《【書籍化】男不信の元令嬢は、好殿下を助けることにした。(本編完結・番外編更新中)》10.不思議な毎日

本日1話目。

クレアがジルベルトの部屋を初訪問してから、三週間後。

冷たい風が頬に心地よい初秋の午後。

ジュレミとノアが、魔の家にやってきた。

「いらっしゃい。お待ちしていましたわ」

いつも通り、薬を數えて運んだあと、居間でお茶を飲む三人。

クレアが、街で買ってきたお菓子を出すと、二人が目を丸くした。

「あら! 今日はお菓子なのね!」

「ん。びっくり」

「はい。実は、久し振りに街に行ってきたんです」

「あら! それは良かったわ。気分転換は大切よ」

出されたお菓子を、味しそうにもぐもぐと食べるノア。

その可らしさに、もっと早く街に行ってお菓子を買ってくれば良かった、と悔やむクレア。

ジュレミが、ティーカップを上品に置いた。

「そういえば、なんだけど、私、來月から一カ月くらい留守にすることになりそうなのよ」

「留守、ですか?」

「そうなのよ。魔道の設置でね。場所も遠いし、設置に時間がかかりそうなのよね。――あ、店はいつも通りノアに任せようと思うから、薬はどんどん作ってもらって大丈夫よ」

分かりました、と、頷くクレア。

ジュレミは、クレアをジッと見ると、おもむろに口を開いた。

「それでね、クレアちゃん。もしも良かったら、一緒に來てみない? 基本的に行は自由だし、普段見れないものが見れるわ。あと、ご飯もすごく味しいわよ」

クレアは目を丸くした。

「ご迷じゃないですか?」

「全然! クレアちゃんが來てくれたら、きっと楽しいわ」

にっこり笑うジュレミ。

クレアは考え込んだ。

(これは、すごく良い話じゃないかしら)

味しいご飯も魅力だが、別の魔の仕事を見れるなんて、滅多にないチャンスだ。

それに、何と言っても、外國を見て回るのは、クレアの長年の夢だ。

しかし、悩んだ末、クレアは殘念そうに首を橫に振った。

「…ごめんなさい。行きたいのだけど、やらなくてはいけないことがあって」

「そう…。分かったわ。でも、もしも気が変わったら教えてちょうだい」

「はい。分かりました。ありがとうございます」

ジュレミ達が帰って、數時間後。

夕方の気配が漂い始めたころ。

クレアはそっと魔の家を出ると、転移小屋に向かった。

行き先は森のり口。

いつもの窟に転移し、森を出て、王都にるクレア。

繁華街で時間を潰すこと數時間。

周囲が暗くなって、しばらくして。

クレアはケットッシーに姿を変えると、夜の闇に紛れて騎士団施設に向かった。

慣れた様子で蔦をしゅるしゅると登り、バルコニーに出る。

そして、窓に付いている『従魔専用出口』から部屋を覗き込んだ。

部屋は暖められており、ジルベルトが機に向かって何か書きをしている。

クレアが、ちょろちょろとっていくと、ジルベルトが顔を上げた。

「來たな。今日もあるぞ」

(やった! 今日は何のお菓子だろう?)

機嫌よく尾を振りながら、「にゃあ」と鳴くクレア。

床に用意してあるマットで足を拭くと、いつもの定位置である、ソファの上の赤いクレア専用クッションに座る。

ジルベルトは、壁にかけてある騎士服のポケットから、可らしい菓子包みを取り出すと、クレア専用の青い皿に菓子を置いた。

「今日は、ブロンズ菓子店のクッキーだ」

クッションから飛び降りて、テーブルの上の皿に駆け寄るクレア。

両手でクッキーを持つと、もぐもぐと幸せに食べ始めた。

(ん~。味しい! やっぱり貴族向け菓子店のお菓子は違うよね)

ジルベルトは、自分も袋に手をれると、クッキーを食べ始めた。

「部下に勧められて買ったが、この店の菓子もうまいな」

「にゃあ」

クレアは完全に餌付けされていた。

最初は、魔法の効きを確かめに來ただけだった。

ジルベルトほどの魔力の持ち主は、魔法にかかりにくいことが多い。

効果が持続しないのではないか、と、心配したからだ。

そんなクレアを、ジルベルトは歓迎。

部屋に招きれ、毎回お菓子を出してくれた。

もちろん、初めはクレアも慎重だった。

の部屋にり浸るのは良くない、とか、そもそも男ってだけで信用できない、など、々考えた。

しかし、今の自分には買えない貴族専用菓子の魅力には勝てず。

「私、今、ケットッシーだし。一応用事があるし」と、自分に言い訳。

気付けば、三日に一回の頻度でジルベルトの部屋に通っていた、と、いう訳だ。

(は~。味しかった)

満足して、ソファに丸くなるクレア。

その隣に座って、本を読み始めるジルベルト。

その様子を橫目で見ながら、クレアは心の中で呟いた。

(それにしても、ジルベルト様って、噂と全然違うわね)

噂では、彼は『好殿下』と呼ばれるほど、毎晩複數のと遊んでいる、という話であった。

しかし、ジルベルトのもとに通い始めて約三週間。

一回も部屋にいなかったことがないし、遊びに行っている雰囲気もない。

しかも、読んでいる本は、戦や政治経済などの知識本。

勉強熱心なクレアでも読むのが難しい本を、平気で読みこなしている。

(オリバー様なんか比較にならないくらい優秀だわ)

(何であんな噂が立っていたのかしら)

ジルベルトの評価を下げるために、偽の噂が流された可能はある。

しかし、ジルベルトは第一王子。

本人が本気になって否定すれば、ここまで大きな話にはならなかっただろう。

(ということは、噂を否定しなかったってこと? でも、あんな噂、百害あって一利なしよね)

――と、そんなことを、うとうとしながら考えていると。

ジルベルトがゆっくりと立ち上がった。

どうやらもう寢るらしい。

彼は、バスルームで寢る準備をすると、ガウンをいで壁にかけて、クレアを振り返った。

「明日早い。先に寢るぞ」

了解、と、ばかりに、「にゃあ」と、鳴くクレア。

ジルベルトが、クレアの目の前にしゃがみこんだ。

「お前は賢いな。まるで人と話しているようだ」

誤魔化すように、ツーっと目をそらすクレア。

ジルベルトは、大きくて溫かな手をクレアの頭に乗せた。

「またな。おやすみ」

ジルベルトが、ベッドにってしばらくして。

クレアは、ぐぐーっとびをして立ち上がると、心の中で苦笑した。

(本當に、私、一何しに來ているのかしら)

(最初は、お菓子が味しかったから來ていたのだけど、なんだか居心地が良いのよね。ジルベルトも歓迎してくれるし)

そして、思った。

(…もしかすると、私もジルベルト様も、寂しいのかもしれないわね)

ラームが旅に出て以來。

たまにジュレミとノアが來る以外、クレアは晝も夜もずっと一人で過ごしている。

やることはいっぱいあるし、本棚にある冒険譚や旅行記を読んでいると、あっという間に時間が経つが、一人というのはやはり寂しいものだ。

ジルベルトも、仕事が終われば、部屋でずっと一人。

どこかに出かける雰囲気も、友達がいる雰囲気もない。

(……私達、し似ているのかもしれないわね)

心の中で、ぽつりと呟くクレア。

そして、溜息をつくと、ぶんぶん、と、首を振った。

(考えたって仕方ないわ。私が寂しいのも、彼が寂しいのも、どうしようもないことですもの)

(さっさと終わらせて、帰りましょう)

は、ソファから飛び降りると、ベッドの上に飛び乗った。

細い魔力をジルベルトに流し、を探る。

いつもなら、ここで何もなく終了するのだが……。

(え?)

クレアは、ピシリと固まった。

念のため、もう一度を探り、ギュッと眉を顰めた。

(間違いない。これは、毒の跡だわ)

探知したのは、もうほとんど分解されているが、確実に毒だと分かる質。

しかも、誤って飲んだとは思えない量。

(…これは、間違いなく誰かに飲まされたわね)

暗殺計畫の始まりをじ、戦慄するクレア。

――そして、これ以降。

ジルベルトのから、毎回毒が見つかるようになった。

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