《愚者のフライングダンジョン》10-1 俺、酸っぱい思い出

ダンジョンに潛ってからどれほど月日が経ったのだろう。日のなら毎日見れるからいいけど、久しぶりに空が見たい。

そんなとき思いついた。ヒルミミズみたいにダンジョンにを空けて上を目指せば外に出れるんじゃね?

いい案を思いついたけど、それを試す前に斷念した。

そんなん言ったらそこらじゅう地盤沈下だらけでしょ。ヒルミミズの行範囲は凄まじい広さだったもんな。大の先は異空間で間違いない。り口はひとつ、出口もひとつってことだよ。

出すれば萬事解決ってことにはならない。俺の前を歩くチェリーだってほっとけない。こいつをストーカーするのが今の生きがい。

だってこいつ逃げないもん。怪が後ろを尾(つ)けてるってのに怖がっていない。

きっと俺のことが好きなんだよね。だったら嫌いになれないじゃんか。その背中、俺が預からせてもらいますわ。

これまで常に一定のペースを保ち、分かれ道でも迷いなく道を選んで突き進んできたチェリーが急に伏せた。せっかくだから真似して伏せた。

チェリーが頭の兜を外して地面におでこをくっつけると、再び兜を被って走り出した。

「え……それ、外れるんかい!

つーか、え? 人間ですか? え? え? ヒト?」

そういえばこいつだけ種類が違うみたいに目立ってた。黒い鎧のが各部モフモフで白いし、髪の素が薄かった。もしかして本當は人間?

今さっき見えた超絶顔も雪のように白いだった。蟲とは思えん。

そんな超絶がどんどん遠ざかっていく。

まさか俺から逃げる気か! 嫌われたのか!?

「ちょっと待ってくれぇー!」

チェリーのあとを急いで追いかける。そしたら通路の先にボス部屋が見えた。

「なるほど! こいつ戦闘狂かあ!」

走りながら薙刀を構えた瞬間に理解した。こいつは強敵を察知したら喧嘩を仕掛けにいくヤンキータイプ。

コロニーでの暮らしはさぞ窮屈だったやろうな。

ああ、俺の立ち位置をようやく理解したわ。マリアはこの娘を俺に預けたのね。あるいは嫁に出したのかな。チェリーに乗り換えろって言ってんのかな。

それかチェリーが本當に人間で、どこか他の出り口からきただったりして。マリアがそれを保護していたってこともあるかもしれん。

いや、ありえないな。ダンジョンの出り口は一つしかないと園田蓮華のラブレターが暗に示している。そう考えたらチェリーが人間とは思えない。だって婆ちゃん家の倉庫に人が來るわけないから。

「とりあえず參戦すっか。相手は……うわあ。ゲジゲジじゃねえか。でも最初の奴より小せえな。だったらチェリーでも余裕か。まだらかいときの俺が倒せたんだもんな」

つーか、ゲジゲジとやりあいたくねえ。

でもまあ、いつでも倒せるようにはしとくか。俺の必殺技、部分的にできるかな。試しに大手だけ。

「〖黒紫のオーラ〗発!」

よし。できた。やればできるじゃん。

「がんばれチェリー! 噛まれたらやばいよ! ポイズン! ポイズンあるよ!」

あの子、一心不に薙刀を振り回してる。俺がいることも忘れてそう。

ズパンズパンと軽快にゲジゲジの腳を斬り落としていて心地いい。

手持ち無沙汰だし、せっかくだからゲジゲジを料理する準備を整えておくか。

「発に指向を持たせるのにも慣れてきたなあ」

地面をお椀型に丸く掘る。の表面に線を浴びせて熱しつつを固めた。これで調理の完

「よし、粘著糸を網にするか。あ、これ七みたいじゃん。これもう夜は焼っしょ」

まだ戦闘続いてんのか。けっこう苦戦してんな。チェリーが噛まれたらどうしよう。俺って回復タイプじゃないのよね。団子がお薬だったから。

「ちょろいなあ。俺って。ほんと惚れやすいんだから」

あの可い顔を見てからずっとチェリーのことばかり考えてるわ。マリアはどう思って一緒に行かせたんだろう。俺がチェリーに手を出さないって思ってんのかな。

貞だってやるときゃやるぞ。ちゃちゃっと済ませるぞ。こちとら知識だけは富なんじゃ。実踐がまだなだけでな!

「つーか。ちょっと長すぎるね。すまんチェリー! 時間切れや! おめーにはまだ早えー! 黒紫線!」

普段は前腕から発してるけど、大手からいけるかなと思ったらいけてしまった。

見栄えは前腕から出した方がカッコいいけどね。

破壊線だとチェリーまで焼き殺しちまう。その點、黒紫線は熱が無いから周りに人がいても使えるね。

つーか。チェリーがいると破壊線使えないじゃん。まあいいか。もう型落ちやしな。

「チュリイイイ! シャッ! シャッ!」

頭とが分斷されたゲジゲジをザクザクと切り刻むチェリー。

「ちょっとヒスってんよお……

チェリー! 落ち著け! 素材がダメになる!」

刻んだを固めてかぶりついている。兜の口の部分が開閉するみたいだ。

ああ、はいはい。そうやって食うのね。兜を被ったまま食事するんだ。

「チェリー! 焼いた方が味いぞ! だって生より焼いたの方が好きなんだからな!」

言葉が通じないから全く言うことを聞いてくれない。

仕方ねえな。実際に食わせたほうがはえーか。

「シャッー!」

「なんや! 威嚇しおってなあ! もしかして、おめー自分がゲジゲジを倒したと思ってんのか! ほらみろ! この傷が薙刀で付けられるか!?」

チェリーから薙刀を奪ってゲジゲジの斷面を叩いてやる。

たちまちチェリーは大人しくなった。アリにしては賢い。やっぱり人間かもしれない。

じゃあ、やっぱりこいつは婆ちゃん家から來たのか。んなわけない。婆ちゃん家の倉庫に人が來るわけがない。

チェリーの口に火を通したゲジゲジの腳を押し付けてやると、表を変えて食べ始めた。

「どうよ。焼いた味えやろ? 生なんか食べたらポンポン壊すよ。下痢ピーは嫌でしょうが。生は食ったらいかん」

ゲジゲジの腳を味しそうに吸いよる吸いよる。味覚はちゃんとあるみたいやな。

笑うと可いじゃん。チェリーから笑顔を引き出してくれたゲジゲジに謝やな。

「ほら、食べ終わったらこの歯ブラシで歯を磨くんやぞ」

これは八重歯と髪でできた歯ブラシよ。の固さが自由に調整できるからヘタれない。髪と神様に最大の謝。

「ほら、あーんしてごらん。あーん」

「アー……」

こいつやっぱ賢いな。意図を汲み取って真似をしてる。

そしてわかったことがある。こいつ、やっぱり人間じゃねえわ。

舌が王様の舌と似てるもん。素麺の束みたいな形で長くて太い舌だよ。

歯磨きをしてやると古い食べカスが結構取れた。ばっかり食べてるからか口が臭くて汚いわ。マリアはばっかりだったから気にならなかったけど、チェリーのは気になる。

そんな口臭も歯垢も薄めた溶解でうがいさせて解決。

「きれいきれいになりまちたねえ! ジッとしててえらいよチェリー! そういうところはマリアに似てるねえ。よしよし」

「シャッー!」

頭をでてやると毆られた。こんなんアニメと違うやん。

「いったあ。暴力系ヒロインはけが悪いんやぞ! むっ」

「チュ……ペロペロ」

え? え? 口の中! 口の中に舌をれられました! なんなのこの子!

飴と鞭の使い方が極端なんですけど!

「おえっ! おえっ!」

なんか、口の中に流し込んできたんですけど!

これ口移しか。ああ、ごめんマリア。俺この子のこと好きだわ。この子と一緒になる。

「うん。めちゃめちゃ酸っぱい。普通にゲロ味です。あざっす」

ベロチューからの口移ししてきた後にチェリーは焼きたてのゲジゲジをムシャムシャ食べ始めた。あのさ。それ俺の分。

ああ、もしかして俺が食べなかったから気を遣って口移ししてくれたんか。でもな。それが俺の分。

「その焼きたてのおは俺の分やぞ。まあ、今回はチェリーにやるよ。次回はベロチューだけお願いします」

歯磨きのためにがせた兜を刺激しないように被せてやった。兜の顎部分を開閉させて夢中で食ってる。

その食いっぷりを見てると腹が減ってくる。ただ口の中がゲロ臭いんで腹の減りはすぐに治った。

強い溶解でうがいする。いつまでもゲロ味を堪能できるほど俺の味覚はイカれてない。よし、さっぱりした。

「チュグ。チュチュ」

チェリーが口の中をもぐもぐさせながら顔を近づけてきた。まさか……

「あっ、待って待って! いま口移しするのはいかん! 舌が溶けるよ! 危ない危ない!」

「チッ……」

目に見えてチェリーが落ち込んでるけど。え、待ってよ。これが最後ってことはないよね。また口移ししてくれるよね。ね。頼むよ。

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