《星の海で遊ばせて》うさぎの瞳(2)
「柚子のクラス、めっちゃ繁盛してんじゃん」
川野が言った。
たこ焼きの前にできた列は三つで、どの列にも、七人程度の人が並んでいる。このたこ焼き屋の繁盛を裏で作っているのが詩乃なのだと思うと、柚子はそれだけで嬉しくなってしまうのだった。今すぐ話しかけたい、手を振りたい、そんな衝が沸き起こってくる。
「うん、いいでしょ、A組。みんな頑張ってくれてるんだよ。私全然手伝い行けてなくてちょっと申し訳ないんだけど」
「柚子忙しいからしょうがないっしょ」
そう言った後、川野は詩乃を見つけた。いるかいないかわからなかったが、川野は、これを狙っていたのだ。自分と柚子が二人でいるところを見せつけて、詩乃には、この戦いから降りてもらおう、そう思っていた。口喧嘩は強かったとしても、結局はひ弱そうな男だから、諦めさせるのは簡単だろう、と。
「――あ、あいつ居んじゃん。花火大會ん時、柚子と一緒にいた奴」
「うん。〈たこ焼きリーダー〉だからね」
柚子はを張る。
「なんだよそれ。ダセェな」
「ダサくないんだって。すごいんだよ、水上君」
「知らねぇけどさ。仲いいのかよ、あいつと」
「う、うーんと……たぶん」
私はそのつもりなんだけど、と柚子は心の中でそう言った。仲が良い、というよりも、もう一歩先、いや、もう二、三歩先のがあるんだけどなぁと、柚子は心呟く。
「何柚子、ああいうのがタイプなのかよ」
「え、ええっ!?」
こんな、誰に聞かれているかわからない中で、そんなことははっきり答えられない柚子だった。そんな柚子の反応に、川野はチっと舌打ちをする。よりにもよって、どうしてあんなクラな男なんだ。男として、俺が負けている要素なんてないだろう。それなのになんで柚子は、あいつのことを――川野は、詩乃を前にして、激しい嫉妬を覚えるのだった。川野には、まだ柚子の詩乃に対する気持ちが信じられなかった。これがもし、川野の目から見ても、男としての點を一つでも詩乃が兼ね備えている男だったなら、こんなに強引な方法はとらない。それが一つも見當たらないために、川野は、柚子の気持ちを、何かの間違いか気の迷いだと思っていた。し吹いてやれば簡単に風化するだろうと、川野は思っていた。
はにかむ柚子とその隣にいる川野を、詩乃は視界の隅に発見した。
ムカっと、怒りが膨らむ。詩乃は顔を引き締めて、たこ焼き作業用のボトルに油をれ替える作業をしながら、そのが表に出ないように抑えた。二人で文化祭を回るなら、それはまぁ、二人の勝手だ。だけど、どうしてわざわざ、自分のいるこの教室に來たんだ。たこ焼き屋なら、一年生も出しているではないか。普通、そっち行くだろ。
そんな思いを込めて、詩乃は刻んだ長ネギをタッパーにれる合間から、二人に一瞥を投げかけた。そうして詩乃は、柚子の表がいのに気が付いた。いつもの、何だか、ふにゃあっとしたらかさが無い。それを見た瞬間に、詩乃の怒りの矛先は、川野にのみ向くようになった。川野が強引にって、新見さんを連れまわしてるんだな――そうに違いないと詩乃は思った。だからたぶん、ここに來たのも、川野のアイデアだ。いちいち癇に障ることをしてくれる。あいつのたこ焼きだけを唐辛子にかえてやろうかな、と思う詩乃だった。
「あっ、――っ!」
近くで小さな悲鳴。
詩乃はぱっと顔を上げた。聲を上げたのは悠里だった。右手を宙に上げて、ぶんぶん振っている。詩乃は、悠里の前の二臺のたこ焼きを確認した。油を敷く作業中だったらしい。プレートは二臺とも空になっている。その右隣り、一臺のプレートでたこ焼きを作っている白壁を確認すると、ちょうど、焼き上がり待ちの狀況だった。
「白壁君、こっちもお願いできる? 近藤さんの火傷、冷やしてくる」
「あ、あぁ、いいよ、任せろ」
詩乃の指示に、白壁はすぐに対応する。
悠里の使っていた二臺の空プレートに油を敷き、生地を流し込む。
「だ、大丈夫だよ、私――」
「いいから」
詩乃は悠里の手を軽くとって教室を出た。
その一連の様子を、柚子は見ていた。
「ちょっと、ごめん、待ってて!」
柚子はそう言うと、川野の返事も聞かないまま、教室を出ていった詩乃と悠里を追った。二人は、教室のすぐ近くの流し場にいた。詩乃に従い、悠里が、流水に右手をあてていた。柚子は小走りで二人のもとまでやってきた。
「近藤さん、大丈夫?」
「あ、新見さん……う、うん、全然平気」
突然現れた柚子に、詩乃は目を丸くした。
一方悠里は、柚子のいつもとは違う表を見て、思わず息を止めてしまった。新見さんといえば、あの可くて綺麗な笑顔、そして優しい言葉に溫かい眼差しだ。ところが今、柚子の顔にはそれが無い。笑顔のない柚子は、悠里にとっては恐怖でしかなかった。なんでそんな反応をされているのか全く分からない悠里だったが、とりあえずの勘で、最初の可能をつぶそうと思った。――水上君から離れよう。
「――水上君、大袈裟、大袈裟」
「怪我は最初の処置が大事なんだよ」
「いや、でも――」
水から手をどけようとする悠里の手を、詩乃は、手首を軽く摑んで止めさせた。びくっと、悠里はを震わせた。悠里は、怖すぎて柚子の顔を見られなかった。
「水上君、近藤さんは私が見ておくよ」
「え?」
「私にもそれくらい手伝わせてよ」
それもそうか、と詩乃は思った。火傷の手當ては、大火傷でもない限りは、難しいことはない。水で冷やして、細菌染を防ぐために膏を塗るだけだ。今は混んでいるから、流石に二人で店を回すのは難しい。新見さんが近藤さんを看て、自分が店に戻る。これ以上に合理的な対処は無いと、詩乃は頷いた。
「近藤さん、痛みはひどくない?」
「うん、大丈夫」
詩乃は、悠里が冷靜でないのを見てとった。痛みがどの程度か、これではまったくわからない。詩乃は、悠里の火傷をしたらしい場所をじっと見つめた。人差し指の親指側の付けのあたりが、赤くなっている。の違いがわかるくらいの赤くなり方だから、ひどい火傷ではないにしろ、ちゃんと手當てをした方がよさそうだと詩乃は思った。
「近藤さん、これで上がりにして良いよ。十五分くらいこのまま水で冷やしたら、保健室に行くようにして。あ、面倒くさかったら自分が手當てしちゃうけど――」
詩乃が言い終わるのを待たず、悠里が言った。
「いいよ、いいよ、保健室行くから!」
「私が連れてくよ!」
子二人の、謎のやる気に押されつつ、詩乃は、じゃあ、そう言うことでお願いねと、そう言って、店に戻った。賑やかな廊下、ひたひた流れる水の音。悠里は、柚子が怖くて、顔を上げられなかった。
「ご、ごめんね、新見さん。大丈夫だよ私、一人でも――」
「ううん、ダメ。〈たこ焼きリーダー〉に任されちゃったんだから」
あ、あははは、そっかと、悠里。笑い聲がいつもより高くなった。
育館で映畫の上映が始まった頃、紗枝は、二年A組に戻ってきた。料理部の模擬店、『地中海料理店ビザンツ』の魚料理は今日も朝から飛ぶように売れて、二時を待たずに魚は全部出し盡くしてしまった。魚を捌く役目を負っていた紗枝は、そのために、予定より早く暇を與えられたのだ。
A組のたこ焼き屋も、晝のピークを耐えきって、詩乃と他三人の生徒にも余裕ができていた。晝のシフトでの悠里の落は痛かったが、それから二十分もせずに、次の時間の擔當生徒がやってきたので、店は滯りなく、客にたこ焼きを提供し続けることができた。
「皆お疲れー」
紗枝は、カウンターの奧にりながら、皆に言った。
紗枝が來ると、皆ほっと安心した顔を見せた。
「ちょっと手伝うよ。水上、やること教えて」
「あぁ、うん……」
妙に威圧のある紗枝の言葉に、詩乃は顔を伏せてしまう。何も後ろめたいことなんてないのに、何かやましいことをしているような気分になってくる詩乃だった。
「じゃあ、生地作りをお願い、します……」
「ん」
紗枝は言われた通り、ボールに水と小麥と卵をれて、混ぜ合わせ始める。タコを焼くのは三人。詩乃と紗枝はその裏方として立ち回る。詩乃は、クーラーボックスからタコの足を取り出して、切り始める。その隣で、紗枝は生地を作って、空のペットボトルに移し替える。
何か言ってやりたいな、何を言ってやろうかな、と紗枝は考えていた。
詩乃を見ていると、もうちょっと男らしく振るまいなさいよと、お節介を焼きたくなる紗枝だった。しかし、下手なことを言って、柚子との関係に亀裂が生じるようなことは絶対に避けたい。
――紗枝がそんなことを考えていると、詩乃の方から、紗枝に話しかけた。
「多田さん」
「え? 何?」
意外なことに驚いてしまう紗枝。
「知らなかったら聞き流してほしいんだけど――」
「うん」
「新見さんって、よく他の人の看病とか、するのかな?」
「え……?」
紗枝は、生地を混ぜる手を止める。
詩乃は、タコを切り続ける。
「知らなかったら、気にしないで」
「ちょちょ、ちょっと、そうじゃないんだけど。ええとね――無いよ」
「無い?」
「看病。普通しないよ、他の人の家に行って、看病なんて」
「でも、新見さんって優しいから」
詩乃の言葉に、紗枝は強く反論する。
「優しくても、他人の看病なんてしないから。柚子だって、これまで一回も、そんなことないよ。――水上のが、初めてなんじゃない」
詩乃はを結んで、切ったタコをタッパーにれた。そうしてまた、クーラーボックスからタコを取り出す。紗枝はその様子を、注意深く見つめた。
「やっぱり、知ってた?」
「何を?」
「自分が、新見さんに看病してもらったこと」
「そりゃあ……これでも一応、柚子の友達だからね」
そうだよね、と詩乃はため息をつく。今更恥ずかしがってもしょうがないかと諦めた。紗枝は、詩乃の言葉を待っていたが、詩乃はタコを切り始めて黙ってしまった。もうしコミュニケーションをとる努力をしろと、紗枝は文句を言ってやりたかったが、それはまたの機會にすることにした。
クリフエッジシリーズ第二部:「重巡航艦サフォーク5:孤獨の戦闘指揮所(CIC)」
第1回HJネット小説大賞1次通過、第2回モーニングスター大賞 1次社長賞受賞作品の続編‼️ 宇宙暦四五一二年十月。銀河系ペルセウス腕にあるアルビオン王國では戦爭の足音が聞こえ始めていた。 トリビューン星系の小惑星帯でゾンファ共和國の通商破壊艦を破壊したスループ艦ブルーベル34號は本拠地キャメロット星系に帰還した。 士官候補生クリフォード・C・コリングウッドは作戦の提案、その後の敵拠點への潛入破壊作戦で功績を上げ、彼のあだ名、“崖っぷち(クリフエッジ)”はマスコミを賑わすことになる。 時の人となったクリフォードは少尉に任官後、僅か九ヶ月で中尉に昇進し、重巡航艦サフォーク5の戦術士官となった。 彼の乗り込む重巡航艦は哨戒艦隊の旗艦として、ゾンファ共和國との緩衝地帯ターマガント宙域に飛び立つ。 しかし、サフォーク5には敵の謀略の手が伸びていた…… そして、クリフォードは戦闘指揮所に孤立し、再び崖っぷちに立たされることになる。 ――― 登場人物: アルビオン王國 ・クリフォード・C・コリングウッド:重巡サフォーク5戦術士官、中尉、20歳 ・サロメ・モーガン:同艦長、大佐、38歳 ・グリフィス・アリンガム:同副長、少佐、32歳 ・スーザン・キンケイド:同情報士、少佐、29歳 ・ケリー・クロスビー:同掌砲手、一等兵曹、31歳 ・デボラ・キャンベル:同操舵員、二等兵曹、26歳 ・デーヴィッド・サドラー:同機関科兵曹、三等兵曹、29歳 ・ジャクリーン・ウォルターズ:同通信科兵曹、三等兵曹、26歳 ・マチルダ・ティレット:同航法科兵曹、三等兵曹、25歳 ・ジャック・レイヴァース:同索敵員、上等兵、21歳 ・イレーネ・ニコルソン:アルビオン軍軽巡ファルマス艦長、中佐、34歳 ・サミュエル・ラングフォード:同情報士官、少尉、22歳 ・エマニュエル・コパーウィート:キャメロット第一艦隊司令官、大將、53歳 ・ヴィヴィアン・ノースブルック:伯爵家令嬢、17歳 ・ウーサー・ノースブルック:連邦下院議員、伯爵家の當主、47歳 ゾンファ共和國 ・フェイ・ツーロン:偵察戦隊司令・重巡ビアン艦長、大佐、42歳 ・リー・シアンヤン:軽巡ティアンオ艦長、中佐、38歳 ・ホアン・ウェンデン:軽巡ヤンズ艦長、中佐、37歳 ・マオ・インチウ:軽巡バイホ艦長、中佐、35歳 ・フー・シャオガン:ジュンツェン方面軍司令長官、上將、55歳 ・チェン・トンシュン:軍事委員、50歳
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