《【書籍化】男不信の元令嬢は、好殿下を助けることにした。(本編完結・番外編更新中)》04.魔の家
本日1話目です。
「王子の呼び方」について、後書きを付けました。
クレアが王宮から逃げ出して、三週間。
王都から街道をまっすぐ北に進んだ先にある、暗くて深い森の奧の、更にその奧。
白い漆喰の壁に、赤いとんがり屋がのっている、小さな家の、作業場で。
洗いざらしのワンピースを著たクレアが、古びた大鍋の前に立っていた。
「ええっと、が変わったら、ランプ花の花をスプーン一杯れて、明になるまで混ぜる、ね」
臺の上に置いてある、書き込みいっぱいのノートを見ながら呟くクレア。
茶に変したラベルがってあるガラスビンが並んでいる棚の前に立つと、そのうち一つを取り出した。
「これをスプーン一杯」
花をれ、魔力を込めて、かき混ぜること數分。
釜の中のが明になってくる。
クレアは、壁に掛かっていた鍋つかみで、「よいしょ」と、大鍋を持ち上げると、火から下した。
「ふふ。咳止めシロップの完! これで六種類目の功ね」
満足そうな顔で、鍋の中をチェックすると、クレアは、ふと、窓の外をながめた。
そこは、低い石垣で覆われた広めの庭。
白い春花に飾られた木々と、規則正しく植えられた野菜と薬草の新緑が、太のを浴びてキラキラと輝いている。
クレアは、ぐぐーっとびをすると、窓からってくる春風を思い切り吸い込んだ。
「は~。こんなのんびりとした生活。なんだか夢みたい。思えば、この七年間。ゆっくり好きなことをする時間なんてなかったものね」
今から七年前。
當時二十歳だった、この國の王太子とその婚約者、王太子のスペアである第二王子の三人が、流行り病で亡くなった。
次の王太子候補として挙げられたのが、側妃の息子である第三王子ジルベルト、十二歳と、正妃の息子である第四王子オリバー、九歳。
側妃の息子とはいえ、ジルベルトが大変優秀だったことから、王太子は彼で間違いないだろうと言われていた。
しかし、その數か月後。
彼の母である側妃が事故で死亡。
後ろ盾を失ったが優秀なジルベルトと、正妃の息子オリバーのどちらが王太子に相応しいかを巡り、王宮はめにめた。
結局、「オリバーが學園を卒業する年に次期王太子を指名する」という、先延ばし的な結論に落ち著いたのだが、その影響は、王都から遠く離れた辺境伯領にまで及んだ。
當時、十歳だったクレアは、辺境伯領でのびのびと過ごしていた。
男の子と一緒に走り回って遊び、父親の本棚にある旅行記や冒険譚を読んで、いつか世界を旅するんだと夢見る、活発な。
しかし、正妃が、辺境伯領の兵力と、クレアの魔力の高さに目を付けてから、狀況が一転。
王妃に直々に頭を下げられて斷れなくなった辺境伯家は、泣く泣くクレアをオリバーの婚約者とした。
(そこからは、正に地獄だったわよね…)
元々、オリバーは第四王子。
まさか王太子候補になるなど夢にも思われず、散々甘やかされて育っていた。
努力が嫌いで我がまま、傲慢。
王子であることを笠に著て、常に威張り散らす嫌な子供。
彼の母である王妃は、早々に、そんな彼を変えることを諦めた。
そして、その分をクレアが補うようにと、彼に厳しい妃教育を課した。
彼は常にクレアに言い聞かせた。
『いいこと。オリバーは次期國王になるの。だからあなたが支えなきゃだめよ』
その言いつけに従い、クレアは一生懸命オリバーを支えてきたのだが…。
「その結果が、あのパーティの婚約破棄騒だものね」
よくよく考えてみれば、九歳まで散々甘やかして育てたのは王妃だ。
そのツケを、十歳の令嬢に押し付けるなど、どう考えても変だ。
しかし、なぜかクレアはそのことに疑問を覚えず、必死でがんばっていた。
(思い込みって怖いわね。お父様やお母様も、『それはおかしい』って抗議してくれていたのに、私自は疑問にも思わなかったもの)
王妃の命令が絶対だと思い込んでいた自分を思い出し、苦笑いするクレア。
こうして離れてみれば、よく分かる。
あの狀況は異常だった。
(もしかすると、婚約破棄されたのは、私にとって良かったのかもしれないわ)
そんなことを考えながら、クレアがボーっと窓の外を見ていると、紺のローブを著た人が庭からってくるのが見えた。
「師匠だわ」
作業場を出て、玄関に向かうクレア。
そこには、見事な赤髪の中年の――魔のラームが立っていた。
彼は、ケットッシーに姿を変えて、クレアを救い出してくれた恩人で、魔法屬は、『闇』。
能力や形狀を変化させるのが得意な屬で、ケットッシーに姿を変えたのも、その一つである。
クレアが弾んだ聲で言った。
「おかえりなさい、師匠」
「ただいま、クレア。薬はできたかい?」
「はい。ばっちり明になりました!」
「そうかい。ちょっと頑張りすぎるところが玉に瑕だが、あんたは飲み込みが早いね。製薬は問題なさそうだから、あとは家事だね」
「う…、善処しますわ」
苦笑いを浮かべながら、ラームが持っていた荷をけ取るクレア。
ラームは微笑すると、ポンポン、と、クレアの肩を叩いた。
「さて、お菓子も買ってきたし、お茶にでもしようかね」
「まあ! お菓子!」
目を輝かせるクレア。
ラームが目を細めた。
「ああ。あんたが好きそうなやつを買ってきたよ。今日は天気もいいから、外で食べようかね」
庭の片隅にある赤い屋の小さな東屋(あずまや)に移する二人。
白いテーブルの上で、買ってきたクッキーを出すラームと、ウキウキとお茶を淹れるクレア。
「どうぞ。師匠」
ラームは、ありがとう、と、一口飲むと、目を細めた。
「味しいねえ。同じ茶葉でも淹れ方が良いとこんなに違うんだねえ」
「このお菓子もとても味しいです」
チョコレートチップのったクッキーを、サクサクと幸せそうに食べるクレア。
ラームは微笑すると、し真面目な顔になった。
「――それで、王都の方なんだけどね」
はい、と、もぐもぐしながら姿勢を正すクレア。
ラームは、ティーカップをテーブルに置くと、指を組んだ。
「新しい報は三つだね。
まず、あんたは療養のため、辺境伯領に帰っていることになっている。街では、オリバー王子が毎日大きな花束を屆けていると噂になっているよ」
「…そうですか」
嫌そうな顔をするクレア。
ラームが、まあまあ、と、同したような顔でめた。
「自分の行方不明を最大限に使えって、あんたが言い出したことじゃないか。あんたの父親もその通りにしたんだろう」
「確かに、この事件を利用して王家に恩を売るようにと父に伝えましたわ。でも、花束のことは聞いていません」
「なんだい。気にしているのは、噓の療養の方じゃなくて、そっちかい」
呆れたような顔をするラーム。
クレアは口を尖らせた。
「気にしますわ! 王子はこれまで、私に花一本だって送ってくれたことないのですよ!」
「おや。そうかい。可哀そうに」
「ひどいですわ!」
むくれたような顔をしながら、お菓子に手をばすクレアに、クックック、と、楽しそうに笑うラーム。
「それとね、二つ目の報だがね。辺境伯領で大規模な工事が始まるとかで、大々的に人員の募集をしていたね。大方、あんたの父親が王家に売った恩の回収をしたというところじゃないかね」
「多分そうですわね。資金が王家から流れたのだと思います」
クレアは王都から逃れてこの地に到著してすぐに、辺境伯である父に手紙を書いた。
自分が魔だったという事実と無事を知らせ、このことを上手く使ってくれ、と頼んだのだ。
ラームが心したような顔をした。
「娘も肝が據わっているけど、父親の方も大したものだね。まさか、自分の娘が魔であることをけれて、応援するとは思わなかったよ」
「父は魔法が使えないことを心配していましたからね。それに、魔だからこそ、あの馬鹿(婚約者)から逃げられたというのもありますし」
そうかい、と、つぶやくラーム。
「それと、三つ目の報は、あんたを助けてくれた第一王子のことだ」
クッキーの咀嚼をピタリと止めるクレア。
「どうやら、騎士団を引き連れて、東の國境沿いの砦に向かったらしい。魔が大発生して村が幾つか襲われたそうだ。當分は帰ってこないだろうとの話だね」
そうですか、と、呟くクレア。
本來であれば、第一王子が危険な地に行くことなどありえない。
しかし、ジルベルト自の希と、反ジルベルト派の貴族たちの後押しによって、彼は度々危険な地に遠征していた。
ラームが尋ねた。
「心配かい?」
「ええ。恩人ですから。でも、すごく強いと評判だったので、きっと大丈夫だと思います。……逃がしてくれたお禮は當分言えなさそうですけど」
「そうかい。じゃあ、ここで帰りを待つといいさ。私も丁度、同じ闇屬の弟子がしかったところだ」
ありがとうございます、と、頭を下げるクレア。
製薬もしてくれるし、こっちは大助かりだよ、と、笑うラーム。
クレアは、庭に視線をやった。
こうして穏やかに生活できているのも、ジルベルトのおだ。
彼がいなかったら、きっとクレアは酷い目にあっていただろうし、実家も何らかのペナルティをけていただろう。
なぜ彼があのとき自分を助けてくれたかは分からないが、謝しかない。
風に揺れる白い春花を見上げて、もぐもぐしながら、クレアは思った。
いつか、ジルベルト様に會って、ちゃんとお禮が言いたいわ、と。
※
生まれた時點では、ジルベルトは第三王子、オリバーは第四王子です。
しかし、第一王子と第二王子が疫病で相次いで亡くなったため、繰り上がりで第一、第二になりました。
元
ジルベルト第三王子
オリバー第四王子
↓くり上がり
ジルベルト第一王子
オリバー第二王子
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