《[書籍化]最低ランクの冒険者、勇者を育てる 〜俺って數合わせのおっさんじゃなかったか?〜【舊題】おい勇者、さっさと俺を解雇しろ!》作戦前・晴華と柚子

──◆◇◆◇──

それまでは普段通りモンスターが外に出てきた場合の対処をすることとなったが、それ以外ではゆっくりと休むようにとのことだ。

だが、そんな比較的ゆっくりとした日々はあっという間に過ぎていき、もう目的の一ヶ月後まで殘り一週間となっていた。

「後一週間か……早ぇな」

ちょっとでもかそうと思って訓練室に向かったのだが、そこで魔法を放っている安倍の姿を見かけた。

「——ふう」

安倍は構えていた杖を下ろして息を吐き出した。

「ん? ……コースケ」

が、ドアが閉まる音に気が付いたのだろう。俺の方へとを向けると俺の名前を呼んできた。

「珍しく落ち著かないな」

「……そう?」

「じゃないとこんな無意味な練習なんてしないだろ」

「……ん。そうかも」

安倍は的當てのように離れた場所にある人形の頭部に向かっていくつもの炎を當てるという練習をしていた。

多分、救世者軍の拠點を襲撃するにあたって、人間相手の練習をしていたんだろう。

その練習自は全くの無意味ってわけでもないんだが、今の安倍は集中せずにとにかく魔法を放って攻撃していただけのように見えた。

一瞬しか見てなかったから間違っているかもしれないが、多分あっていると思う。

その証拠に、こいつは狙うんだったら全部同じ場所で揃えるやつだが、今は的に著弾した炎は頭部だけではなくにあたったりしているものがある。

まあ気負ってるんだろうな。こいつは靜かで冷靜に見えても、心では々考えているやつだからな。多分今も々考えてしまって不安なんだろう。まあ、こいつらの年を考えれば仕方がないけどな。

俺だってこんな狀況では不安もある。こんな世界の命運をかけてるような狀況では當然だ。そしてそれは俺だけではなく、この作戦に関わる全員に言えることだろう。

大人でさえ気負い、不安に思うような狀況で、敵の拠點を潰すことを期待されているうちの一人となっていることを、子高生が意識しないでいられるわけがない。

だから安倍は、しでも気を紛らわせるためにここに來てがむしゃらに魔法を使っているんだろう。

「この件が無事に終わらせれば、お前は英雄だ。だから頑張れ」

しでも気を楽にできるように、冗談めかしてそう言って笑いかけてやる。

「……それはそれで面倒」

「面倒?」

「家がうるさい」

安倍は俺の意図に気づいたのか、じっと俺の顔を見てから壁際に備え付けられているベンチに向かうと、そこに腰を下ろして自分の隣をぽんぽんと叩いた。これは、座れってことだろうか?

「……ああ。そういえば本家よりも力があるからってんで々あるんだったな」

「潰れればいいのに」

「潰れるのはもったいないだろ。せっかく何百年って続いてるんだから」

安倍の家は分家とはいえ大昔っから続いている覚醒者の筋だ。煩わしいのはわからなくもないが、流石の潰れるのはもったいないような気がする。

俺は安倍の隣に腰を下ろしながらそんなことを考えて苦笑いした。

「——ねえ」

安倍の隣に座り何を話そうかと考えていると、安倍が隣に座っている俺の顔を見上げながら聲をかけてきた。

「ん? 何だ?」

「子供作る気ない?」

「ぶっ! ……何言ってんだよ」

前にも同じようなことを言われた気はするが、まさかこんな時に言われるとは思わず、俺は安倍の言葉に吹き出してしまった。

「明日はかなり危険。死ぬかもしれない。死ぬ前に一度くらいは経験があってもいいと思う」

しかし、次に安倍から吐き出されたその言葉は、僅かではあったが震えが混じっているように聞こえ、安倍は俺が思っていた以上に不安を……恐怖をじていたことを今更ながら悟った。

當然だ。冷靜に見えてもまだ子供なんだ。『不安に思う』程度で終わるわけがなかった。

「……チッ、馬鹿が。お前は死なねえよ……死なせねえ。だから死ぬ前に一度なんて変なこと考えてんなよ」

俺は自分の思い違いに自分で苛立ってしまい、思わず舌打ちしてしまった。

だが、このままそんな恐怖を抱えさせたままで居させるわけにはいかない。それでは襲撃の時には最高のパフォーマンスが出せないからって理由もあるが、教え子にこんな顔をさせるわけにはいかなかったから。

だから安倍の頭に手を置くと、恐怖なんて忘れられるように暴なじでぐりぐりと頭をでてやった。

「それに、子供ができればもう面倒に巻き込まれない」

「他を探せ。俺よりももっといいやついるだろ」

そんな俺の行しは効果があったのか、安倍はフッと小さく笑うと今度はし冗談めかして言った。……冗談だよな?

「……というか、お前いつものことだが、それどこまで本気なんだ?」

「そこそこ本気。瑞樹と佳奈には負けるけど」

宮野と淺田にはって……なんとも反応に困る答えだな……。

でもなぁ、あの二人もどうにかしないとなんだよなぁ。

「二人とはどう?」

答えに迷って頭を掻いていると、安倍は逃さないぞ、とばかりに問いかけてきた。

その聲や態度の様子からしてさっきまでよりは楽しげなじに思えるので、ここで話を切るわけにはいかない。いかないのだが……

「どうってのは、また何とも返事に困るな」

「好き?」

「直球だな」

「迂遠に聞いても意味ない。で、どう?」

……これは、どうあっても答えるしかないよな。

そう判斷した俺は、ため息を吐き出すと自分に好意を寄せているであろう二人のことを思い出して口を開いた。

「……嫌いじゃねえな。どっちかって言ったら、まあ、好きなんだろうな」

宮野は、そう言ったことは何も言わないが、最初の頃とは明らかに態度が違う。勘違い、であったら恥ずかしいが、勘違いだった場合の方が俺の対処としては楽でいいとは思う。けどなあ……安倍が聞いてくる狀況も合わせると、勘違いじゃないんだろうな。

まあ、で、淺田はなんつーか、もう直球に好意を見せてくるというか、見せつけてくる。直接告白もされたし間違いようがない。

宮野も的な好意でなかったとしても、好意があるってのは間違ってないと思う。

そんな好意を寄せてくる相手のことが、好きか嫌いかって言ったら、まあ……好きになるよな。

だからって付き合うかって言われると、答えに困るんだが……。

「そう」

迷いながら、はっきりとしたとは言い切れない俺の答えだが、それに満足したのか安倍は俺から顔を背けて正面を向いた。

「「……」」

そして俺たちの間には無言の時間が流れた。

安倍は何を考えているのかわからないが俺は恥ずかしさからだ。

何が楽しくて二十も下に離れた教え子に自分のを聞かせにゃならんのだって話だよ。

だが、そんな恥ずかしい思いをした回はあったようで、安倍は徐に立ち上がると俺の正面に立って拳を突き出すようにして笑った。

「死ぬ気で頑張る。けど、絶対に死なない」

「ああ、そうしてくれ」

突き出された安倍の拳に、俺は自分の拳をコツンと當ててから笑った。

──◆◇◆◇──

安倍と話をしてから二日後。他の奴らとも話をした方がいいんだろうなと思いながらも、ゲートから溢れたモンスターの処理に出ることになってしまったために話す時間が取れなかった。

だが今日は何もないので、話をしようと殘りのメンバーである三人のうち、北原を探すことにして書庫までやってきていた。

あいつがいるんだとしたら、自室かここだろう。

と思って書庫まで來たら、案の定北原が壁際の椅子に座って本を読んでいた。

その様子はまるで何事もないかのような、まさに『いつも通り』の景だった。

……割と最初の頃から思ってはいたんだが、やっぱりそうなんだろうな。

まあ、そのほうが俺にとってはありがたい結果になるだろうけど。

本當なら安倍の時みたいに話を聞いたりして不安やらなんやらを和らげようと思ったんだが、こいつには多分必要ないだろう。

そして、こいつならきっと俺の頼みを聞いてくれると思う。だってこいつは〝そういう奴〟だから。

「お前は割と冷靜だな」

「……あ、伊上さん」

北原は俺が聲をかけるとハッと顔を上げて俺の方を見た。

「一週間後には攻め込むってのに、いつもと変わらず、か」

「今から慌てても、仕方がないかな、って。それに、いつも通りにしてた方が落ち著きますから」

そう言った北原の言葉に間違いはない。実際にこいつはかなり落ち著いた様子だ。慌てて居たり悲観しているよりはよっぽどいい。

……だが、今のセリフはこいつが言うにしては些かおかしいような言葉でもある。

故に、その言葉を聞いて俺は自分の考えが間違っていないんだと確信した。

何せこいつは臆病だ。仲間以外の奴と話すだけでオドオドとしており、仲間と話す時だってはっきりとしない時がある。

常に仲間のそばで仲間とともに行し、危険は冒さない。

そんなやつが、もうすぐ最大級の危険に突っ込んでいくって狀況で、こんなにもいつも通り落ち著いていられるものだろうか?

もっと慌てたり、悲観して部屋にこもったりするもんじゃないか?

なくとも『いつも通り』でいられるわけがない。

だから、俺の考えが正しければ、こいつはきっと……。

「……前に、いつだったか言った気がするが、宮野は明るくリーダーを気取ってるがその心には裏があった。安倍は何でもないかのように振舞っているが、家の問題を抱えている。そしてお前が治癒師として覚醒したことにも理由がある。そんなことを言ったな」

「えっと……?」

突然の俺の言葉に北原は意味が分からなそうにしているが、それでも俺は話を続ける。

「お前は臆病でみんなの後ろにいるが、その実、別に臆病ってわけでもないだろ?」

北原からすれば微妙に話が飛んでいるようにじるだろうが、それが俺の出した結論だ。

こいつは……北原柚子っては、臆病で引っ込み思案なの子ではなく、そう見えるように擬態しているに過ぎない。

「あとお前、俺のこと好きじゃないだろ?」

「そ、そんなことは……」

「好きじゃないってーと語弊があるか。嫌いではないが好きでもない、か? 他人に比べれば好き寄りだが、宮野達ほど好きでも大切な存在でもない、が正しい。違うか?」

こいつは安倍や淺田と一緒に俺に好意があるように、ってーとちょっと違うんだが、それなりに親しげに接してきた。

が、実際のところは特に親しみはじていないし、どうでもいい存在だろう。

まあそれなりに関わりはあるから周りにいる一般人よりは好があるかもしれないが、その程度だ。所詮は知人、もしくは指南役程度の認識だろう。

「い、伊上さんも、大切な仲間だと思っています」

今もこうして好きでも嫌いでも明言は避け、『大切な仲間』なんて言葉で濁している。

「魔法使いは、そいつの質や格によって使う屬が違うってのは知ってるだろ?」

「……は、はい」

そんな北原の誤魔化すような言葉を無視して、もう一度話を変える。

「炎を使うやつの本質は直的だったり荒々しい格だったりとそんなじだ。安倍もおとなしそうに見えて意外と的になることがある。だが、なら治癒師の本質って、何だと思う?」

「……」

「治癒師の本質ってのは、かまってちゃんだよ。自分を見てしい。自分を頼ってほしい。だからこそ他人を治すんだ。治していれば自分を見てもらえるし謝されるし頼ってもらえるからな」

こいつが一生懸命に見えたのも、頑張らなければ自分を見てもらえないから。

仲間のために活躍したいんじゃなくて、自分を見てくれる仲間を殺されたくないからってのと、活躍しなければ自分を見てもらえないから。

だからこいつはケイに弓の扱い方を聞こうとしたし、宮野において行かれないように俺に頼み込んできた。

「……本當に、よく見ているんですね」

北原は小さく息を吐き出してからそう言った。

……やっぱ自分でも気づいてたか。時々、単なる臆病にしてはきがおかしかったんだよな。自分から提案して話を進めたり、臆病な割に進んでフォローしたり。

臆病で引っ込み思案な子が、そんなことするかっていうか……なんか影の支配者的なきをしてた。

もしかしたら無意識かもしれないと思ってたんだが、そうじゃなかったと。まあ、そっちの方がありがたいが。

「まあ、生き殘るためにはまず観察からだからな。それはモンスターも人間も変わらない。見て、調べて、違和を突き詰める。それが俺の生き方だった」

だからこそ気づいた。

俺が宮野達のチームにってからまず最初にやったのは、チームメンバー達の観察だった。戦闘方法から格や趣味趣向。

そういったものを調べて、そいつを理解する。そうじゃないと、いざって時にどんな反応をするか分からないから。

だからずっと見てきて、違和に気づくことができた。

「ですが、臆病、というのが完全に間違いというわけでも、ないんですよ。他人やモンスターが怖いと思っているのは本當ですし、逃げたいと思うのも、本當です」

「でも、それ以上に満たしたい願いがある」

それが誰かに認めてもらって頼ってもらうこと。だからこそこいつはここにいる。

「それで? どうしますか?」

「いや? まあどうするってわけじゃないさ。ただ、そんなお前だから頼み事がある」

かまってちゃんってのは、言い換えれば承認求が高い奴のことだ。そんなやつが死ぬような行をとるかって言ったら、取らない。

の危険はみんなのの中にいるために冒すだろうが、本當の意味で命をかけないし、自分の承認求を満たしてくれる相手を見捨てたりしない。

だからこそ。そんな自分が好きで見ていてしいと思うこいつだからこそ、信用できる。

何せ一歩引いたところで見てくれているんだ。どうしてもやばい時には、すぐに自分たちが生き延びるための判斷をすることができるだろう。

だからきっと、俺の頼み事も聞いてくれるはずだ。

「頼み事……」

「そうだ。それは——」

これで、萬が一でも大丈夫だろう。

何かあったとしても、宮野達が死ぬ可能は低くなった。

……絶対に死なせないからな。

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