《【書籍化】王宮を追放された聖ですが、実は本の悪は妹だと気づいてももう遅い 私は価値を認めてくれる公爵と幸せになります【コミカライズ】》第四章 ~『王都のフーリエ公と聖への祈り』~
フーリエ公視點です
決闘で敗れたフーリエ公は名譽も金も領主の地位もすべてを失った。市民として生きることになった彼は、逃げるように領地を去り、王都へとを寄せていた。
「どうして儂がこんな目に……」
私財を失ったフーリエ公は日銭を得るために、服や裝飾品を処分した。ボロをに纏い、満足な宿もない彼は、浮浪者に墮ちぶれていた。
「食料配布の時間ですよー」
「わ、儂にもくれ」
王國では聖堂教會による慈善活の一環として、食料の配給が行われていた。観名所でもある噴水広場には、大勢の貧困者が集まり、食料が配られるのを並んで待っている。
「おじさん。あなたの番ですよ」
「おおっ、ありがたい。今日の晩飯はなんだ?」
「クリームシチューと小麥パンです。豪華でしょ?」
「は、早く寄越せ」
「その前にお祈りを」
「……やらねば駄目か?」
「神を信じぬ者に救いが與えられませんから」
「うぐっ、背に腹は代えられぬ。仕方あるまい」
神への祈りはフーリエ公にとって最大の屈辱だった。なにせ聖堂教會が祈る対象とは、彼の憎き宿敵だからだ。
「では聖様に謝を!」
「せ、聖に、謝を……」
「様が抜けていますよ」
「聖様に! 謝を!」
「よくできましたね。神に謝し、食事を味わってください」
「うぐっ……」
歯を食いしばりながら、皿に注がれたシチューとパンをけ取る。近くのベンチに腰掛けると、流し込むように口の中に放り込んだ。
冷えたが溫まると、涙が溢れてきた。シチューの優しい味にしたことと、その味が宿敵によって與えられた屈辱に心が震えたからだ。
「あの聖はやはり悪だ。弱った心に恵みを與え、信者を増やしているのだ」
砂漠で與えられた一杯の水に一生の恩をじるように。地の底に落ちたからこそ、聖の優しさが麻薬のように心に染みていく。憎い相手を神と崇めたくなるのだ。
「味かった。だが儂の心はまだ折れておらん。いつか領主へと返り咲いてみせる」
空になった皿を信徒へと返す。空腹ではなくなったが、満腹ではない。公爵邸での食を思い返して、口の端から涎を零す。
「そこにいるのは、フーリエ公爵ではありませんか?」
「あれは……」
「やはりフーリエ公爵でしたか」
「貴様は……バーレン男爵!」
クラリスの父親であり、フーリエ公が破滅する原因を生み出した男だ。恨みだけなら聖以上である。そんな彼を前にして、拳をギュッと握る。
「儂に何の用だ?」
「あなたが落ちぶれたと聞いたものですから。真偽を確かめに來たのですよ」
「悪趣味な」
「クククッ、でもお金がしいでしょ。ほら、拾ってください」
懐から銅貨を取り出すと、地面に放る。パン一つの価値しかない貨だが、浮浪者として暮らすフーリエには大金だった。
プライドよりも実利を優先して跪く。銅貨を拾い、顔に華を咲かせる彼だが、その華は悪意によって散らされる。バーレンが彼の顔を蹴り上げたからだ。
襲ってきた痛みにフーリエ公は、鼻を押さえる。そこに追撃の蹴りが浴びせられ、彼は嵐が過ぎ去るのを待つ亀のように、ジッと頭を抱えた。
「公爵を足蹴にできる日が來ようとは。私は幸運な男だ」
「や、やめろ」
「やめさせてみればよいではありませんか」
「ぐっ」
フーリエ公は魔力を練ろうとするが上手くいかない。反撃の機會を得られぬまま、襲ってくる痛みを我慢する。
「ど、どうして、魔法を使えんのだ」
「やはり知らなかったのですね。さすがは溫室育ちの公爵様だ」
「理由を知っているのか!?」
「魔法は神狀態に依存するのですよ。調に優れていれば、魔力は安定し、十二分な力を発揮します。しかし今のあなたは食住が不足している。そのような健康狀態では、魔力も彩を欠くのですよ」
叩きつけた足がフーリエ公の頭を踏み砕く。歯の折れた音が響くと、彼はを吹き出しながら気絶した。
「ふん、私以外の貴族は馬鹿ばかりだ。それなのに、男爵だからと私を評価しない者たちが憎い。実力だけなら公爵以上だというのに……」
爵位さえあれば、金さえあれば。もしもの仮定で実力を過大評価する彼の顔には、傲慢さが滲み出ていた。
「フーリエ公、フーリエ公はいないか?」
「この聲はまさか……」
「おおっ、バーレン男爵ではないか」
「ハラルド王子!」
黒髪の麗人ハラルドが手を振る。クラリスの父であるバーレンに、彼は気を許していた。友好的な笑みが口元に張り付いている。
「バーレン男爵がここにいるのなら、クラリスも近くにいるのか?」
「いいえ、ここには……」
「それは殘念だ。會いたかったのだがな」
「それよりも王子はどうしてこちらに?」
「おおっ、そうだ。フーリエ公がこの辺りにいると聞いてな。探しに來たのだ」
「……彼とは仲が良いのですか?」
「友ではない。だが負い目があってな。困っているなら助けてやろうと思ったのだ」
ハラルドは負傷兵をフーリエ公に押し付けたことに負い目をじていた。その贖罪のために、彼を探していたのだ。
「まさか、足元にいるボロボロの男……」
「あの、これは……」
フーリエ公は特徴的な外見だ。他人の空似では通じない。
だが真実を明かすことも躊躇われる。弱ったフーリエ公を痛めつけたのが自分だと知られれば、今まで積み重ねてきた信頼が崩れ去るからだ。
「やはりフーリエ公か。誰にやられたのだ?」
「そ、それは、その……」
「俺にも言えないことなのか?」
「うぐっ……あ、あの……アルト公爵がやりました」
「なんだとっ!」
バーレンの言い淀みを、公爵を売ることに対する躊躇いだとけ取ったのか、ハラルドはすんなりとけれる。
思いがけない反応にチャンスだと、バーレンは噓に噓を積み重ねる。
「王子の仰る通り、アルト公爵は決闘ですべてを奪っておきながら、落ちぶれた彼をさらに痛めつけたのです。あれほどの悪漢を私は知りません」
「最低だな。しかしだからこそ不思議だ。クラリスはなぜあのような卑劣漢と共にいるのだ?」
「もしかすると洗脳されているのかもしれません」
「洗脳だとっ!?」
大切な想い人の危機に、ハラルドは怒りで全から鋭い魔力を放つ。だが理もしは殘っている。彼は頭に浮かんだ疑問を訊ねる。
「なにか拠があるのか?」
「もちろんですとも。アルト公爵領が農作の輸出で大きな果を得ているのはご存知ですか?」
「憎たらしいが、知っている。なんでも市場に流れている作と比較にならぬほど質が良いとか」
「その話、オカシイと思いませんか?」
「アルト領は枯れた大地で、満足な作が育つ土壌はない。どんな手品を使えば、あのような作が採れるのかと疑問には思っていた……」
「そのこそ薬の力なのです」
「薬だとっ!」
「アルト公爵は危険な薬実験を繰り返し、作を長させる薬を開発しました。しかし薬品の開発は想定外の薬を生むことがあります」
「その一つが洗脳薬ということか……」
「さすがは王子。ご慧眼です」
すべてバーレンの頭の中で生み出した妄想である。だが農作の功という真実で噓を覆い隠しているため、ハラルドは真実を見抜けない。
「そもそも洗脳されていなければ、どうして王子の婚約を斷るのですか?」
「た、確かに。俺は顔、名譽、金。すべてが完璧だ。格も優しくて穏やかで、右に出る者はいない」
「そのあなたが婚約を拒否されたのですよ。ありえないでしょう」
「つまりクラリスは俺に惚れているが、薬のせいで意思を捻じ曲げられていると?」
「まさしく」
「……ぐっ……ゆ、許さないぞ、アルトめ。俺の剣の錆にしてやるっ」
「王子、事はそう単純ではありません。なにせ相手は公爵。証拠もなしに斷罪することはできませんから」
「ならどうすれば……」
「私に策があります。すべてお任せを」
バーレンはピンチをチャンスに変え、王子の懐にり込む。彼の口元に浮かんだ下卑た笑みは、娘の不幸を糧にして、自分だけ幸せになろうとする悪魔のそれだった。
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