《星の海で遊ばせて》うさぎの瞳(4)
「――おぅ、柚子!」
二人が振り返ると、そこには、川野がいた。川野も、ちょうど荷運びの手伝いを終えたところだった。
「片付け終わったんだけど、一緒に後夜祭行かねぇ?」
川野は、詩乃の存在をわざと無視するようにして、柚子に話しかけた。
「で、一緒に踴ろうぜ。晝間、俺ったじゃん」
「う、うん……」
曖昧に答える柚子。
詩乃は、自分の右側にいる柚子の様子を、ちらりと橫目で見やった。伏し目がちに、頬には、無理矢理な笑顔を張り付けている。詩乃は、そんな柚子の様子を見て、川野に腹が立ってきた。明らかに新見さんは無理をしているのに、なんでお前は、それがわからないんだと思った。
「じゃあ俺中庭にいるからさ――」
川野が話を進める。
柚子は、詩乃を見つめた。一瞬、詩乃と柚子の目が合った。しかしそれはただ一瞬のことで、詩乃はすぐに、柚子から目を逸らせた。柚子は、突き放されたように思って、立ちすくんだ。一瞬で、立っている腳の覚も失ってしまったようだった。
ところが、詩乃は、柚子を突き放したわけではなかった。
川野に向かって言った。
「新見さん、用事あるからダメだよ」
川野は言葉を止め、舌打ちをして、面倒くさそうに詩乃を睨んだ。
「俺、柚子と話してるんだけど」
「だから、その新見さんは、ダメなんだって」
「なんでお前にそんなこと言われなきゃいけねーの? 何、柚子うのにお前の許可がいるわけ?」
柚子、柚子ってうるせぇなと、詩乃は思った。そっちがその気なら、お前のその土俵で戦ってやると、詩乃も闘志を剝きだす覚悟を決めた。
「柚子は俺と用事があるんだよ」
はっきりと、もはや聞き間違いを疑うこともできない聲量で詩乃が言った。
この言葉には、柚子も、川野も驚いた。
川野は驚きすぎて、「は、はぁ?」としか反応できなかった。
「そんなん、何も聞いてねーし! お前、柚子と付き合ってるわけでもねぇんだろ!」
「なんでお前の許可がいるんだよ。柚子は俺のだから、お前もう近づくなよ」
「は、はぁ!? お前のって、どういうことだよ!」
ここで勝負をつけようと、詩乃は決心した。
最後の一撃は、致命的でないといけない。
よし、と詩乃はこれまでの人生で一番大きな勇気を、の奧から絞り出した。詩乃は、右隣にいる柚子の肩に手を回し、反転させながら抱き寄せた。詩乃の言葉にぼんやりしていた柚子は、突然抱き寄せられ、バランスを崩した。咄嗟に、詩乃のに、ぎゅっと両手で抱きすがった。詩乃は、左手で柚子のうなじのあたりを支えて、さらにし、自分の鼻先に柚子の顔を引き寄せた。
――エスキモーキス。
しかしそれは、川野から見ると、完全に、ディープキスに見えた。
一秒、二秒、三秒――たっぷり十秒ほど、詩乃はそうしていた。このまま本當にキスしたいと詩乃は思ったが、それはさすがにやめようと踏みとどまった。まだ何とか、理は保てている。
詩乃はそれから、一旦抱きしめる力を緩めて、柚子のを安定させてやる。エスキモーキスをしている間、それこそ柚子は、社ダンスの何かの技のような態勢でいたのだ。詩乃はそれから、もう一度、今度は正面から柚子を抱き寄せた。そしてその肩越しに川野を睨み據えた。
川野は、流石に何も言わず、その場を立ち去ってどこかに行ってしまった。
それを見屆けて、詩乃は柚子を離した。
はぁっと、詩乃は息を吐いた。ぶるぶるっと、変な震えが起こる。柚子の微かに甘い香り、肩や背中やのらかさ、そして溫もり――思い出すと正気を失ってしまいそうだったので、詩乃は、今のは兎を抱いたのだ、ということにして忘れることにした。
柚子は、とろんとした目で、詩乃を見上げていた。
今の出來事を放り出して自分の理を守った詩乃に対して、柚子は、しっかりオーバーヒートしていた。
「い、行こうか、新見さん」
「……」
こくんと、柚子は頷いた。
二人は二年A組に戻った。二人が戻った時には、すでに教室の片付けは終わっていた。教室の片隅には柚子の荷――今日のステージで使った二セット分の裝をれたトートバックが置かれていた。柚子はそれを手に持ち、教室を後にした。二人はまた一階に戻り、下駄箱に向かった。
後夜祭の始まりを告げる放送が流れてきた。
しかし詩乃は、今は後夜祭どころではなかった。無言で隣を歩く柚子。詩乃は、柚子が何を思っているのかわからず、気が気ではなかった。やっぱり自分は、とんでもないことをしてしまったのではないだろうか。突然呼び捨てにされて、抱きしめられて、しかも、鼻までくっつけられて……いくら優しい新見さんだって、怒っているに違いない。
下駄箱で、二人は靴を履き替えた。
詩乃は柚子よりも早く靴を履き替え、柚子のトートバックを持って、柚子が靴を履くのを待った。手錠をされているかのように両手首をくっつけ、バックを持っている。詩乃の気持ちは、すっかり容疑者のそれだった。判決を言い渡される前のような神妙さで、を強張らせている。
いいよ、自分で持つよ――という柚子の言葉には、ぶんぶんと首を振って応じ、二人で校舎を出た。
後夜祭に向かう生徒たちは、浮かれた様子で校庭に向かって走っていく。
詩乃と柚子は、言葉をわすこともなく、無言のまま正門に向かって歩いた。ML棟の「逆L字」の付けの部分を曲がると、道は二つに分かれる。そのまま真っすぐグランドに行く道と、グランドを右手に正門に行く道。そこで詩乃は立ち止まった。
グランドを見ながら、詩乃は言った。
「新見さん、後夜祭、出るんだっけ」
「水上君は?」
「出ないよ。帰るよ。疲れたし、お腹空いたし……」
柚子は、自然と、詩乃のコートの右腕の袖をちょこんと摑んでいた。
「一緒にご飯、食べようよ」
「……いいの?」
「うん」
詩乃は、自分の顔がかあっと熱を持つのを自覚した。首筋まで熱い。
「じゃあ、行こうか」
「うん! 行こう!」
グランドを右手に、正面玄関時計塔を橫切り、正門を出る。後夜祭に向かう生徒は、正門から出ていく生徒のことを気にも留めない。柚子は、林間學校のあの時――詩乃と一緒に森の中でカレーを食べた時のことを思い出していた。人知れず學校を離れるそのじが、あの時とそっくりだった。そして次に、詩乃の家に行った時。あの時も、似たような覚があった。
「水上君何食べる? お腹空いてるでしょ? 私ホントに何でもいいよ! ラーメンとか、吉野家とか!」
「もうちょっといいもの食べようよ」
詩乃は笑いながら言った。
詩乃が笑うと柚子も嬉しくなって、気づくと笑顔になっていた。
「新見さん、何食べたい?」
「え、新見〈さん〉じゃないでしょ」
「……あれはさぁ」
勘弁してよと、詩乃は思った。詩乃は、ついさっきのあのことは、封印どころか、あの場に放り捨てて無かったことにしたかった。川野を諦めさせるためとはいえ、恥ずかしすぎる。
「ねぇねぇ、もう一回呼んでよ」
「勘弁してください……」
「一回だけでいいから!」
「ゆ、柚子、さん……」
ぶふっと、柚子は笑ってしまった。名前を呼ばれて恥ずかしいのと、恥ずかしがる詩乃へのおしさのダブルパンチで、柚子は思わず両手で口元を隠した。
「――で、新見さん、何か食べたいのある?」
「何でもいいよ。だって私、水上君の〈モノ〉なんだから、どこでもついてくよ」
詩乃は、自分の頬を両手でぐりぐりとみ解した。
けらけらと、詩乃が揺するのを見て柚子は笑った。
二人はそのまま、何となく歩いて、駅までやってきた。バスターミナルを橫切った先、駅の東口階段の前には、歪んだ「I」字のオブジェや花壇、街燈を數本備えた小さな空間がある。二人はそのちょっとしたスペースの石のベンチに、どちらともなく腰を下ろした。
冷たい秋の夜風は、二人にはかえって、の熱さをじさせた。
橫斷歩道の前で止まっているタクシー、ターミナルをぐるりと回るバス、石畳を歩く歩行者のコツコツという靴の音、微かに聞こえてくる駅のアナウンス。何てことのない夜の駅の景を味わうように確認してから、柚子は詩乃に言った。
「水上君、さっきのあれ、もう一回やって」
「……あれって?」
詩乃は、冷や汗を流しながら聞き返した。
「鼻と鼻で」
「……嫌じゃなかったの?」
柚子は、はにかむように笑いながら、その顔を、しずつ詩乃に近づけた。
「嫌じゃなかった」
詩乃は、思わず息を止めた。
本當に、近くで見ても綺麗だなぁと、詩乃はつくづく心してしまった。
「じゃあ……」
詩乃も、し柚子に顔を近づけた。
二人の鼻先が、ちょこんとれる。
「手は?」
「……」
至近距離で、見つめられたままそう言われて、詩乃は従うより他なかった。柚子の頭の後ろに右手を添えて、それだけだとバランスが悪いので、左腕を肩から背中に回す。そのらかさと軽さに、詩乃はおののいてしまう。暴にしたら絶対に壊れてしまうと思った。
「もうちょっとぎゅって」
言われるがまま、詩乃は、しだけ柚子を抱き寄せた。
柚子の鼻先が、詩乃のの上にれる。
ふふっと、柚子はいたずらっ子のような含みのある笑みを浮かべた。まつがれ合うような距離で見つめ合う。柚子の目が、だんだんと微睡んでくる。
詩乃は、靜かに柚子のに、自分のを近づけた。
柚子は待ちきれず、はむっと、詩乃のを奪った。
二人は、甘噛みのような口づけをわした。
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