《【書籍化】白の平民魔法使い【第十部前編更新開始】》19.隠し事
「これで不明瞭な者は調べ終わったな」
リニスは実技棟から出てすぐに門のほうへと早足で歩いていく。
その姿は敗北で肩を落とす敗者の者ではない。
歩きながら、取り出したメモにエルミラの名前と屬を書く。そのメモにはエルミラの他にも同期生の名前がびっしりと書かれており、その隣には使用する屬も書かれている。
「記録用の魔石でもあればいいんだが……」
メモをしまいながら、自分の家にそんな金が無いことはわかっていても口にしてしまう。
もう日も傾いている。
一日が終わる時だと思うと特にが重くなる気がするのは自分だけだろうか。し前まで……の頃はそんな覚無かったというのに。
……いや、果たしてこのの重さは疲労によるものなのか。
「何を」
呟き、頭によぎる疑問を鼻で笑う。
今日は魔法儀式(リチュア)を二回していて魔力もぎりぎりだ。それも手伝っていつもより疲れているだけ。
普段ならばこんな世迷言が頭に浮かぶことはないと。
そう結論付けてリニスは帰路につく。
「リニス」
「………アルム」
その背中に聲が掛かる。
つい、リニスは不快そうな表を浮かべる。
だが、リニスにその自覚はない。
そして向けられたアルムにもその表にそんながあるとはわからなかった。
「どうしたんだい? 本當にめにきてくれたのかな?」
魔法儀式(リチュア)をする前に互いを挑発したてきとうな言葉。
この年なら鵜呑みにしそうだという事は朝のやり取りで何となくじていた。
しかし、アルムは首を橫に振る。
「何で、わざと負けた?」
「……どういう事かな?」
質問の意味がわからないといった表でリニスは聞き返した。
切れ長の眼は睨むようにアルムを見據える。
リニス自は意図していないが、その表は敵意を剝き出しにしているようで余人を寄せ付けないような迫力だった。
負けたことをわざとと言われれば怒りを覚えるのは普通の反応だ。
自の力や粘りがそんな不真面目なものに見えると言われれば當然である。
「エルミラの魔法……わざと防いでいなかっただろう」
「そんな事は無い。闇魔法は難しくてね、私の実力ではあれが限界だ」
「本當か?」
「ああ、何故?」
「だって、噓をついている」
アルムは真っ直ぐな瞳をリニスに向ける。
それが自分を見かしているようでリニスには不快だった。
そう、試合や勝負において全力で戦って敗北した者がわざとかと問われれば怒りを覚えるのは當然といえる。
しかし、その者が本當に全力で戦っていなかった場合。
そうなれば立場は逆になる。
全力で戦っていない者こそが怒りや疑問を向けられる立場になり、それに気付いた者は怒りや疑問を向けるべき立場になる。
何故わざと負けたのか。
その背景に何か裏があると思って然るべき。
アルムはリニスの敗北に魔法儀式(リチュア)以外の何か別の背景がある事を確信しているようだった。
「噓じゃないよ、実は今日は晝にも別の生徒と魔法儀式(リチュア)をしてね。その時に思ったより疲弊した事もあって微妙なコントロールが効かなくなっていたんだ」
追及された者の選択肢は白狀するか噓を吐くか。
リニスが選んだのは後者だった。
噓の中に真実を含ませる。晝に別の生徒と魔法儀式(リチュア)をやったのは本當で魔力の消費があったのは本當の事だった。
「それだけか?」
アルムは引き下がらない。何か確信を持っているかのように。
「そんなに私が負けたのが不可解かい?」
「いや、そういうわけじゃない。俺は何故そんな噓をついているのかが気になってるんだ」
「噓じゃないと言ったはずだが? ここの生徒は魔法の才能のある者が集まる場所だ、誰にてこずるかなどその時にならないとわからないだろう?」
「それはそうだな」
「私は自分が未だとわかっている。だから多く魔法儀式(リチュア)をして魔法を磨きたいだけだ。そして今日は計畫的じゃなかった、焦るあまり自分の魔力の都合を考えていなかった予定を建ててしまったんだ。君に不快な思いをさせてしまったのならこれも私が未ゆえだ」
しの苛立ちがリニスの言葉に含まれる。
それにアルムは無言で応えた。
見つめる眼は何かを待っているようにも見えたが、しするとアルムはふう、と息を吐いた。
「そうか、それなら仕方ないな」
納得したのかアルムは追及を諦めたようで、じっとリニスを見つめていた目が逸れる。
リニスはしほっとした。
心の揺を自覚していたからである。
「引き止めて悪かった。お疲れリニス」
「エルミラには言わないでくれ、負けた言い訳を勝者に聞かせたくはない」
労いの言葉をかけて実技棟に戻ろうとするアルムにリニスは軽くお願いする。
するとアルムは振り返って、
「當たり前だ。でも、俺は噓が下手くそだから何も言わないことにする」
當然だろうと言いたげな表で答えた。
「噓?」
誤魔化すことを噓だと指しているのか、とリニスは一瞬戸う。
勝者への気遣いを噓と言うのはいくらなんでも潔癖すぎるとリニスは口を開きかけるが。
「そうだろう。例え俺が吐いた噓じゃなくても、噓だとわかってる事を伝えるんだから」
「……!!」
言葉はの奧へと引き返す。
見かすような瞳を再び向けられてリニスは理解した。
アルムは自分の言葉に納得したのではなく、真意を伝えてもらえる事を諦めたのだけなのだと。
「俺はどうも噓以外も顔に全部出るらしいからな」
困ったような、悲しそうな、そんな表をアルムは浮かべる。
「じゃあ、またここか寮で」
そう告げてアルムは実技棟へとゆっくり戻っていく。
あの様子なら本當に何も言わないだろう。
その背中を見送ってリニスも門へと歩いていく。
門の周りに誰もいない事を確認すると、リニスは懐から魔石を取り出した。
魔石を買う金などリニスの家にはありはしない。
そう、リニスの家には。
「――リニスです」
魔力を通して魔石が輝くと、誰かに伝えるようにリニスは名乗る。
話すのを躊躇うようにリニスは一呼吸置いた。
「一人勘づきそうな生徒が。名はアルム。はい、學式の時の平民です」
誰かに伝えるように、アルムの名を口にした。
が痛い。
この報告が何を意味するかわかっているがゆえに。
話を終えるとすぐに魔石を懐にしまう。
辺りを見渡し、改めて門の近くには誰もいない事を確認して。
思い出すのは今日の朝。
いつも通りコーヒーを飲む習慣は変わらない。
何故場所を変えようなどと思ったのか、何故彼はあんな時間に降りてきたのか、何故――自分は彼に聲をかけたのか。
どれか一つでも無ければこんな思いをする必要も無かっただろうに。
名殘惜しむようにリニスは學院のほうに振り向く。
「悪く思わないでくれ」
誰かに、許しを請うように呟いた。
それで何かが軽くなるような事はないとわかっていても。
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