《星の海で遊ばせて》トラバース(3)

ダンス部は名古屋港に來ていた。

一月の四日、新幹線で名古屋駅、そこから荷を持って、皆で歩いてやってきた。二泊三日のステージ合宿。初日は、十四時から十五時の舞臺だった。名古屋港のガーデンふ頭、仮設ステージには、たくさんの見客が集まっていた。マジックショー、歌、漫才など、ステージは朝から盛り上がっている。

ダンス部はそのステージで、四日は午後の一回、五日、六日は午前と午後の二回、一時間ずつそこで踴る。茶ノ原高校のダンスパフォーマンスは、たまにテレビで取り上げられることもあって、ダンスの大會に出ない割に、知名度はなかなかに高かった。

初日のステージが終わった後、ダンス部の部員たちは、ステージの興冷めやらぬまま、近くの公民館まで歩いた。そこで著替えて、荷を置き、その後はちょっとした観の時間になる。イベントの主催者から、ふ頭にある水族館の無料チケットが、全員に配布されているのだ。

「行かなきゃダメってわけじゃないので、休む人は、休んでて大丈夫です」

顧問の阿佐教諭は、公民館の貸し切った會議室で、チケットを配りながら全に言った。しかし十分後、部屋に殘る生徒は一人もなく、會議室の鍵をかけながら、阿佐教諭はつくづく、高校生ってホント元気ね、と思うのだった。

「アサちゃん! 一緒に回ろうよ!」

二年生の子部員が、阿佐教諭を待っていた。

「阿佐、先生ね」

「いいじゃん、アサちゃん」

「わかったわかった」

手を引っ張られて、阿佐教諭も水族館に向かった。

ステージの功もあって、ダンス部の面々は、踴った疲れもどこへやら、イルカと飼育委員のじゃれ合いに笑顔をこぼし、イワシの群れに圧倒され、カサゴやヒトデなどの小水槽を覗き込み目を輝かせた。

そんな中に、阿佐教諭はふと、一人でクッションベンチに座り、大水槽を眺めている部員を発見した。子部員、他の子と同じ、ダンス部の黒いベンチコートを著ているのに、不思議な存在がある。やわらかい笑顔で、部の調和を守っている二年生――新見柚子。阿佐教諭にとっても、柚子はし特別な生徒に映っていた。

エイやタイの仲間、數種類のサメ、小魚の大群など、十種類以上の水生生が泳いでいる大型水槽を眺める柚子の橫顔。涼し気な目元や首筋は、人特有の鋭さを持っている。いつもはらかい雰囲気をまとっているが、ふとした瞬間につららのような鋭さ、寂しさのようなものが垣間見せることがある。

「新見さん、どうしたの?」

阿佐教諭は、柚子に近づきながら呼びかけてみた。

一人にしてほしそうだったら、そのまま離れようと教諭は思っていた。

「あ、先生」

ふわんとした無防備な笑顔。

阿佐教諭も、釣られて笑顔になる。

「今日は一人なの?」

「はい、ちょっと……」

柚子はそう言うと、水槽に視線を移した。

阿佐教諭は、柚子の隣に腰を下ろした。

「悩み事?」

「……エイの気持ちをちょっと、考えてました」

「エイ!?」

阿佐教諭は、柚子の答えに驚いてしまった。柚子は、教諭のその反応を見て、小さく笑ってしまった。

「そうですよね、そうなりますよね」

「う、うん。新見さん、エイ好きなの?」

「マイペースですよねぇ、あの泳ぎ方とか、ふわふわしてて」

「そ、そうねぇ」

新見さんも大概ふわふわしてるわよ、という言葉は心の中にしまっておく。阿佐教諭は、柚子が、水槽の中に〈誰か〉を見ているのが何となくわかった。その〈誰か〉の正も。噂に熱中することはないが、阿佐教諭も、顧問をしていれば、生徒たちの人間関係、というのは耳にってくる。

「先生、あの――デートの時って、男の人ってやっぱり、張しちゃうものなんですかね」

「デート?」

阿佐教諭は、小さく息を吸った。

柚子が、そういった質問をしてくるとは思わなかったのだ。明るく朗らか、隙だらけのように見えて、自分のことはあまり話さない。聞き上手なのが新見柚子というの子だ。最近彼氏ができた、という話も、本人はダンス部の中でさえ、その話をあまりしない。――誕生日祝ってもらったんだ、とか、クリスマス二人で出かけてきた、とか、周りの子が聞いて、やっとそういう報を出すくらいで、そこから先の事、子トークだったら一番盛り上がるその詳細の所は、のらりくらりと躱している。

「まぁ、張は、すると思うよ」

「……どうすれば良いか、わからないんですよねぇ」

「新見さんが?」

こくんと頷く柚子。

この子本當に可いわね、と阿佐教諭は思った。毒気というものがまるでない。そして悩んでいる悩みも、すごく可らしい。

「新見さんを意識してるってことだから、悪いことじゃないんじゃない?」

「でも……」

そりゃあ、新見さんが彼だったら張もするでしょと、阿佐教諭は思った。

「男の子の方も、きっと、新見さんを喜ばせようと思って一生懸命なんだよ」

「はい……」

阿佐教諭は、柚子の頭を、軽くでてあげた。

水族館巡りの後、ダンス部は公民館に戻った。旅館からの迎えのマイクロバスはもう來ていたので、荷を持って皆で走った。そこでまたひと汗かいてしまったが、おおむね時間通り、旅館にチャックインした。バスの中で、先に食事か先に風呂かの戦いが、男子と子の間で繰り広げられたが、最終的には、先に風呂ということになった。時間は一時間――そう主張する子に、男子は、三十分でいいだろと反論した。

結局、四十分ということで決著がつき、ホテルに著いて部屋に案された後は、男子はゆっくりと、子は忙しく風呂にった。畳の宴會場が貸し切られ、そこに人數分――二十三人分の膳と座椅子が並べられている。男子は早々に席に著き、遅れて、子部員たちが部屋にってくる。ひつまぶしや刺などの料理もさることながら、男子部員たちは、子の風呂上り、浴姿に鼻をばしてしまうのだった。食かどっちかにしろ、と子部員に叱られて、次期部長の男子が音頭をとり、夕食となった。

夕食が済むと、子部員は子の大部屋に、男子は男子の大部屋に戻った。ダンスに関するミーティングは特になく、練習が必要と思う部員は、宿の小さなホールを借りて練習をし、休憩が必要な部員は部屋でのんびり過ごす。『自主・自由・自立』という茶ノ原高校の教育スローガンは、ダンス部の活容をそのまま表していた。

柚子は、一年生の自主練をホールでし見て、そのあとで、子部屋に戻った。子部屋では、トークに花が咲いていた。ちょっとHな話から、デートの話、彼氏の愚癡など、縦橫無盡に飛びう。

「なんかさぁ、いきなり呼び出されてさ――夜の二時だよ?」

「マジで!?」

「明日初詣行こうってさ、だったら先言ってよって」

「そうだよねそれは」

「だって、一日は用事あるからごめんって、一回自分から斷っておきながらだよ?」

「それはちょっとアレだよね。――行ったの?」

「行ったけどさ、それがもう、さぁ……あれ、浴じゃないの? って――」

「うわそれ、最悪だね」

「でしょ? そんないきなり言われて、浴なんて用意できるかっての。浴著て行くのが普通みたいなさ」

「私なら怒るなそれ」

「いや、私も怒ったよ」

そんな話が出てくると、彼氏のダメっぷり披會が始まる。ダンス部はどの學年も、彼氏持ちが多い。そのため、この手の話には事欠かない。

「イブのデートがさぁ――」

「――その時のセリフがさぁ!」

「キス顔がキモくてさぁ!」

「脇汗すごいの、気づいてないの!」

あははは、あははは、と、布団の上で、皆笑い転げる。そんな中、柚子は、想笑いを浮かべるにとどまっていた。しかし話を聞いているうちに、だんだんと辛くなってきて、柚子はそっと立ち上がり、部屋を出た。部員たちの笑い聲を背中に扉を閉めて、スリッパでひたひたと、洗面所に向かう。キャラメルの大理石がピカピカ輝く洋風の洗面所。その鏡の前に立った柚子は、後ろの壁に寄りかかって、深いため息をついた。

そこへ、柚子の様子がおかしいのに気づいた千代が、柚子を追いかけてやってきた。

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