商業都市リアはいつでも活気に満ちている。それが當たり前の日常であり、常識にさえなっていた。

しかしクラリスの目の前に広がる街の景には常識が通用しない。目抜き通りを歩く人影は數えるほどしかおらず、客引きの聲も聞こえてこない。

「街の皆さんはどうしたのでしょうか……」

「覚悟していた時が來たということだ」

「原因をご存じなのですか？」

「おおよそはな」

隣を歩くアルトは苦蟲を嚙み潰したような表を浮かべる。その顔を見ていると、深く追求することができなくなる。

「ゼノ様の店が見えてきましたよ」

聖グッズの販売店は変わらずに営業していた。店員の年が、ニコリと微笑みかけてくれる。

「聖様、商品を買ってくれませんか！」

「私の顔が書いてあるクッキーですよね。それはちょっと……」

「殘念です。久しぶりに売れると思ったのですが……」

「私の顔に皆さん飽きられたのです。もっと魅力的な人を採用すれば、きっと売り上げも回復するはずです」

「いえ、聖様が原因ではありません。問題は値段です」

「値段？」

「聖様クッキーの価格が、ここ數日で十倍に値上がりしたんです」

「ぎ、銀貨三枚もするのですかっ！」

元々は銅貨三枚で販売されていたクッキーが、銀貨三枚に値上がりしたのだ。売れないのも無理はない。

「どうしてこれほど高額に？」

「小麥の値段が高騰しているそうなのです」

「不作だったのでしょうか？」

「理由までは知りません。大人の人なら知っているかも」

年の視線の先には果屋の老婆がいた。詳しい話を聞くために、彼の元へと向かうと、鋭い視線で、クラリスたちを抜いた。

「何の用だい？」

「あの、その……」

怒気が混じった聲にたじろいでしまう。その様子がさらに怒りを募らせたのか、視線の鋭さが増した。

「果はここにあるだけだよ。どうせ買わないだろうけどね」

「この果は？」

「アルト領で採れた果だよ。マズそうだろ？」

「それはその……はい……」

取り繕うことができないほど、店頭に並ぶ果は酷かった。枯れたリンゴに、細いバナナ、ミカンは通常のサイズより二回り小さい。

「どうしてこのような果を販売しているのですか？」

「フーリエ領から仕れができなくなったからねぇ。それで仕方なく、アルト領の荒れた土地で育った果を販売しているのさ」

「どうして仕れができないのですか？」

「あんた、貴族のくせにそんなことも知らないのかい？　これだから貴族は嫌いなんだよ」

老婆の鋭い言葉に、クラリスは肩を落とす。そんな彼を庇うように、アルトが前に出た。

「クラリスは悪くない。悪いのはすべて私だ」

「アルト様は事を知っているのですか？」

「……知っている」

「なら教えてください。私も知っておきたいです」

だがアルトは答えない。気まずい空気が流れる。そんな空気を掻き消すように、人影が近づいてくる。

「これは聖様と公爵様。お久しぶりです」

「エリス様！」

人影の正はエリスだった。アルトが教えてくれないなら、事通である彼に聞けばいい。真っ直ぐな瞳を彼に向ける。

「あの、フーリエ領から食料の仕れができなくなったとお聞きしたのですが、本當のことなのですか？」

「ええ。街から活気が消えたのもそれが理由ですから」

「で、ですが、屋敷には食料がありましたよ」

「魔や他の領地からの食料は手にりますから。価格は高騰していますが、貴族なら問題ないでしょう。しかし平民たちにとっては死活問題です。現狀は食べていくのがやっとの狀況なのですよ」

街の活気は余暇に費やせる金と時間があるからこそ生まれていたのだ。食費だけで生活がカツカツなら、生きるためだけに働く毎日になる。街で遊ぶ余裕など生まれるはずもない。

「アルト様、もしかしてこれは、私のせいですか？」

「いいや、クラリスに非はない。原因は私にある」

フーリエ公爵が食料の輸出を止めた理由に二人は心當たりがあった。彼が屋敷を訪れた時に、クラリスを侮辱されたことをアルトが激怒したのだ。

「原因は私にある。だが私はフーリエ公爵を毆ったことを後悔していない」

「で、ですが……そのせいで領地の皆さんが……」

「だから私に考えがある。エリスも街の皆も聞いてくれ！」

遠くまで聞こえるように聲量をあげる。注意が集まり、通り行く人々が、彼の前で足を止めた。

「領で生産された果や野菜、それに魔を購する場合に補助金を出そう。遠くから仕れた食料も輸送費を負擔する。すべて私に請求してくれ。皆が今まで通りの生活を過ごせるようにしてみせる！」

アルトの言葉を聞いていた人たちは黙り込むことしかできなかった。領民の食費を領主が負擔するなど前代未聞だったからだ。

「悪いな、クラリス。これからは貧しい暮らしをさせることになる」

「構いません。私はあなたと共に暮らせるなら、それだけで十分ですから」

自分たちのためにを切ろうとしている公爵と聖に、人々は肩を震わせる。目には涙が浮かび、嗚咽が聞こえてきた。

「……っ……あ、あの……」

老婆が震える聲で呼びかける。乾いた頬を涙が伝っている。

「さっきは失禮なことをしたね。謝らせておくれ」

「私は気にしていません。それよりも皆で、この苦難を乗り越えましょう」

「ああ。そうだね……」

老婆の手をギュッと握る。優しさが皺くちゃの手を溫めた。

「本當に、あんたは良い娘だね。これは詫びの品だよ。枯れたリンゴだけど、私の一杯の気持ちさ。け取っておくれ」

「ありがとうございます」

クラリスが枯れたリンゴをけ取ると、その景を見ていた観客たちは拍手で喝采する。を生む景が広がる中、彼はピタッと靜止してかなくなった。

「どうかしたのかい？」

「私、試してみたいことがあります」

クラリスは全から魔力を放ち、輝きを纏う。神々しさをじさせながら、続くように奇跡が現する。

掌に握られていたリンゴが、回復魔法の力によって、みずみずしさを取り戻したのだ。大きさも二回り以上大きくなり、フーリエ領から輸していたモノよりも立派な姿へと変わる。

「やはり回復魔法は果にも有効でした！」

「馬にも効果があったからな。野菜や果に効いても不思議ではないが……」

だが費用対効果が悪すぎる。果を大きくするのに、魔力を消費しては割に合わない。一時しのぎにしかならないのだ。

だがクラリスの瞳に絶は浮かんでいない。將來への希でキラキラと輝いていた。

「アルト様、私に付いてきてください！」

「どこへ行くんだ？」

「皆を救いに。この領地を食料でいっぱいにしましょう」

クラリスは目抜き通りを走り出す。彼は皆を救う手段を思いついたのだった。