アリシアは自分が生まれる前の記憶を持っている。

アリシアは祝福の魔だった。

今住んでいるラリーアルド王國が、ラリーアルド帝國であった頃、彼はこの國に仕える魔だった。

彼の力は特殊で、他の魔とは違っていた。

彼の力は『祝福』を與えること。

その力故、彼は戦爭などに行くこともなく、帝國から提供された、首都からし離れた森でのんびり暮らしていた。

「あら？」

ある日、薬草を摘んで帰ると、家の前に青年が倒れていた。アリシアは初めての経験にどうしようかと思案したが、とりあえず、青年を起こすことにした。

「あのぉ、ここで寢られると困ります……」

玄関扉の前なので、中にれなくてアリシアは本當に困っている。青年をゆさゆさと揺さぶると、うぅ、とうめき聲をあげた。

自分を揺らす不快さにか、青年は目を開けた。

「腹が減った……」

アリシアはそれなら、と青年を抱きかかえた。

「ならご馳走いたしましょう。さあ、どうぞ中へ」

突然抱き起されて困の顔を浮かべた青年は、しかし空腹には勝てなかったのか、特に抵抗もなく、アリシアにをあずけながら中にった。

中にると青年はすぐさま椅子に腰かけさせられた。

「すぐに作るので待っててくださいね」

アリシアはテキパキと食事の準備をする。

家は木造り。一階建てで、部屋數は三つ。一つはアリシアの部屋。一つは倉庫。一つは作業場だ。あとは風呂とトイレと、キッチンと併設しているこのダイニングだけだ。

「……魔の家は、もっと毒々しいのを想像していた」

青年がポツリとらした言葉に、アリシアは料理の手を止めずに答えた。

「私は他の方々とし違いますので。それより、私を魔だと知っていたのですね」

「ああ。知っていて來た」

アリシアは即席で作ったスープとサラダ、パンをテーブルに置いた。

「簡単なものですが、どうぞ」

「……頂こう」

青年は余程腹を空かせていたのだろう。アリシアがパン二個なのに対して、十個を平らげ、スープも五回ほどお代わりしていた。

「ご馳走になった。ありがとう」

「どういたしまして」

満足した様子の青年に、アリシアは二コリと微笑んだ。ここは人があまり來ない。來ても、アリシアの力へのお願いで、人と食事をするのは久しぶりのことだった。

「やはり食事は誰かと取るほうがいいですね」

アリシアは食べ終わった食を片付けながら、青年に言う。

「一人暮らしか？」

「ええ。魔と暮らしたがる酔狂な方はいません」

アリシアが答えると青年は黙り込んだ。なので、アリシアは、食後の紅茶を差し出しながら、本題にった。

「それで、本日は、こちらへどういったご用件でしょう？」

青年は自分を知っていた。ならば用があるということだ。

「……弟子に、なりに來た」

青年の回答に、アリシアは目を瞬いた。

「弟子、ですか？」

「そうだ。君の、祝福の魔の弟子になりに來た」

青年は人違いではないというように、アリシアのことを祝福の魔と呼んだ。

アリシアは困ってしまった。

「あの、私の力は、誰かに教えられるものではなくて……」

「知っている」

アリシアの『祝福』の力は、生まれ持ったものだ。誰かに教えて授けられるものではない。

「君が教えられることでいい。簡単な魔法や、薬草の調合の仕方。そういったものでいい」

「……私は、魔法は本當の初歩の初歩程度しか使えませんよ」

「知っている」

「私は『祝福』を與える以外は、大したことのない魔です」

「わかっている」

アリシアはこんな自分に弟子りするなど、信じられない。得るはまるでないと伝えるが、青年の意思は固い。

「どうかここに置いてくれ。他に住む場所も、金もない。雑用ももちろんやろう。の一人暮らしだ。用心棒も兼ねよう。剣には々覚えがある」

青年の説得に、アリシアは折れた。

「……いいでしょう。私はアリシア。あなたは？」

「ヴィンセント」

――これが、祝福の魔アリシアと、賢者ヴィンセントの出會いである。