《愚者のフライングダンジョン》9-3 俺、まじおこなんだが

【戦闘開始】

ニートのターン。いやー面白い。この私が現れた瞬間から心が読めなくなった。なにか怪しいと思って側から覗いてみたら、こいつ常に心を読まれることを想定して自分を騙していたんだな。

期に観たスパイ映畫や心を悟られるファンタジーを本気で現実だと信じて心のポーカーフェイスを鍛えていたとは稽だ。自の心のが外にれると本気で思っていたんだな。

鬱病の回復とともに自己暗示は解けたが心を閉ざす癖が殘っている。ストレスが引き金か、今また心を閉ざしたな。

くだらない考察よりも戦闘だ。ニートは蟻の王に毆られて4階から落とされた。

「チュギィイイイイイイイ!」

これは蟻の王からの攻撃命令。働きアリにニートの処刑を命じた。

王の命令で整列していたアリたちが陣形を取る。仲間の戦力を削がないように間隔を開けてニートを囲んだ。

「父がどうあれ、お前らはみんなマリアの娘。傷つけるつもりはねえよ。だからいますぐそこをどけ。娘に戦わせるような父を守るな。良きニートであれ」

かっこいい。最後の一言がなければ。そして最後の一言にだけニートの想いの全てがこもっている。それ以外は全部上っ面だ。

そんな臺詞を吐いたところで彼たちに日本語は通じない。アリ獨自の言語を使わなければ伝わらない。

アリたちにとって今の発聲は威嚇と捉えられたようだ。無抵抗のニートを大勢で囲んでタコ毆りにしていた。

「いってえ! 痛い! ちょっと! 言葉通じなかった!? 気持ちは通じるやろ! マリアのように!」

殘念ながら彼たちに通じたのは働きたくない者の気持ちだけだ。働きアリには煽りに等しい。タコ毆りにされて當然だ。

囲んで毆られてもダークマターに理ダメージはない。痛むのはニートの心だけだ。

ニート自は自らの宣言を守りたいようで、働きアリに手を出さない。よほど王の今後を考えているらしい。蟻の王が消えれば働きアリたちは全て王の配下となる。配下が減れば王の力が弱まる。ニートはこれを危懼している。

その危懼の底には蟻の王の出自がある。未だ蟻の王がどこから現れたのかニートは知らない。

有力な線として他アリのコロニーの突然変異説を支持しているが、その場合働きアリの減王の壽命に直結する。アリ同士の戦爭は良くあることだ。

アリ同士の戦爭まで考慮するなら蟻の王の殺害は総戦力の大幅な削減になるわけで、王マリアのコロニーを滅ぼしかねない愚策である。

王が自由になってもアリの戦爭で勝てるかはわからない。

王を産卵マシーンにしてコロニーを救うか、王を奴隷から解放してコロニーの滅びを早めるのか。あるいは他の手を思いつくのか。

純粋な優しさと思いやりが破滅へと導く一手となる。ある意味、悪魔よりも悪質な悪魔。悪魔としての自覚がない大悪魔。

ニートがいれば戦爭を恐れる心配は無いが、ここに居座り続ける気があるかはわからない。そればっかりは彼の気分次第となる。瞬間瞬間を気分で生きるのだ。

將來、王が助かるかはわからない。確実なのは蟻の王がニートのおもちゃになる。ただそれだけのことなのだ。

しがみつく働きアリを引き摺って一歩一歩と前に進む。

闘技場の広間に落とされたニートはすでに4階まで到達していた。

4階では武裝した鋭アリが警備を固めている。命令とあれば仲間ごと敵を討つことも躊躇しない冷酷無慈悲な戦闘集団だ。

その中で最も好戦的なじゃじゃ馬娘がいた。王の伝子を最も多くけ継いだ白いのアリ。

以前、ニートにおどかされて反撃した娘だ。その時は反撃に失敗して槍を失ったが、今度は大振りの槍を二本攜えている。二刀流ならぬ二槍流。

周りに仲間がいるというのに大振りの槍を構えると、じゃじゃ馬娘が壁を走って突撃していく。

「傷つけるつもりはないって言っとるやんか。そっちが仲間ごとやるってんなら、こっちもマジでやるぞコラ」

まとわりつく働きアリの鎧にを空け、弱い神経毒を注。握力が弱ったものから剝がしていき、じゃじゃ馬娘を迎え撃つ。

「廊下で長い振り回したら危ないでしょーが!」

通路を塞ぐように手から糸を噴して、じゃじゃ馬娘の軌道上に粘著糸の網が設置される。

見える罠を設置したにもかかわらず、じゃじゃ馬娘は勢いを落とさない。

の前で構えた二槍を十文字にして、網の手前で振り抜いた。

槍に負けてバラバラに散る粘著網。それを見て口元に笑みを浮かべるニート。

ニートの引っ張り力でも壊れない糸をいとも簡単に切り裂いたじゃじゃ馬に対して敬意を抱く。

網を破った褒と言わんばかりに手を広げ、じゃじゃ馬の槍を迎えれた。

ザシュ!

槍はニートのに十文字の傷を付けた。これは完全にダメージだ。ニートの神を傷つけた。

ダークマターは理ダメージをけ付けないが、そのの高さからイメージ通りの傷を負うことができる。

黃金の宮殿にニートが突っ込んだときと同じだ。高速でぶつかると潰れるというイメージ通りに変形するのと同じ。ニートが槍をれたことをきっかけにの傷を負った。

深い切り込みはったが、やはり鮮は噴き出ない。切った通りに凹んだだけだ。

「背中の傷は戦士の恥だ。

ん? ちょっと濡れてるな。これ……なんだ。ああそうか」

槍の刃の表面に薄く溶解が塗られていた。ニートの予想と違って糸を斬ったのは化學反応だった。

「あーあ、譽めて損した。槍の刃に溶解付けただけかよ。すげー技かとおもったのに」

がっかりしたと同時に凹んだ傷がポッコリと戻った。

じゃじゃ馬娘は槍を構えて再び突撃するが、もう同じ手は通じない。

ニートは両手を広げて槍を待つ。

じゃじゃ馬娘のターン。十文字の構えから一気に振り抜く。槍は當たったがそれ以上進まない。槍が手につかまれてピクリともしない。両手を広げた怪がゆっくりと近づいてくる。

を捨てて後退しようとするが、武が手から離れない。いつのまにか糸でグルグル巻きにされていた。

ゆっくりと怪に抱き寄せられ、毒の舌で顔面をベロベロと舐められてから首筋にガブリと噛みつかれた。

ニートのターン。初めて八重歯を武に使った。八重歯は毒の調整が手よりも詳細にできるが、今まで噛みつきたい相手に出會えなかったため一度も使わずにいた。眠らせる程度に調整して神経毒を打ち込んだため、じゃじゃ馬はしばらく起き上がらないだろう。

じゃじゃ馬娘の両手を縛った糸を噛んで溶解で糸を溶かす。

「手がちょっと甘いですな。ぺろぺろ」

気持ち悪い一面が出てしまったがこれも優しさだ。糸の加工に溶解を使っているとしたら、それは溶解トイレのだとニートは確信していた。

溶解トイレは蟻の死骸にニートの抜け殻を被せて作ったもので、注がれた溶解は非常に強力なものだ。排泄を溶かしきる目的で作ったものだから當然だ。

じゃじゃ馬娘の手に絡まった糸を解くために溶解トイレを使った場合、彼の手は溶けて無くなってしまうだろう。だからニートは手を舐めるわけだ。

じゃじゃ馬娘が倒されたことで周りの鋭部隊がき始めた。

しかしどれもニートの相手にはならず、ひとりひとり捕まえられては尾を噛まれて眠っていった。小さい尾がらかいことに気づいたようだ。

そして、ついに蟻の王と再対面だ。

蟻の王が眠る鋭部隊のひとりを摑んで食べようとしたところ、その両手に手が絡み付いた。

「おいおい、それはNGでしょ。まじおこだぜ。こら」

蟻の王のターン。自らの尾をニートのにぶつけ、手に摑まれた両手を解放する。

解放されたは良いものの両手首の先が無くなっていた。

痛みよりも頭にくるのは怒りだ。二度と王の尾を摑めない。王として、オスとしてのプライドが傷つけられた。

「チュギィイイイイイイイ!!」

蟻の王の咆哮がを震わせる。

目の前で両手が喰われるところを見てしまったようだ。

「おいおい、そんな聲出したら母に響くだろうがよお。父としての自覚を持てこのやろう。子どもを作ったからってなあ、大人になるわけじゃねえぞ馬鹿野郎が。それとお前の手な、マリアの味がしたぜ」

蟻の王は人語を理解しない。だが表を持つアリたちと生活してきた。目もとを見て働きアリの機嫌を見たり、敬意を確認したりしていた。裏切り者が現れたときのために表を見る目を鍛えてきた。だからニートの表の歪みが王に向ける顔ではないとすぐに理解した。

戦闘前はビクビクと怯えたようにしか見えなかったが、実際に戦ってみたらなんてことはない。見た目通りの怪だ。

両手を失い、殘された武は顎と尾と太い腳だけ。武として一番信頼する顎が無事ならば両手など飾りに過ぎない。

どすん! どすん!

尾を床に叩きつけて自らを鼓舞する蟻の王。溢れ出すオスのフェロモンに闘技場のメスガキたちが張する。

ニートのターン。蟻の王の雰囲気の変化をじていた。しかし罠や小細工を仕掛ける素振りは見せない。隙だらけなのに準備はしないようだ。蟻の王の両手を食べたみたいに必殺の〖黒紫のオーラ〗を出す様子も見せない。完全に舐めている。

どうやら滅多にないほどブチギレているらしい。躁鬱病ハイテンションの時以來のブチギレだ。

こうなったらもう手がつけられない。ムカつく奴をぶちのめす。ハイテンション中のニートに殺された益蟲は數多い。

「あーあ。マリアの味がするぜ。このやろう。味が染みつくほどやりやがって馬鹿野郎。殺そうと思ったけどやっぱやめたわ。ちんちん以外全部ちょんぎるわ」

ニートが歪んだ笑顔を見せた瞬間、蟻の王が顎を前に突き出して踏み込んだ。

長のニートに合わせて姿勢を下げている。

「っしゃおら。力比べじゃ!」

ズガン! ガリガリガリガリ!

大型車の衝突事故のような激しい衝撃。

トラック數臺分の質量に耐えきれず、吹き飛ばされたニートがの壁に埋められた。

「いってえ! 重何キロだ! こっちも調整させてもらうぜ!」

作と作。ニートがにつけておきながら使ってこなかった技をここで披する。

蟻の王の長はおよそ4メートル、重は7トン。この差を埋めるのは容易い。

なにせニートが吸収してきたものの中に極複製神製の黃金宮殿がある。あれはただの黃金ではない。コチラの世界では神話武の素材に使われる魔法金屬だ。

神殺しの名を持つ武は魔法金屬から作られる。その加工には特殊な儀式を必要とするが、ニートはそれを省略して自分自と融合させてしまった。あれまで飲み込んでしまったときには全く驚いた。

神の魔法が刻まれた魔法金屬には他の魔法や呪いがかけられない。要するにニートは魔法に対する完全耐を持ってしまった。今のニートであれば素手で使者を殺せる。魔法を拠り所とする存在にとって最大の脅威だ。

が高い魔法金屬の基本特には所有者の意に従って重さ、大きさ、さを変化させるというものがある。

それらの変化は魔法金屬の総量に依存するが、ニートは巨大な宮殿を全て吸収した。その総量はコチラの世界にある魔法金屬を全て合わせても敵わない。この私は魔法金屬を使者への褒としてしか渡さないからな。

しかもあらゆる世界の法則を無視して無限に増やせる極複製神の呪いがかけられたなら総量は計り知れない。

したがって今のニートはクフ王の大ピラミッドより重く、大きくなれる。彼の意思次第ではもっとずっと大きく。

対する蟻の王は大ピラミッドの石材數個分、によっては石材一個分の重さしかない。

戦う前から理における勝敗は決まっていた。ここから先は神の戦い。

今回ニートは神的に相當追い込まれているが、する者のために戦う人は強い。一方的なだが。

「おっしゃ! これで互角にやり合えるだろ!」

巨大化で壁を壊して抜け出したニート。オークルの皮は黃金の輝きを放っていた。

巨軀を持つ怪同士が向かい合う。格は同程度だが重さは互角とは程遠い。

蟻の王の重は7トン。ニートのは20トン。

重さは目で見えにくいため、見た目以上の差を作り出してしまった。

ニートのイメージでは蟻の王の甲殻がそれほどの重さに見えたのだろう。

「今度はこっちから行くぜ!」

20トンの塊が地面を均(なら)しながら普段と変わらないきでタックルした。

対する蟻の王は普段以上の速さでぶつかりに行く。

衝突し合う二の怪。先んじて空気が波打つ。

ドカン! と発音が闘技場を揺らした。

結果はさっきと正反対。割れに割れた甲殻かられ、呼吸がままならないほど全を押しつぶされた蟻の王が壁に埋まっていた。

速度と質量と度が違う。同じ大きさで重さが違う同士がぶつかり合えば、衝突の瞬間に互いがける力は同じでも重さと度が低いがより大きい被害を負う。

「立てオラ! そんなザマじゃあマリアは任せられねえぞ!」

甲殻の破壊と共に王としてのプライドがズタズタにされた。

蟻の王が尾を終えた後でも王マリアに殺されず生き殘れたのは鎧のおかげだ。その鎧が壊された。

蟻の王はもう立ち上がれない。力は殘っているが生きていく気力が失われた。

【戦闘終了】

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