アリシアの調は改善されたが、ヴィンセントの呪いについてはまったく進展がない。

どの書にも載っていないし、魔法の気配はじない。

やはり魔の力だろうか。

だが、それは斷じてアリシアではない。アリシアは呪いなどしない。

ヴィンセントには謝をしているのだ。

二百年前、アリシアを解放してくれた。その方法は、死というものだったけれど、アリシアには十分だった。

そして、父を討ってくれた。きっと、弟もそれで解放されただろう。アリシアのせいで、自由をなくした弟も。

ラリーアルド帝國は再編されラリーアルド王國になり、平和になった。歴史書で見る限り、ヴィンセントは反抗してきた帝國軍のみ攻撃し、民は傷つけていない。恨みも最小限のはずだ。

そんなヴィンセントを呪う人間がいるだろうか。その後、ヴィンセントは國王になっている。警備も厳重なはずなのに。

「うーん」

お手上げだ。

アリシアは歴史書を閉じた。

「お勉強はかどってるー？」

「ひゃああああああ！」

突然後ろから聞こえた聲に、アリシアは飛び上がった。後ろから來た人は飛び上がったアリシアの後頭部で顎を打ち、床でのたうち回った。

「いったあああああ顎割れたぁ！」

アダムは顎を押さえてそう主張した。

「わ、割れるのは大変です！」

アリシアは慌ててアダムに近づいた。

「ううう、どう？　割れてない？　割れてない？」

不安そうに顎を見せるアダムに、アリシアは「割れてません」と答えた。

「ひどいよアリシアちゃん。俺、本當に顎割れたかと思った」

「す、すみません」

顎をるアダムに、アリシアはつい謝るが、違うのではないかと思いいたり、眉を上げた。

「アダムさんが突然ってくるからいけないんです！」

「うわあ正論」

アダムも自分が悪いのはわかっているのだろう、素直に非を認め、ごめんと謝罪した。

「突然部屋にるのはやめてくださいね。仮にもレディの部屋です」

「そうだねえ、アリシアちゃん立派なレディだもんねえ」

言いながらアリシアの頭をでるアダムは、とてもアリシアをレディ扱いしているようには見えない。どう考えても子供扱いしている。

今のアリシアは前世のようなではないが、それにしても失禮である。

「で、何考えていたの？　賢者様のこと？」

「え？」

そんな顔に出ていただろうかとアリシアは自分の頬を両手で挾んだ。その様子を見て、アダムはにやりと笑う。

「する乙だもんねー？」

「こ、！？」

アリシアは顔を真っ赤にしてそれ以上口を開けなくなった。

「隨分初心なことで」

「う、うう」

アダムの冷やかしにも顔を上げられない。

アリシアは初心だ。自覚している。前世でも経験などほとんどなかったし、今世もド田舎育ちでそういったものから遠ざかって生きてきた。

しだけ落ち著いたアリシアは、アダムを部屋の外へ追い立てた。

「もう、出て行ってください！」

「えええひどい！」

「ひどいのはどっちですか！」

ドアを開けてアダムを押し出すと、ちょうどヴィンセントが立っていた。

「あ」

ヴィンセントは二人を見て、し目を伏せると、アリシアに紙袋を手渡した。

「快気祝いに菓子を買ってきたから、食べるといい」

「ありがとうございます」

ヴィンセントからのプレゼント！

アリシアは嬉しくて紙袋を抱きしめたい気持ちを押さえた。お菓子がつぶれてしまう。

ヴィンセントはアダムを一瞥すると、そのまま去って行った。

「ふうーん」

アダムがなにやらニヤニヤしていたことなど、アリシアは気付かなかった。