《【書籍化】婚約者が明日、結婚するそうです。》幕間 聖アキ
※申し訳程度の殘酷描寫あり。苦手な方はご注意ください。
緑野亜紀は、どこにでもいる普通の子高生だった。
容姿も學力も、運も普通。
自分が人並であることを自覚しながらも、それでも「特別」に憧れていた。
誰かの特別になりたい。
特別なことをし遂げたい。
けれどそれには能力も努力も足りず、その他大勢の中に埋もれていくだけ。
そんな自分の人生が心底嫌になって、友人のいで簡単に道を踏み外した。
夜の町を歩くと、自分が特別になったような気がした。
若いというだけでもてはやされる。
一緒に食事をするだけで大金がもらえて、それを使ってさらに外見を派手にしていくと、今までの友人がひとりもいなくなった。
代わりに同じような恰好をした人たちと行するようになり、學校では目立つ存在になりつつあった。眉を顰める者もいたが、自分が特別になったようで、楽しかった。
そんな日常の中。
この日も真夜中まで町に出ていた亜紀は、ふと誰かに呼び止められたような気がして、足を止めた。
「あれ? 誰かが呼んでいたような?」
振り返ると、一瞬で全がに包まれた。
あまりにも強いに固く目を閉じる。
(嫌だ、怖い……)
ふと空気が変わったような気がしてそっと目を開けると、信じられないような景が広がっていた。
ヨーロッパの城のように、しく豪奢な場所。
足元には、魔方陣のようなもの。
そして目の前には、たくさんの人たちがいて、亜紀に向かって頭を下げていた。
「え、なに?」
思わずそう問いかけると、ゲームの魔導師のような恰好をした男が、恭しく言った。
「召喚、功しました。このお方が、聖様です」
「せ、聖? それって……」
見れば目の前にいる人たちは、すべて日本人ではなさそうだ。
「聖様。お名前をお聞かせいただけませんか?」
「えっと、亜紀だけど」
「聖アキ様。どうか、この世界をお救いください」
話を聞くと、どうやら亜紀は聖として召喚されていたらしい。
その手の小説があることは知っていたが、まさか自分のに起きるとは思わなかった。
けれど戸いよりも、やはり自分は「特別な存在」だったのだという、喜びの方が勝った。
大聖堂という教會のような場所に連れて行かれ、そこで々と試してみたが、あっさりと聖の力を使うことができた。神の中には、亜紀の姿を見ただけでし、涙ぐむ者までいる。
元の世界ではテレビの中でしか見たことがないような、整った顔立ちの青年とも対面した。
金の髪をしているのが、この國の王太子であるクラレンス。銀の髪をしているのが、その従弟で、公爵令息のノア。
どちらも、ずっと見ていたいほどの形だ。
聖ならやはり、王太子と結ばれるべきだろうか。でも、公爵も捨てがたい。どちらでも、聖である自分がめば喜ぶだろう。
魔王討伐の話が出たときも、怖くはなかった。
むしろ聖召喚のテンプレだと喜んだくらいだ。亜紀にとっては、魔王さえも自分がもっと特別になるための手段でしかなかった。
けれど勇者アレクと引き合わせられたとき、亜紀は自分が主人公ではないと知ってしまう。
彼こそが、まさに「特別」な存在だった。
り輝く豪奢な金の髪に、澄んだ青空のような瞳。付き添ってくれていたシスターに聲を掛けられるまで、亜紀は彼に見惚れていた。
屈強な冒険者が數人でも倒せないような魔を、一撃で倒す力。それはまさしく勇者の力だ。
けれど彼はそんな力に溺れることなく、ひとりでも多くの人を救うために戦っている。
誰もが見惚れるほどの容貌。
圧倒的な力。
そして、高潔な心。
彼こそが唯一無二の、特別な存在だ。
勇者の存在を知ってからは、聖の相手は勇者しかいないと思っていた。
けれど実際に會ってみて、彼だけはあり得ないとわかった。
一緒にいると、自分が紛いのようにじて苦しい。
どうしようもないほど惹かれるのに、その青い瞳で見つめられると、自分が小さくつまらない者に思えていたたまれなくなる。
この世界では、勇者が誕生しても聖が見つからなかった場合のみ、異世界召喚で呼び出して聖とするらしい。
だから亜紀は本の聖ではない。
ただの代理でしかないのだと、「本」の勇者であるアレクを見るたびに思い知る。
苛立ちを、傍にいるシスターたちに向けることが多くなった。彼たちは、聖の機嫌を損ねてしまった自分が悪いと、萎して謝罪を繰り返す。
それがますます亜紀を増長させた。
魔王討伐の旅に出てからも、アレクを見る度に、話しかけられる度に、理由のわからない焦燥と劣等に苛まれる。
「……私は特別よ。聖なんだから」
の高鳴りとともに呟いていたその言葉が、自分に言い聞かせるためのものになったとき、自分と同じ目で彼を見ている人に気が付いた。
同じパーティメンバーの剣士。
エイダ―である。
あれは自分と同じ。
「特別」に憧れ、ようやく手にしたと思ったのに、「本」を目にしてしまい、諦めと嫉妬に苛まれている瞳だ。
話を聞いてみると、彼は山間にある小さな村の出らしい。
子どもの頃は同世代の馴染にめられ、いつか必ず復讐してやると誓って、剣を手にしたという。素質はあったらしく、それほど努力しなくとも名聲を手にすることができた。
とうとう魔王討伐バーティにまで選ばれて、自分はもう小さな村の住人たちとは違う。特別な人間だと思っていた。
勇者に、アレクに會うまでは。
互いに同じを抱いているのがわかって、エイダ―と打ち解けるのに時間は掛らなかった。劣等に苛まれると、立場の弱い者に當たってストレスを発散するところも似ている。
彼は、魔王討伐を果たしたら剣聖の稱號を得る。
聖と剣聖ならば釣り合いが取れるし、エイダ―と一緒にいると劣等もなく、とても楽だった。
けれどエイダ―には、村に馴染の婚約者がいるらしい。
「あんなに村の人たちが嫌いだと言っていたのに、どうしてその村の人と婚約したの?」
「ラネは村一番の人で、皆がラネにをしていた。だから、先に奪ってやったんだ」
その理由ならば、納得できる。
亜紀も、あまり興味がないのに、クラスで騒がれている男子生徒に近付いて人になったことがあった。クラスメイトの嘆きと妬みの視線が心地良くてしばらくは付き合っていたが、飽きてきたので別れた。
「だったら、みんなの前でその人を手酷く振ったら、もっとすっきりするわよ」
「え、ラネを?」
未練があるような様子に、初めてエイダ―に苛立ちをじた。
「そうよ。そんな田舎の村の馴染なんかと結婚したら、あなたは平凡な男にり下がってしまうわ。あなたは剣聖の稱號を得るのよ? もっと特別な存在を娶るべきよ」
エイダ―と自分は似ている。
だから、彼が飛びつく言葉ならよくわかる。
「例えば、世界にひとりしかいない聖とか」
「アキを……」
エイダ―の視線が熱を帯びる。
「だがアキは、アレクシスを……」
勇者アレクは、國王によってアレクシスと名付けられていた。いかにも平民のような短い名は、勇者にふさわしくないと。だが彼自はその名を嫌っているらしく、亜紀とエイダ―はあえてそう呼んでいた。
「アレクシスよりも、あなたがいいわ。私はエイダ―を選ぶ」
勇者に劣等を抱えている彼が、その言葉に飛びつかないはずがない。
こうしてエイダ―は亜紀の婚約者となり、馴染の婚約者には婚約解消を告げることもせずに、大勢の村人たちの前で結婚を発表した。
聖と剣聖の権力を恐れた村人たちによって、彼は村で孤立しているらしい。
「私もそのの絶した顔が見たいわ。式に呼んでよかったわね」
エイダ―の父から話を聞いた亜紀は、上機嫌で笑う。
村人たちも式に招待したのは、昔、自分たちが蔑んでいたエイダ―がこれほど出世したのだと、もう自分たちとは違う世界の人間だと見せつけるためだ。
威張っていた村長の息子もすっかり萎していたらしく、その姿が稽だとふたりで笑い合った。
あとは、婚約者に捨てられた慘めなの顔を見るだけ。
そう思っていたのに、そのは王城で開催された祝賀會に、よりによってアレクにエスコートされて現れた。
(どうしてあのが、アレクシスと一緒にいるの?)
しかも初めて見るそのラネというは、亜紀が一番嫌いな清楚系のだった。
アレクは彼に丁寧に接し、彼がそんな態度をするものだから、周囲の人たちも口々に彼を稱える。しかも、王太子とも既に親しげだ。
「……気にらない」
噓を言って貶めてやろうとしたのに、アレクには通用しない。それどころか、聖と剣聖の結婚式の祝賀會だというのに、そのを連れて退出してしまった。
しかも最後に、恐ろしい言葉を言い殘して。
(私はこの世界で唯一の聖よ。力を失うなんて、そんなことはあり得ないわ)
隣國にドラゴンが出沒して、アレクがすぐに討伐に向かったときも同行しなかった。
彼が何と言おうと、聖の力はこのに宿っている。
さすがにドラゴン相手では勇者でも苦戦するだろうから、危機に陥ってから助けるつもりだった。なぜか彼が同行を拒んだことも、許せない。
(私がいなければ倒せないのに、どうして危険だから來るな、なんて)
あのときのアレクの態度からして、亜紀を案じてくれたとは思えない。
理由がわからないからか、再び夜會に現れたラネに無理やり謝罪させ、もう二度と王城に來ないことを約束させたのに、すっきりしない。
ドラゴンを倒し、アレクに自分の力を認めさせるしかないのだろう。
そう思った亜紀は夫となったエイダ―を連れて、隣國に向かった。
國王から何度も丁寧な招待をけていたので、もちろん先に王都に向かい、熱烈な歓迎をける。若くてしい國王に、エイダ―が嫉妬しているのも心地良い。
(そうよ。私の力でドラゴンを倒せば、アレクだって認めてくれるはず)
そう思っていた。
ようやく向かったドラゴンとの戦いの場は、想像以上に荒れていて、激戦だったことがわかった。
町だった場所は瓦礫の山となり、負傷してけない騎士団の逗留所には、疲れ果てた顔のシスターが駆け回っている。
濃い臭と崩れた瓦礫の埃っぽさに、亜紀は顔を顰めた。
討伐に時間が掛かっているのは、隣國の王が自國の騎士団も戦闘に參加させたせいだ。彼らを守り、負傷した騎士を後方に下げたりしている間に、ドラゴンは回復してしまう。
もしアレクと大魔導となったライードとふたりだったら、もう終わっていただろう。
こんな狀況でもう何日も戦い続けているアレクは、さすがにいくつか傷を負っていたが、その瞳に宿るは強く、僅かなりもない。
足手まといになっている騎士たちにも苛立つようなこともなく、むしろ気遣う様子さえ見せていた。
「アキ、なぜここに」
アレクは亜紀とエイダ―に気が付くと、険しい顔をする。
「危険だと言ったはずだが」
「私がいなければ討伐できないのに、そんなことを言ってもいいの?」
わざと呆れたように言ってみるが、アレクは気にもしていない。
「私は聖よ。あなたに心配される必要はないわ。エイダ―とドラゴンの様子を見てくるから、負傷者の確認をしてきて。あとで治療するわ」
「……わかった」
負傷者の治療をすると言えば、アレクが逆らわないのはわかっていた。
だからあらかじめ隣國の王と相談したようにアレクを現場から離し、何も知らない數名の騎士を連れてドラゴンに近寄る。
(犠牲者を極力出さないようにするから、長引くのよ。最小の犠牲で勝利を勝ち取ったほうがいいに決まっているじゃない)
隣國の王も、長引く戦いに不安を募らせていた。
ある程度の犠牲は仕方がないので、早く終わらせてほしいと願っていた。
そこで、分の低い騎士を囮にして、ドラゴンが彼らに気を取られているうちに亜紀とエイダ―でドラゴンを倒す作戦を提案した。アレクが反対するのはわかっていたので、理由をつけて彼を遠ざけた。
こうすればドラゴンを討伐したのは、尊い犠牲となった隣國の騎士。そして聖と剣聖である。
「さあ、ドラゴンの傍に。大丈夫よ。私の結界が守っているから」
もちろん結界など張っていない。
彼らはそれを信じて、恐る恐るドラゴンに近付いていく。
「急いで。躊躇した人には回復魔法を掛けないわ」
そう脅すと、彼らは勇気を振り絞ってドラゴンに駆け寄った。
「エイダ―」
亜紀は夫の名を呼ぶと、ドラゴンが哀れな騎士たちに襲い掛かっている間に、隙をついて倒すつもりだった。
けれど。
「え?」
ドラゴンを拘束して弱らせるはずの魔法が、発しなかった。
殺気に気が付いたドラゴンが振り返り、その紅い瞳が亜紀とエイダ―の姿を捉える。
「アキ、どういうことだ?」
「わ、わかんない。急に魔法が発しなくて……」
ふと、アレクの言葉が蘇る。
魔王が消滅した今、その力は不変ではない。あまり悪意のある行ばかりしていると、聖の力を失うことになる。
(噓よ。そんなはずはないわ。私は特別な聖なんだから)
焦りながら何度も試してみるが、魔法はすべて使えなくなっている。
凄まじい悲鳴が聞こえて顔を上げると、エイダ―の両手がドラゴンに噛み千切られていた。
「ひぃぃ」
思わず悲鳴を上げながら、必死に逃げようとする。
もうし逃げれば、アレクがいる。
彼ならきっと助けてくれる。
けれど下半に鋭い痛みが走って、亜紀は悲鳴を上げた。
必死に逃げようとしているのに、もう歩くことができない。
激痛とともに、意識が途切れていく。
「私は……」
特別な聖なのに、と言いたかったが、もう聲は出なかった。
◆ ◆ ◆
凄まじい悲鳴が聞こえてきて、アレクは足を止めた。
それは、聖アキに治療してもらいたい隣國の騎士を、ひとつのテントに集めていたときだった。
の悲鳴だと気が付いて、アレクは走り出す。
「おい、アレク。今のは……」
他のテントから、仲間の魔導師ライードが駆け出してきた。
「おそらくアキの聲だ。ドラゴンに近付いたのか」
「何か企んでいる気がしたが、まさか……」
聖魔法を使えば、簡単に倒せると思ったのかもしれないが、このドラゴンは自分の傷を簡単に癒してしまう。闇雲に戦って勝てる相手ではない。
しかも、人喰いドラゴンだ。
急いで駆け付けてみると、現場はの海になっていた。
生き殘っているのはエイダ―だけ。だが彼も、両手を失って痛みに転げ回っている。
「ライード、エイダ―を頼む」
「え? お前は?」
「ここで食い止める」
これ以上被害を出すわけにはいかない。
アレクは他に生存者がいないことを確認すると、ドラゴンに剣を向けた。
墮落して聖屬を失ったアキだったが、魔力だけは殘っていたようだ。
富な魔力を持つアキを喰らってさらなる力を蓄えたドラゴンは、地鳴りするほどの聲で咆哮する。
「早く避難しろ。間に合わない」
「……っ。わかった」
ライードは暴れるエイダ―を拘束して、そのまま転移魔法で移した。
仲間が安全な場所に逃げたことを確認すると、アレクは剣を握り直す。
こうなる予はあった。
だからアキを近付けないようにしていたのだが、最期まで彼が改心することはなかったようだ。
まさか、自分がいない間にドラゴンを討伐しようとするとは。
しかも複數の騎士を囮にして。
聖がそこまで墮落するとは、さすがにアレクも思わなかった。
失われた聖。
もう剣を持てない剣聖。
そして、さらに狂暴化したドラゴン。
狀況は最悪だった。
けれど負けるつもりはない。
大切な妹と、そしてラネが待つあの場所に戻らなくてはならない。
ふと、あのときにけ取り行くはずだった、ふたりのドレスのことを思い出す。
薄紅のドレスは、ラネにきっとよく似合うだろう。
「見に行かなくてはならないな」
そう呟くと、剣を握り直した。
きっとすぐに終わるだろう。
※想定の倍くらい長くなってしまいました。
アレクはしれっと帰還しますのでご心配なく~。
フラグじゃないよ!
【書籍化・コミカライズ】実家、捨てさせていただきます!〜ド田舎の虐げられ令嬢は王都のエリート騎士に溺愛される〜
【DREノベルス様から12/10頃発売予定!】 辺境伯令嬢のクロエは、背中に痣がある事と生まれてから家族や親戚が相次いで不幸に見舞われた事から『災いをもたらす忌み子』として虐げられていた。 日常的に暴力を振るってくる母に、何かと鬱憤を晴らしてくる意地悪な姉。 (私が悪いんだ……忌み子だから仕方がない)とクロエは耐え忍んでいたが、ある日ついに我慢の限界を迎える。 「もうこんな狂った家にいたくない……!!」 クロエは逃げ出した。 野を越え山を越え、ついには王都に辿り著く。 しかしそこでクロエの體力が盡き、弱っていたところを柄の悪い男たちに襲われてしまう。 覚悟を決めたクロエだったが、たまたま通りかかった青年によって助けられた。 「行くところがないなら、しばらく家に來るか? ちょうど家政婦を探していたんだ」 青年──ロイドは王都の平和を守る第一騎士団の若きエリート騎士。 「恩人の役に立ちたい」とクロエは、ロイドの家の家政婦として住み込み始める。 今まで実家の家事を全て引き受けこき使われていたクロエが、ロイドの家でもその能力を発揮するのに時間はかからなかった。 「部屋がこんなに綺麗に……」「こんな美味いもの、今まで食べたことがない」「本當に凄いな、君は」 「こんなに褒められたの……はじめて……」 ロイドは騎士団內で「漆黒の死神」なんて呼ばれる冷酷無慈悲な剣士らしいが、クロエの前では違う一面も見せてくれ、いつのまにか溺愛されるようになる。 一方、クロエが居なくなった実家では、これまでクロエに様々な部分で依存していたため少しずつ崩壊の兆しを見せていて……。 これは、忌み子として虐げらてきた令嬢が、剣一筋で生きてきた真面目で優しい騎士と一緒に、ささやかな幸せを手に入れていく物語。 ※ほっこり度&糖分度高めですが、ざまぁ要素もあります。 ※書籍化・コミカライズ進行中です!
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