《星の海で遊ばせて》一月目の櫂(2)

三人は橫斷歩道を渡り、商店街を歩きながら、まずは柚子の〈でられた話〉を共有した。

一昨日、ダンス部の練習の後、柚子は文蕓部の部室に行った。部室には詩乃がいた。ごく最近できた、柚子の彼氏である。週に二度ほどは、一緒に帰るために、柚子は詩乃を文蕓部の部室まで呼びに行くのが新しい習慣になっていた。一昨日の金曜日も、そうして部室に足を運んだ。すると、何の前れもなく、柚子は詩乃に頭をでられてしまった。そんなことを初めてされた柚子は舞い上がってしまって、その幸福を忘れないために、翌日銀行でお金をおろして、件の古著屋でコートを買ったのだった。

何それ、と紗枝と千代は當然の反応を示した。

柚子の純でつつも、この子大丈夫だろうかと、二人は不安になってきてしまう。

柚子のユニークなのろけ話の後は、紗枝、千代と続いた。紗枝の披した話は、毎週一回は馴染の所に行って、うな重を食べている、という話だった。紗枝の片想いの相手は五つ上の馴染で、実家のうなぎ屋を次ぐために、修行をしている。その店に行くと、何も言わなくても、その馴染か、彼の父親か母親の誰かが、必ずうな重を作って持ってきてくれる。

「鰻の味がわかるって、ちょっと良くない?」

「そうなの?」

千代の意見に、紗枝は眉を顰める。

「――でもわからないよ、他の鰻屋行かないし」

紗枝が答えると、柚子が、息を呑むようにして言った。

「――紗枝ちゃんそれ」

「え、どうしたの?」

「告白みたい」

「え?」

柚子の言葉に、紗枝と千代は目を合わせる。

そうして二人、考えた後、紗枝が言った。

「あー、そういうこと!?」

「すごい、さすがメルヘン柚子!」

紗枝、千代がそれぞれそう言った。

「何そのあだ名!」

寒さに頬を赤らめつつ、柚子が反発した。

「でも柚子、最近ちょっと、水上に影響されてるところあるかも」

紗枝が言うと、柚子は目を輝かせた。

「え、本當に!?」

「なんで喜ぶの……」

その話の後は、千代とその彼氏、三ツ矢京こと〈みっくん〉の話になった。千代の一つ下の後輩の彼氏。その関係は紗枝の鰻職人見習いとのと負けず劣らず獨特で、千代は彼氏の話の中で、柚子に「自分好みに育てるのも、いいものだよ」と、そんなアドバイスをしたのだった。面はともかくとして、外見に関してはむしろ、彼の方が積極的に〈指導〉してあげるべきだと、千代は二人に主張した。

水上君のこと、ちらっとしか見たことないけど――と前置きしたうえで、千代は言った。

「素材は全然いいでしょ。背も高いしさ」

千代のその言葉が柚子には嬉しく、それだけでにたにたして顔が戻らなくなってしまうのだった。そんな風にして、小の店や食、服、雑貨屋などを覗いた後、三人はシェーキーズにった。ピザ食べ放題の安い店で、金のない中高生にとっての大きな味方である。

四人掛けのテーブル席に案された三人は、席に荷を置くと、早速ピザを取りに立った。

戻ってきた紗枝と千代は、柚子の取ってきたピザの量を見て、笑ってしまった。柚子の食いしん坊は今に始まったことではなく、二人も、そのことはよく知っている。そんな食べるのに、どうしてそんな理想的な型になれるのか、嫌味かと、そんな荒っぽいいじりを二人は平気で柚子にする。

かけすぎたタバスコに咳き込んだりしながら、三人は々な話で盛り上がった。しかしやはり、一番の話題は柚子と詩乃の、新しいカップルの事である。単純な好奇心と、それとは別に、二人は柚子の友人として、純粋に心配でもあった。

「――ところで柚子、一応確認なんだけど」

「な、何そんな、ちょっと怖いよ」

紗枝に見據えられて、柚子はひるんでしまう。

「際どい寫真とか、撮らせてないでしょうね?」

紗枝の中ではこれは冗談ではなかった。

リベンジポルノの橫行する現代社會、柚子のような子は、疑うことを知らなそうだから、知らずに餌食になるかもしれない。ある意味では、詩乃のことを信用していない失禮な質問だったが、そう思われたとしても、紗枝はそれだけは釘を打っておきたかった。

「撮らせてないよ!」

「要求されてない?」

「ない! ないよ!」

一先ず安心する紗枝。ところが、明後日の方から謝罪があった。

「すみません!」

言いながら、千代がスマホをテーブルの真ん中に置く。その畫面には、華奢な外見の男の子が、紫のスリッドドレスにローブという姿で映し出されていた。

「え、何これ! みっくん!?」

柚子は聲を上げた。

「何のコスプレ?」

「アナ雪のアナ」

紗枝の質問に、さらっと千代が応える。

「何してるのー!」

柚子はそう言いながらも、目はしっかり、ダンス部の後輩男子に注いでいた。千代が畫面をスライドさせると、違う角度の寫真、ポージングした寫真、そしてフック船長のコスプレへと移っていった。

「すみません、つい出來心で……」

「これは際どいねー。絶対ダメだよ、拡散しちゃうよ」

千代はペコペコ頭を下げ、柚子が言った。

「千代……やってるねー」

紗枝は、むしろ心してしまった。

裝コスプレなのに、やたらと完度が高い。

「いつ?」

「昨日」

「昨日!」

紗枝と柚子はケラケラ笑った。

「よくこんな服手にったね」

「安崎先輩だよ」

ぶふっと、柚子は笑って、咳き込んでしまった。ダンス部の先輩である。二人が一年生の時に三年生だった。今はもう卒業して、ディズニーランドのダンサーとして働いている。その傍らでコスプレ活をしているのは柚子もなんとなく聞いて知っていたが、千代は、その安崎先輩とかなり仲が良かった。

ひとしきり笑ったあとで、話はクリスマスに移った。クリスマまであと一月。プレゼントを贈る相手のいる三人には、一月は「まだ」ではなく。「もう」なのだった。何を贈れば良いか、すでに報収集、下調べは始まっている。

「紗枝、決まった?」

「セーターかなー。持ってないって言ってたし」

ちゅぅっと、アイスコーヒーを飲みながら紗枝が応えた。

「鰻職人ってセーター著るの!?」

「千代、職人を何だと思ってるの」

「ごめんごめん。鉢巻きに法被姿ばっかり出てきちゃって」

「それたぶん、大工だよ」

ジト目で紗枝が言う。

「あ、そっか」

二人の漫才の様なやり取りに柚子は腹を抱えて笑ってしまう。

「千代は?」

「ベストだね。茶系のベスト」

「そこまで決めてるんだ」

「ううん。そこまでしか決まってないの」

千代はテーブルに突っ伏する。

紗枝は質問の先を柚子に変えて言った。

「新見プロデューサーは?」

「え、ええと……靴にしようかなぁって」

なるほど、と紗枝は、そのチョイスは良いわねと頷いた。紗枝も、詩乃の靴については思う所があった。白い古ぼけたバッシュ。靴は、學校指定のローファーがあって購は必須ではあるものの、何を穿いてくるかは自由なのが茶ノ原高校である。

「なんかあの靴にこだわりでもあるのかね?」

きやすいからって言ってた。面倒くさくて買い替えてないんだって」

柚子が言うと、むくりと千代が頭をもたげた。

「これは新見プロデューサー、腕の見せ所ですね」

柚子は思わず笑ってしまった。その頬は朱に染まっている。

「でもまさか、本當に柚子と水上が付き合うとはねぇ。改めて、複雑よ」

紗枝が言った。

事のあらましは、紗枝と千代も、もう知っている。文化祭のあと、二人こっそり後夜祭を抜け出して、中華料理屋でご飯を食べながら、柚子の方から告白をした――。

「ちょっと話してみたいんだよね、水上く――あ、柚子の彼氏さんと」

「なんで言い直したの!」

柚子の言葉に、恥ずかしいからやめてよと、柚子はを結んだ。

「変わってるんだよ、水上――あ、柚子の彼氏って」

「紗枝ちゃん……」

恨めしげな眼で、柚子は紗枝を見つめる。紗枝は思わず笑ってしまう。

「でもさ、水上とどんな話するの?」

「うーん……の話とか、結構してくれるかも」

? ペット?」

千代が質問する。

「ううん。ハシビロコウとかセグロアジサシとか」

紗枝と千代は、マニアックすぎると言って笑った。

「この間なんかね、突然、白玉あんみつくれたんだよ。先週の金曜日。お月見だからって」

「え、先週って満月だったっけ?」

紗枝が疑問を口にする。

「ううん、半月だった」

柚子が応えると、二人は口をそろえて、「どういうこと?」とハモった。

「なんだったんだろう」

千代と紗枝も考え込む。しかしやがて、二人とも口を開いた。

「わからないねー」

柚子は、そうだよね、と言ってその話を終えた。まだまだ詩乃は、柚子にとってもわからないことだらけだった。ただの気まぐれなのか、それとも何か、特別な意味があるのか。どうなのだろうか。

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