《【書籍化】語完結後の世界線で「やっぱり君を聖にする」と神様から告げられた悪役令嬢の華麗なる大逆転劇》神殿の
「どうやら、長らく表舞臺から離れ過ぎていたらしい。私も耄碌したものだ」
侍従長のが運ばれた後の牢獄にて、宰相は額を押さえていた。
「侍従長の死因は何だったのです?」
の匂いの殘る中でイリスが問うと、宰相は首を橫に振った。
「……私の手の者が駆け付けた時には、既に自死として処理されていたようだ。皇宮に戻ったばかりの隙をつかれた。警備のれ替えを行う前にこのような事態になるとは。恐らくは、陛下の差金であろうが……」
「の検分はどうなっている?」
メフィストの問いにも、宰相は苦々しげに首を振る。
「口惜しいことに、死因は明らかなため必要ないと処理されたようです」
「皇帝は余程侍従長を始末したかったようだな。宰相の手が回る前に何よりも侍従長の始末を急いだということは……侍従長は皇后毒殺と橫領以外にも皇帝の不利になるようなを抱えていたということか」
考え込むメフィストを見て、宰相はし間をおいた後、意を決したように口を開いた。
「……メフィスト殿下の前で言うのは気が引けますが……帝國議會にて、私が不在の間に侍従長を通し貴族議員へ打診があったそうです。近々陛下が発案する、サタンフォードへの侵略戦爭を可決させるように……と。」
「……なに!?」
「戦爭を!? それも、不敗の軍を持つサタンフォード相手に? 今の帝國では勝ち目はないですわよね? 何を考えているというの。帝國を滅ぼす気……?」
イリスが頭を抱えれば、メフィストも黒手袋の手を口元にあて考え込んだ。
「無論、議會の大半は勝ち目のない戦爭に反対していた。しかし、侍従長を通して賄賂や脅迫を行い、聖であったミーナの聖力による治癒などを利用してしずつ議會が掌握され、イリスが聖となる寸前には、ほぼ可決可能な狀態になっていたようだ」
「聖である私に、高位貴族が治療の対価を気にしていたのは、そういうことだったのね」
「皇帝は、勝算があって戦爭を推し進めようとしているのか?」
「それは……陛下が何を考えているのかは分かりませんが、現在の帝國にサタンフォードを侵略する程の軍事力が無いのは事実です。そんなことをすれば返り討ちに遭うのは目に見えています。更には一方的な侵略行為となれば、周辺諸國からの非難も免れないでしょうな」
「……玉砕覚悟でサタンフォードに攻め込む気なのだとしたら、皇帝は帝國を破滅に導こうとする暗君と言える。いっそのこと皇帝の資質を問い、皇帝位を剝奪する政変を起こせないだろうか」
「そうよね。帝國法に定めがあるわ。國家元首たる皇帝がその勤めを果たせないと判斷された場合、新たな元首が即位し議會をかすことができるって」
イリスとメフィストのやり取りを聞いていた宰相は、思索しつつも重い溜息を吐いた。
「……しかし、陛下はあれでいて、なかなかに抜け目がない。思えば子がたった一人しかおらず、他の皇族を排除したのも、陛下の策略のうちかもしれぬ。皇族が二人となった今、いずれ必ず皇帝位をけ継ぐことが決まっている皇太子エドガー殿下が陛下へ反旗を翻す可能は限りなく低い。正當な皇族を旗印に立てぬまま起こした反では、功したとしても逆賊の汚名は拭いきれぬ」
宰相の言葉に、頭の中で帝國史を辿ったイリスが顔を顰める。
「確かに……これまで、帝國の歴史の中で政変は數多くあったわ。でも、それはあくまで皇族の中での話ですもの。皇族が途絶えたことは一度もない。その事実だけでも帝國皇族が國民に神格視されるには充分よ。その筋を斷つ、となれば……一時は良くても、後の世で思いもやらない軋轢を生むことになるかもしれないわ」
イリスの言葉に頷いた宰相は、通路を行ったり來たりしながら思考を巡らせた。
「今後、戦爭を推し進めようとする皇帝側との政爭が激化することになろう。議會も主要貴族もこちらの手にあるが、我々には旗印となる皇位継承権者が足りない。イリス。聖であるそなたをもってしても、こればかりは皇族の権威の問題だ。かと言ってあの愚鈍なエドガー殿下を新皇帝として立てるのはあまりにも淺慮。どうしたものか……」
そこでふと、イリスは赤い眼のウサギを思い出した。神と名乗るあのウサギとそっくりな絵が壁に描かれていたのを、イリスは収穫祭の時に見た。
「……神殿を味方につけるのはどう?」
イリスの呟きを拾ったメフィストと宰相は、顔を上げた。
「神殿を味方に?」
「程。大神を始めとして、今の神殿は腐敗している。が、國民の強い信仰でり立つ神殿はそれでも尚一定の権威を有している。そして今や神殿は、陛下の強大な支持基盤。それを崩し味方にすれば、こちらの正當に説得力が増すであろうな」
「だが、その長である大神があの様子では、みは薄いんじゃないか?」
「メフィストの言う通りね。……おじ様。誰か、神殿の高位神の中で大神に歯向かえるような信念と強さを持った方はいないかしら?」
問われた宰相は、顎をりながら思案した後、イリスを見た。
「それならば……一人だけ、心當たりがある。現在の神殿で最も善良な心を持つと言われるベンジャミン神ならば、話をする価値があるかもしれん」
「ベンジャミン神……?」
「確か彼は、巡行していた西部地域から帰ってきていたはず。神殿に行けば會えると思うが、し気難しいところがある男だ。敬虔な男でもあるので聖であるそなたの話であれば耳を傾けるはずだ。會ってみるか?」
「是非、お願いしたいですわ」
「では、準備させよう。……更にもう一つ、使えそうな報がある。皇帝が使用したと思われる幻覚剤についてだが、実はあれは……神殿で作られたものである可能が高いのだ」
「何ですって!? どうして神殿がそんなを……」
イリスが驚愕すれば、宰相は調べた限りのことを話した。
「神殿のみで栽培される植、ナールシュは元々痛みを和らげる麻酔薬として重寶されてきた。特に怪我人や病人を癒す神殿においては伝統的に栽培され様々な用途の薬に役立てようと研究も進められてきたのだが……近年になり、そのには強い幻覚を引き起こす作用があると明らかになった」
「では、それを利用して幻覚剤の製造を?」
「うむ。あれだけ強い幻覚剤だ。神殿でのみ栽培を許されているナールシュが原料である可能は高い。……現在の神殿は、皇室と同様に衰退する帝國の中で不安定な狀態にある。例えば痛みを和らげる作用もある幻覚剤を治療の際に用いれば、まるで神が神にでもなったかのように神聖に見えることもあるだろう。それが神殿の狙いだ。神殿の権威の保持。これについての証言が得られれば、また一つ敵の弱みを握れる」
「すぐに神殿に向かいます。ベンジャミン神と早急にお話するわ。……あの、メフィスト。あなたもついてきてくれる?」
「勿論。君が行くところなら何処へでも一緒に行くよ」
エドガーに襲われてからというもの、イリスは口にはしないがメフィストの側を離れるのが不安だった。メフィストは決して自分を傷付けず、護ってくれる存在であると認識しているからこそのこの安心に、イリスは戸いと恥ずかしさをじながらも彼に頼ってしまう。そしてそんなイリスを甘く見つめるメフィスト。仲睦まじい様子の二人を宰相は微笑ましげに眺めていたが、見つめ合いが長引きそうだったので、咳払いで急かした。
こうしてイリスとメフィストは、神殿へと向かったのだった。
読んで頂きありがとうございます!
昨日は更新できず申し訳ございませんでした……
完全に寢落ちしました
そろそろ終盤にって參りました。
あと7話くらいでしょうか……
來週中には終わる予定です。
明日の分でまた話がき出すかなと思います
今後とも宜しくお願い致します!
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