……確かにかつての戦いのときは負けたけど……」
「それだけではないよ。恐らくは我々が反旗を翻したときに叩き潰すためもあると思うとも」
ざわりとデミウルゴスを除く全ての守護者に揺ともしれない空気が噴きあがった。
「馬鹿な!」
「至高ノ方タルアインズ様ニ対シ、我々ガ反旗ヲ翻スナド」
「……アインズ様は非常に賢いお方。私とセバスが遠方で仕事をしているというのが1つの理由になると思うのだよ」
「それはどういう意味?」
「簡単だとも。私とセバスを確かめているんだ。自分の目が屆かないところでどのような行に出るかをね」
コキュートス、シャルティア、アウラの3人が互いに目配せを行う。それに対してデミウルゴスは苦笑いを浮かべる。
「……止めてくれないかね。私はアインズ様を、そして至高の方々を裏切ろうとは思ってもいない」
「當タリ前ダ」
「當然だよ。至高の方々に生み出されたあたし達に裏切り者なんてね?」
「無論。裏切りなんて冗談でも無いわ。……ただ、アインズ様がそう考えられたというからには、なんらかの拠があるのでしょ? デミウルゴスやセバスが裏切るという」
迫ともいうべき空気がテーブルに立ち込める。
『アインズ・ウール・ゴウン』に生み出された存在に、裏切りはありえないこと。そう今までは互いに思っていた。
當たり前である。創造した神に唾を吐くような行為が許されるだろうか。自らの存在理由は至高の存在に仕える為にあるのだから。
しかしそんな至高の存在が仲間が裏切りを働くかもしれないと考えているということは、ショックであった。この場合のショックはアインズに自らの忠誠心を疑られたことへの衝撃ではなく、そう考えさせたセバスであり、デミウルゴスに向けられたものだ。お前達の所為で自分達の忠誠心まで疑られた、どうしてくれるという類のものだ。
「私が何故アインズ様にそう考えられたかは不明だがね……コキュートス。これから王都に行くことになった」
「何? 一?」
「アインズ様のをお守りするためにだ」
まさにシーンという音が相応しいような靜寂が降りた。デミウルゴスの言葉に含まれた意味を理解して。
「セバスハ強イ」
「竜人形態を取ったら直接戦闘能力はナザリック最強だからね」
「全員で行った方がいいんではなくて?」
デミウルゴスが頭を橫に振る。
「全員で行かないということはアインズ様も判斷を迷われているのだろう」
「お優しい」
「うん、だよね」
「全クダ……」
守護者からすれば怪しいなら殺してしまえば良いという判斷が先に立つ。
至高の存在たるアインズにそこまで忠誠心を疑られた存在に、そのの存続を一瞬でも許すというのが許しがたいのだ。それと同時に、即座に殺すという決定を下さないアインズの優しさにれられ、守護者からすると歓喜の念がこみ上げてくるのだった。
「つまるところは確かめるってことでありんすね?」
「そうだろうね。それ如何では……」
「フム……セバスト全力デ戦エルノハ魅力デハアルノダガ……許シガタイナ」
「コキュートス、違うって。アインズ様が迷われているというのに、あたし達で勝手に決め付けちゃまずいじゃん」
「アア、ソウダナ。スマナイ、皆」
コキュートスの謝罪を守護者たちは快くけ取る。
「デミウルゴス、じゃぁ、その件に対してあたしたちが備えることはあるの?」
「そうでありんすね。わたしとアウラで何か準備しておいた方がいいなら、教えてくれると嬉しいんけれど?」
「いや、特には無いね。セバスが実際に裏切っていたら全守護者の力が必要があるかもしれないが、勘違いで終わるだろうと思っているしね」
「……ダト良イガ……。アレハチト優シスギル。ソレガ変ナ方向ニ転ガレバ……有リ得ナイ話デハナイダロウ」
コキュートスはゆっくりと立ち上がった。前に置かれているコップの中には既に何もってはいない。
「どこに?」
「一応、武裝ヲ整エテオコウト思ッテナ」
「了解。準備は大切だしね」
歩いて部屋から出て行くコキュートスの背中に視線をやりながら、シャルティアはデミウルゴスに言葉を軽い調子で投げた。
「気をつけていってらっしゃい。守護者が側にいながら、アインズ様に怪我をさせたら、それが一番の大罪でありんす」
「無論、理解しているとも。私とコキュートスでそのようなことは決してさせないとも」
デミウルゴスは再び紅茶の香りを楽しみながら、目をゆっくりと細くした。それは紅茶を楽しんでるのではなく、もっと別のものに思いを寄せている者の顔だった。
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