そうしているうちに、馬車はゆっくりと停止した。

アレクの屋敷に戻ってきたようだ。

彼の手を借りて馬車から降りると、困した様子のサリーが出迎えてくれた。

「隨分と早いお帰りですね。何かございましたか？」

「話はあとだ。ラネの著替えを手伝ってほしい」

「は、はい。承知いたしました」

アレクの言葉に、彼は戸いながらも頷く。

「それと……」

サリーが何か伝えようとしたとき、屋敷の奧から聲がした。

「おかえりなさい。兄さん、早かったのね」

聲とともに姿を現したのは、すらりとした長の、アレクによく似た貌のだった。

「リィネ、戻ってきたのか？」

その姿を見たアレクが、驚きの聲を上げる。

「ええ。あの聖には腹が立ったけれど、兄さんが困っていると思って」

どうやら彼が、アレクの妹のリィネらしい。

「でも、必要なかったわね。こんなに綺麗な人、どこで見つけてきたの？」

そう言って笑った彼は、ラネに向き直った。

「初めまして。私はリィネ。今日は兄さんのパートナーになってくれてありがとう」

その笑顔に、思わず見惚れてしまう。

「いいえ。あの、わたしはラネです。こちらこそアレクさんには々と助けていただきました」

そうやって互いに挨拶をわしたあとは、屋敷の中に戻り、サリーに著替えを手伝ってもらう。

「私も手伝うわ。いでしまうのがもったいないくらい綺麗だけど、ドレスって窮屈なのよね」

リィネはしい外見にも関わらず、気さくで優しいだった。

「同じドレスでも、こんなに印象が変わるのね。私はきつい印象を持たれることが多いから、ラネさんみたいにらかい雰囲気のって羨ましい」

誰が見ても際立った貌を持つリィネにそう言われて、ラネは恥ずかしくなって俯いた。

「そういう、奧ゆかしいところも好まれるのよね。ラネさん、きっと王都ではモテるわよ」

「そんなことは……」

ラネは困ったように笑う。

婚約者がいたということもあるが、村で男に褒められたことなど一度もなかった。

「兄さんとどこで出會ったの？」

ふたりに手伝ってもらって著替えが終わり、広い応接間でサリーにお茶を淹れてもらう。

本當はもう誰にも話すつもりなどなかったのに、真摯に、けっして急かすことなく靜かに聞いてくれるリィネに、気が付いたらすべて打ち明けていたのだ。

「そうだったの。大変だったね」

すべて聞き終わると、彼はアレクによく似た顔で優しく笑う。

「ランディも、悪い子じゃないのよ」

路地裏で出會った彼のことをリィネも知っているらしく、そう言いながら困ったような顔をする。

「それにしても、最悪ね。五年も待たせた挙句、一方的に、謝罪すらなく婚約破棄。さらにそんな言いがかりでラネさんを悪者にするなんて」

そこで、向こうも著替えをしてきたらしいアレクが部屋にってきた。リィネは兄の姿を見ると、顔を顰める。

「兄さんが悪いわ。どうしてそんなひとを魔王討伐パーティに選んだの？　絶対に、そこで自分は特別だって勘違いしてしまったのよ」

「リィネ？」

いきなり責められて、アレクはし戸ったようだが、やがて靜かに頷いた。

「ああ。俺もそう思っている。出會った頃のエイダ―は剣の腕も良かったが、何よりも正義が強かった。必ず魔王を倒して、この世界を平和にしてみせると意気込んでいた。まさか、あんなふうに変わってしまうとは」

「エイダ―も、最初はあんな人ではなかったの。むしろ泣き蟲で自分に自信がなくて、子供の頃はわたしが守ってあげていたくらい。だから驚いてしまって」

アレクのせいではないと言いたくて、ラネもそう主張した。

「……それって、あの聖のせいじゃないかしら」

ふたりの話を聞いたリィネは、ぽつりとそう呟く。

「昔は弱かったのなら、コンプレックスは々とありそうだし、庇ってくれていたのが婚約者なら、尚更よね。一見か弱そうな聖にあなただけが頼りです、なんて言われたから、気が大きくなってあんなことをしたのかも。人を乗せるのが上手いって、いるから」

ラネは、聖アキの姿を思い出した。

聖だというから、優しくて慈悲深いひとだと思い込んでいた。何も知らないだろう彼に迷を掛けたくないとすら思っていた。

けれど実際は、馴染のメグよりも質の悪いだった。ラネがエイダ―に罵倒されるのを、楽しんでいた。

「あんなが聖だなんてね」

聖とめて故郷に帰ったと言われていたリィネは、そう呟く。

「アキには、このままでは聖の力を失うと警告したが……。聞きれてはくれないだろうな」

魔王が倒されたとはいえ、まだ魔は數多く出沒している。聖の力が失われることは、彼があんなだと知っていても恐ろしいことに思えた。

「それにしても、クラレンス様やノア様までラネさんを疑うなんて。彼がそんな人ではないことくらい見てわかるし、そもそも兄さんと一緒にいるのよ？　もしラネさんが本當にそんなだったとしたら、兄さんが見抜くに決まっているのに」

リィネもクラレンスやノアと面識があるらしく、そう憤ってくれた。

だがラネにしてみれば出會ったばかりの、本當ならば話す機會などなかったくらい高貴な分の人たちだ。そんな彼らに疑われたとしても、特に何も思わなかった。

「もうお會いする機會などないでしょうから」

正直にそう告げると、リィネはくすくすと笑い出す。

「そうね。気にすることはないわね。それで、ラネさんはこれからどうするの？」

「村には戻らず、この辺りで仕事を探すつもりです」

そう告げたラネの言葉に付け足すように、アレクが元引人になること、仕事が見つかるまでここに滯在することを説明してくれた。

「そうだったの。仕事が見つかるまでなんて言わないで、ずっとここにいてくれたらいいのに」

「い、いえ。そこまでご迷をお掛けするわけには」

「迷だなんて思っていないわ。むしろ嬉しい。私たち、名前も似ているし、姉妹みたいじゃない？」

そう言ったリィネの瞳はきらきらと輝いていて、本當に歓迎してくれていることがわかった。

「じゃあ、さっそくラネさんの部屋を決めてしまいましょう。細々としたものは、買いに行かなくちゃ。兄さん、明日はラネさんの買いに行くから、予定を空けておいてね」

「……わかった」

し呆れたような、それでもひどく優しい顔をしてアレクは頷いた。