《【書籍化作品】離婚屆を出す朝に…》22、紫奈、浮気の真相を知る

「嗤《わら》う?」

私は驚いて優華を見つめた。

「どう言うこと?」

私の言葉に今度は優華が驚いた顔をした。

「那人さんから……聞いてないの?」

「那人さんから? 何を……?」

「……」

優華は戸ったような顔をしてから、玄関のドアを大きく開いた。

って。話なら部屋で聞くわ」

優華の部屋はベッドだけでいっぱいになる私の部屋と違って、うちのリビングぐらいの広さにソファと鏡臺と丸テーブルが配置されて、綺麗に整頓されていた。

いつ來ても完璧に片付いていて、ちょっといい香りもする。

「ハーブティーでいい? 最近はまってるの」

優華は手早くお灑落なカップにれてソファテーブルに置いた。

味しそうなクッキーも添えられている。

急にやって來ても、いつも準備してたかのようにすっともてなしてくれる。

こんな風になりたいとずっと思ってきた。

「優華の部屋に來たのは久しぶりね」

結婚してからは優華が訪ねてくるばかりだった。

「由人くんは……どうしてるの?」

優華はちょっと躊躇《ためら》いながら尋ねた。

「一緒に來てるわ。今、お父さんに見てもらってる」

「そう……」

優華はほっとしたように息を吐いた。

「紫奈が由人くんを叩いたって聞いて……ちょっと心配だったの……」

その口ぶりで優華が本當に由人を心配しているのが分かった。

「那人さんから聞いたの?

その……いつから會ってたの?」

私は思い切って聞いてみた。

もうすべて納得している。

私はもうすぐいなくなる人間だ。

優華になら那人さんと由人を任せられる。

何を聞いても耐えられると自分に言い聞かせた。

でも、優華の答えは思いもかけないものだった。

「本當に何も聞いてないのね。どうして……」

「何も聞いてないって、何を……?」

「探偵を雇って私と那人さんが會ってる寫真を見たんでしょ?

はっきり言うわ。

私と那人さんが二人で會ったのは、その日と紫奈が事故から目覚めた日の二回だけよ」

「え?」

呆然とする私の前で、優華はふうっとため息をついて続けた。

「那人さんは浮気なんかしてないわ。

紫奈が疑ってるような事なんて何もないわ」

「え? でも……」

「那人さんが浮気を認めたのは紫奈のためよ」

「私のため? そんな、どうして?」

「それは那人さんから直接聞けばいいわ。

とにかく那人さんは浮気なんかしてない」

「じゃあ優華と那人さんは何も無かったの?」

しかし、優華はしばらく考えてから答えた。

「いいえ」

「え?」

「那人さんは浮気なんかしてない。

でも……、私は親友を裏切ったのよ」

優華はそう言ってうな垂れた。

「裏切る……?」

「あの日……、寫真に撮られたあの日、晝休みに役所に用事があって行ってたの。

そしたら、偶然那人さんに會ったわ。

離婚屆の用紙をもらってた」

優華は苦しそうにぽつりと話し始めた。

「ずっと……いろいろ問題はあっても、うまくいってるんだと思ってたから、驚いたわ。

那人さんは、紫奈にどれほど失しても、思う通りにならなくても、すべてれて一緒に乗り越えようとしていたから、何があっても離婚はしないんだろうと思ってた」

そうだ。私もその那人さんの優しさに胡坐《あぐら》をかいていた。

だから突然離婚の話が出て、パニックになってしまった。

「ずっと紫奈が羨ましかったわ。

どんなに自分勝手な事を言っても、失敗ばかりでもけ止めてくれる人がいる事を。

いつか間違いに気付いて共に歩く日を待ってくれる人がいる事を」

「優華……」

「でも勘違いしないでね。別に羨ましいからって那人さんを奪おうなんて思ってたわけじゃないわ。私もいつか那人さんみたいな人と出會えたらいいなとは思ってたけど、紫奈の旦那さんを奪おうなんて思ってなかった」

優華は、ふふっと自嘲するように笑った。

「でもね……、唐突にタガが外れたの。

離婚屆を持っている那人さんを見た途端に、それが那人さんを好きになってもいい許可証のように見えた。そして気付いたの」

「気付いた?」

「ずっと那人さんが好きだったんだって……」

優華はそう言ってから、キッと私を睨みつけた。

「だって紫奈はいつだって自分勝手で、與えてもらうばかりで、何一つ那人さんの喜ぶ事なんて出來ないじゃない! 料理だって掃除だって、私の方がずっと上手に出來るわ!

由人くんだって、私の方が上手に育てられる!

私の方が那人さんも由人くんも幸せに出來るわ!」

聲を荒げる優華に、私は心臓を突き刺された気がした。

誰も口に出さなかったけれど、みんなそう思っていた。

その通りなのだ。

否定できるものなんて何もない……。

だから……。

「うん……」

私は素直に認めた。

完全に白旗を揚げる私に優華が拍子抜けしたように勢いを無くした。

「……んで……」

「え?」

「なんで言い返さないのよ! なんで私を責めないのよ!

私は親友の離婚をいい事に、その心の隙間にり込もうとしたのよ!

離婚屆を持つ那人さんを喫茶店にって、私が代わりに支えられないかって聞いたのよ!」

まさか……。

「じゃあ、あの寫真に寫ってたのは……」

「そうよ。私が一方的に告白して、言ってしまってから急に怖くなって、考えておいてしいって逃げるように立ち去っただけよ。

那人さんにやましい事なんて何もなかった」

「でも……」

「那人さんはいろんな心労でずいぶん疲れきってるようだったわ……。

私は那人さんの力になりたかったの。

支えてあげたかった。

私なら支えられると思ったわ。

しばらくして、那人さんから電話があったの。

紫奈が私と那人さんが浮気をしていると疑ってるけど、離婚が立するまでそういう事にしておいてしいって」

「そういう事にしておいてしい?」

「事を聞いて、私は紫奈が許せなかった。

あなたは一度でも離婚を決心した那人さんの話を聞いた事があるの?

彼が何を考えて、どれほど自分を想ってくれていたか考えた事があるの?

一回でも那人さんを分かろうとした事があったの?

いつだって與えられる事ばかりんで、自分が那人さんを支えようなんて全然思ってなかったじゃない!

那人さんは紫奈が自分に問いかけてくれるのを待っていたのよ!

なのに、あなたは探偵なんて雇って、勝手に浮気を疑って、親や康介まで巻き込んで謝料を請求したって言うじゃない!」

「それは……」

何も考えられなかったなんて言い訳にならない。

お母さんと康介に任せたのが、私の意志だったのだ。

「あんたなんかより、あんたなんかより、私の方がずっと那人さんを想ってる。

由人くんだって……。

由人くんの気持ちだって、あんたは何にも気付かないで、叩いたりして……。

私の方が、私の方が……ずっと……うう……」

「優華……」

優華を責める権利が私にあるだろうか?

自分の好きな人が苦しんでいるのに……。

目の前で苦しんでいるのに……。

一番支えるべき妻が、しも支えようともせず、理不盡な要求をつきつけているのに……。

自分なら支えられるのに……。

力になってあげられるのに……。

そう思った優華を責める権利なんて……。

私にはない……。

次話タイトルは「紫奈、優華の本心を知る①」です

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