《【書籍化】白の平民魔法使い【第十部前編更新開始】》7.無屬魔法
雷の爪は床に叩きつけられ、獲を抑えつけるようにそのままだ。
爪に引き裂かれずとも掌で圧殺、それに耐えても雷の魔力を流し続けている為にれていればを麻痺させる。
きが無い今、念をれてルクスは魔法を維持し続けていた。
床はよほど頑丈な素材で出來ているのか、魔法の威力に対して傷がない。
「……死んだか?」
ギャラリーの一人が縁起でもない事を呟く。
魔法使いの卵から見ても今の魔法は強力なものだ、まともに食らっていれば碌に防魔法を使っていなかったアルムには一溜まりもない。
死んだとは思っていないものの、ギャラリーはすでに勝負が決まったかのような空気になっている。
後は床と魔法の間に挾まっているであろう命知らずな平民の姿を見屆けるだけだ。
「アルム……アルムは……?」
きが無いミスティは一階を見渡すが、アルムの姿は無い。
いないのだとすれば本當にあの爪の下に――。
「大丈夫、避けてるよあの人」
「え?」
ミスティの隣にはいつの間にか一人のが立っていた。
ルクスに開始の聲掛けを頼まれただ。
「あの人面白いね」
ミスティは隣にいるの視線が高い事に気付いてそちらに目をやる。
「ルクスは珍しい魔法を使うな」
その聲は頭より上の方から。
アルムはいつの間にか二階のギャラリー席にいた。
制服の右腕が引き裂かれており、かわすのが困難だった事が窺える。
ルクスは魔法を床から離すが、當然そこには敗者の姿は無い。
「さっきの強化といい、マナリルの魔法じゃないだろう」
「……母の國の魔法だ。自分にはこちらのが合っていてね」
ルクスはそこでようやく魔法を解く。
アルムはというとその間に攻撃を仕掛けるでもなく、自の破かれた制服をまるでおしそうに眺めていた。
「眼福ってのはこういう事を言うんだな。苛烈で、荒々しくて……でも、綺麗だ」
「……っ!」
破かれた事に謝すらしているかのような目に降り注ぐようならかい聲。
それは皮ではなく心からの賞賛だった。
その言葉がルクスの心を揺るがせた事にアルムは気付くはずもなく、ようやくギャラリー席から飛び降りる。
強化された腳は二階からの著地をともせず、再び二人の目線は同じとなった。
「そういう君はふざけているのか?」
「ん? 至って真面目だぞ」
「だが、先程から無屬魔法ばかりだ。強化してこちらの魔法に対抗しているようだが、それではせっかくの速度も臺無しだろう。様子見のつもりか?」
そう、アルムの魔法の回転速度はルクスも認めざるを得ない。
才能だけという臺詞だけならばすでに撤回していいとまで思っていた。
解せないのは頑なに無屬魔法しか使わない事。
いくら早くてもこちらの魔法一つに対して複數の魔法を使っていては総合的な速度は劣る。せっかくの長所もあってないようなものだ。
何かを隠そうとしているのかもしれないが、手のを見せずに相手できると思われているとしたらそれこそ自分を侮辱している。
そんな怒気を込めたルクスの問いに対するアルムの答えは、
「いや、俺は無屬しか使えないんだ」
「……は?」
予想の斜め上だった。
頭を毆打されたかのような衝撃。
ギャラリーにも屆くその聲はさらに続ける。
「生まれつきか屬に変換できないんだ。だから使えるのは無屬くらいでな」
いつ冗談って言うのだろうかと、次の言葉を待つ沈黙が流れる。
しかし、次の言葉は無い。
アルムの真剣な表に噓が無いとわかった瞬間、ギャラリーからは笑いが起きた。
「あはははは! まじかよ!」「そんなやついるのかよ!」「そんなのが魔法使いを目指してるって言うの?」「才能だけってのは當たってるな! とんだ出來損ないじゃないか!」「なるほど、だから実技が低いのか……あの魔法の速度で何故かと思っていたが……」
真剣にけ止める者もいるにはいるが、ほとんどが嘲笑の聲。
慣れているのか、予想していたのか、アルムの表は変わる事は無い。
「アルム……本當に?」
「珍しいねー、補助魔法とかは普通にできてんのに」
ミスティも信じられないと言いたげな面持ちだ。
ルクスも笑うような事は無かったが、その表には落膽があった。
「アルム、なら勝負はここまでにしよう」
「何でだ?」
「無屬魔法は必要なものだ、簡易で使える補助魔法が便利なのは認めよう。
だが、戦闘には致命的に向いていない、それしか使えないならわかっているはずじゃないのか?」
貴族達の嘲笑。ミスティの驚愕。ルクスの落膽。
それら全ては無屬魔法の脆弱さゆえだ。
魔法使い同士の戦闘における主役は當然魔法だ。では、魔法の強さは何で決まるか?
一つ目は魔力。魔法には発時に使う魔力が定まっており、そこで大きな差異は出ないが、発後に魔力をつぎ込むことで魔法の威力を底上げする事ができる。
しかし、効率が悪い為によほど魔力をつぎ込まなければその威力は変わらない。
二つ目は魔法のランク。魔法のランクは下位、中位、上位と上がっていく。上になればなるほど発も困難になるが、その分消費魔力や威力も上がっていく。
そして三つ目こそが最も重要とされる"変換"だ。
魔力はそのままでは現実に影響を及ぼしにくく、生やに備わってはいるものの、特に意味の無い幻のようなエネルギーである。
しかし、魔力は魔法使いが扱うとその姿を変える。
魔法使いは形や質、そして屬を思い描く事で魔力を現実に起こる現象へと変えることが出來るのだ。
これを"変換"といい、この変換が得意な魔法使いほど魔法が強力となる。
変換とは形や質、屬を思い浮かべることで魔法の確固たるイメージを作り上げることであり、それが的なほど魔法は現実への影響力(攻撃魔法でいうところの威力など)が増し、現象として固定される。
幻(まりょく)を現実(まほう)に変換する。これが魔法使いの基本である。
だが、無屬魔法の場合はその基本にして重要な部分が最初から崩壊しているといっていい。
無屬魔法はその名の通り屬が無い。魔力を形、もしくは質でしか変換できない魔法である。
そして、それこそが無屬魔法が欠陥とされる最大の理由だ。
他の屬魔法がやっている変換が不十分にしか出來ず、魔力と魔法の中間のような曖昧な現象として現れてしまうのだ。現象が固定されていないゆえに現実への影響力も低くなる。
変換を掛け算だとするとその掛ける數字が圧倒的にない狀態なのだ。
1の魔力に変換という10を掛けられるのが他の屬魔法。
1の魔力を変換しても3しか掛けられないのが無屬魔法。
攻撃魔法を使ったと仮定して、ここから更に威力を上げる為には魔力を放った後に魔力をつぎ込む必要がある。
前述していたが、魔力を後からつぎ込むのは効率が非常に悪い。
変換が掛け算だとしたら魔力を後からつぎ込むのは足し算のようなもので、上記の例で無屬魔法の威力を他の屬魔法に屆かせる為には更に魔力を7使わなければいけない。
無屬魔法が他の屬魔法と同等の威力を出す為にはそれくらい魔力をつぎ込まなければいけないのだ。
ゆえに無屬魔法での攻撃は特に非効率で魔力の無駄とされている。
「……ああ、本當は向いてないんだろうな」
「……」
魔法使いは否が応でも戦闘が付き纏う。
過剰魔力で狂暴化する魔の討伐、自立化した魔法の破壊、はては他國の魔法使いとの戦闘まで。
魔法使いとは魔法を駆使して脅威と対峙する者達に他ならない。
選択肢の無い人間に與えられた唯一の魔法をそれに向いていないと言ったのだ。
これは魔法使いに向いていないと言っているのに等しい。
「なら――」
「でもな、ルクス。そんなのは関係ないんだ」
「何?」
だが、彼はそこで下を向くことはない。
「師匠が俺を送り出してくれた。そして俺は魔法使いになりたいとここに來た。そこに向く向かないは関係ない。俺は魔法使いになりたいんだから」
大事なのはそれだけだとアルムはを張る。
前を向き、曇りの無い言葉を口にできるアルムの姿がルクスにはし眩しかった。
「そうか……なら教えよう」
使う気は無かった。
だが、アルムの言葉がルクスに決意させる。
殘酷な処刑だと思ってもらってもいい。しかし、これは自分なりの優しさだ。
現実(まほう)とは非なのだと、誰かが気付かせなければいけないのだから。
「――これが魔法使いだ」
今までとは違う魔力がルクスのに走る。
アルムの目に映ったのはあまりにも自然に手を掲げるルクスの姿。
掲げた手には雫のような黃の魔力。
それを、天に捧げる所作とともに――
「【雷の巨人(アルビオン)】」
複數の人間が唱えたかのように聲が重なる。それはまるで合唱。
天に捧げられた雫は魔力の渦となり、アルムにとっての異界の門へと姿を変えた。
アルムの背筋に先程とは比べにならない悪寒が走る。
何かが、來る――!
「なんだ……これ……!」
その予はすぐに現実のものとなった。
地面を揺るがす著地音。
空気を裂くように降り立ったのは八メートルはあろうかという巨人の怪。
それでいてただ人型という曖昧さはなく、雷の甲冑姿がそこにはあった。
巨軀にはのように雷が走り、この巨人が雷の魔力そのものなのだと嫌でも理解させる。
"オオオ……ゴオオオオオオオ!!"
巨人は咆哮する。
――これこそはオルリック家の統魔法。
筋のみが習得を許す歴史ある魔法使いの特権であり切り札。
一族の敵に立ちはだかる巨人は今ここに顕現した。
お付き合い頂きありがとうございます。
明日の更新で決著まで書きます。
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