《【書籍化】白の平民魔法使い【第十部前編更新開始】》26.長い一日の終わり
「こうなるとルクスがいないのはし可哀想だね」
「そうですね、とはいえアルムを家に招くのも急な事でしたから」
「そうなんだけどねー」
アルムは水を、ミスティとエルミラは紅茶を飲みながら夜は更けていく。
「それに元々そんな空気ではありませんでしたし?」
「う……ま、まぁ、そうなんだけどさ……」
エルミラはちらっとアルムのほうを見る。
アルムの様子は特に変わらない。
「ん」
「あ」
とエルミラは思っていたが、不意に目が合って互いに目を逸らしてしまう。
アルムもエルミラもまだそれなりに気まずさをじていたようだった。
それを見かねたミスティは丁度いいと一つ話題を放り込んだ。
「そういえば、アルム」
「なんだ?」
「先程の魔法は一どんなものなんですの? 差し支えなければお教え頂いても?」
「ああ、構わない」
どこから説明したものかとアルムはに手を當てる。
自分の魔法の報を話すのに全く抵抗が無さそうなのはその魔法の自信からか、それとも自分達への信頼かはミスティにはわからない。
「その、魔法使いの主な仕事ってあるだろ?」
「ええ、過剰魔力で狂暴化した魔獣の討伐、自立化した魔法の破壊、敵魔法使いとの戦闘の三つですね」
魔法使いは魔法を駆使して脅威と対峙する者。
そしてその主な脅威が三つある。
自然に溢れた魔力を取り込みすぎた結果暴走する魔獣。
魔法使いの死後、意思を持って顕現し続ける統魔法。
敵対する國、組織の魔法使い。
この三つに対しては必ずといっていいほど魔法使いが駆り出されるのだ。
「俺の魔法はそれに対応するように三つあるんだ。俺は魔法使いになりたいから、それ用の手札を作っておいた方がいいって師匠に言われてな。それで今日使ってたのは対魔獣用のやつだ」
「あれは? ルクスの魔法倒したやつ」
「あれは対魔法用だな」
「もしかして、全部オリジナルなんですか?」
ミスティがまさかという顔で聞くと、アルムは眉間に皺を寄せてし唸る。
「ううん……? 俺用という意味ではオリジナルかもしれないな」
「自分用って、何か統魔法みたい」
エルミラが何気なしにそう呟くとアルムは頷いた。
「ああ、そういうつもりで作れと言われた。今日のもそうだな」
「あれは獣化魔法ですの? 普通の獣化魔法ではなさそうですが」
「元にしたのはそうだな。それを俺用に変えてる」
「的には? 獣化魔法自が獣を模した強化で現実への影響力を高めるというアプローチでしたよね?」
ミスティは興味津々でアルムへと問いを投げかける。
友人との會話というよりも魔法に攜わる者として興味を満たす為の質疑応答といった雰囲気だ。
「あー……その……」
しかし、その雰囲気も一変。
アルムの微妙そうな表を浮かべ始める。
「ちょっと待ってよ、ここまで言っておいて勿ぶる気?」
「私も気になります。構わないと仰ったでしょう?」
ミスティとエルミラも今更それは納得いかないようでを乗り出す。
二人の勢いとは逆にアルムはしを引いた。
「すまん、わかった。言うから。勿ぶってるわけじゃないんだ、話すとなるとつい躊躇ってしまったというか」
「躊躇う?」
「何故です?」
二人に詰め寄られ、アルムは困ったように頬をかく。
「その、これは対魔獣用の魔法って言ったよな?」
「うん」
「仰ってましたね」
「その、思いついたのも狂暴化した魔獣を見てなんだ。村には年に數回そういうのが來るからな」
それを聞いていた二人はわかりやすく表に出して驚いた。
年に數回、狂暴化する魔獣が來る村など二人は聞いたことがない。
「ね、年に數回?」
「それ、どうしてんの?」
「一昔前は一方的にやられてたらしいんだが、今は村の男で対処できるまでになってる。來る魔獣は限られているから対策の方法が伝わってるんだ」
「カレッラの村ってたくましいねー……普通魔法使い呼ぶ案件なのに」
「その魔獣を見てというのは?」
カレッラのたくましさが気になるが、このまま話が線してしまうのはもったいないと、ミスティは本題に戻す。
「魔獣が狂暴化するのは何でかわかるだろ?」
「ええ、魔獣に限らず、生には許容魔力がありますからそれを超えた時に起こる現象ですね」
魔力はそのままではほとんど影響を及ぼさないエネルギーではあるが、例外がある。
それが生の許容魔力を超えた時だ。
生や植には個ごとににめぐらせることができる魔力量が決まっている。
人間では稀だが、自然と接に寄りそう魔獣や植は自然から魔力を取り込む量が多く、これを超えてしまうことがあるのだ。
超えるとどうなるか。
強力な強化魔法をかけたような狀態になってしまうのだ。
魔法と違うのは魔力とその狀態を制できないこと。
魔獣はその過剰魔力を解消するためにやたらめったらに力を振るう。これが魔獣の狂暴化である。
「だから、その……」
言いにくそうに、困した表でアルムは間をつくる。
ミスティとエルミラは興味津々だ。
「獣化魔法をベースにして、狂暴化した魔獣を真似して人間にも同じように魔力を過剰につぎ込めばすごい強くなるんじゃないか、って子供の頃に考えて……それをそのまま魔法にしたんだ」
言いにくそうに自分が使っていた魔法の発端を話すアルム。
人間が過剰魔力の狀態になるのは稀だ。何故なら魔力を持つ人間は大抵その魔力をコントロールする事ができる。
意図的に魔力を発散できる魔法という存在があるからだ。同じ理由で一部の魔法を使える魔獣達も過剰魔力にならないとされている。
それ以前に今の人間は自然とは距離がある。魔獣とは違い、自然から魔力を過剰に取り込むなんていう狀態にはならないのだ。
アルムは、その人間ではならない狀態を意図的に作る、と言っている。
人間の許容魔力を自分の魔力で無理矢理越えさせて過剰魔力の魔獣と同じ狀態にする。
つまり、自分で自分のを暴走させているということだ。
「ちょ、ちょっと待ってください。魔力を魔法に変換させているんですから、そもそも魔法で過剰魔力の狀態になるわけが……」
そこまで言ってミスティは気付く。
アルムの使う魔法が無屬魔法だということに。
無屬魔法は魔法と魔力の間の曖昧な魔法。
魔力と魔法の境界が曖昧ゆえに、理屈の上では魔力をいくらでもつぎ込める。
そんな魔力をつぎ込める人間が普通はいないだけで。
「もしかしてあれって……単純に人間の許容量を超える魔力をつぎ込んでるだけってこと?」
「そういうことだ。爪や牙は魔獣の再現をして現実への影響力を底上げしているだけで厳には何の獣も模していない」
理屈は簡単だが、そんな魔力をつぎ込める人間がいるはずがない。
しかし、ミスティは即座にその考えを改める。
思えば最初の時からそうだった。
アルムは無屬魔法でルクスの魔法を打ち破っている。
統魔法をも打ち破る量の魔力をつぎ込めるのだ、過剰魔力を起こせるくらいの魔力を有していてもおかしくない。
「過剰魔力の狀態にしてるのに何でアルムは狂暴化しないの?」
「そりゃあ、俺は意図的に暴走させてるからな。魔獣は意図せずにあの狀態になったせいで混してるから暴れるんだ。自分であの狀態になってる俺が狂暴化するはずがない」
聞けば尤も。
アルムの言う通りだ。魔力自に神に影響が出るような危ない質があるわけじゃない。
意図的に暴走させているというなら、思考までも変わるはずも無かった。
しかし、理屈の上で理解しても、自分のを自分で暴走させているという事実に抵抗はあるようで。
「うわー……馬鹿だ馬鹿」
「何というか……危ないですね……」
「ほら、こうなるから嫌だったんだ」
ミスティとエルミラはすっかり引いてしまっている。
呆れながら、ミスティは納得したように聲を上げた。
「ああ、ようやく合點がいきましたわ。だから自分の意思で戻せないのですね?」
「そういう事だ。流した分の魔力が盡きないと戻らないし、魔力を流すまではただの脆い獣化と変わらないんだ」
ミスティはアルムが屋から石造りの道に降りた際に、著地した場所を割ったのを思い出す。
暴走という事は制できないという事だ。
自分で暴走させているのでアルム自が混したりはしないが、その力を振るう時に微調整ができない。
思えばあれは力加減ができなかったからなのだと。
「……さて」
ミスティはわざとらしくそう言って立ち上がる。
「聞きたいことも聞けましたし、私は先に失禮しますね」
「あ、じゃあ私も……」
「はい、ストップですわ」
「うえ」
立ち上がろうとするエルミラをミスティは押しとどめる。
強制的に座らせられたエルミラは呆然とミスティを見上げた。
「お二人とも、互いに言うべきことがあるでしょう? 早く言って明日からまたご一緒に學院生活を過ごしましょう」
ミスティはにこっと笑顔を作る。
それは二人に向けた有無を言わせないような笑顔だった。
それだけ言うとミスティはさっさと部屋を出てってしまう。
「……」
「……」
しの沈黙。
先程までの會話が噓のようだ。
しかし、それはすぐに終わることになる。
「ごめん!」
「すまなかった」
二人の聲は同時に。
アルムとエルミラは顔を見合わせて笑ってしまう。
「何も聞かないよ。訳があるんでしょ」
「ああ、俺は顔に出るというから何を言っても隠せない気がしてな。エルミラはそれで怒っていたんだろう? 俺が何も言わないから」
「え?」
実はというと違う。
エルミラが怒っていたのは調を気遣うような問いにも、言えない、の一點張りで通していたことであって別に隠されたことに怒っていたわけじゃない。
だが、今この空気でまた蒸し返すのもエルミラには躊躇われた。
「あー……うん、そうそう」
「やはりか……しかし、すまない。それでも言うことはできないんだ」
まぁ、いいか。
そう思えるくらいにはエルミラの怒りは収まっていた。
互いにまだ出會って間もない友人関係だ。
それなら互いにわからない事があっても仕方ない。
まだ自分にはアルムという人がわからないだけなのだ。
今はまだ手探りで謝るようなことがあってもいいじゃないかと。
「その、何というか……他人の事を俺の口から言うのはよくないと思うんだ」
自分なりに必死に的外れな弁明をしているアルムにエルミラは笑いをこらえる。
これから知っていけばいい。
だって自分は昨日の夕方のように、目の前のアルムという男を友人だと思って待っていられたんだから。
「つまりだな、エルミラ達を蔑ろにしてたんじゃなくて……」
それでもし意地悪をしてやろうと、エルミラは何も言わずアルムを見つめた。
アルムはそれをさらなる説明の要求なのだとけ取って弁明を続ける。
これくらいの意地悪は許されるよね。
エルミラは心の中でほくそ笑んだ。
ここで一區切りとなります。
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