《【電子書籍化へき中】辺境の魔城に嫁いだげられ令嬢が、冷徹と噂の暗黒騎士に溺されて幸せになるまで。》第十一話 敵の敵は味方
勢いよく地面に叩きつけられ、私は悲鳴を上げる暇もなく森の中へと転がっていってしまった。木の幹にぶつかり、やっと止まったと思った矢先、目の前には黒い覆面と裝束をにまとった何者かがこちらにギラリと剣を構えて歩いてくる。
私は何とか木を背にして立ち上がり、どうにか逃げられないかと思って様子をうかがう。しかし、戦いに関して素人な私でもこの二人に隙はないことがわかり、私一人ではどうしようもなかった。そう考えると、怖くて仕方がなくなってしまう。
どうしよう、このまま殺されてしまうのだろうか。私は震えを抑えようとするが、抑えようとすればするほど震えが止まらなくなってしまう。
黒い裝束の男が剣を振り上げる。私は目を閉じず、ただその剣先を見つめていた。最後まであきらめちゃダメ、そう言い聞かせて。だけれど私の足はこうとしない。
その時だった。黒い何かが黒裝束のを貫いていた。黒裝束のほうも何が起きたかわからず、ただいて、黒い何かにれようとする。その瞬間、黒裝束のが持ち上がったと思った瞬間、すぐさま地面に叩きつけられる。黒裝束はさらに真っ黒に染まり、そして文字通り々になって風に吹かれて消えてしまった。
黒い何かを辿っていくと、そこには苦悶の表を浮かべているヴァルの姿があった。右腕からその黒い何かがびていた。まるで鞭のように振り払われると、さらにもう一人の黒裝束の方へと襲い掛かる。黒裝束はヒッ、と短く悲鳴を上げて黒い鞭に振り払われ、をからめとられる。
「おい、死ぬ前に聞く。誰から頼まれた」
苦悶の表で、脂汗を掻きながらもヴァルは黒裝束に問おうとした。しかし黒裝束は自分のから匕首を取り出すと、それで自分の首を切り裂き、自害してしまう。
ヴァルはため息をついた後、黒裝束を先ほどのように々にして落とし、黒い鞭を腕に戻していった。と同時にをふらつかせて、地面に倒れた。
「ヴァル!」
「來るなっ!」
私は悲鳴を上げながらヴァルのもとへと歩み寄ろうとしたけれど、ヴァルがそれを制する。ヴァルが起き上がると、あの顔にあった黒い紋章が腕にまで広がり、彼の腕は自分のではないように暴れていく。
ヴァルの呪いが暴走しているんだ。私は彼の言う事を聞かず、すぐさま駆け寄る。呪いが私のもとへとびようとするのを、ヴァルは必死に抑え込みながら、私をにらみつけてきた。
「來るなと、言っただろうが……っ!」
「そんなことできないよ! 無茶をして!」
「……俺が王子だからか?」
「……っ! 馬鹿っ!」
私は大聲をあげて、ビンタの代わりに魔法を使う。癒しの魔法がどこまで効くかわからない、でも。
「しているからに決まっているでしょう!」
この人を死なせてはならない。私の中でそうんでいる。王子だから、とか夫だからというそんな理由じゃない。私の気持ちは決まっているんだ。
「ヴァルだって、なんでこんな無茶を……!」
「それは……」
ヴァルが返答に困っている。私は治療を始めるために意識を集中させた。
「こっちだってしているからだ!」
ヴァルのびとともに、私の治療魔法が発する。緑のが今までで一番輝いた。ヴァルの呪いは何か怖れを為したかのようにヴァルのの中へと戻っていき、顔の紋章だけになった。
私は息を切らし、地べたに座り込む。ヴァルも息を切らしていた。私が半分睨みながら見ると、申し訳なさそうな表を浮かべている。
「……すまなかった」
「……私も言い過ぎた」
お互いに謝りあってしまう。何かそれがおかしくて、私は張が解けた拍子に笑い出してしまった。唖然としていたヴァルだったが、彼も小さく笑う。
そしてすぐさま気を取り直して、ヴァルは立ち上がる。
「おそらく兄か、お前の姉からの刺客だろうな」
「……あの二人が私たちを?」
「いや、むしろお前だけを狙っていたかの様だ。理由はわからないが……もしかしたら父上に治癒魔法を使ったのを知って、邪魔になったと思ったのかもしれないな」
「そんな……」
「邪魔者は排除する。遠ざける、それがあの兄のやり方だ。とにかく、馬車へと戻るぞ。すぐに城へと戻らなければなるまい」
「アリエス様! イウヴァルト閣下!」
と、森の中を一人走ってきたのは憔悴したレイだった。彼の服がところどころ小さく破けている。
「どうしたの、レイ!」
「無事でよかった! アリエス様が飛び出して、そのあと閣下追いかけて行ったあと、私たちを囲むように兵士たちが現れて……護衛の方が引きけてくださって、私は逃げ出せたのですが……」
「くっ、どこまでもしつこい奴らだ!」
「もし」
と、ヴァルが悪態をついた瞬間、木々のから聲が聞こえてきた。私たちはそれぞれ構えて見せると、奧の木のから人が現れた。農民だろうか……? 私にはわからなかった。
「何者だ」
ヴァルが警戒しながら問うと、農民は跪きながらも、早口で答える。
「とある方からの使者です。こちらに退路を用意しておりますゆえ」
「お前が敵ではない証拠はないが?」
「敵の敵は味方……では不服でしょうか?」
その言葉を聞いた瞬間、ヴァルは何かに察したようにハッとした表を浮かべる。私はどうすることができず、ただ怖がっているレイのを支えていただけだった。
「……正が摑めたぞ。では、案してもらおうか」
「ふっ……」
ヴァルの言葉に、農民のような人は口元を緩ませるだけで、すぐさま森の奧へと走り出す。
「ヴァル……今のは?」
「奴が言っていただろう、敵の敵は味方。……今はそれだけで十分だ。追いかけるぞ!」
「ちょ、ちょっと!」
ヴァルが走り出す。私もレイの手を引いて追いかけていった。
湖畔のような場所にたどり著くと、そこには複數の馬車が用意されていた。その近くには先ほどの男のように平民のような恰好をしている者たちがいる。
「すぐに出立だ! お三方も馬車にお乗りなさい!」
先ほどの男はその場にいた者たちに指示を送り、一斉にその場にいた人は規律よくいた。私たちが馬車に乗り込むと、すぐにき出す。
「護衛の人たちは……」
私が心配してそう言うと、レイは恐怖でまだ震えながらも首を橫に振った。
「もはや勝てる戦力差ではありませんでした……私は逃げて、何もできませんでした」
「大丈夫よ、レイ。あなたは生きている。それだけで大丈夫よ。さあ、傷を見せて?」
「はい……申し訳ございませんアリエス様」
私はレイの傷を癒す。それで一安心したのか、レイは靜かに息を吐くと、そのまま俯いてしまった。
「それにしても、この馬車はどこへ向かうのかしら……」
ヴァルは心配をしていないようだったけれど、私にはまだ不安だらけでしかたがなかった。そんな思いをよそに、馬車の列はどんどんと進み、森を抜けていった。それから二日ほどの旅となり、とある都にたどり著く。さすがに王都に比べれば小さいが、それでも巨大と言うには十分なほどの場所だ。
こんな場所に來てどうするのだろう、と思っていると、レイが驚いた様子で街を見た。
「ここはアレキサンドロス公の領都では……?」
「公……ってことは公爵様?」
「そうです。國の序列でも三番目を冠するお方……。その方の領地へなぜ……?」
私たちは都にたどり著いて一息、というわけにはいかず、まだまだ不安を募らせているのだった。私たちは、いったいどうなってしまうのだろうか。どうなるのだろう。
そんな思いを乗せて、馬車は領都を通り抜けて、屋敷へとたどり著いた。
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