《【書籍化】雑草聖の逃亡~出自を馬鹿にされ殺されかけたので隣國に亡命します~【コミカライズ】》旅の終わり 05

侯爵家の居城で一夜を明かし、どうにかシェリルが経営する宿屋に辿り著いたゲイルは、あらかじめ用意してもらっていた一室に転がり込むと、倒れ込むようにベッドに橫になった。

ネリー・セネットの記憶作を終えた後、城の使用人の認識をずらす事でトリンガム侯爵の私室を拝借したゲイルは、そこで地獄の副作用と戦いつつ出に必要な魔力回復につとめたのだった。

今が月の満ちている時期で正直助かった。そうでなければ、薬の助けを借りたとはいえあそこまでの魔の連発はできなかっただろう。

満月だからこその苦労もあった訳だが――。

ゲイルの脳裏をよぎったのは暴走したルカの姿だった。

満月期のルカは些細な事がきっかけで暴走する。今回の暴走のきっかけは間違いなくマイアだった。

ルカがマイアに対して抱いているがどこまでのものなのかはゲイルには正直わからない。あの男はあれである事を抱えている。しかしマイアがルカにとって特別な位置にあるのは確実だ。

でなければ、人攫いへの報復の時に、こっそりとマイアの羽筆(クイル)を壊すはずがない。

(あの馬鹿)

あれは恐らく亡命後のマイアの聖としての職務を制限させるための行だ。

傷口の浄化や護のための初級の攻撃魔などが使えなければ、特に軍に帯同するような遠征業務には就かせづらくなる。

ゲイルはルカの行に気付いていたが、あえて目を瞑(つむ)った。

噂に聞くマイアのこの國での扱いはぞんざいなものだったから、羽筆(クイル)を作り直す時期が休暇になればと思ってしまったのだ。

(馬鹿は俺も同じか)

ゲイルは自嘲の笑みを浮かべると腕で目元を覆った。

満月期の魔力回復は早い。薬の副作用も既に治まってはいるが、城の中では常に気を張っていたから神的に酷く疲れていた。

思えばルカに呼び出され、攫われたマイアの追跡に同行していた時から気疲れの連続だった。

一般的な貴種(ステルラ)であるゲイルから見たルカは力おばけである。それに付き合わされたのだ。たまったものではない。

マイアに明かすつもりはないが、悪黨どもの馬車が蟷螂(かまきり)型の魔蟲に襲われた時に降った雨はゲイルの魔によるものだった。

雨雲を呼ぶ式自も難しいのだが、天候を作するにはかなりの魔力が必要となる。そのため正確にはゲイルとルカの二人がかりで雨を降らせた。

付かず離れずの距離で人攫いの馬車を追跡した上にながら警護するのは、能力的に普通の人間に劣るゲイルにはかなりきつい道程だった。

だけどようやくケリが付いたので肩の荷が下りた。ゲイルは深く息をつく。

ほどなくしてゲイルの意識は深い闇の中へと飲み込まれていった。

◆ ◆ ◆

の中に溫かい何かが流れ込んでくる。

お腹の上に溫石(おんじゃく)を乗せられて、そこから発生する熱が全に広がっていくような覚だ。溫かい熱の心地よさの源を確かめるためにゲイルは目を開いた。

すると、薄暗い部屋の中、茶の髪の人影がこちらを覗き込んでいるのが見えた。

ゆっくりとまばたきを繰り返すとぼやけていた人影がくっきりとした像を結ぶ。

「マイア……?」

瞳のも髪のも凡庸な茶に変わっていたが、見覚えのある顔にゲイルは溫もりの正を悟った。

「大丈夫ですか? おじさま」

おじとめいという偽裝はもう終わる。しかしまだマイアがそう呼んでくれるのが何だか照れくさい。

「治癒の魔力を流してくれたのか」

「過労で倒れたとシェリルさんから聞いたので……しでも回復の助けになればと思いました」

「ありがとう。かなり楽になった」

眠る前は重だるかったが劇的に軽くなっている。の中の魔力量はまだ萬全ではないが、半日もすれば全快するだろう。

後の予行演習のつもりなのか、マイアはアストラの裝をにまとっていた。恐らくシェリルが用意したものだろう。よく似合っている。しかし首元の留めが留まっておらず、そこから無骨な金屬製の首が覗いているのを発見し、ゲイルの中に不快と怒りが湧き上がった。

(あのクソ領主)

城を出る前に二、三発毆っておけばよかった。

ゲイルは眠りにつく前、シェリルから首の解呪を依頼されていたのを思い出した。彼によると、魔の首式がかなりごちゃごちゃしているらしい。

「マイア、首を見せてもらってもいいか?」

「えっと、調は……?」

「マイアに癒してもらったから問題ない。もうし留めを緩めてもらえるか?」

マイアはこちらを気遣うような視線を向けながらも、首元の留めに手をかけた。

あらわになった首にゲイルは慎重に魔力を流し、中に仕込まれた魔式を解析する。

城の地下でしだけれた時も面倒な式が組み込まれているような気配がしたが、これは確かに複雑だ。シェリルがこちらに丸投げしてきたのもわかる。シェリルはと水の屬を得意とする魔師だ。特にこの二屬を複合させた幻をる技に長けている。一方でそれ以外の魔は不得手なので、細かい魔力作が得意で元魔研究者のゲイルに押し付ける事にしたのだろう。

なお、ルカはもっと當てにならない。彼は強化に特化した貴種(ステルラ)で、魔師というより軍人に近い。生活魔や諜報活の際に役立つ魔以外はに付けておらず、その代わりに様々な武の扱いやを學ばされていた。

ゲイルは気を引き締めると、魔力をり、絡まった糸のようになっている式をしずつ解き始めた。

◆ ◆ ◆

カチャリと音が聞こえ、ずっと首をいましめていた忌々しい首がようやく取れた。

マイアはふうっと息をつく。

「くそっ、腹立つな。(す)れて傷になってる」

舌打ち混じりに吐き捨てたゲイルにマイアは首を振る。

「すぐ治りますから」

「そういう問題じゃないんだよ」

ゲイルは手の中の金屬製の首を睨みつけた。

「取ってくれてありがとうございます、おじさま」

「ゲイルでいい。もうおじとめいの設定も終わりだ」

ゲイルの言葉にマイアはまばたきを繰り返すと、躊躇いがちに尋ねた。

「でも、その名前はおじさまの本當の名前じゃないですよね……?」

「ああ……シェリルから聞いたのか?」

「はい。あの……、おじさまの本當の名前は何ですか? ……もし差し支えなかったら教えてしいです」

「ヘクター・ギレットだ」

斷られるのも覚悟していたのに、ゲイルはあっさりと答えてくれた。

「そんなに簡単に教えていいんですか?」

「……もうゲイルの名前は使わないからな。俺もルカと一緒だ。本國から帰還命令が出てる」

「えっ……?」

「この國の人間に魔を使うところを見られてしまったからな。基本的に被害者に該當する人たちにかけた暗示の魔神に異常をきたさないよう加減してあるから、早ければ二、三日で解けてしまう」

「私のせい、ですよね……?」

「あー、それはその通りだけど気にしなくていい。俺にとってはむしろ役得だ」

顔を曇らせたマイアに向かってゲイル――いや、ヘクターはひらひらと手を振った。

「俺の場合、元々諜報に回されたのが懲罰人事だったんだ。昔ちょっと々あってな……」

そう告げるヘクターの顔は、どこかばつが悪そうだった。

「年齢的にもそろそろ帰國の話が出てもおかしくなかったし……俺が元は研究者だって話はしたよな? 帰國後はそっちに復帰できる事になったから、本當にマイアが気にする必要はないんだ」

「待ってください。ヘクター……さんはそれで良くてもルカは……? 彼も異になるんですか?」

「そうだろうな。恐らくは軍に行かされる」

マイアは息を呑んだ。

「アストラの軍はマイアがそんな顔しなきゃいけないほど危ない場所じゃない。諜報よりよっぽど安全だ。こっちだと本來の能力を隠して平民(オリジン)に擬態しないといけないからな」

「あ……確かに、それはそうですね」

ヘクターの言葉にマイアは安堵の息をついた。

「それと今後は呼び捨てでいい。あんまりかしこまったのは好きじゃないんだ」

「あの……できたら今後もおじさまと呼ばせて頂きたいです。敬する年上の男という意味で。だめですか……?」

おずおずと尋ねると、ヘクターは「好きだな」とつぶやいて苦笑いをした。

の空気が和やかになる。マイアが治癒を施したおかげか、青白かったヘクターの顔にも赤みがさしていた。

「あの、ヘクターおじさま、かなり無理をしたって聞きました。におかしな所があれば遠慮なく私を頼ってくださいね」

「ありがとう。マイアのおかげでだいぶ良くなったからもう大丈夫だ。元々ただの魔力切れだしな」

そう言いながらヘクターは大きくびをした。そしてマイアに向き直る。

「マイア、ルカと駆け落ちしたんだって?」

唐突に言われてマイアはぽかんと呆気に取られた。

「ネリー・セネットがそう言ってた。魔蟲の討伐遠征を抜けた理由としてそんな風に説明してたんだってな。突然言われて正直かなり驚いた」

を把握した瞬間マイアはかあっとが熱くなるのをじた。

「元々ネリーとは顔見知りで……他に言い訳が思いつかなかったんです」

「いや、結果的には良かったと思う。いいじに俺たちの事を誤解してくれたから、案外暗示が解けたあともこっちに有利な証言をしてくれるかもしれない。隨分と懐かれたんだな」

「そうですね。あの子の好意は純粋に嬉しいです」

マイアはネリーの顔を思い浮かべ、口元をほころばせた。

ネリーの祖父、ザカリーは面倒な患者だったが、その患者に向き合った結果ネリーの信頼が得られたのだから頑張った甲斐があったというものだ。ネリーには攫われてからずっと助けられてきた。だからこそ地下室で見た彼の青ざめた姿には心が痛んだ。

「あの、ネリーの記憶も作したんですか……?」

思い切って尋ねるとヘクターは小さく頷いた。

「本人の了承を得て一時的にマイアや俺たちの事を忘れてもらった。細心の注意を払って軽めにかけたから後癥が殘ることはないはずだ」

「そうですか……」

ヘクターが斷言するなら大丈夫と考えていいのだろうか。

しかし、どう言葉を連ねられても、作系魔が怖いものという印象はやはりぬぐえない。

(ごめんなさい、ネリー)

マイアにはただ心の中で謝ることしかできなかった。

    人が読んでいる<【書籍化】雑草聖女の逃亡~出自を馬鹿にされ殺されかけたので隣國に亡命します~【コミカライズ】>
      クローズメッセージ
      あなたも好きかも
      以下のインストール済みアプリから「楽しむ小説」にアクセスできます
      サインアップのための5800コイン、毎日580コイン。
      最もホットな小説を時間内に更新してください! プッシュして読むために購読してください! 大規模な図書館からの正確な推薦!
      2 次にタップします【ホーム画面に追加】
      1クリックしてください