「知らなかったのにゃ。人魚って、足があるのにゃね」

ミーナが気絶した人魚族のを興味深そうに見つめる。人間離れしたしさを誇る彼は、貓耳族たちによって砂浜に寢かされていた。

男たちは、すっかりその貌に魅了されて、目がハートマークになっていた。僕も思わず生唾を飲み込んでしまう。

アルティナの視線が痛いので、頭を振って全力で煩悩を追い出す。

なにより、彼は全にひどい火傷を負っていた。

「僕も実を見るのは初めてだけど……人魚は陸上では人間と同じ二足歩行に。水中では、下半が魚の形態になるようだよ」

僕はバックパックから、エクスポーションを取り出す。

「人魚は爭いを好まず、海底都市に引きこもって暮らしておる。人間や他種族の前に出てくるのは珍しいのじゃ。戦闘好きな竜種とは、対極に位置する存在じゃな」

アルティナはなにやら呆れたように息を吐く。

「人魚は他種族であろうとも異なら虜にしてしまう【魅了（チャーム）】の魔力を備えておるのじゃ。おぬしら、あまりジロジロ、この娘を見るでない。知らぬ間に、の奴隷にされてしまうぞ」

「は、はいにゃ！」

貓耳族の男子たちが、直立不の姿勢で答えた。そうは言いつつも、視線はに固定されたままだ。

貓耳娘たちは、男子をジト目で見ている。

「……となると、【神干渉プロテクト】が有効だね」

自にかけると、湧き上がっていたへの熱い想いがクールダウンする。

ふぅ〜。功だ。人魚族の魔力、恐るべし。

「知らなかったのにゃ！　カル様もアルティナ様も知りですにゃ！」

ミーナが無邪気に褒めてくれる。

「僕は書で読んだ知識があるだけだけどね」

「わらわも人魚と會うのは初めてなのじゃ。引きこもりという點では、シンパシーをじるのう」

は重傷で意識を失っており、エクスポーションを口に注ぐが飲み込んでもらえなかった。

まずいな。これは一刻を爭うぞ。

僕はエクスポーションを口に含んで、に口移しで飲ませた。

「う、うやましいにゃ！？」

「ぐっ！　わらわもやってもらいたいのじゃ！　今から気絶しようかの」

アルティナやミーナたちから、嫉妬混じりの聲が上がる。

えっ、キミたち、これは醫療行為だからね。

「……あれっ？　傷が治らない？」

「やはりか。おそらく、この娘の怪我は冥屬の竜魔法【黒雷（くろいかずち）】によるものじゃな。治癒魔法を阻害する呪いをけておるのじゃ」

アルティナが驚くべき見立てを告げた。

エクスポーションは封した回復魔法の力で傷を癒す薬だ。

となると……

「もしかして、この娘は冥竜に襲われたということ？」

この近くに冥竜が來ているとなれば、大問題だ。冥竜は全竜種の中で、最大の攻撃力を誇る。

「そうじゃな。良く生き殘ったと言うべきじゃが……ここまでのダメージをけたとなると。かわいそうじゃが、このまま看取ってやる他にないの」

苦々しい口ぶりで、アルティナが斷じた。

「にゃあっ！？　死んじゃうなんて、かわいそうにゃ！　なんとか、なりませんかにゃ？」

「うーむ。この呪いの解除となると、聖竜でも連れて來ないと無理じゃな」

魔法以外の回復手段となると……

その時、僕の頭に閃くものがあった。

「……あっ、そうだ。古代跡のアレを試してみよう！」

「カルよ。アレとはなんじゃ？」

「アルティナの隠れ家には、古代人の殘した治療カプセルという裝置があったんだ。跡の文獻を読み漁っていて、昨日、偶然、見つけたんだよ。どんな怪我でも、回復させてしまうらしい」

「なんと！？　そんな便利なモノが、あの家の中にあったのか？　ま、まったく知らなかったのじゃ」

アルティナは目を白黒させていた。

「ただ、ホコリを被っていて。くかどかは微妙なんだよね……」

なにしろ２０００年近くも前の代だ。使えたら奇跡だった。

「でも。試してみる価値はあると思う」

僕は人魚のを擔ぎ上げた。

※※※

「ほ〜。こんな隠し部屋があったのじゃな」

アルティナが嘆の息を吐く。そこは置きほどの小さな部屋だった。

僕たちの目の前には、明な謎の溶に満たされたガラス張りのカプセルがあった。その中に人魚族のをれる。

息ができるかちょっと不安になった。人魚族なら、大丈夫かな？

「あとは、このボタンを押して。１０分もすれば、どんな怪我や病気も完治するらしいよ」

僕は作手順書に従って、祈るような気持ちでの治療を開始した。

「……いてくれよ」

治癒カプセルに、気泡がボコボコと生まれる。

「おおっ！　まさに奇跡じゃな。ちゃんといたぞ！」

よし、第一関門はクリアだ。

だけど、まだ安心はできない。経過を見ないと……

するとの火傷がみるみる回復して、が健康なを取り戻していく。

「やった！　この治療カプセルの効果は本だ！」

僕は思わず喝采した。

エクスポーションでも、四肢の欠損までは回復できないけど、この裝置では失われた部位の回復もできるらしい。

まだ検証は必要だけど、本當だとしたら夢の裝置だ。

「おおっ！　わらわだけでは、この裝置を発見することも、使い方を知ることもできなかったのじゃ。カルがいてくれて、本當に良かったのじゃ！」

アルティナの賞賛に思わず照れてしまう。

「……ううっ……はっ、ここは！？」

その時、人魚のが目を開けた。ラピスラズリのようなしい青い瞳をしている。

裝置には治療中の人と會話ができる機能もあり、外部スピーカーから聲が聞こえてきた。

「あっ、気がついて良かったです。ここはハイランド王國領のアルスター島です。僕は領主のカル・アルスター男爵と申します。あなたを海で見つけて保護したのですが……」

「はぁ、男爵……？　気安く話しかけないで、辺境貴族の雑魚ふぜいが。私は人魚族の王ティルテュ・オケアノスよ」

は傲慢にをそらして名乗った。

「な、なんじゃ、このエラソーな小娘は……」

アルティナが絶句している。

「私は海底王國オケアノスより、救世主とお告げの下ったカル・ヴァルム様にお會いしに來たの。竜狩りの名門貴族ヴァルム家に案なさい！」

自分の要求が通るのが當然。自分は特別扱いされて當然という態度だった。さすがに、ちょっと引いてしまう。

「カル・ヴァルム……？　それは、僕のことですが？」

一瞬の間があった。人魚族の王ティルテュは、驚愕に口をパクパクさせている。

「は、はいっ……？　でも今、アルスター男爵と……？」

「舊姓はヴァルムです。今は、アルスターの家名をシスティーナ王殿下より頂戴しています。えっと、それで僕にご用とはなんでしょうか？」

「しっ、ししし、失禮しましたぁ！　とんだご無禮を！　おっ、おおおお、お會いできて栄です！　最強のドラゴンスレイヤー、カル・アルスター様！」

ティルテュ王は恐したようにを震わせて頭を下げた。

僕は困してしまった。

なんなんだ、この娘は……？