《星の海で遊ばせて》ロールプレイ(2)
フォークのブロッコリーをチーズにからめる柚子を見ながら、詩乃は改めて、どうして自分が新見さんに魅力をじるのかを思い知らされていた。ただ顔が可いとか、綺麗とか、スタイルが良いとか、そういうことだけではない。新見さんは、いつもストレートなのだ。教室や、他の友達グループの中ではどうか知らないが、自分の前にいる新見さんは、いつも、そのままが表に出て、それがそのまま、言葉にも表れる。だから自分は、いつも吞み込まれてしまいそうになるのだ。どうしてそんなに無防備でいられるのだろうかと、不安にさえなってくる。だから絶対に、この子は裏切れないと思う。
「メリーポピンズは知ってた?」
「うん、名前だけだけど」
「そっか」
詩乃は柚子に笑顔を見せる。
本當は、メリーポピンズについてし話をしてみたかったが、仕方ない。
「どんなお話なの? ディズニーだよね?」
「う、うん。あ、原作は違うけど、まぁ、うん……」
詩乃はプチトマトを口にれて、語の説明から逃れた。語の説明は、詩乃は嫌いではなかったが得意ではない。そのことを、詩乃も良く知っていた。語だけではない。いつも何かを説明するときには、ちゃんとその順序や、全の構を決めて口を開く。ところがどういうわけか、口を開いて説明を始めると、説明の本筋とは関係のないことまで話そうとしてしまう。そうして話しているうちに、自分の説明それ自に対する疑問が生じて來て、それについて考え込んでしまう。そういう有様なので、どうにも他人に説明する、というのは詩乃には合が悪いのだった。
「味しいね」
「うん」
柚子の笑顔に詩乃は表を固めて頷く。
「中學生の頃食べて以來だよ、チーズフォンデュ」
「そうなの?」
「うん」
そういえば、柚子の中學生時代のことは、まだ詩乃は、あまり知らなかった。がらみで友にひびがり、割れてしまったということだけは知っている。あとは、ピアノを習っていたとか、部活はダンス部とバレーボール部を兼部していたとか、それくらい。
「家族で?」
「うん。お姉ちゃんの就職祝いで。チーズフォンデュの鍋買ってきて」
「家で?」
「うん。コロナで外出られなかったから」
「あぁ」
そういえば、そんなこともあったなぁと、詩乃は思い出す。あの時は、學校も休みになったり、有名人が亡くなったりして、々と大変だった。今もその影響は々な所に傷跡を殘している。そんなことが、そんなに遠くない昔にあった。思い出すと、その時の記憶が押し寄せてくる。今から三年前、四年前の出來事だ。隨分昔のようにじる。思い出したくない過去は、そうやって、遠い昔のことのようにして忘れようとしてゆくものなのかなぁと、詩乃は思うのだった。
「でも、今日のチーズフォンデュは、すごく味しいよ。お店で食べたの初めて。よくこんなお店知ってたね」
「調べてたら、たまたま出てきたんだよ」
やっぱり水上君、いいなぁと、柚子は心の底からそう思うのだった。きっと水上君のことだから、何となくぼうっと眺めていたら、という調べ方じゃない。あのPCデスク周辺は、水上君の熱だ。きっと水上君は、語の一文を考えるのと同じようなつもりで、今日この店を、探し出してくれたに違いない。でも水上君は、そのことを言わない。ただ一言、「たまたま」なんて表現の仕方をする。きっと、私がけ取れていないメッセージが、このお店選びにもあるに違いない。
「メリーポピンズ、好きなの?」
詩乃は、口にれかけたブロッコリーを止めた。
寂しそうな眼に、小さな沈黙。
何だろう、と柚子は思った。
「……小學生の時に見たんだ、初めて。何回も見た」
詩乃は、昔のことを思い出していた。小學生の頃の記憶は、詩乃は今でも鮮明に覚えている。楽しい記憶の方が多い。でもその楽しい記憶には、言い様のない寂しさが付きまとう。だから詩乃は、昔のことはできるだけ思い出さないようにしていた。それでもふと、映畫を見たり、音楽を聞いたり、蕓作品にれていると思い出すことがある。
「そういう映畫あるよね。私も、〈E.T.〉、すごく好きなの。……水上君、知ってる?」
「もちろん知ってるよ。スピルバーグの映畫は、大見たから。〈E.T.〉は傑作だよ」
「そうだよね! 〈E.T.〉って言っても、知らない人多かったから――」
「本當に良い映畫だよ」
詩乃はそう言って目を瞑った。良い映畫について、言いたいことはたくさんある。どこが良かったか、どのシーンが良かったか、詩乃は、柚子と共有したかった。しかしいざ言葉にしようとすると、と言葉が頭の中でひどい渋滯を起こしてしまって、うまくゆかない。渋滯を解消するためには、どうしても時間がかかってしまう。新見さんは、この沈黙を許してくれるだろうかと、詩乃の思考はそのことをも考えて、より複雑になってゆく。
柚子は、詩乃のを一つ暴いたような気がして、そのことに小さな喜びを覚えていた。以前詩乃は、クラスメイトの數名いる晝食の席で、映畫について聞かれたとき、映畫はあまり見ない、興味が無いというような事を言っていた。でもそれは、やっぱり噓だった。柚子は薄々気づいていた。水上君が、映畫を見ないわけがない。ただ、皆の前では恥ずかしがってか面倒くさがってか、わざと會話を、膨らまないよう、膨らまないようにと進めていく。
でもこうして、ちょっとずつ水上君は、私に本當のことを話してくれるようになっている。もともと、水上君が私に噓を言うわけじゃないけれど、心を開いてくれているのがわかる。そのことが柚子には嬉しく、の中が暖かくなるのが分かった。
しすると、ピアノの生演奏が始まった。
ピアノ奏者の弾き語り――英語そのままの歌詞で、映畫の中の曲を歌う。愉快な砂糖とスプーン。早口言葉。レストランの他の客の顔にも笑顔が溢れる。柚子の笑顔を盜み見た詩乃は、ぎゅうっとを締め付けられるような思いがした。
演奏はやがて、靜かな曲へと移っていく。
煙突掃除屋の曲。
詩乃は目を閉じた。曲を聞くと、映畫のシーンだけでなく、この曲を聞いた頃の々な思い出が蘇ってくる。小さなソファーに、母と二人座って、この映畫を見た。メリーポピンズは、詩乃にとっては、母との思い出だった。
これ以上思い出の世界に浸っていてはいけないと、詩乃は目を開けようと試みた。今は新見さんとのデート中だ。新見さんを楽しませないと。喜ばせないと。こんな風に、一人で空想の世界に沈み込んでいる場合じゃない。しかし、そうは思っても、詩乃の目は開かなかった。もうし、もう一瞬だけでも、この音楽の世界にをゆだねていたい。
曲が変わった。靜かなアカペラから始まる〈Feed the birds〉。
詩乃の瞼の裏には、映畫の景が、ありありと浮かんでいた。大聖堂の周りを飛び回る鳩たち。階段の下には餌売りの老婆が、鳩に餌を、鳩に餌をと、人々に呼びかけている。誰にも見向きもされない、灰のボロを著た汚らしい老婆。ハトの糞が模様になっている。鳩は老婆にまとわりつき、そのぼさぼさの髪のを、鳥の巣のようにしている。鳩なんかに餌をやって何になるのか、白い目さえ向けられている。
けれど、老婆の目は穏やかだった。老婆の目には、一何が映っていたのだろうか。ベッドの上の母の眼差しとよく似ていた。母も、あれは、鳩を見ていたのかもしれない。母は鳥が好きだった。鳥が――。
詩乃は、をこらえきれず、その閉じた瞼の隙間から、ぽろぽろと涙を流し始めた。その、鼻をすする音で、柚子は、詩乃が泣いているのに気が付いた。思いもよらないことに、柚子は頭が真っ白になってしまった。悔し泣きでも、痛みのための涙でもないそんな男の人の涙を、柚子はこれまで見たことが無かった。
詩乃は、涙を拭きながら、新見さんに、なんてみっともない所を見せてしまったのだろうと、涙一つ堪えられない弱い自分を恥じた。デートの途中で、男が彼の前で泣くなんて、なんてみっともないのだろう。
あぁ、最悪だと詩乃は思った。
泣いてしまったものは、もう取り返しがつかない。新見さんはきっと、気まずい思いをしている。そんなのは、見なくてもわかる。だけど、何か會話をしようにも、口を開くたびに、傷にとらわれて、目が潤んできてしまう。嗚咽をこらえるのがやっとだ。
「――いい……いい曲なんだよ。好きで」
詩乃は、それだけを何とか口にして、アスパラガスにチーズを絡めた。
柚子は、何と答えて良いのかわからず、「うん、良い曲だね」と言って頷くしかなかった。そんなことしか言えない自分を、柚子も柚子でけなく思った。
その後は柚子も詩乃も言葉が出てこず、デートは別れ際まで、二人の會話はほとんど無かった。別れ際に、詩乃はプレゼントを柚子に渡した。四角い箱。の憧れ、というネットの口コミ。イヴ・サンローランの化粧品。しかし詩乃にとっては、このプレゼント自も、〈常識的〉という制限をけた妥協の賜である。敗北のようなイヴ・サンローランを渡し、詩乃は柚子と別れた。柚子が喜んだかどうか、その笑顔がどんなものか、詩乃はもう、見てとる気力を失っていた。「またお出かけしようね」と、柚子は詩乃に、そう言った。その言葉は、詩乃の心に重くのしかかるのだった。
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