《星の海で遊ばせて》ロールプレイ(1)

十二月三日、柚子の誕生日。

柚子は、登校するや朝一番で、クラスの友達からプレゼントを貰った。ちょっと豪華なクッキーやマカロン、スムージーセット。食べが多い。そりゃあそうなるわよねと、プレゼントをけ取る柚子を見ながら紗枝はそう思っていた。柚子にコスメのプレゼントなんて、怖くてできないだろう。何しろ、プラダのコートやエルメスのハンカチを當たり前に使っている子である。そんな子に、高校生のお小遣いで買えるくらいの化粧品や服をプレゼントしようと思う生徒はいない。その結果、プレゼントは食料品に集中する。柚子のスクールバックは、授業が始まる前にいっぱいになってしまった。

その日の晝は、柚子は紗枝と千代と一緒に、調理室で食べることになっていた。ハッピーバスデーの歌を歌い、千代と紗枝で柚子を祝う。紗枝のプレゼントは、ペティナイフだった。そして千代は、ペンギンのデザインの著る布を手提げ袋から引っ張り出して、柚子に渡した。

「え、可い! これ、ペンギン!?」

柚子はけ取ったペンギン布を、ひっくり返したりして確かめた。

紗枝は聲を上げて笑った。

「ちょうど古著屋で見つけてさ! 可いから一目ぼれで買っちゃった。柚子、ペンギン好きだって言ってたし」

「うん。これ、すごいね」

「じゃ、著てみて」

「今!?」

「うん、今」

千代はそう言うと、スマホのカメラを起する。紗枝も無言でそれに続く。柚子は、恥ずかしがりながらも、制服の上からペンギン布に袖を通した。これは可いなと、紗枝と千代は大興で、パシャパシャとシャッターを切った。

「じゃあ今度片足上げて、両手は前でぎゅっと合わせてー」

千代のポージング要求にも、勢いで応えてしまう柚子だった。

ひとしきり寫真を撮った後、千代と紗枝は、二人で今しがた撮った寫真ファイルを、畫面上に並べて表示させた。

「これは、売れるね」

「一枚千円なら、男子買うんじゃない」

「二千円くらいでいっとく?」

「ちょっと!」

紗枝と千代の悪だくみに、ペンギン姿の柚子がストップをかける。

「今日それ著て行ったら? 水上、喜ぶんじゃない?」

「喜ばないよ!」

紗枝が言うのに、柚子は突っ込む。

千代と紗枝は、二人でケラケラ笑いあった。

全くもうと言いながら、柚子はペンギンの袖を頬につけ、そのらかさと溫もりをじながら、すうっと息を吸い込んだ。

ダンス部の練習の後、柚子はシャワールームで汗を洗い流して、制服に著替えると、文蕓部の部室にやってきた。詩乃に頭をでられた記念に買ったカスタードクリームのトレンチコートに赤いマフラー。シャワーを浴びた後で、髪もも、つやつやしている。詩乃はそれを見て、いよいよ張してきてしまうのだった。

今日は、新見さんをエスコートしなくてはいけない。一月かけて、その心の準備はしてきた。しかしいざ、柚子を前にすると、詩乃の作り上げてきた自信は、へなへなと萎れてきてしまうのだった。

――この子を、自分が?

新見さんはいつもの新見さんのはず。それなのに、いつもと雰囲気が違う。いつもよりも、大人っぽくて、綺麗だ。髪を切って、これなら、と思っていた自分が馬鹿だったと、詩乃は自分の想像力の乏しさを呪った。

詩乃は制服のジャケットをいで椅子に掛け、ハンガーに吊るしておいたテーパードジャケットを著、その上からロングコートを羽織った。ジャケットは、この日のために買ったものだったが、柚子を前にすると、何を著てもダメなような気がしてくる詩乃だった。ものでいえば、ロングコートは良いものだった。母が父にプレゼントし、父が著ないから勝手に貰いけたバーバリーのカシミアコート。暖かくて著心地も良い。ただ、茶と薄い黒でほどこされたチェック柄は、かなり年寄り臭い。これで新見さんの隣を歩くというのは、どうなのだろうか。

「行こうか……」

詩乃は、死地に赴くような気持ちで、部室を後にした。

電車に乗って日暮里から銀座。銀座駅から徒歩五分の場所に、詩乃の予約したレストランがある。三階建て、外裝は二十世紀初頭のイギリス、中流家庭らしい佇まいで、しっかりとメリーポピンズの世界観を再現している。裝も素晴らしかった。若干、シャンデリアがあるなど、小さい部分でやや豪華すぎるじもあったが、そこまで原作にうるさくなければ、英國の雰囲気を十分に楽しめる。

付は燕尾服姿の男執事だった。執事の案で、二人は予約席に向かった。店の一角には暖爐があり、暖爐の前にはオレンジの四角い絨毯が敷かれている。予約席は、その絨毯脇の丸テーブルの席だった。白いテーブルクロスの上に、〈RESERVED〉の文字の書かれた青いプレート。それを見て詩乃は、自分で予約をしておきながら、その特別な待遇に恐してしまうのだった。二人は、執事にコートを預け、席に著いた。背もたれの広いゆったりとした椅子に、隣り合って座る。

執事がテーブルを離れると、詩乃は、靜かにほっと溜息をついた。

「いい所だね。私、こういう雰囲気、すごく好き!」

「う、うん……」

「水上君、ありがと」

「うん……」

「えへへへ……」

柚子は、嬉しさに思わず、詩乃の肩に頬を寄せた。ぞくぞくっと、詩乃は思わずを強張らせて震えてしまう。甘い香りがふわっと漂ってきて、詩乃は、思わず息を止めた。何か、とんでもなく悪いことをしているような気になったのだ。

程なく、メイドが席にやってきた。水に白のストライプワンピースに白いエプロンに手袋。両手で持っている銀のトレイには、赤いったガラスのボトルと、ワイングラスが二つ乗っかっている。見るからにワインだが、中は葡萄ジュースである。酒が飲める年齢なら、これがワインになる。

二人の前にワイングラスが置かれ、メイドはその場で葡萄ジュースのコルクを開けると、二人のグラスにその綺麗なバラを注いだ。それから、今日のコースの説明を軽くして、それが終わる頃に、別のメイドが、今度は料理を持ってやってきた。

目の覚めるような真っ赤なチーズフォンデュ鍋、ボイルされた野菜が敷き詰められた、春の庭園を思わせる大皿、ピクニックに持っていくようなバスケットにった一口大のパン、生ハムとサーモンにオニオンドレッシングのカルパッチョ。そして最後に、二のフォンデュフォークが二人の取り皿の前に置かれた。

「お楽しみくださいませ」

メイドは慎みのある笑みでそう言って、テーブルを離れていった。

味しそうだね」

「うん!」

「た、食べようか」

「うん!」

詩乃は、柚子の嬉しそうな表、目の輝きに圧倒されてしまった。

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