《凡人探索者のたのしい現代ダンジョンライフ〜TIPS€ 俺だけダンジョン攻略のヒントが聞こえるのに難易度がハードモード過ぎる件について〜【書籍化決定 2023年】》6話 休日
大きな耳が追いかけてくる。
腹の膨れたガキのようなに、赤ん坊のような短い手足をに染めて。
いくら走っても、走っても、走っても。
小便小僧のの上に一対の大きな耳を備えた化けがどこまでも、どこまでも。
どうすれば。どうすれば、俺はこいつから生き延びれるのだろうか。
いやだ、來るな、死にたくない。
€TIPS 殘り2年と11ヶ月
「………ん」
目が開く。
染みるのは朝日。カーテンを閉めずに寢たせいで部屋の窓からひっきりなしに朝日が屆き続ける。
無意識にを起こす。が渇いた。
黒いカーテンの隙間からがわずかに差し込む。部屋の隅や至るところに積まれた雑誌や、斧の砥石、畳まれていない洗濯が積まれている。
味山は居心地の良いさほど汚くも綺麗でもない自分の部屋で目を覚ました。
「……嫌な目覚まし……」
毎朝、起きるたびに耳に屆く囁きはカウントダウンだ。
あの日、1ヶ月前の修羅場から味山只人が生き殘ると同時に告げられた壽命、あの恐ろしい化けとの決著をつけるタイムリミットがまた1つ、進行した。
「あー…… 頭痛い。なんかまた夢見てたな、これ」
ベッドからむくりと起き上がり、背びをする。ピチチと窓の向こうから鳥の鳴き聲が聞こえた。
頭の中に殘るのは夢の殘り香、何処かで誰かと會話していたような気がする。1秒、1秒経つごとにその記憶はもう追いかけれないほどに薄れた。
「……強くなって生き殘れ……要はそう言う事だろ」
なんのつぶやきだろうか、味山は眠気の抜けない頭でぼんやり考えた。
まあいい、今日は休みだ。積んでいたゲームでも消化して、晝になったら飯でも食いに行って、ついでに王(・)龍(・)の掘り出しでもチェック……
味山は思考がまとまらない。
ダメだ。頭がぼんやりする。シャワー浴びようーー
ピコン。
ベッドの枕元から電子音が鳴る。手に取り畫面を起するとそこには
[おはよ! タダヒト、昨日の約束は忘れてないわよね。お晝12時半に探索者街のアメリカ街區域、ワシントン噴水で待ち合わせね。遅れないように!]
自翻訳されたメッセージが踴る。送り主はアレタ・アシュフィールド。
「……なんのことだ、約束? したっけそんなん」
味山が頭をひねるとすぐに酒にぼやかされた記憶が浮いてきた。
ーータダヒト、明日ランチ行きましょ、良いお店見つけちゃったの
ーーあ、あ? うーん、もうなんでもおっけー?
昨日たしかに酒を飲みながらそんな話をしている。
「……してるわ、約束」
多分なんも考えずにオーケーを出した気がする。味山は大きく溜息をつく。
ゲームは夜までお預けか。
面倒くさい。待ち合わせは行くまでが本當に面倒くさい。
味山はしばらくベッドの上で固まり、そして
「よし、くか」
自分に言い聞かせるように大きく聲を張り上げてシャワールームに向かった。
………
……
…
片付けられ、清潔な白で統一された綺麗な部屋に機嫌の良い鼻歌が響く。
「ふん、ふんフーン」
鼻歌が自然とまろび出る。
昨日あれだけお酒を飲んだのに、目覚めは爽やかだ。
送信したメッセージへの既読はまだつかない。まさかまだ寢ているのだろうか。
「ま、いつものことね。タダヒトの返信が遅いのは」
アレタ・アシュフィールドは広い部屋、天蓋の付いているこれまた馬鹿でかいシルクのベッドの上で仰向けになった。
パンツとブラジャー、下著姿のままで過ごすのがアレタの自室でのスタイルだ。
白いシーツの上で絞られたしなやかなが転がる。長い腳を組み替えながらアレタは呟く。
「何著て行こうかしら……」
手元に置いてある探索者端末をる。電子音が鳴ったあと、部屋に備えられているクローゼットが自で開く。
タダヒトはどんな服が好みなんだろ。パンツスタイルだとよく腳に目線をじるからそれにしようかな。
でもあんまり気合いれてるとか思われても悔しいし、どうせタダヒトはいつものパーカーにジャージだろうし。
「むー…… なんか無にムカついてきたわ。なんであたしがこんなことで悩まないといけないんだろ」
アジヤマ タダヒト。
口の中でその名前を呟く。タダヒト、タダヒト、タダヒト。
1ヶ月前、救援要請をいつものように拾い上げ、いつものように救った探索者。
死にかけの探索者を救うのはアレタにとって特段珍しいことでもない。しかし前回の味山只人の救出任務は結果的にはいつもと全く違う終わりを迎えた。
ーー手を貸せ、アメリカ人。これは俺の探索だ
「ふふっ、なーまーいーき」
あの日の味山の言葉を思い出す。指定探索者である自分に対して傲慢とも言える態度で言い放った言葉。
何故だかその時のことを思い出すと、アレタは笑ってしまう。
「タダヒト、あなたは何者なのかしら。まさか、ほんとにニンジャだったりしないわよね」
ゴロンとうつ伏せになり枕元に置いてある寫真立てに手をばす。チームを組むようになった記念に噴水広場で撮った寫真がられてある。
笑みを浮かべる、細い人差し指が寫真に寫るへたくそな笑顔の男をなぞった。
「ふふ、楽しみ…… さてと、シャワー浴びてお化粧しなくちゃ!」
おもむろに立ち上がりアレタがびをする。鍛えられ、それでいて的な丸みを帯びた長軀が朝日にさらされた。
「……一応、下著も新しいのにしとこ。うん、一応ね、マナーってやつよね、うん」
誰への言い訳かもわからないことをつぶやきながらアレタが広いジャグジールームへ腳を運ぶ。
時刻は8時23分、待ち合わせにはまだだいぶ余裕があった。
何故味山と會う約束をしているだけでこんなにも楽しみになるのだろうか。
ふとアレタは自分のを不思議に思う。この高揚の理由がよく分からない。
味山より優秀な男や容姿が優れている男などいくらでもいる。そして自分はその優れている男などいくらでも好き放題に選びことの出來る立場にいる、と思う。
それなのになぜ、味山を食事にうとこんなにウキウキするのだろうか。
湧き上がる疑問はしかし、朝一番に浴びたシャワーの熱に溶かされすぐにどうでもよくなっていた。
………
……
…
「さてと、10時半か。今からアメリカ街に行っても早すぎるなあ。よし、寄り道したろ」
味山が管理アパートの階段を降り、端末で時刻を確認する。
待ち合わせにはまだ早いが、このまま部屋にいれば間違いなく2度寢をする自信がある。
それを避けるべく味山は行を開始していた。
薄手のパーカーにジャージパンツ、きやすいスポーツシューズ。ファッションに興味のない大學生のような格好で味山は歩き出す。
アレタ・アシュフィールドと食事に行くというのにあまりに気合いのっていない格好、しかし味山はなんら気にすることはない。
多分、これが正解だ。アイツは俺が気を使うことをんでいない。味山は味山なりにアレタ・アシュフィールドとの接し方を考えていた。
「いー天気だな」
歩みを進めながら空を見上げる。澄み渡る青はどこまでもどこまでも続いている。
味山の住む探索者街から目的地のアメリカ街は歩いてだいたい15分、余裕だ。
探索者街の街並みは奇妙だ。
それぞれの國獨自の特や文化がごった煮にされており、西洋風の建築が立ち並ぶ中に、日本家屋風味の喫茶店があったりと混沌としている。
現代ダンジョン、バベルの大のり口があるここバベル島は大きく分けて2つの區畫に分けられている。
探索者街と國街。探索者が多く住むベッドタウンが探索者街、それ以外のダンジョンに攜わる者や國から派遣された軍部が駐屯するのが各國の特が反映されたリージョンタウン。
味山は中心にある探索者街からその周りにあるリージョンタウンの1つ、アメリカ街を目指して歩いていた。
ワイワイガヤガヤ。
「はい、そこの探索者さん! 探索前にウチの三戦鳥の焼き鳥食べていってよ!」
「公営カジノ11時よりオープンでーす! 遊んで行って下さーい!」
「こんにちはー、今度日本人街にオープンする探索者組合公認酒場、花魁キャバクラでーす。明後日からグランドオープンです!」
「おい、アレタ・アシュフィールドのウィンスタ見たか? 今日はアメリカ街にいるらしいぜ!」
「まじか、見に行くか!」
活気溢れる道、人の波の隙間を味山が歩く。
「いつ來ても祭りだな、ここは」
探索者街のメイン通り。
昨日打ち上げを行なった探索者酒場と同じく、ありとあらゆる人種がその広い道路を行き來していた。
現代ダンジョン、バベルの大は富を生む。
それはダンジョンに隠された財寶であったり、怪種の素材であったり、はたまた特別な力を持つ質、""であったり。
種類は別としてとにかく金を生む。ならば世界中から人が集まるのは當然だった。
味山は屋臺の呼び込みや喧騒を耳に収めながら歩く。
歩行者天國と化している大通りを進むと、看板が道脇に置いてある。
まっすぐ進めば目的地であるアメリカ街、しかし味山はその道を右に曲がる。
「王龍寄っても間に合うか。……さて掘り出しモンがないかな」
中華街と書かれた看板の示す先に味山は腳をばした。
てくてくと歩き続けると目の前に、大きな門がそびえ立つ。大きく開かれたそれは中華街へのり口、[歓迎臨]と銘打たれた大門へ近づく。
「やあ、こんにちは。探索者さんかな?」
「どーも、守衛さん。お疲れ様です、中華街へ行きたいんですが」
大門のたもと、門番のようにそこで待機している人が味山に聲をかけた。
黒い警護服にを包み、ヘルメットを被ったその姿はバベル島の法と律を守る警邏部隊の制服だ。
「はいはい、じゃあ探索者端末の提出をお願いします。……はい、ありがとう。味山さん、だね。ようこそ、中華街へ。滯在時間はどれくらいの予定ですか?」
差し出した端末をけ取りながら味山が答える。
「1時間以です。王龍での買いが目的です」
「王龍、はは! 珍しいな、他國の探索者さんがあの店に寄るのは滅多にない。いや共和國の探索者もあまり寄らないか……。 おっと、無駄口が過ぎた、はい、手続きと確認は完了しました、祝你度過愉快的一天(良い一日を!)」
「ええ、警邏さんも良い一日を」
味山は頭を下げて大門をくぐる。
奇妙なものだ。門を1つ超えただけなのに一気に街並みが変わった。
ところどころに置かれた龍の彫像、赤い屋が立ち並ぶ異國の風景。
バベル島、中華街。探索者組合中華人民共和國支部を構えるバベル島における中國勢力の本拠地。
「王龍、潰れてねーといーけど」
味山の寄り道はここにある。
しばらく歩く、大通りの脇、飲茶の屋臺のを突き抜け、チャイナドレスの人のスリットをチラ見しながら目的地を進む。
大通りをしばらく進み、小道にる。そこを抜けるとまた広いスペースが現れた。
王龍。店の門構えにはそう書いてある。屋には大きな龍が空を飛んでいるような意匠が施されていた。
「ラーメン屋かよ」
味山は呟きつつ、その店の扉を開いた。
時刻はまだ11時、時間はたっぷりとある。
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