《星の海で遊ばせて》ロールプレイ(7)
二人はカフェで一休みした後、二つ三つフロアを巡り、イルカショーの會場にやってきた。ドーム型のフロアの真ん中には巨大な水槽があり、それを見下ろす形で客席がある。ショーが始まると、フロアは映畫館のように暗くなり、水槽だけが青くライトアップされた。水槽のあちこちに舞臺裝置があり、水を噴したり、を投影したりして、ショーを彩った。BGMに合わせて、六頭のイルカがジャンプを繰り返し、その著水の水しぶきが、きらきらと桃やオレンジに輝く。歓聲が沸くたびに、詩乃の頭痛はひどくなっていった。
詩乃は、こめかみを抑えた。
「水上君、大丈夫?」
ついに柚子は、詩乃があまりにも合が悪そうなので聲をかけた。詩乃は、実際大丈夫ではなかったので、俯いて、答えなかった。
「休憩しよ、ね」
「でも、ショー途中だし……」
「ショーはいつでも見られるから!」
柚子は、詩乃の背中に手を回して、イルカショーのフロアを出た。エスカレーターで一階に戻り、クラゲの展示フロアを橫切って、カフェエリアに戻る。そこで一休みしようと思っていた柚子だったが、詩乃の様子を見て、水族館を出ることに決めた。柚子は、詩乃の調不良の原因が分かったような気がした。人混みも、チカチカしたも、水上君は苦手なんだ。だから、強いから目を逸らしていた。それで、調が悪くなってしまったに違いない。
柚子は詩乃を連れて、水族館を出た。名殘惜しくはあったが、それよりも、詩乃の合が治ってくれることが今は一番だった。
外はすでに日が落ち、ビルの隙間から見える殘が空の片隅で消えかかっていた。
水族館を出た後、柚子は詩乃の背中をさすったりしながら、小さなイタリア風のカフェレストランを見つけて、そこにった。小さな店のテーブルは、半分以上が空席で、スローテンポのシャンソンが、靜かに流れている。
席に著くと、水が運ばれてきた。
詩乃は、その細長いコップを、じいっと見つめた。
そこに映る歪な形の自分が、まるで自分の心のようだと、詩乃は思った。
詩乃はテーブルに肘をついて、その掌で顔を覆った。
自分でった水族館なのに、それを、臺無しにしてしまった。楽しみにしてくれていたのにと、柚子の事を思うと、詩乃は申し訳ない気持ちでいっぱいになってくるのだった。
柚子は、詩乃の隣に座って、詩乃の背中を優しくでた。
詩乃の暗い表が、調不良のせいだけではないと、柚子にはわかっていた。
「合、どう?」
「大丈夫」
詩乃は答えた。
水族館を離れて、頭痛も、吐き気もなくなってきていた。
詩乃はこめかみを押えた。
「痛い?」
詩乃は首を振った。
「……ごめん」
柚子は、小さくつぶやいた詩乃の言葉に、が押しつぶされそうになってしまった。詩乃に謝らせてしまった事が、柚子にはショックだった。
「大丈夫だよ」
と、柚子は詩乃がずうっと見つめているコップを、詩乃の前に持ってきた。詩乃はそれをけ取って、ちびちびと水を飲んだ。
「水上君といられれば、なんでもいいんだよ」
柚子の優しい勵ましは、暖かさとともに、鋭いとげとなって詩乃の心を突き刺した。こんな優しい新見さんに、気を使わせてしまっている。自分はなんてダメな奴なのだろうか。
「人混み、苦手だった?」
柚子の質問に、詩乃は首を振る。
人混みは苦手だが、調不良はそのせいじゃない。
もう今更、強がりを言うこともないと、詩乃は思った。本當のことを言って、それで、新見さんに嫌われてしまったら、もうそれはそれでしょうがない。
新見さんは、あの水族館を見て〈綺麗〉と言った。自分が本心を言えば、そのを否定することになる。の否定は、人格の否定にも等しい。だから、言いたくはない。新見さんを傷つけるようなことは。だけど、それを言わないのは、もはや不誠実だ。嫌われてでも、ちゃんと、本當のことを話そう。
――詩乃はそう思い、口を開いた。
「展示が、良くなかった……」
柚子は、一言も聞き逃すまいと、詩乃の聲に集中した。
「あんなの……あんな悪趣味な展示だとは思わなかった。なんであんな風に生きを扱うのかわからない。ライトアップして、イルミネーションの飾りの一部みたいに……」
詩乃はにじんでくる涙を指で払った。
あの水族館のクラゲのことを思うと、悔しくてたまらない。
「生きは、人間の裝飾品じゃないのに。魚の上にカップを置いて、何が楽しいのかわからない。魚から學ばなきゃいけないのに、あれは、あんなの……人間が上にいて、人間の鑑賞のための奴隷だよ。あんな扱い……」
柚子は、息を呑んで詩乃の話を聞いていた。
そんな風に思っていたのかと、柚子は、詩乃の考え方にしていた。そのは、蝶の羽化の瞬間にじるとよく似ていた。
ショルダーポーチからティッシュを出して、詩乃は目元をぬぐい、鼻をかんだ。その様子を見て、柚子は心が痛んだ。今日も、それに昨日のダンスも、水上君にはすごく無理をさせていたのかもしれない。
はぁと、詩乃は息をつき、ポーチから包裝された小さな四角い箱を取り出した。それは、柚子へのクリスマスプレゼントだった。新宿をぶらりと回り見つけてきた、本革にリングの付いたキーホルダーである。
「はい、プレゼント」
詩乃の不意打ちに、柚子は驚いてしまった。
「私に?」
「うん」
「開けていい!?」
「うん」
柚子はその場で、箱の包裝を綺麗にとって、箱を開けた。キーホルダーを見て、息を吸い込んだ。しすぎて、呼吸を忘れてしまった。
「趣味と違ったらごめん」
「ううん、すごくいい! すごくいい!」
柚子はキーホルダーを手に取って、その場で、自分の使っていたキーホルダーから、鍵類を全部、プレゼントの新しいキーホルダーに付け替えた。本當はもう一つ、詩乃はサプライズを用意していた。コートのポケットに、実は、自宅の合鍵をれていた。キーホルダーと一緒に合鍵のプレゼントをするつもりだった。そのためにわざわざ作った合鍵だったが、こんな失敗デートの後で、そんなサプライズをする勇気は詩乃にはなかった。
「ありがとう、大事にする。本當にありがとうね」
そんな大喜びされるほどのものだっただろうかと、詩乃はかえって不安になってしまうのだった。それに対して、柚子もプレゼントを用意していた。バックの中から、長細い黒箱を取り出す、茶いリボンに、COACHの文字とロゴマーク。COACHくらいは、詩乃も知っていた。
箱を開けると、っていたのは、上品な茶の長財布だった。
一目見て、詩乃はその長財布が気にってしまった。
「新見さんやっぱり、センス良いよ。ありがとう」
詩乃は、柚子に倣って、今使っている財布から中を全部れ替えた。
柚子の方も実は財布の他にサプライズがあったのだが、詩乃と違い、それはもう財布の中に忍ばせている。それからどうしてCOACHを選んだのかも、柚子にはちゃんと理由があった。でもそれは、きっと水上君のことだから、いつか読み取ってくれるだろうと思って、何も言わないことにした。そうと決めると、そのめ事は、特別なおまじないのように思えてくるのだった。
詩乃は、財布の中をれ替えながら、柚子の様子を見て考え込んでしまった。柚子は、キーホルダーを々な角度からかざして見たり、寫真を撮ったりしている。こんな自分に、どうしてそんなにしてくれるのだろうかと、詩乃は思う。誕生日の日も、そして今回も、新見さんにとって大事な日を、二度も続けて臺無しにしてしまっている。新見さんは、自分のことを評価したり、その評価によって見切りをつけたり、ということは考えていないのだろうか。デート一つ上手くできない男で、本當に良いのだろうか。
良いわけが無いと、詩乃は自答した。自分がもしだったら、付き合って初めてのデートで泣かれ、會話もなく、次のデートでは、自分でった水族館の展示に文句をつけて調不良になり、それを看病する羽目になるなんて、堪ったものではない。途中で帰られても、全く不思議はない。逆に、今こうして、新見さんが隣で笑っていることが信じられない。こんな良い子、自分には勿なさすぎる。もし新見さんが、彼である、ということの責任や義務から自分に良くしてくれているのだとしたら、この関係は、早く終わらせないといけない。――詩乃の思考は、そんな考えへと行きついていた。
「新見さん……」
詩乃は、から押し出すように、柚子に呼びかけた。
柚子は、詩乃の神妙な態度と口調に、嫌な予を覚えた。
「あのクラゲ――」
「クラゲ?」
「うん。自分はさ、あの水槽のクラゲの一匹でも良いよ」
柚子は、詩乃の言葉の意図するところがわからず、口を開きかけ、そのまま固まってしまった。それがどういう意味なのか、聞こうと思ったのだ。しかし、柚子は、聞いたところで説明はしてくれないのを悟った。水上君は、聞けば丁寧に教えてくれる時と、そうでない時がある。これは、そうでない時のじだ。まるで答えの明かされないなぞかけで、大抵そういうなぞかけをする時は、水上君にとって本當に重要なことが隠されている。
「あんな水槽にいるのは嫌だけど、そうされたとしても――新見さんにそうされるんだったら、いいと思ってるよ」
柚子は、詩乃のセーターの袖を思わずぎゅっと握った。詩乃が、どこかへ行ってしまうのではないかと思ったのだ。詩乃の目が、そう言っているような気がした。言葉の暗號は解けないけれど、その答えの行く先は、柚子は何となくわかるような気がした。
「……ごめんね、今日――」
「謝らないでよ! なんで、私、今日、今もすごく楽しいよ」
詩乃は頷いた。
新見さんなら絶対にそう言う。それはもう、わかっていた。柚子のすがるような瞳から、詩乃は目を逸らせた。
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