《星の海で遊ばせて》殿會議(2)

「お待たせいたしました。私の気まぐれアクアパッツァです」

小柄で、小のような可らしい外見の子生徒――紗枝だった。エプロン姿で、アクアパッツァの大皿を二人のテーブルに置く。

「紗枝ちゃん!」

「お疲れ様」

紗枝はまず柚子をねぎらって、次に、柚子の相席の千代に視線を向けた。

「あ、もしかして多田さん!?」

千代は、紗枝に向かって言った。千代は、紗枝とは初対面だったが、柚子から紗枝のことは聞いていて、その存在は知っていた。料理部にっている柚子の友達。道場の娘。柚子とは、一年生の頃からのクラスメイト。千代はなからず、紗枝のことが気になっていた。クラスも遠く、部の活場所も違うのでなかなか話す機會が無かったが、これはチャンスだと、千代は思った。

「うん。紗枝でいいよ」

「いやそんな、お恥ずかしい」

「別に恥ずかしくないでしょ。――えーと、ちーちゃんさん?」

「そうそう、私ちーちゃんだよ」

「ごめん、柚子からちーちゃんとしか聞いてなかったから、つい。確か、雨森千代さん?」

「そうそう! でも千代でいいよ。ちーちゃんは、何か恥ずかしいし」

「え! 恥ずかしいの!?」

柚子は聲を上げた。千代のことをいつも『ちーちゃん』と呼んでいる柚子には、衝撃的な発言だった。

「私も『ちゃん』付けって、恥ずかしいんだよね」

紗枝が柚子をからかうためにそう言った。

えーっと、柚子は困ってしまう。

「これ、多田さんが作ったの?」

千代が、紗枝に訊ねた。

「紗枝でいいって」

「えと、じゃあ……さ、紗枝……」

「うん」

張するなぁー、もう!」

「私も千代って呼ぶから、それでいいでしょ」

うんうんと、千代は首を縦に振る。なんか、この子とは馬が合いそうな気がする、と千代は紗枝にそんな直を覚えた。外見のかわいらしさとは裏腹に、聲は低めで、堂々としている。さすが道場の娘だな、と千代は思った。

「紗枝ちゃん、これ紗枝ちゃんが作ったの?」

「そうよ。この魚、知らないでしょ?」

テーブルのアクアパッツァには、魚が一尾丸ごとっている。薄茶の、いかめしい顔をした大きな魚である。柚子はじいっとその魚の顔を見つめてから答えた。

「カサゴ?」

「あ、なるほどね。惜しい」

「オオカサゴ?」

「それ知らないけど、ブブー」

「何?」

「ホウボウ」

へーっと、柚子と千代は聲をらす。

「熱いうちに召し上がれ」

「紗枝ちゃん、まだ仕事?」

「あと十匹魚の処理したら上がり」

「そしたら一緒に食べようよ!」

柚子が言った。千代も、それには大賛だった。

「そうしようよ紗枝!」

千代に初めて名前で呼ばれて、紗枝は気恥ずかしさを覚えながら答えた。

「うん。終わったら著替えて戻るね」

そうして柚子と千代は、アクアパッツァを食べながら、シャルドネから作られたという見た目赤ワインな葡萄ジュースを飲み、ダンスの話などをしながら時間を過ごした。やがて紗枝もそれに合流した。制服に著替えている。紗枝は海鮮トマトリゾットを注文し、柚子と千代もそれに付き合う形で、ウニパスタを一つ注文した。柚子と千代は、それを分け合って食べる。食べながら、今日の出來事についての換が、とりとめのない妄想などをえながら展開されていく。その中でも特にの話は盛り上がる。誰と誰が一緒にいただとか、先輩同士が付き合っただとか……文化祭中は、この手の話題に事欠かず、しかも、狀況は刻々と変化する。茶ノ原高校は私立校ながら、學生同士のそういった関係について、全く制約が無い。どころか、どんどんをしろ、遊べ、というスタンスなのである。そのため、茶ノ原祭には、がらみの々なジンクスが存在している。告白の方法に関するジンクスから、別れのジンクスまで、各部活に一つずつくらいは継承されているので、その全像は今や誰にもわからない。

ダンス部で誕生した新しいカップルの話から話題を引きついで、紗枝が言った。

「――実はね、料理部にも裏メニューがあるんだよ」

柚子と千代は驚きの聲を上げた。

「毎年オムレツの屋臺やってるでしょ。そこでね、レモンオムレツっていうのがあるの」

「そうなの!? それ、初めて聞いた!」

千代が目を輝かせる。

「レモンオムレツを食べると、片思いの就するんだって」

おぉ、と千代。

柚子は、ぼーっとしている。紗枝は、柚子が詩乃のことを考えているのがすぐにわかった。柚子の目に、近頃良く見る寂しさの青いが浮かんでいた。柚子は、一方的に詩乃に振られたと思っている――そのことを、紗枝は知っていた。

それは勘違いだと言っても、柚子は聞きれない。かといって、水上にアプローチをかけることもしない。

「――で、柚子はA組行ったの?」

「え!?」

突然紗枝にそう切り込まれて、柚子は焦ってしまう。

おや、と千代は紗枝を見た。

「ふぅん、まだ行ってないんだ」

「う、うん……」

気まずそうに俯く柚子。

どういうこと? と千代は紗枝に視線を送る。

柚子に限って、クラスで居場所が無いだとか、そういうことはないだろうとは思う。誰かが喧嘩をしていれば、真っ先に仲裁するのが柚子だ。そもそも、柚子がいるグループは、喧嘩がそもそも起きない。ダンス部でも、練習中は厳しい言葉もあるが、練習の外で部員同士がぎくしゃくしないのは、柚子の持っている雰囲気によるところが大きい。とすると、二年A組には、一何があるというのだろうか。

「行かなきゃ、ダメだよね……」

「まぁ、學級委員長だしね。顔くらいは出した方がいいだろうね」

紗枝が言う。

「柚子、クラスで何かあったの?」

千代は柚子に訊ねた。

「……」

黙ってしまう柚子を見て、千代は今度は、紗枝に視線を移す。紗枝はし考えてから、ため息をついた。

「柚子、話してもいいんじゃないの?」

紗枝に促されると、柚子も心がいて、小さく頷いた。

四月からここまで六か月、約半年の間、紗枝は、柚子のをどう扱って良いのか、友達として考えていた。誰にも騒がれない靜かな中で、柚子のペースで進んでいけばいいんじゃないかと、九月ごろまではそう思っていた。しかしここ最近、テストが終わって以降は、柚子にもこの話を相談できる味方が必要なのではないかと思うようになった。自分だけではなく、もう一人くらいはなくとも、柚子の事を「高嶺の花」としてではなく、友達として見ている人が。紗枝自も、誰かに相談したいと思っていた。

「柚子ね、好きな男の子いるんだよ」

「――っ!」

千代は、呼吸を止め、目を見開いた。そんな話は、初耳だった。柚子はいつも千代の前でも、象的なの話には乗ってくるが、的な〈バナ〉はどうも敬遠している節があった。好きな人いないの、という質問は、何度もしていたが今までずっとはぐらかされていた。それは、ダンス部の他の部員も同じである。男で柚子の事が好きな子の話はいくらでも生徒間に出回っていたが、柚子のの話は――一年生の時に付き合っていたという川野との談でさえ、柚子はしゃべらなかった。

「柚子、それ、本當?」

潛めた聲で千代が聞く。

柚子は、小のように、ごく小さく頷いた。

千代は思わず、ごくりとつばを飲み込んだ。オーロラだとか火山の噴火だとか、大自然の稀な現象に遭遇したような気分だった。

「同じクラスの男子なんだけど、ちょっと変わった奴でね……」

柚子の代わりに、紗枝が千代に教えてる。

「誰? 名前は?」

「水上詩乃って、文蕓部の子」

「文蕓部!?」

千代は、文蕓部という部があることすら知らなかった。當然、詩乃のことは知らない。知らないが、文蕓部や文學部といった部活に所屬する生徒のステレオタイプなイメージは思い浮かんでくる。

はぁっと、ため息をつく柚子。

柚子は、どこかで詩乃とは話さないといけないと思ってはいるが、心の準備にはもうしかかりそうだった。とはいえ柚子は學級委員長である。どんなに忙しくても、顔を出すくらいは學級委員長の責任だと柚子も思っていた。紗枝と千代、二人にも促されて、結局料理を食べた後、柚子は二人に付き添われるようにして二年A組の教室にやってきた。

A組のたこ焼き屋は大繁盛していた。生徒たちは皆おそろいの法被を著て鉢巻きを締め、四基のたこ焼きプレートには、どこも五人程度の列ができている。

「新見さんおかえりー。ダンス良かったよ!」

育館のも見に行くから!」

クラスの子からはそんな風にして歓迎される柚子である。ありがとうと笑顔で返しながら、柚子は、詩乃の姿を探していた。この時間も、詩乃はこの教室にいるはずだった。たこ焼き屋のシフト表の詩乃のスケジュールは、柚子はしっかり覚えている。

「水上君、どうしたの?」

柚子は、〈たこ焼き副リーダー〉の悠里に訊ねた。

「あー、ずっとやってもらってるから、ちょっと休んでもらってるんだよね。今日、水上君朝一で來て、準備から全部やってくれてるから」

「あー、そうだよね……」

そういえば、水上君は、今日は朝からずっとたこ焼き屋の仕事をしてくれている。普段は人と関わろうとしないのに、一度こうと決めると、すごい責任で取り組んでくれる。やっぱりいいなぁ、水上君すごいなぁと、そう思うと、柚子のはきゅっと締め付けられるように痛むのだった。

「柚子、そろそろ行こうか」

千代は柚子に言った。

時間は一時半過ぎ。育館の発表は二時半からで、舞臺袖にるのは二時だが、気持ちの準備にはもうし時間がかかる。

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