《【書籍化】竜王に拾われて魔法を極めた年、追放を言い渡した家族の前でうっかり無雙してしまう~兄上たちが僕の仲間を攻撃するなら、徹底的にやり返します〜》38話。父ザファル、栄のために聖竜王に寢返る
【父ザファル視點】
ヴァルム伯爵ザファルは、頭を抱えていた。
栄のヴァルム家を見限り、辭めて行く家臣が続出しているのだ。
「何もかも愚か者のレオンのせいだ……!」
レオンが味方の軍船を沈めた悪評は、またたく間に広がった。
逆に、敵対するヴァルム家の者たちを救い、古竜を討伐したカルの名聲はうなぎのぼりだ。
外に出れば、領民からの非難と嘲笑が聞こえてくる。
『ヴァルム侯爵様……いけね。今は伯爵様だったかは、後継者選びを完全にお間違えになったな!』
『ザファル様はまったく人を見る目がないよ。カル様こそ、王國の新たなる英雄さね!』
『レオン様が活躍できていたのは、実は全部、カル様のバフ魔法のおかげだったらしいぞ!』
『ええっ!? そんなカル様を追い出したなんて信じられないわ! もうヴァルム家はおしまいね』
『味方を撃つアホ後継者についていくのは、自殺志願者くらいなものだぜ。
俺はたった今、ヴァルム家に辭表を出してきた。これからはアルスター家の時代だ!』
シーダに去られたのも痛かった。
もはや、レオンしか跡取り候補はいないが、レオンは王からは嫌われ、領民からはバカにされ、家臣からの信用も失っている。
ヴァルム家はお先真っ暗だった。
「なぜ、こんなことになったのだ……! カルを追放したのが、すべての間違いだったのか!?」
今さらそのことに気づいても、もう遅い。
「酒だ! 酒を持てい!」
酒をあおって、気分を紛らわせねば、とてもやっていられなかった。
「おい! 聞こえぬのか!?」
呼び鈴を鳴らしても、一向に侍がやって來る気配がなく、ザファルは苛立った。
「ふふふっ、今のあなたに必要なのは、勝利の酒ではなくて?」
小鳥のさえずるよう聲と共に、部屋にってきたのは見慣れないだった。
ザファルの背中に冷や汗が流れた。
彼は歴戦の猛者だ。そのしいからのがよだつような恐ろしい気配をじ取っていた。
それは先日、ここを訪れた冥竜王アルティナと同種の気配だ。
「誰だ貴様は……!? どうやってこの警戒厳重な屋敷にってきた? ま、まさか竜の化か!?」
ザファルは家寶である魔剣グラムに手をかけた。
古代文明の産であるこの剣は、竜に絶大なダメージを與える特別な効果が付與されていた。ヴァルム家當主に代々け継がれる切り札である。
「初めまして。ヴァルム伯爵ザファル様、私は聖竜セルビア。聖竜王様の使いとして、まかりこしましたわ」
スカートの裾を摘むと、は優雅に一禮した。
聖竜は神に近いとされるドラゴンだ。
個數がない上に、上位の聖竜は神がかった特別な能力を個別に備えていた。聖竜王は未來が見えるといった噂がある。
うかつに攻撃するのは危険だった。
「聖竜王の使いだと!?」
「はい。敵の敵は味方、そうではなくて? 古竜を立て続けに葬った新興のアルスター男爵家。私たち雙方にとって、忌々しい存在ですわよね」
聖竜セルビアと名乗ったは、許可も得ずにソファーに悠然と腰掛ける。
すると、その目の前に湯気を立たせる紅茶とケーキが出現した。
なんらかの魔法?
しかし、呪文を詠唱した素振りは無かった。だとすると、セルビアの持つ特殊能力か?
紛れもなくこの娘は、上位の聖竜なのだと確信する。
「これは私たちが征服した土地から採れた茶葉を使った紅茶ですわ。このハイランド王國も、いずれ滅ぼすつもりですが……
その侵攻計畫を數十年単位で遅らせ、ヴァルム家を再び、比類なき英雄の座に押し上げることができます。ザファル様は思う存分、栄華を楽しむことができますわ」
ザファルは生唾を飲み込んだ。
それは魅力的な提案だった。葛藤をじつつも問いかける。
「ヴァルム家に再び栄を取り戻す? 的にはどうするのだ」
「あなた様の息子。カル様は、海竜王を討つために海底王國オケアノスにおもむくつもりです。そこにザファル様も同行し、逆に冥竜王アルティナを討っていただきたいのですわ。
カル様にこれまでの非禮をわびて協力を申し出れば、同行は葉うのではなくて?」
それは悪魔のささやきだった。
海竜王リヴァイアサンの討伐は、人類の悲願と言って良い。それを妨害することは、王國のみならず人類への裏切りだ。
だが……
「海竜王と協力して、カルと冥竜王を討つ。冥竜王がカルをたぶらかしていたことにすれば、ヴァルム家は冥竜王を討った英雄となれると、こういう筋書きか?」
「さすがは、ザファル様です。その通りですわ。ザファル様は海竜王にも大きなダメージを與えて、撃退したということにします」
ザファルは冷徹に、ヴァルム家のメリットと、計畫の実現を考察した。
魔剣グラムなら、力を封じられた冥竜王アルティナを倒すことが可能だ。なにしろ、かの英雄カイン・ヴァルムが、初代冥竜王を撃退したのに使った剣である。
カルを信用させさえすれば、それは容易に達できるだろう。
「聖竜王様は、いずれ人間の國をすべて滅ぼすおつもりですが、ハイランド王國は一番最後にさせていただきますわ。ザファル様は名実共に、ハイランド王國の守護神とたたえられるでしょう」
セルビアはにっこりと微笑んだ。
「ぬっ!?」
それはザファルがから手が出る程、しい立場、名聲だった。
跡取りが愚か者でも、敵と組んでしまえば、レオンが致命的な失態を犯す危険も無くなるだろう。
だが、この提案を飲んで、もし失敗すれば、今度こそヴァルム家は斷絶だ。裏切り者として、歴史に拭えぬ悪名を殘すに違いない。
「わかった。聖竜王と手を組もう。カルにヴァルム家に……いや、父であるこの俺に逆らったことを後悔させてやる!」
しかし、もはや墮ちるところまで、墮ちたのだ。手を差しべてくれる者であれば、相手が悪魔だろうと構わなかった。
功すれば、再びヴァルム家に栄を取り戻すことができるのだ。
「わかりましたわ。では、私の言う通りに行してくださいませ。その魔剣グラムは、カルを信用させるために、使わせていただきますわ」
※※※
ザファルは己の道が栄に繋がっていると、まだ信じていた。
生まれた時から、栄に包まれていた彼にとって、栄とは空気のようにあって當然、なくてはならないだった。
だが、この決斷により、ヴァルム家の崩壊は決定的になるのであった。
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