《【書籍化】婚約者が明日、結婚するそうです。》24
キキト村よりも南方にある王都は、冬になっても雪で閉ざされることはない。暖爐だけで部屋は充分に溫まり、換気のために窓を開けても、雪が風とともにり込んでくることはなかった。
アレクの屋敷に戻ったラネは、大広間のソファーにリィネと並んで座り、刺繍の仕方を教えながら、キキト村の長くて厳しい冬の話をした。
冬になる前に、村は総出で雪囲いをする。窓が凍ってしまわぬように、風雪が家の中までってこないようにしっかりと囲い、保存食をたくさん作って冬に備えるのだ。
「冬の間はあまり外に出られないから、こうやって家の中で刺繍をするの。暖爐の前に家族全員が集まって、んな話をしながら……」
ラネはもちろん母親と一緒に。
けれどエイダ―の母親からも家に招かれ、一緒に針を持ったことがある。結婚後はこうして冬を過ごすことができると、嬉しそうに笑っていたのに。
「……ラネさん?」
「あ、ごめんなさい」
手が止まっていたことに気が付いて、ラネは慌てて刺繍針を持ち直す。
「大丈夫? 何だかつらそうだったよ?」
「ええ、平気よ。ちょっと昔のことを思い出しただけだから」
笑顔でそう答えると、突然、ぎゅっと抱きしめられた。
「ラネさんは、私と兄さんで守るから。だから大丈夫よ」
背中を包む溫もりはとても溫かくて、心が落ち著く。
「リィネさん……」
「リィネって呼んで」
「じゃあ、わたしもラネと」
「うん」
ふたりは顔を見合わせて、笑い合った。
出會ってまだ間もないのに、このふたりの傍はとても居心地が良い。
「ドレス、どんなのが出來上がるか、楽しみね」
「でも、著るかどうかもわからないドレスを作ってもらうのは……」
「気にしなくても大丈夫。兄さんは貴族じゃないけど、魔退治の報酬とかあるから、結構お金持ちなのよ」
くすくすと笑うリィネは楽しそうで、つられてラネも笑う。
「そうね。楽しみね」
好意をけ取るのはとても難しいのだと、初めて知った。
あまり遠慮ばかりしては、相手を悲しませてしまう。
けれどすべてけ取るのも、申し訳なさすぎる。
アレクには滯在させてもらうのだから、家賃を払うと言ったのだが、リィネに刺繍を教えるのが家賃代わりだと言われてしまった。けれど今日、リィネと一緒におそろいで買ったさまざまなものの代金は、しずつ返していく予定である。
(でもドレスは高価すぎて……。買っていただくのは申し訳ないし、かといって自分で買えるような金額じゃないし……)
すぐには仕上がらないようなので、それまでどうしたらいいか考えなくてはならない。
こうしてゆっくりとした時間が過ぎ、夕方になると、王城に呼び出されていたアレクが戻ってきた。
「リィネ、すまない。し離れた場所まで、魔退治に行かなくてはならない」
彼は戻るとすぐに、妹にそう報告して謝罪した。
魔王が倒されても、魔の數は多い。むしろ統率が取れなくなって、一時的に被害が大きくなっている。
アレクはまだ勇者として戦わなくてはならないのだ。
兄の言葉に、リィネは真摯に頷いた。
「うん、私なら大丈夫。ラネが一緒にいてくれるもの。兄さんも気を付けて。絶対にないと思うけど、怪我なんかしないでね」
アレクはしリィネの返答に驚いた様子だったが、やがて優しく笑って頷いた。
「わかった。気を付けるよ」
彼が応接間を出ていくと、リィネはし恥ずかしそうに言った。
「昔は兄さんが留守にするのが嫌だったの。ひとりになると、どうしても両親を亡くしたときのことを思い出してしまって……。でも、ラネがいてくれるから大丈夫。何も怖くないわ」
世話になるばかりだと思っていた。きっと優しいふたりが、自分のの上に同してくれたのではないかと思っていた。けれどリィネはラネを頼りにしてくれる。
それが嬉しくて、が溫かくなる。
そうして翌日、アレクは王都を出た。
エイダ―や聖アキ。そして名前も知らないもうひとりの仲間も同行するのかと思っていたが、アレクはひとりで充分だと言って、誰も伴わずに旅立ったらしい。
心配するラネに、リィネは大丈夫だと笑って言った。
「兄さんなら平気よ。むしろ、あの聖と一緒に行く方が私は嫌だから」
リィネは聖を嫌いしているようだ。
たしかにあんな格ならば、嫌っても仕方がないかもしれない。
アレクが不在の間は、彼に雇われた魔導師が屋敷に滯在して警護をしてくれる。
ラネも対面したが、寡黙で真面目そうなだった。けれど甘いものが好きで、可いものに目がないとリィネがこっそりと教えてくれた。
いつしか、晝はリィネと刺繍に勵み、夜には三人で甘いお菓子でお茶會をするのが恒例となった。リィネはなかなか用だったらしく、刺繍もしずつ上達していた。
仕事も開始している。
職場に通い始めるのは、アレクが帰ってきてからということになっているが、ハンカチなど小さなものを家で刺繍している。
平穏で、楽しい日々だった。
けれどアレクが王都を出発してから、三日目のこと。
主が不在のこの屋敷を訪ねてきた者がいた。
王太子であるクラレンスと公爵令息のノアだった。
しかも彼らは、ラネに會いにきたのだと言う。
もしアレクがいたら斷ってくれたと思うが、一介の村娘に拒む権利はない。
いったい何の用事で尋ねてきたのだろう。
「大丈夫。私が一緒に行くわ。兄さんが不在の今、この屋敷の責任者は私だもの」
不安に思うラネに、リィネがそう言ってくれた。
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