《【書籍化作品】離婚屆を出す朝に…》20、紫奈、康介の真実を知る
じり……とソファを挾んで後ずさる。
康介はずっと弟のような覚で、危険をじた事なんてなかった。
そもそも嫌がる相手に無理強いしなくても、他にいくらでも相手がいた。
『には困ってない』
康介自がいつも言ってたし、私もその言葉が保険のように安心していた。
今もには困ってないんだろう。
でも……お金には困ってる。
そして開店資金さえあれば自分は功すると、なんの拠もなく思い込んでいる。
「來ないでっ!!」
腕を摑まれそうになって、あわててを引いた。
「なに怖がってんだよ。別に何もしないよ」
にやにやと下卑た笑いでソファを回り込んでくる。
「何もしないなら私から離れてっ!!」
何かに追い詰められてるような目をしている。
いつもの康介じゃない。
いや……。
いつもの康介って……?
結婚してからはほとんど會っていない。
お母さんとは気まぐれに帰ってくる息子のような関係が続いていたようだが、私はたまに実家に帰った時に偶然會うぐらいだ。
そういえば一度うちにもお母さんが康介を連れて遊びに來た事があった。
タワーマンションの広い部屋にひとしきり心して帰っていった。
さして容のある會話もせず、會うたび職が変わっていた。
最近の康介が何を考え、何を目指しているのかなんて知らない。
人は変わりゆく生きだ。
年月は関係ない。
私が霊界裁判で180度考え方が変わったように、誰もが唐突に変わってゆく。
高校時代、康介は確かに私を好きだったのかもしれない。
初めて彼を作る前には、もっと一途な想いでいてくれた時もあったかもしれない。
でも……。
年月と共に純度を増すもあれば、黒いが澱《おり》のように積もって薄汚れていくもある。
今の康介は、という名の過去のと、都合よく未來が開けるという歪んだ夢をごちゃ混ぜにして、私を思い通りにしたいと思っている。
そんなものがだと本気で思っている。
「目を覚まして、康介!
私は康介と再婚する気はないわ。
それに謝料だってもらわない。
康介の思うようになんて何一つならないのよ」
「なんでだよ。こっちには協議離婚の承諾書だってあるんだぜ?
ちゃんと那人のサインもある。
契約は立してるんだ」
「なんで康介がそれを持ってるのよ」
そういえばすべてお母さんに任せていて、私はちゃんと読んでもいなかった。
今の私には、すべて無用のものだったから……。
「おばさんは紫奈の事は俺に任せるって言ったんだ。
紫奈と一緒に暮らせるなら、俺の言う通りにするって」
「な!」
そうだ。
変だと思っていた。
お母さんがどうしてそこまで1000萬の謝料にこだわるのか。
うちは確かに裕福とは言えなかったけれど、學費の心配もなくなった今、普通に暮らしていくには充分なはずだ。
なにより私のためにならお金に糸目をつけなかったお母さんが、娘をお金で売るような言い草に微《かす》かな違和をじていた。
お母さんは謝料なんてどうでも良かったんだ。
ただその1000萬があれば、私が康介と結婚してこの家でずっと一緒に暮らせるのだと夢を描いた。
その夢のために必要なお金だったんだ。
この淺はかな康介の計畫に、私もお母さんも踴らされていた。
私は何を人任せにしようとしてたんだろう。
自分の離婚なのに。
自分の人生なのに。
雲行きが怪しくなると、途端に手に負えないと放り出して、何も考えずに流されようとしていた。
自分で考えない人間に、ずるい人は寄り集まってくる。
そうして更なる不幸に陥る。
幸せになりたいなら、意味ある人生を生きたいなら、どんなにバカでも不用でも、自分で答えを見つけなければならない。
自分の人生の選択を人任せにした段階で、不幸は忍び寄ってくるのだ。
「協議離婚の書類は、私と那人さんで書き直すわ!
康介が持ってる承諾書は無効よ!!」
「なんだとっっ!!
そんな事させるかっっ!!」
私は、だっとリビングのドアに向かって駆け出した。
これ以上、康介とここに二人きりでいるのは危険だ。
「!!!」
しかし、その私の腕を後ろからガシッと摑まれた。
「は、離してっっ!!」
康介の走った目が眼前に迫っていた。
ギリギリと腕を締め上げられる。
完全に平常心を失っている。
「い、いたい……離して……いっ……!!」
「まさか那人とよりを戻そうとか思ってんじゃないだろうな……。
そんな事させない……。
俺はお前のために探偵雇ったり、弁護士に書類作ってもらったりずいぶん金を使ってんだよ。
今更なんの回収も出來ませんでしたって引き下がれるかよ」
「そんな事……頼んでない……いっ……痛いってば……」
「頼んでない?
どうしていいか分からないから助けてって言ったんだろ?
俺はおばさんに頼まれたからいたんだ。
俺だけ悪者にして、いい人ぶってんじゃねえよ!」
そもそも私が人任せにしようとしなければ、康介は悪巧みをする事もなかった?
原因を作った私が一番悪いの?
だったら尚更、私はこの自分で撒いた災いの種を拾い集めなければならない。
何を言われようと、毅然とした態度で……。
「お母さんにるなっっ!!!」
しかし突如、背後からびに似た大聲が響いた。
「由人《ゆひと》……」
本屋から帰った由人とお父さんが、リビングのドアに立っていた。
由人はたっと駆け出し、私を摑んだままの康介の腕に飛びついた。
「お母さんを離せっ!!」
「由人!」
「なんだよガキがっ! お前こそ離せっ!!」
康介は振り払うように腕と一緒に由人を投げ捨てた。
「由人っ!!」
私はあわてて床に転がる由人に駆け寄った。
しかし由人は、すぐにすっくと立ち上がり、とおせんぼをするように両手を広げて、私を背に庇うようにして康介に対峙した。
「お母さんをいじめたら許さないからなっ!!
出て行けっっ!!」
「由人……」
よく見ると広げた両手はガタガタと震えている。
自分の何倍も大きい大人の男に対峙しているのだ。
怖くないはずがない。
でも……。
由人には迷いはなかった。
「康介くん。君にも何か言い分はあるのかもしれないが、今日のところは帰ってくれるか?
小さい子供もいる。君の話は改めて私がすべて聞くから」
驚いて突っ立っていたお父さんが、いつになく強い口調で言い放った。
「ふ、ふんっ!
なんだよ皆そろって俺を悪者みたいに……。
こっちが巻き込まれた被害者だっつーの!!」
康介は捨てゼリフを吐いて逃げるように出て行った。
ほうっと安堵の息と共に、私は由人の震えるを支えながら全を見回した。
「由人! 怪我はない? 痛い所はない?」
「う、うん。僕は全然平気だよ」
強がってはいるが、安心したように力している。
「良かった。良かったああ。怖かったでしょう」
「ぜ、全然怖くなんかないよ! 僕は男だもんっ!!
お母さんを守るって約束したもん!!」
鼻を膨らましてを張る由人をたまらず抱き締めた。
「そうね。由人のおかげで助かったわ。
ありがとう。ありがとうね」
お父さんは抱き合う私達の頭にポン、ポンと両手を置いた。
「紫奈、康介くんの事はお父さんが何とかするから心配するな。
お前がまないなら、父さんが全力で守るから」
ああ。
お父さんは待っていたのだ。
私達三人の悪循環のサイクルから誰かが抜け出すのを。
多數決では完全に孤立していたこの理不盡な家で、誰かが正しい道を見つけるのを……。
抜け出したいと言った時には、全力で楯になるつもりで……。
ただ一人、流されずに自分の正義を貫いて……。
……ずっと待っていたのだ。
次話タイトルは「紫奈、優華に會いにいく」です
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