《【書籍化】婚約者が明日、結婚するそうです。》25
サリーが急いで整えた応接間に、クラレンスとノアを通してもらう。
非公式な訪問だからもてなしは不要とのことだったが、まさか普段著で迎えるわけにはいかないと、ラネとリィネはふたりで慌てて著替えをした。
夜會用のドレスを著るわけにもいかず、だがドレスなど他に持っていないラネは、リィネの訪問用ドレスを貸してもらうしかなかった。
「やっぱりし大きいね。レースのリボンで結ぶしかないかな」
リィネがリボンで上手く調整してくれたが、慎重に歩かないと裾を踏んで躓いてしまいそうだ。
「これで大丈夫かしら……」
「兄さんのいない間に、急に尋ねてきたのは向こうなんだから、あまり気にしないで大丈夫」
間に合わせのドレスで、失禮ではないかと悩むラネに、リィネはそう言って先に立ってくれる。
「うん、行こう。用件をきいて、さっさと帰ってもらわないと。今日のお菓子は、チョコレートケーキなんだから」
「えっ、本當に?」
王都にある評判の菓子店の限定商品だ。リィネも護衛の魔導師も、もちろんラネもその濃厚ながらも後味の良いおいしさに夢中になっていた。
(これを乗り越えたらチョコレートケーキ……)
ラネはそう自分をい立たせ、王太子の待つ応接間に向かった。
そこでは、輝く金の髪をした王太子のクラレンスと、煌めく銀の髪をしたノアが待っていた。
クラレンスは明るく輝く太のような、ノアは冷たく冴えわたる月のような、どちらも際立って整った顔立ちをしている。
そんなふたりの視線が同時にこちらに向けられて、ラネは張から小さく息を呑んだ。
平民が貴族の真似事をして挨拶をしても、かえって稽だろう。向こうが非公式だと言っているのだから、丁寧に頭を下げればそれで大丈夫ではないか。
著替えのとき、ふたりでそう話し合っていた。
だからそうやって挨拶をしようとした瞬間。
「すまなかった!」
先にクラレンスに頭を下げられてしまい、ラネは困する。
「え? あ、あの……」
助けを求めるようにノアを見たが、彼もまた王太子に倣って頭を下げている。
「クラレンス様、ノア様。ラネが困っていますので、頭を上げてくださいませんか」
リィネがそう言ってくれなければ、いつまでも狼狽えていたかもしれない。
ふたりは祝賀會でエイダ―の言い分を信じてしまったことを悔い、謝罪にきてくれたようだ。
(わざわざ、それを伝えるために?)
ふたりとはあのときが初対面で、しかもラネは地方の村娘にすぎない。
対してエイダ―と聖は魔王討伐を果たし、世界を救った英雄なのだ。
「彼らを信じるのは當然だと思いますが……」
戸いながらそう答えると、クラレンスはそれを否定する。
「いや。普段の彼らの態度と、君がアレクの連れてきたパートナーだということを考えれば、どちらが正しいかなんてわかりきっていた。それなのに君を疑ってしまうなんて」
悲痛そうな聲に、ますます困してしまう。
「あの、私は本當に気にしておりません。ですから、もうこれ以上は……」
もう一度頭を下げてしまいそうな彼らに、謝罪は不要だと必死に告げる。
ようやくソファーに深く腰を下ろしたふたりを見て、ラネはほっと息を吐いた。
まさか王太子とその側近である公爵令息に謝罪されるとは思わなかった。
「他の皆も同様に、謝罪をしたいと申し出ている。そこで、王城で開かれる夜會に招待させてほしい」
「えっ……」
どうやら貴族の令息、令嬢だけを集めた流會のようなもので、若い者ばかりだからそれほど禮儀などは気にせずに過ごせるとのこと。だがラネにとっては王城に行くだけで張してしまう。
「いえ、わたしは……」
普通ならば王太子からのいを斷ることなどできない。それでも何とかできないかと、ラネは必死に考えを巡らせていた。
「わたしは、そのような場所に招待していただける分では」
けれど、リィネがにこりと微笑んでこんなことを言ったのだ。
「まぁ、素敵。これで、兄さんの用意したドレスが無駄にならないわ」
「リィネ?」
驚くラネに、彼は小さく頷く。任せてほしいと言っているようだ。何か考えがあるようなので、遮らずに聞くことにする。
「ドレスとは?」
クラレンスの問いに、リィネが答えてくれた。
「この間の祝賀會のドレスは、私のものでした。ですが、パートナーだったラネにドレスを贈らなければならないと言って、この間オーダーしたばかりなんです」
「そうだったのか。あまり日にちがないので私がドレスを贈ろうと思っていたのだが」
王太子にドレスを贈られるなんてとんでないと、慌てて首を振る。
リィネも彼の申し出には驚いた様子だったが、すぐに笑顔に戻った。
「この點はご心配なく。ただ、私の一存では決められませんので、兄が戻ってきたら相談します」
アレクの名前を出されると、王太子も否とは言えないようだ。
「もちろんわかっている。なかなか時間が取れなくて、アレクが不在のときに尋ねてきてすまなかった」
それは言い訳ではなく、クラレンスは本當に忙しいようで、同行した従者に何やら囁かれて、殘念そうに立ち上がる。これから用事があるようだ。
「突然訪ねてきてすまなかった。詳しい話は後日、アレクを通して伝えたいと思う」
「承知いたしました」
リィネとラネは聲を揃えて返答し、頭を下げる。屋敷の口までふたりを見送ると、馬車が立ち去ることを確認してほっと息を吐く。
「ああ、張したね」
堂々と振る舞っているように見えたリィネが、そう言って深呼吸をしている。
「勝手に返事をしてごめんね。ただ、王太子殿下が謝罪に訪れたことを知ったら、これから毎日のように、顔もあまり知らない貴族の方々が謝罪に來ると思うの。毎日個別に訪問されるよりは、一度に済ませた方が楽かと思って」
「……確かにそうね。ありがとう。わたしもそう思う」
ラネもその考えに同意して頷いた。
リィネの言うように、毎日見知らぬ貴族の訪問をけるよりは、張しても一度で済ませてしまう方が楽だ。
「兄さんが帰ってきたら報告しないと。ごめんね、こんなことに巻き込んでしまって」
謝罪したあとに、リィネは悲しそうに目を伏せた。
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