《【書籍化作品】離婚屆を出す朝に…》16、紫奈、父親の夢を見る
「お前なんて言ってごめんなさい……。
せっかく作ってくれたご飯食べなくてごめんなさい」
由人は相當強く叱られたのか、泣きべそをかきながら連れて來られた。
いつも大人びた様子の由人が、ひどく年相応に見えた。
いや、本來の由人は、こっちだったのかもしれない。
私が気付いてあげなかったせいで、どんどん大人ぶるようになってしまっただけなのかもしれないと思った。
「私こそ、この間ひどく叩いてしまってごめんね。
ずっと謝りたかったの。本當にごめんなさい」
私は由人の前に膝をついて目線を合わせてから、深く頭を下げた。
「うん……」
由人はぐすんと涙を拭った。
いつもの意地を張った仕草も可いけれど、素直な由人はもっと可かった。
「由人、抱きしめてもいい?」
この三日ずっと思っていた。
このおしさを伝えたくてたまらない。
「!!」
由人は驚いた顔をして、ほんのり頬を染めた。
「ダメかな?」
私は殘念そうに、もう一度尋ねた。
由人は照れたようにぷいっとそっぽを向く。そして……。
「一回だけだよ。一回しかダメだからな……」
真っ赤になって呟く由人に、もうおしさが止まらなかった。
両手をばし、力一杯に抱きしめた。
ああ、神様。この僅かな瞬間を持てた事に謝します。
手の中に包むと、小さな小さなだった。
こんならしくて小さな存在の、何を恐れ、何に苛立っていたのか……。
今では思い出す事も出來ない。
ほんのし、私が目を開けばいつもそこにあったものなのに……。
気付くのが遅くてごめんね……。
「さあ、オムライスが冷めてしまう。夕ご飯にしよう!」
那人さんが言うと、由人は目を輝かせて自分の席についた。
本當はお腹がすいて、もう限界だったらしい。
「いただきます!!」
言うなり夢中で食べ始めた。
私と那人さんは、その様子を見て目を合わせて微笑んだ。
「あのね、この間のクリームコロッケとグラタンも食べたかったんだ。
それからハンバーグと唐揚げと、あとカレーも!」
「食いしん坊は分かったから由人。食べながらしゃべるなよ」
那人さんが笑いながら、由人のこぼしたチキンライスを拾った。
私はずっと、こんな幸せを願っていたはずだった。
それなのにいつも遠くじていた。
神様は私にだけ幸せを出し惜しみするのだと不満に思っていた。
私だけ幸せが足りないと呪っていた。
本當はすぐそばにたくさん転がっていたのに。
ほんのし肩の力を抜いて見渡せば、簡単に見つけられたはずだったのに。
◆ ◆
「もうお父さん! 洗濯一緒にれないでって言ったでしょ!」
「ああ、すまない。間違えたか」
「間違えたかじゃないでしょ!
気持ち悪いんだって!」
実家にいる頃、私は忙しいお母さんに代わって家事のほとんどをやっていた。
洗濯ももちろん私の仕事だった。
初めて自分で洗濯機を回したのが小學校の低學年だったが、その頃には私とお母さんの洗濯とお父さんの洗濯は別々に洗うようにとレクチャーされていた。
つまり夫婦仲は冷え切っていたようだ。
お父さんは結構名の知れた大企業に勤めていた。
ただ質素、堅実をモットーにした地味な會社で、給料も名が知れてる割に大したことはなかった。しかも、団地暮らしの祖父母への仕送りと、學生時代に借りていた奨學金の返済で、お母さんが求めるかさとはほど遠いものだった。
「まったく騙されたわよ。一流企業だし真面目そうだし、この人と結婚したら安泰だと思ってたのに、フタをあけたら貯金一つないんだから……」
お母さんは事あるごとにそう愚癡をこぼしていた。
「どうせ貧乏暮らしをするんなら、もっとイケメンと結婚したのに」
お父さんは中中背で七三頭にメガネという、地味なサラリーマンの見本のような人だった。
靜かでテレビはニュースとNHKしか見ないし、休みの日には書斎に閉じこもって小難しい本を読んでるような面白みのない人だった。
口數もなく、何を考えてるかよく分からない人。
そんな得の知れない人が家にいるのが気持ち悪かった。
ただ毎月お金を渡してくれて、特に害もないから一緒にいるだけ。
そんな風にお母さんは言っていたし、私もお父さんをその程度に思っていた。
一度だけ、お父さんがほんのし聲を荒げた事がある。
中學の頃だったか……。
優華と大喧嘩をした事があった。
喧嘩の発端は、くだらない事だったように思う。
何か私が良くない事をしたんだったと思うが覚えてない。
ただ優華がそれに対して、非のない正義で注意するのがムカついた。
優華はいつだって正しい。そんなの分かってる。
その正しさをひけらかして、私を追い詰めるのが嫌だった。
優華はいつも正しすぎて、逃げ道を用意してくれなかった。
いつも私だけが悪者になって、自己嫌悪で終わる。
それなのに最後には「紫奈が好きだから言い過ぎちゃったの。ごめんね」と自分から謝ってくる。
優華は完璧過ぎて、鼻につく人だった。
そして私は優華の完璧さを証明するために存在するかのようにいつも悪役だった。
だからお詫びのしるしにと渡された手作りのお守りをゴミ箱に捨ててやった。
フエルトで私の顔を型どった、いかにも手のかかった逸品だ。
売りのように上手なのも腹が立った。
ゴミ出しはお父さんの仕事だった。
ゴミの日の前日に排水を綺麗にして、ゴミをとってまとめておく。
そしてゴミを集めている時に、捨てられたお守りを見つけたらしい。
「これが間違って捨ててあったぞ」
お父さんはわざわざ拾って、私に渡してくれた。
「間違ってないわよ。捨てたんだから!!」
余計な事をする、とつっけんどんに言い返した。
「これは優華ちゃんからだろう?
見たところ隨分時間をかけて作ったものだぞ?
どんなに腹が立っても、人の誠意を簡単に踏みにじるもんじゃない」
珍しく引き下がらなかった。
「お父さんには関係ないでしょ?
偉そうな事言わないでよね」
「誠意を平気で踏みにじるような人間は、いずれ同じ事を返される。
そんな人間になってはダメだ、紫奈」
「もう、うざい!! 大きなお世話よっっ!!」
私はバタンとドアを閉めて、自分の部屋にってしまった。
………………
中學時代の夢なんて久しぶりだった。
お父さんは、あれ以來私に何も言わなくなった。
私はますます気持ち悪くなって近付かないようにしていた。
お父さんは何を考えている人なんだろう。
もしかして、今の私なら以前と違うものが見えてくるだろうか。
「実家に帰ってみよう」
お母さんと康介とも、病院で喧嘩別れをしたままになっていた。
あれから何も言って來ない二人も気になっていた。
次話タイトルは「紫奈、父親の真実を知る」です
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