《星の海で遊ばせて》うさぎの瞳(3)
「柚子、今フリーだから、狙い目だよ」
いたずらっぽく、紗枝はそう言った。
「たぶん、すごい倍率だよね。晝も男子といたし」
へぇ、そんな軽い返しもできるのかと、紗枝は心してしまった。
「あいつでしょ、川野。あれはね、完全な片思いだから、數にれない方がいいよ」
詩乃は小さな聲を出して笑った。
柚子の事になると、水上でもこんなに笑うんだなと、紗枝はし驚いた。そして、やっぱり水上は、柚子の事が好きなんだなと確信した。
「ダンス、ってみたら?」
「後夜祭?」
「そうそう。埋まっちゃうよ、柚子、人気なんだから」
詩乃は曖昧に笑って、答えるのを避けた。新見さんが他の男と踴る、というのは、あまり想像したくはない。けれど、折角あの噂――新見さんが自分を看病したというあの話が消えてきたのに、ダンスなんて踴ってしまったら、噂が再燃して、新見さんが生活しづらくなってしまう。
「た、ただいまぁー……」
そこへ、悠里が戻ってきた。
悠里はあの後、柚子に付き添われて保健室に行き、手當てをけた。詩乃の見立て通り軽いやけどだったので、膏と包帯だけの簡単な処置で済んだ。その後は、子サッカー部の友達と合流する予定の時間になっていたので、悠里は教室には戻らず、そのまま友達と合流し、育館の発表を観に行った。育館の有志団の発表には、柚子もワンステージ出ていて、悠里はそのステージもしっかり見屆けてから、二年A組の教室に戻ってきた。
「ごめんね、こんな火傷で抜けちゃって……」
詩乃はそう言う悠里をちらりと見やった。制服の袖口から見える手の包帯。
「大丈夫だよ。お客さんも減って來たし、そのまま今日は上がりでいいから」
「いや! 片付けはするよ!」
悠里は、特にそれ以上の反応を示さない詩乃をし観察してから、言った。
「お詫びに飲み買ってくるよ――六人分ね。あ、っと……紗枝ちゃん、六本持ちきれないから、手伝ってもらってもいい?」
悠里の意味ありげな目くばせをけて、紗枝は「いいよ」と軽く応じた。
悠里と紗枝は、二人廊下を歩き、やがて悠里が言った。
「あ、あのさ、紗枝ちゃん」
「うん、どうしたの?」
「勘違いだったら、恥ずかしいから聞き流してほしいんだけど――」
「うん」
「新見さんってさ……もしかして、ええと――水上君のこと、好きだったり、するの、かな?」
そう言われて、紗枝はどう答えたものかと考えた。
「何か、あったの?」
「新見さん、水上君のこと、なんか、見てるなって思って。それに、私全然そんな気ないんだけど、水上君と話してるとき、新見さん、目がさ、怖いっていうか、悲しそうっていうか、なんか、違うんだよね。紗枝ちゃん、何か知ってる? 私何か、嫌われることしたのかな……」
これは隠し通せないなと、紗枝は思った。
隠せないなら、味方につけるしかない。
「人の真顔って怖いんだよね」
「そうそう!」
紗枝の意見に悠里が激しく同意する。
「もう私、心臓止まるかと思ったよ、今日、水上君に火傷の手當てしてもらってるとき新見さん來てさ……怖かったぁ……」
「よしよし」
と、紗枝は悠里の頭をでる。
「柚子、初心者だから、わかりやすいんだよね」
「え、じゃあ、ホントにそうなの!? 水上君なの!?」
「ここだけの話ね。皆、意外過ぎて気づいてないけど」
悠里は、口元に手を當てて、ぴょんぴょん飛び跳ね、大興である。
「まぁ、ちょっと見守ってあげてよ。騒がれると多分、上手くいかないじあるから」
うんうん、と悠里は顔を赤らめて頷いた。
夕方の四時、育館では、文化祭を締めくくるコラボレーションステージが始まった。部の垣を取っ払って行われる、文化祭の名の一つである。校舎の模擬店の方は、この時間になると材料がなくなったり、商品がなくなったりして店仕舞いを始める。二年A組のたこ焼き屋も、材のたこが切れたので、詩乃の判斷で店を閉めることにした。
口の看板を教室にれて、暖簾を下げる。たこ焼きプレートの油をふき取り、調理用の片付けを始める。手も顔も、油でべとべとな気持ち悪さをじながら、床に散らばった揚げ玉や長ネギを集めて捨てる。教室には詩乃の他にも二人ほど殘っていて、片付けをする詩乃を手伝った。掃除をしながら、詩乃は、部誌の販売棚を見やった。大量に――五十冊ほど、売れ殘っている。百五十部は作りすぎたようだと、詩乃はし恥ずかしくなってしまった。
詩乃は、部誌の殘りとコインケースを段ボールにしまい、部誌売り場の看板などを暴に撤去した。やがて日も暮れてゆき、〈蛍の〉がスピーカーから流れ始めた。
お疲れー、などと言いながら、クラスメイトが教室に戻ってきた。この後はグランドで後夜祭があるので、片付けは捗った。お化け屋敷などとは違い、たこ焼き屋の裝はさほど大掛かりなものではない。五時半過ぎには座席も元に戻すことができた。教室の後ろにはダンボールを中心としたゴミが集められた。
柚子が二年A組の教室に戻ってきたのは、五時半頃だった。柚子はコラボレーションステージに出ていたので、ステージの後は制服に著替えたり、ダンス部で使ったものなどを片付けたりと、仕事に追われた。ダンス部の部員としての最低限の仕事が済んでから、柚子は小走りで教室に戻った。上気した頬、息を弾ませて教室にやってきた柚子は、片付けをするクラスメイトの中に詩乃の姿を確認して、ほうっと息をついた。もし教室にいなければ、電話をしようと思っていたのだ。柚子は、詩乃を後夜祭のダンスにおうと決心していた。
しかし、いざおうと思うと、どうしても、聲をかけることができない。いつもなら、相手が詩乃でなければ、同級生に話しかけるくらい、柚子にとっては簡単なことだった。しかし今、柚子は教室の細かい部分の掃除をする振りをしながら、詩乃を盜み見ることしかできなかった。どうにも、タイミングがつかめない。タイミングを見つけよう、見つけようと思えば思うほど、張して、聲が出せなくなってくる。
そんな柚子の様子を、悠里は片付けをしながらしっかり見ていた。新見さん、本當に水上君の事好きなんだ、と悠里は一人わくわくしてしまうのだった。一方の詩乃は、部誌を詰め込んだ段ボールを抱えようとしてよろめき、失敗している。それを見た悠里は、良いことを思いついた。
「新見さん、文蕓部の段ボール、水上君と運んでもらっていい? なんかいろいろ殘ってると、先生に小言言われたりするから、ちょっと、重いかもしれないんだけど――」
悠里が言うと。柚子はその言葉に、即答で食いついた。
「うん、わかった! やるやる!」
柚子は教室の隅っこからとととっと詩乃のもとに駆け寄ると、段ボールの片側の底を両手で支えた。詩乃は、柚子がかかんだ瞬間に、スカートがふわっと持ち上がったのを見て、それだけで張してしまった。目のやり場に困ってしまう。
「……そんなに重くないから、大丈夫だよ」
「迷?」
「助かるけど……」
「じゃあ、一緒に行こ」
柚子はそう言って、詩乃に笑顔を向ける。
詩乃は柚子の可さにくらくらしながら、せーのと、小さな掛け聲をかけて、立ち上がった。二人で段ボールを持って、階段を降り、渡り廊下を通って、CL棟に向かった。文庫本サイズの部誌が五十冊ほどと、百冊の売上である百円貨がおよそ二百枚。しかし二人で持つと、確かに隨分軽いなと詩乃は思った。
CL棟も、いつもよりは人の出りがあった。ファッション部や書道部、部など、いわゆる文科系の部活も展示會やパフォーマンスを行っていたので、その荷を片付けているところだった。そんな生徒たちにまじって二人はCL棟にり、昇降口を右に曲がり、一番奧の部屋――文蕓部の部室にやってきた。
扉を開け、詩乃から真っ暗な部屋にると、電気をつけた。パチンと、音が鳴って、ぱっと部屋が明るくなる。
柚子にとっては、久しぶりの文蕓部だった。前に來た時よりも、パソコンの機周りが、隨分散らかっている。そして何より驚いたのは、床に放り出された寢袋の存在だった。
「いいよ、下ろして」
詩乃の指示で、柚子は腰を下ろした。段ボールを置いた後、詩乃は立ち上がって、足でげしげしと、段ボールを部屋の隅っこに押しやった。なんて暴なことを、と柚子は、詩乃の意外な一面を見たような気がして、笑ってしまった。
「なんか、すごく久しぶりに來たなぁ」
「うん」
言われてみればそうだなぁと、詩乃も思った。
「水上君、〈たこ焼きリーダー〉お疲れ様」
「うん。……今朝、寢坊しちゃったんだけどね」
「そうなの? その寢袋は?」
「昨日泊まったんだよ」
「ここに!?」
「うん」
ええっと、柚子は驚いてしまう。昨日は、詩乃が教室にいないのを見て、もう帰ったのかと決めつけていた柚子だった。まさか學校に泊まっているとは思っていなかった。簡単にあきらめないで部室を確認すればよかったと、柚子は昨日の自分を恨んだ。
詩乃は、部室を見回した。
何か、新見さんを楽しませられるものはないだろうかと詩乃は探したが、本が増えたくらいで、特に何があるわけでもなかった。しかし、そこでふと、賞のことを思い出した。自分が、〈ドキドキ學園ミステリー賞〉を取ったと知ったら、新見さんは喜んでくれるだろうか? それとも、興味が無いだろうか。
「水上君、後夜祭出る?」
「後夜祭? あー……」
詩乃は、今日紗枝に言われた言葉を思い出した。『ダンス、ってみたら?』。たぶん、ったら新見さんはOKをしてくれるだろう。それが、本心からだろうと、同的な優しさからだろうと、えば応じてくれるに違いない。でも今は、たぶん新見さんは、本當は自分と踴りたくないはずだ。自分との関係を騒ぎ立てられたくない、という気持ちはよくわかる。この一か月、その態度はかなり徹底していた。ちょっと、寂しくなるくらいに……。
「あのね、水上君。もし先客がいなければでいいんだけど……」
そこまで言って、柚子は一旦言葉を納める。
おや、と詩乃は思った。最後まで言われなくても、柚子が自分に何を言おうとしているのか、それがわからないほど詩乃も鈍ではない。だから余計に、驚いたのだ。
「新見さんは、先客いないの?」
「私!? 私は、うん、いないよ」
実際には、柚子はたくさんのいをけていた。友達、男友達、先輩からも、後輩からも。その中には、川野もいて、また、川野の他にも、柚子を狙っている男も多かった。ベタな話ではあるが、茶ノ原高校の文化祭にも、後夜祭のダンスに纏わるジンクスがあるのだ。
「――でも新見さん、噂の事気にしてるでしょ?」
「え?」
「看病してくれたこと。々、からかわれたんじゃない?」
柚子は口を噤んだ。
それから、數回の呼吸を置いてから柚子は、詩乃に優しく投げかけた。
「ごめんね、水上君に迷かけちゃって……」
柚子は、すがるような気持ちだった。
「迷じゃない」と一言でも言ってもらえたらまだ脈はある。でももし、そういうのが何もなかったら――つまりそれは「迷だった」ということで、それが何を意味しているかと言えば、つながるのは詩乃の『好きっては持ってないよ』の言葉である。
水上君、私のことどう思ってるの。好き? 嫌い? 一緒にいても大丈夫なの? それとも、迷? ――そんな気持ちを、目に乗せる。
その訴えかける瞳の魅力と威力に、詩乃はたじろいでしまった。
柚子の質問については、『迷じゃなかった』と詩乃は心の中で即答していた。しかし、そういうことは、口に出すと、わざとらしくなって嫌だと詩乃は思っていた。何か、代わりになる言葉を探さなければと、考える。
柚子は、今度こそダメだと思った。
即答しないということは、やっぱり迷だった、ということだ。この沈黙は、私に気を使って、言葉を探しているためにできた沈黙だ。やっぱり、水上君は、私のことを好きじゃない。好きじゃないんだ。
「み、水上君、疲れてるよね!? たこ焼き、今日も朝から頑張ってくれたんでしょ?」
「自分でやるって、約束したことだからね」
「でも本當に助かったよ、ありがとね。水上君いなかったらたこ焼き屋、功してなかったと思うよ」
「いやまぁ……いなきゃいないなりに何とかなったのかもしれないけどね」
「でも助かったよー」
にこにこと、笑顔でそう言う柚子。
明るく、笑顔でいないと、泣いてしまいそうだった。このを――詩乃を諦めなくてはならないということが、柚子には、どうしょうもなく悲しかった。でも今泣いてしまったらいけない。落ち込んだ顔を見せてしまったら、きっと水上君は心配してくれる。何かと、めてくれると思う。でも、それが一番つらい。きっと、「めないで」とか、そんなきつい言葉を水上君に投げつけてしまう。そんな嫌な自分を、水上君には絶対に見せたくない。
「部誌も、結構売れたよね」
「うーん……五十冊くらい余ったけどね」
「でもすごいよ、百冊も売ったんでしょ?」
「どうかなぁ、普通どれくらい売れるものなのかわからないから何とも……これどうやって処分しようかな」
「捨てちゃうの?」
「そりゃあ、ねぇ」
「もったいないよ! 買うよ、私が!」
詩乃は驚いて、そして聲を上げて笑った。
「そんな五十冊も、いらないよ!」
「でも、捨てるのはもったいないよ。學校で配るとか、何とかしようよ」
「あぁ、うん、そうだね」
新見さんは本當に優しいなぁと、詩乃は改めて思った。
詩乃は、デスクチェアーにかけていたコートを羽織った。電気を消して、二人で部室を出る。扉に鍵をかけて、並んで廊下を歩いた。
「新見さんは、後夜祭出るの?」
「うん。水上君は?」
「――お腹空いたから、何か食べに行くかな」
「水上君さ、まさかと思うけど……ご飯、食べてない?」
「そうなんだよね。自分もさっき気づいたよ。今日何も食べてない」
「ダメだよ食べなきゃ!」
そんな會話をしながら、CL棟を出る。もう外はすっかり暗く、近くを歩く生徒の顔もよくわからない。CL棟の昇降口や窓かられる明かりは小さく、十メートルもない渡り廊下は、真上からのLED照明の白いに照らされていて、柚子は、ファッションショーのランウェイを思い出した。
その渡り廊下を、渡り切ろうか切るまいかという時、後ろから二人を呼び止める聲があった。
【最終章開始!】 ベイビーアサルト ~撃墜王の僕と、女醫見習いの君と、空飛ぶ戦艦の醫務室。僕ら中學生16人が「救國の英雄 栄光のラポルト16」と呼ばれるまで~
【第2章完結済】 連載再開します! ※簡単なあらすじ 人型兵器で戦った僕はその代償で動けなくなってしまう。治すには、醫務室でセーラー服に白衣著たあの子と「あんなこと」しなきゃならない! なんで!? ※あらすじ 「この戦艦を、みんなを、僕が守るんだ!」 14歳の少年が、その思いを胸に戦い、「能力」を使った代償は、ヒロインとの「醫務室での秘め事」だった? 近未來。世界がサジタウイルスという未知の病禍に見舞われて50年後の世界。ここ絋國では「女ばかりが生まれ男性出生率が低い」というウイルスの置き土産に苦しんでいた。あり余る女性達は就職や結婚に難儀し、その社會的価値を喪失してしまう。そんな女性の尊厳が毀損した、生きづらさを抱えた世界。 最新鋭空中戦艦の「ふれあい體験乗艦」に選ばれた1人の男子と15人の女子。全員中學2年生。大人のいない中女子達を守るべく人型兵器で戦う暖斗だが、彼の持つ特殊能力で戦った代償として後遺癥で動けなくなってしまう。そんな彼を醫務室で白セーラーに白衣のコートを羽織り待ち続ける少女、愛依。暖斗の後遺癥を治す為に彼女がその手に持つ物は、なんと!? これは、女性の価値が暴落した世界でそれでも健気に、ひたむきに生きる女性達と、それを見守る1人の男子の物語――。 醫務室で絆を深めるふたり。旅路の果てに、ふたりの見る景色は? * * * 「二択です暖斗くん。わたしに『ほ乳瓶でミルクをもらう』のと、『はい、あ~ん♡』されるのとどっちがいい? どちらか選ばないと後遺癥治らないよ? ふふ」 「うう‥‥愛依。‥‥その設問は卑怯だよ? 『ほ乳瓶』斷固拒否‥‥いやしかし」 ※作者はアホです。「誰もやってない事」が大好きです。 「ベイビーアサルト 第一部」と、「第二部 ベイビーアサルト・マギアス」を同時進行。第一部での伏線を第二部で回収、またはその逆、もあるという、ちょっと特殊な構成です。 【舊題名】ベイビーアサルト~14才の撃墜王(エース)君は15人の同級生(ヒロイン)に、赤ちゃん扱いされたくない!! 「皆を守るんだ!」と戦った代償は、セーラー服に白衣ヒロインとの「強制赤ちゃんプレイ」だった?~ ※カクヨム様にて 1萬文字短編バージョンを掲載中。 題名変更するかもですが「ベイビーアサルト」の文言は必ず殘します。
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