《星の海で遊ばせて》ロールプレイ(4)

文蕓部の部誌が出來上がり、その文庫本サイズの五十部は、詩乃が思ってもみない早さでなくなっていった。火曜日から金曜日までに、三十部ちょっとが読者の手に渡った。二年A組の子と一部の男子、そしてダンス部が貰って行った。詩乃は、柚子の宣伝能力に心するばかりだった。

部誌の〈フィルター〉の読者の生徒たちは、その想を詩乃ではなく柚子にあてた。文化祭の一件もあって、詩乃は決してクラスで悪い票を得ているわけではなかったが、近寄りがたい雰囲気はそのままで、結果、小説の想はその彼である柚子に寄せられるのだった。柚子は、詩乃のマネージャーになったような気分で、これも良いなぁと思うようになっていた。面白かった、良かった、水上君によろしく言っておいてね、そんなことを言われると、柚子は顔のにやにやが暫く治まらなくなってしまうのだった。週が変わり、終業式の朝までに、部誌は殘り五部を殘すのみとなっていた。

二十四日、クリスマスイブは午前中に終業式があり、午後は四時からクリスマスイブのダンスパーティーがある。場所は育館で行われ、ジュースや、料理部の作った軽食などがふるまわれる。茶ノ原高校の伝統行事の一つである。軽音楽部の數組のライブとダンスタイムがあり、ダンスタイムはジャズ研の生演奏である。

ダンスパーティーを前に、詩乃は一人、CL棟の屋上で風にあたっていた。曇り空の下、育館の周りには、もう生徒たちが集まり始めている。詩乃は、もう何度目かわからないため息をついた。どうして皆の前で踴ることが楽しいのか、詩乃にはわからなかった。注目されることは、苦痛でしかない。

育の授業でも週に一度はダンスをやっている。それは、今年の四月からずっとそうだ。男混合、主にペアで踴ることが多い。しかし近頃、十一月からのダンスの時間も、詩乃にとっては苦痛だった。十一月までは、詩乃のペアはランダムだった。それが、十一月にり、柚子と付き合っているということを皆が知ると、ペアが常に柚子になった。それ自は、詩乃には、願ってもないことだった。しかしダンス中の、自分たちに向けられる皆の視線が、我慢ならなかった。含みのある視線、好奇の目、からかうような、ちょっとした一言、二言。

今日、これから皆の前で踴らなければならないと思うと、詩乃は気が重かった。こんなダンスよりも、新見さんをここから連れ出して、どこか――橫浜の山下公園あたりに行きたいところだ。きっと人込みはすごいだろうけど、ここでダンスを踴るよりはよっぽどマシだ。

四時が過ぎ、軽音部の演奏が始まる。あたりが、暗くなってくると、中庭の街燈のオレンジの明かりが、いっそうしく見えてくる。

詩乃は、はあっとため息をついて、屋上を降りた。

バンドの演奏が終わり、ジャズ研が演奏の準備をする。その間に、詩乃は柚子と合流した。男子生徒はいつも通りの制服がほとんどだが、子生徒の裝は様々である。子の制服はスカートが三種類あり、それに、私服の上著を合わせたり、スキニーパンツを履いてきたり、生徒によっては、ドレスを著ていたりする。ファッション部の貸し出し裝も、この會の見どころの一つである。

柚子はと言うと、スカートは制服の黒と灰のチェックスカートに、上は襟もとにフリルの付いた、黒ブラウスを著ている。髪は結い上げてまとめているので、白い首筋のラインがくっきり見えている。髪留めの赤が目に飛び込んでくる。手なんかつながないでも、踴りなんて踴らないでも、見ているだけで充分だと思う詩乃だった。そして、笑顔の柚子を持ていると、自分の、何の魅力もないであろう姿を鑑み、詩乃は、恥じるような気分になってくるのだった。

ピアノとヴァイオリンが、音楽を奏で始める。ゆっくりした三拍子、茶ノ原高校の校歌をアレンジした、〈茶ノ原のワルツ〉。育館には、金に輝く裝飾品も、シャンデリアや宗教彫刻もないが、ワルツが流れると、そこはあたかも、ヴァルサイユ宮殿かオペラ座か、という雰囲気に包まれる。子生徒は、それぞれに裝に工夫を凝らして著飾っているので、育館は華やかである。ペアのしい裝いに、たじたじになる制服の男子生徒――詩乃だけでなく、むしろ多くの男子生徒は、同じような心境でダンスを始めていた。

詩乃も、柚子の手を取って、ステップを踏み始める。

周りにぶつからないように、間違えないように――詩乃の視界の隅には、常に、自分たちの方を見てはしゃいでいる子の見學グループや、にやつく男子がいた。踴りながら、詩乃はそれが、気になって仕方が無かった。

詩乃の表いので、柚子は優しく微笑みかけながら、言った。

「水上君、上手だよ」

「……」

詩乃の額に、冷や汗が流れる。手の汗もすごい。詩乃は申し訳なく思って、握っている手の力を緩めた。すると柚子は、それを許さないとでも言うように、強く詩乃の手を握り返した。

「私、水上君とこうやって、踴ってみたかったんだ」

「どうして?」

ふふっと、柚子は笑顔で答える。

「今朝ね、お父さんに、傘あげたの」

「え?」

「ちょっと喧嘩してたんだけど、たぶん、仲直りできた」

なんだ、何の話だと、詩乃は眉間にしわを寄せた。詩乃は今、踴ることと周りの視線を気にしないことに神経を全部使っていたので、柚子の話や、その言葉の裏を読み解くことは到底できなかった。

「雨予報出てないのに、曇りだからって、今日、會社に持ってっちゃった」

「きっと、嬉しかったんだよ」

詩乃の表が、し緩む。

「お父さん、銀行員なんだ」

「そうなんだ」

柚子は、詩乃のに額をくっつけた。

「水上君のおかげだよ」

「え!?」

どういうことか、詩乃にはわからなかった。どういう理屈で、新見さんが、お父さんと仲直りできたのが、自分のおかげということになるのだろう。さっぱりわからない。

「そ、そうなの……?」

「うん」

本人がそう言うなら、そうなのかぁと、詩乃は納得するしかなかった。でもどうしてなのだろうかと、考えるだけの余裕は、今の詩乃にはない。一曲目のワルツが終わる頃には、詩乃は神的に、へとへとになっていた。結局最後まで、詩乃の表いままだった。楽しくなかったのかなと、柚子は不安になってくるのだった。

「お前ちょっと行って來いよ」、「新見さんって來いよ」と、そんなような小聲のやり取りが、周りから聞こえてくる。先輩と踴ってもらえるかな、と、一年生の子生徒も、柚子をさして、そんなこそこそ話をしている。詩乃は、そういう小さな聲や、ちょっとした空気や、自分や柚子に向けられているを、嫌というほどじ取っていた。

「ちょっと、休む?」

柚子に聞かれ、詩乃は頷いた。

二人が育館の壁際に歩いてゆくと、その瞬間を狙っていたかのように、三年生の男子生徒が、柚子のもとにやってきた。

「新見さん、一曲お願いできる?」

先輩のいをけた柚子は、詩乃に視線を送った。

「取るつもりはないよ。ちょっと、思い出を作りたいだけ。ほら、俺たちはもうこれ、最後だから」

そう言われて、詩乃は小さく頷いた。

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