《星の海で遊ばせて》ロールプレイ(6)
詩乃は、前日のもやついた気持ちを抱えたまま、クリスマス當日を迎えた。
もやもやの原因は先輩の事ではない。新見さんに言い寄ってくる男連中を追い払えるような男に、自分がなれるのだろうかという疑問が、詩乃の中に生じていた。そうして一晩かけてわかったことは――そうなれるんだという自信、そうなりたいという意が、自分には欠如しているのだという、悲しい気付きだった。
詩乃は憂鬱な気分を抱えたまま、電車に揺られていた。待ち合わせは日暮里駅。山手線の品川方面行きホームの先頭。いつも詩乃は、茶ノ原高校まで自転車で通學しているが、今日は、帰り道、自転車に乗る元気が無いかもしれないと思い、電車を使うことにしていた。
焦げ茶のセーターにライトブルーのタイトジーンズ、相変わらずのボロバッシュ、ホームセンターで安売りしていた木の幹のネックウォーマーと、登山でも使える黒手袋。そしていつも學校にも著て行っている、明るい茶のカシミアロングコート。今持っている中で、一番暖かい格好を選んできていた。
午後二時、中途半端な時間だが、クリスマスということで、平日にもかかわらず人出は多かった。詩乃は常磐線を折り、連絡通路を上って、待ち合わせのホームに降りた。ちょっとした人混みの中、しかし、ホームの先頭で待つ柚子の姿は、驚くほど鮮明に詩乃の目に飛び込んできた。
赤いダッフルコート、ハイヒール。白いバック。
そして、満點の笑顔。
しかし実は、詩乃が柚子を見つけるよりも早く、柚子は詩乃を見つけていた。詩乃が、常磐線のホームに降りた瞬間、柚子はその姿を確認していた。いつもは自転車なのに、今日は電車なんだ。いつもと違うんだ。そう思ってくれてるんだと、柚子はつい嬉しくなって、連絡通路へと階段を上る詩乃に手を振っていた。詩乃は気づかずに階段を上がってしまって、柚子は、自分の子供じみた反応に顔を赤らめたのだった。
「おはよー」
「うん」
柚子は、詩乃が來るのが待ちきれず、車両一つ分ほど歩いて、詩乃と合流した。昨日の新見さんも大人っぽかったけど、今日の新見さんも、すごく大人っぽい。ハイヒールのせいだろうか。それとも、赤いコートのせいだろうか。
「赤、似合うね」
ぽろっと、詩乃が言った。
「ホント!?」
「うん。上品でかわいいじ。まぁ、新見さんは何著ても似合うんだけどさ……」
それに比べて、自分は、新見さんの隣を歩くために大した努力もしていない。結局髪を切って満足してしまっただけだ。申し訳ないな、と、詩乃は柚子を褒めながら、気持ちはすでにしおれ始めていた。
「んふふ、ふふ、嬉しいなぁ」
柚子は、ぎゅっと詩乃の二の腕に抱き著いた。
赤はを興させると言うが、実はそうではないらしいという説もある。果たしてどっちなのだろうか、詩乃はそんなことを考えた。自分好みの上品な赤いコートのせいか、どんな服裝でも新見さんに抱き付かれれば、同じような気分になるのか。
「あ……」
「どうしたの?」
「いや、なんでもない」
詩乃は、不意に、デートの時の彼への言葉掛けについてのネット記事や、本の報を思い出した。まずは服裝を褒めるべし、ということが書いてあった。詩乃は、自分が今柚子の服を褒めたことについて、まるで、そんな彼氏の〈ハウトゥー〉を小賢しく実踐してしまったじがして、恥ずかしくなってしまった。
「なぁに、気になるでしょ!」
柚子の、いつもよりも甘えた聲。
脳みそがとろけそうになるからやめてくれと、詩乃は思った。頬が緩みそうになるのを、表を固めて防ぐ。節度を失った振舞いは、見るのも、自分がするのも、詩乃は嫌だった。大聲でぶ、大口を開けて笑う、そしてに流される。――一度流されたら、どこまでも流されてゆきそうで詩乃は怖かった。
すぐに電車が來て、二人はそれに乗った。
柚子は、電車の中でも、ずっと詩乃にくっついていた。詩乃がその気になれば、即座に抱きしめることができるポジションに。むしろ柚子は、それを期待していた。抱きしめてくれないかな、頭でてくれないかな――と。
しかし本當は、もっとちゃんと聞きたいことがあった。
昨日、どうしてダンスの途中でいなくなってしまったのか。そしてどうして、笑顔がなかったのか。それは今もそうだった。張しているだけならいいけれど、そうじゃなかったら――私といることがつまらないから笑顔が出てこないのだったとしたら、どうしよう。その不安が、柚子の甘えモードを助長していた。不安だから近くにいたい、水上君の溫をじていたい。そうしたら、何かわかるかもしれない。
目的の品川駅まではすぐだった。駅に著き、二人は並んで歩いた。
サンタクロースの大きなバルーンアートが、改札の前のスペースに作られていた。巨大サンタの前にはトナカイやミニサンタのマスコットがいて、家族連れや、カップルが寫真を撮っている。二人も、そこで寫真を撮ってもらった。さっそくその寫真をスマホの待ちけ畫面に設定して、ご機嫌で、柚子は詩乃のし後ろを、くっついて歩いた。
駅を出て、十分ほど歩くと、目的の水族館に著いた。
平日とはいえ冬休みで、チケット売り場には列ができていた。並んでチケットを買い、水族館にる。人混みは覚悟していた詩乃だったが、いざその中にると、どうしてこんな狹い場所に、わざわざらなければいけないのだろうと、そんな疑問がぽんと浮かんでくる。
薄暗い水族館、二人を出迎えたのは、遊覧船の模型だった。十メートルほどもある帆船のミニチュアである。青や赤のでライトアップされている。口の広場から次のフロアに進むと、今度は広い空間に円柱や円錐型の水槽でクラゲが展示されていた。ただの展示ではない。とりどりのが、水槽や水やクラゲにあたって、屈折し、屈折がの模様を作っている。フロア自が、と水生生と水を使った、一つのアート作品の様だった。しかもそのアートは、水のき、クラゲのき、そしてライトのきによって逐一変化し、瞬間ごとに、新しい形へと変化してゆく。
「うわぁー、綺麗だね」
柚子が零した。
詩乃も最初はそう思った。しかし、數歩も歩かないうちに、立ち止まり、軽い吐き気を覚えて口元に手を當てた。どうしたのかと、柚子は詩乃の顔を覗き込んだ。詩乃は、柚子の視線に気づき、気を使わせてはいけないと、軽い笑みを返して、再び歩き出した。
次のフロアも、その次のフロアも、水槽の形や配置は変わり、展示されている生は変わっても、その展示の仕方は変わらなかった。ライトアップされ、その線に染められた水の中を、魚たちは泳いでいる。キラキラき回るとりどりのイルミネーション。柚子も楽しそうにしている。柚子の〈楽しい〉を奪ってはいけないと、詩乃は笑顔を顔に張り付ける。
しかし本當は、詩乃は、今すぐにでもこの場所を出たかった。皆が〈綺麗〉と表現するこの水族館の展示や景は、詩乃にとっては全くそうは映っていなかった。赤や青や、人工的なに染められる生たちを見ると、詩乃は、人間がその支配力を誇示しているようにしか見えなかった。クラゲも、クリオネも、不思議な貝や深海魚の仲間も、イルミネーションに適した水槽に閉じ込められ、まるで寶石か何かの様に展示されている。生命の尊厳はどこへ行ったのだろうか。人間には及びもつかない生きの神は、どこに行ったのだろうか。こんなのは、生きに対する冒涜だ――。
いくつかのフロアを回った後、二人は宇宙ステーションのようなカフェスペースにたどり著いた。テーブルも壁も、床も、全面がイルミネーションのための裝置になっていて、の花火を打ち上げたり、きらきらる魚を映しだしたりしている。ホログラムが、カフェの暗い空間に、の粒子で作られたクラゲや蝶々を作り出している。柚子はそこでパフェーを注文し、詩乃は、ウィンナコーヒーを頼んだ。
小さな丸テーブルの席について、詩乃はテーブルにコーヒーを置いた。
そしてふとテーブルを見た時、詩乃は、ぎょっとした。テーブルまでもが、実は水槽でできていて、その中には、小さなチョウチョウオの仲間が、三匹ほど泳いでいる。詩乃は、質の悪いホラー映畫の中にいるような気分だった。胃もたれするようなホラーシーンがカメラのアングルが変わるごとに襲い掛かってくる――それと全く同じじをけていた。
ずきん、ずきん、と詩乃の頭が痛み始めた。
柚子は、自分の投げかけに笑顔を見せてくれる詩乃が、無理をしていることを、とうに気づいていた。詩乃は隠そうとして、隠せているつもりでいたか、柚子にはバレバレだった。同じ笑顔でも、それが本心から來る笑顔なのか、無理をした作り笑顔なのか、そんなことは、付き合う前からずっと詩乃のことを見ていた柚子は、今ではすぐに見分けられた。それでも詩乃に、「大丈夫?」と聲をかけないのは、詩乃が、隠そうとしているからだった。それを無理やり暴くのは、詩乃の好意を無駄にすることになる気がした。
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