《星の海で遊ばせて》トラバース(4)
「柚子、大丈夫?」
「あ、ちーちゃん……トイレ?」
「そんなわけないでしょ」
思わず千代は笑ってしまう。
「柚子の様子が変だったから、見に來たの」
「私、変だった?」
「まぁ……皆は気づいてないかも」
良かった、と柚子は息をつく。
自分がどうの、というより、自分の態度があの場の雰囲気を壊していたらと思うと、そのことが心配だった。
「どうしたの?」
千代の質問に、柚子は俯いた。
まるで叱られた貓のようなうな垂れ方をしている。
「……なんで皆、彼氏を馬鹿にして、笑えるのかな」
ぽつりと言った柚子のその言葉に、千代は、心臓を撃たれたような気がした。柚子は顔を上げ、辛そうな表で千代に訴えた。
「彼氏だってきっと、喜ばせようと思って頑張ってくれてるかもしれないのに、どうしてあんな風に笑えるの。絶対傷つくよ、彼に、そんな風に言われたりしたら、本心じゃなくたって。なんで皆……」
柚子の純粋な優しい訴えは、千代の心をも突き刺した。千代も、自分の後輩彼氏のことで、隨分そのドジな失敗談を子會に持ち出していた。それは、子コミュニティーの中では日常茶飯事で、その是非について論じるというのは、ある種の忌である。そこにれれば、たとえ柚子でも怪我を負う。――本當に危なっかしいなぁと、千代は思った。
「皆本気じゃないって」
「うん……」
いじらしい柚子の態度を見ると、千代は、自分の心の汚さだとか、狡さのようなものを自覚せずにはいられなかった。柚子にはそういう所があるから、もしかすると、誰も、一線を越えて踏み込もうとしないのかもしれない。柚子のそこを「良い」と思える人だけが、柚子の懐にって行ける。私は、柚子のそういう所も「良い」と思う。というか、結構、憧れている。絶対真似できないから、憧れる。
「――いやでも、柚子が正しいよ」
千代が言うと、柚子は首を振った。
「なんか、水上君が馬鹿にされてるみたいで、私、すごく嫌だった」
千代は、自分のに手を當てて、目を瞑った。
柚子の可さと、そして自分の行いへの懺悔を神に報告したいと思った。
「水上君は果報者やでぇ」
千代の口から、思わず変な方言が出る。
「ううん。私が、不幸せにしてるかも……」
「そんなことないって!」
千代は聲を上げた。
「きっと水上君も會いたがってるよ。電話してあげたら」
千代は、思い付きでそんなことを言った。千代にとっては思い付きだったが、柚子はそう言われると、詩乃に會いたい気持ちが、じわじわと湧き出てきた。クリスマス以降、ダンスの練習に打ち込んで、そうすることによって気持ちに蓋をしていた柚子だったが、一度會いたい、聲を聞きたいと思うと、その気持ちはどんどんと勢いを増して、蓋の隙間からとめどなく流れ出していくのだった。
「いいのかな、電話しても……」
その気になっている柚子の様子を見て、千代は、背中を押そうと決めた。
「もちろんでしょ! 絶対水上君も喜ぶから。ね、柚子」
「そうかな?」
「絶対そうだよ。しな、しな、電話! 柚子は我慢しすぎ!」
千代にこれでもかというほど電話を勧められた柚子は、一旦部屋に戻って、スマホを取ってくることにした。部屋ではまだ子トークが続いていたが、柚子がスマホを持ってまた部屋を出て行こうとすると、さすがにその様子が気になって、二年生の部員が柚子に聲をかける。
「柚子、もしかして彼?」
「う、うん……」
「柚子、ラブラブで羨ましい!」
柚子は、はにかみ笑いで応じて部屋を出た。合宿の夜に彼氏に電話――このシチュエーションは、今の今まで彼氏の愚癡をネタに盛り上がっていた子生徒にも、かなり羨ましく映った。私もラインいれてみよっかな、ちょっとからかい電話してくるねと、急に彼氏のことがしくなってくる生徒たち。一方そのころ男子部員たちは、部屋で一発蕓選手権をして盛り上がっていた。
部屋を出た柚子は、スマホを握りしめて、千代と一緒に一階に下りた。赤茶を基調としたダイヤ模様の絨毯に畳ベンチ。明治時代を彷彿とさせる和と洋の組み合わさった裝のロビー。小庭の見えるガラス窓に面したベンチに座り、柚子は、スマホの畫面をじいっと見つめた。『発信』ボタンに人差し指を向けたまま、數秒間、固まる。深呼吸をして、息を整える。
告白するわけじゃないんだから、そんなに張しなくても――と、千代はし呆れてしまった。やがて柚子は、意を決してボタンを押した。
五回目のコールの後、詩乃が出た。
『もしもし』
「あ、もしもし。新見です。水上君?」
『あー、うん。あれ、合宿中、だよね?』
「うん。あのね、あの……ちょっと、聲が聞きたくなって」
一人分あけたその隣で聞いていた千代は、思わず心の中で突っ込んだ。電話をかけるのにあれだけ張してたのに、「ちょっと聲が聞きたくなって」なんてセリフは平気で言ってしまう。柚子のこの天然さで、これまで幾人の男が落とされてきたかわからない。
『……こんな聲でいいの?』
「うん。――あ、今大丈夫だった?」
『大丈夫だよ』
柚子はほっと安堵して、今日の出來事をしずつ詩乃に話した。名古屋港の様子、ダンスのステージ、そして、水族館に行ったこと。エイの泳ぎの様子など。沈黙を挾みながら、ゆっくりすすむ會話のペースに、柚子は安心を覚えた。
水上君はどうしてるの? お餅食べてる? え、外出てないの!? 詩乃の生活には、柚子も驚かされることが多かった。
「――じゃあ、ずっと家にいたんだ」
『うん。外は寒いし、なんだか眠くて』
「そっか」
ふふふっと、柚子は笑みを浮かべる。するの子の顔だ、と千代は柚子の橫顔を見ながらそんなことを思った。同じ笑顔でも、柚子の笑顔には々な種類がある。その中で、水上君と電話をしている時の柚子の笑顔は、いつもダンス部で見せている笑顔とも、私といるときの笑顔ともだいぶ違う。嬉しさをかみしめて、頬は若干張し、輝く瞳の片隅に寂しさが佇んでいる。
『――新見さん、何か、言いたいこと、あったりする?』
詩乃の聲に、柚子の笑顔が曇る。
「え……?」
『もしあるなら、遠慮しないでね』
え、どういうこと? 言いたいことって、例えば? 靜かに混する柚子。今の今まで笑顔だったものが、詩乃の一言で、急に不安そうな顔になる。傍らで見守る千代は、詩乃が何を言ったのかまでは聞き取れなかったが、たった一言、二言で柚子をこうも揺させる水上詩乃という男の子が、やっぱりどうしても気になるのだった。
「水上君は、何か、あるの……? 私に何か、言いたいこと……」
柚子はそう言ったが、しかしすぐに、言葉をつづけた。
「――水上君、あのさ、お土産買ってくから! 六日、六日空いてる!?」
『え、六日? 六日まで合宿じゃなかったっけ?』
「そうだけど、でも、帰ってきた後――」
『六日は休みなよ。七日なら大丈夫だよ』
「じゃあ、七日、水上君の家行っていい?」
柚子は、じっと詩乃の答えを待った。即答しないというのも、詩乃の何かの意思表示だと柚子はじていた。話し方、間の取り方、それに聲のじ。柚子は、何とも言えない嫌な予をじていた。
『日暮里の駅まで行くよ。そこで待ち合わせしよう』
「……うん。何時がいい?」
『何時でも――あ、できれば午後がいいな』
「わかった。じゃあ、一時に待ち合わせして、一緒にお晝食べない?」
ここでもまた沈黙。
どうして「そうしよう」と即答してくれないのか、柚子はやきもきした。それにどうして日暮里で待ち合わせなのかもわからない。いつもの水上君なら、家に行くと言えば、いいよと、簡単に言ってくれるはずなのに。
『お店は、どこか調べておくよ……』
「え! いいよ! 大丈夫、私本當にどこでもいいし、會った後決めよう?」
『そう? わかった』
「うん。――あの……」
『うん』
楽しみにしてる、と、柚子は本當はそう言いたかった。しかし、その言葉が詩乃の負擔になるかもしれない。そう思い、柚子は出かかった言葉をしまった。
「ごめんね、いきなり電話しちゃって」
『いいよ。たいてい暇だから』
そうして、最後の挨拶をわして柚子は電話を切った。本當は、あと一時間くらいは話していたかったが、そんなことは、水上君の迷になってしまう。
「柚子、本當に水上君の事好きなんだねぇ」
千代が言った。
柚子は、電話を切った後も両手でスマホを抱くように持っている。
「うん。自分でも、ちょっと驚いてるんだけど……」
千代はそれを聞いて笑ってしまった。確かに、傍から見ても、柚子が自分の心に振り回されているのがわかる。そのことに自分自が戸っているというのがまた、柚子らしくて面白い。柚子の事を知らなければ、誰も柚子が、こんなにに対して不用だなんて思わないだろう。誰もが、柚子はモテで、に悩んだり、困ったり、彼氏に振り回されたりなんていうことはないと思っている。柚子のお相手――水上君が、そのことをわかっていればいいなぁと、千代は思うのだった。
「でも良かったじゃん。學校始まる前に會うって、ちょっと特別あるし」
気を取り直して、というじて、千代が言った。
「うん」
柚子は、嬉しそうに頷いた。
様子がちょっとおかしい気がしたけど、とりあえず會う約束もできたし、會えばきっと何とかなる。大丈夫、大丈夫――柚子は自分に言い聞かせた。
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